第7話 初依頼、初戦闘
「結構いろいろな依頼があるわね……」
登録したばかりなので今の私が受けられる依頼の中に、戦闘に関するものはほとんどない。けどそれ以外の依頼ならかなりある。
メイユ市民からの依頼が多く『屋根の修理をしてくれる方募集』『書類の整理の手伝い』『子供の面倒を見て欲しい』『料理の作り方を教えて!!』などの普通の依頼から『夫の素行調査』『女性の神秘について※女性限定』『魔法の実験体募集!!』『おっぱいが触りたい(男限定)』など一見怪しそうなものまである。
どうしましょうかね……。魔物との戦闘を想定した依頼を受けようかと思っていたけど、顔を売るために市民からの依頼を受けるのも悪くないような気がしてきた。
八級クラスが倒せる魔物を退治しても誰も見向きもしないでしょう。
そう考えると……これなんて丁度いいかもしれないわね。
手にした依頼は『性質の悪い客がいるので何とかしてほしい』というもので、難易度は六つ星。
うん、これに決めた!!
依頼書を持って犬耳さんのもとへ。
「この依頼を受けようと思うからよろしくね」
「難易度六つ星で、しかもこの依頼だと戦闘が発生する恐れがありますね……。ランクと難易度が二つ離れていて、かつ戦闘の可能性がある場合は普通警告するんですが……フロルさんなら大丈夫そうですね。分かりました、受理します。ですが念のため注意してくださいね?」
「忠告ありがとう、気を付けることにするわ」
まず大丈夫でしょうけどね。今の私をどうにか出来る人がいたら逆に会ってみたいくらいだわ。
「是非そうして下さいね。……では、依頼承認書をお渡ししますので、これを依頼主に見せて、後は向こうの指示に従って下さい」
「了解。じゃ、そろそろ行くわね」
「はい、いってらっしゃい」
笑顔を向けてくれる犬耳さん。
かわいい……。
やる気が三割増ししたところで、私はギルドを出て依頼人のいる場所へと向かった。
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「ここが『満腹ライフ』ね」
道中かなりの視線を集め、ちょっと悦に浸りながらも無事到着。
飲食店『満腹ライフ』。ここの店長が今回の依頼人だ。
「失礼するわ」
中に入ってみると、途端に食欲をそそるいい匂いが。
まだ10時過ぎなので客はいないから、お昼に向けての下ごしらえをしているのかな?
「は~い、お客さんですね……って、うわぁ、すごい格好……。でもすっごい美人!!」
現れたのは十五歳くらいの人族の店員。ふむ、この子も中々かわいい。というか今まで不細工な人を見た記憶がほとんどないわね。何故なのかこの国の女性はかわいい人が多い。初めは魔力がある関係なのかとも思ったけど、その割にイケメンは多くないし……本当によくわからないところよね、ここは。
「いいえ、客ではないわ。依頼で来たの。店長のパスティさんを呼んでもらえる?」
「本当ですか!? あ、パスティは私です」
あらあらあらあら。十五歳から成人扱いされるとはいえ、その年で店長とは……。
あー、でもこの世界の人は見た目が若い人が多いから、彼女も意外と二十歳過ぎだったりするのかも。
「失礼。ではパスティさん、依頼の詳しい説明をお願いしてもらっていい?」
「パスティと呼び捨てでいいですよ。私は十五歳になったばかりで貴女よりも年下だと思いますし、何よりもお願いする立場ですから。あ、説明する前にギルドの承認書もらっていいですか?」
へぇ、本当に十五歳なの。……何か訳ありって感じがするわね。
「どれどれ……って、何だ……フロルさんランク八級なんですか……」
さっきまでやや興奮気味だったのに承認書に目を通していくうち、あからさまにガッカリし出した。
まぁ、難易度六つ星の依頼に八級の奴が来たら落ち込むかもなー、とは思っていたけど見事的中しちゃったわね。
どうしましょう、また威圧でもやってみようかしら?
とか思っていたらパスティの目がまた変わってきた。
「『この方は登録したてで八級ではありますが、どんなに少なく見積もってもランク五級相当の実力はあるとギルド側は判断しておりますので、ご安心を』って、凄いじゃないですか!! ギルドがこんな風に保証してくれることなんて滅多にないって話なんですよ!?」
「……」
これをやったのは犬耳さんよね……?
……。
ベリーグッド!!
素晴らしい!! 実に素晴らしいわ!!
もう犬耳さん愛してるわあああーーー!!!!
アレね。依頼が終わったら是非お礼をしなくちゃ。
「ギルド側がこういうのなら任せても大丈夫そうですね。フロルさん、よろしくお願いしますね!! では、詳しい依頼の説明をしますのでカウンター席の方へどうぞ」
案内された席へ座ると、カウンターの向こうで料理を作りながらも話し始めた。
「すいません、店の事もあるのでこのような形で話させてください。……今回お願いしたいことは依頼書に書いた通り、あるお客を何とかしてほしいということなんです」
「ええ、それは分かっているわ。で、具体的にどんな奴が、どんなことをしてきて、どんな風に解決してほしいの?」
「はい……常連というのがマレクという人族の男性で、毎日来てはツケだと言ってただ食いをしていくんです。なので、もう二度とこの店に来ないようにしてもらいたいです。その……出来れば穏便に」
やっぱりそういうことをする奴はどこにでもいるのね。
「いくつか質問があるわ。まずマレクという男についてもう少し詳しく説明して頂戴」
「身長はだいたい170くらいで、顔つきはちょっと怖い人です。何をしている人なのかは分かりませんが、ギルドには所属していないと思います。一応本人は中級魔法を使えると言っていますが、実際に使っているところは見たことないので真偽は不明です。それで――」
「いえ、それだけ分かれば十分よ」
なーんだ、ただの雑魚ね。
「次の質問。ツケを払えとは言ったことがあるんでしょう? 彼は何て?」
「『次来た時にはちゃんと払うさ』という感じのことを言って去っていきます」
あらまぁ、完全に払う気がなさそうね。
「騎士団には相談しなかったの?」
騎士団は国の日常を守るために存在する組織。こういった揉め事も騎士団に頼めば解決してくれるはずなんだけど。
「騎士団に相談すると話が大きくなってしまうので……。私は王都にある本店の方から派遣されてここに来たんです。もし騎士団に相談して、本店――お父さんにこのことが知れたら心配されて連れ戻されてしまうかもしれないと思うとどうしても……。私は一人でもやっていけることを証明するためにも、ここでもっと頑張りたいんです!!」
なるほど、そういう事情がね……。すごいわね。十五歳にして、親元を離れて店を構えるなんて。前世の私では考えもしなかったことだわ。
「さて、それじゃあ最後の質問。ただ食いされている割にはお金を取り戻したい、復讐したいとかではなく、店に来ないようにしてもらいとのことだけど、それは何故かしら?」
それでは甘いと思うのだけれど。
「……彼には最近三級になったばかりの兄がいるんです。噂によると上級魔法もつかえるらしいので、もしマレクに何かあって逆恨みされたら大変なことになりそうで……。彼は弟には甘いみたいですからね。だから、お金を取り戻すことは諦めています。幸い店の方は黒字ですので、もう来ないようにしていただければ十分です」
三級……!! ふふ、なかなかいい獲物がいそうね。
「最後と言ったけどもう一つ質問。その兄に文句を言えばいいんじゃないの?」
「言ったことはあるんですが『俺の弟がそんなことをするはずがない!!』って逆に怒られてしまいました……」
本当に弟には甘いのね。だから、その弟は調子に乗ってしまったのかしら。
「これが本当に最後。そんなバカがいるギルドによく頼もうと思ったわね?」
「バカって……。確かにギルドには変な人も多いですが、同じくらい良い人もいるんですよ? 私も店のお手伝いとか頼んでお世話になっていますし。だからギルドのことは信用しているんです」
「OK。なら期待に応えられるように頑張るわ。妙案があるからやり方は私に任せてもらっていいかしら?」
「はい、是非お願いします!!」
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「来ました!! あれがマレクです!!」
ついでだからお店の手伝いをしつつターゲットが来るまで待っていると、12時過ぎ頃にようやく現れた。
パスティの言う通り、170くらいの子悪党顔。
小太り気味で、鍛えていないのは一目で分かる。
……おや? 誰かと一緒にいるみたいね。
「そんな……今日に限って兄のブラトがいるなんて……」
へぇ、アレが弟大好き君ね。
弟と違って180くらいと背は高めで筋肉もついている。なかなかの強面で、一般人には忌避されそうね。
ランク三級らしいが……一緒に現れてくれるとは実に都合がいい。
「フロルさん、今日は止めておきましょう……!! 依頼の方はまた日を改めてということで……」
「いいえ、むしろ好都合だわ。今日で方を付けましょう」
「そんな!! 無茶ですよ!?」
「大丈夫大丈夫。いいから私に任せておきなさい。最良の結果をプレゼントしてあげるわ」
まだ心配そうにしているパスティを置いて、マレク達のもとへ向かう。
その間に……。
『一部を除き能力の制限を解除しますか? YES or NO』
YESよ。
「おお!? お前さんすっげぇ美人だな!! それにすげぇ格好しているし。この店の新しい衣装か?」
向かったところで、いきなり下卑た目でこちらを見てくるマレク。
どうやら私を店員か何かだと勘違いしているみたい。
どこをどう見たら私を店員だと思うのかしらね……。
あ、さっきまで手伝いをしていたからか。
「おう、さっさと席に案内しな。客を待たせるもんじゃないぜ。ましてや、このランク三級のブラト兄貴をな!! それともアレか俺たちを誘惑しようとでもしてんのか?」
「おいおい、照れるだろ。そんなに褒めるなよ!!」
さっきまでの仏頂面はどうしたのか、相好を崩してニヤけだすブラト。
うわぁ、なんかバカっぽい……。
それに誰があんた等を誘惑するもんですか、気持ち悪い。
「さて、別に席にご案内するのは構いませんがマレクさん、その前に今まで溜めこんだツケを払ってもらわないと」
「あぁ? 何言ってるんだお前? この店でツケなんてしたことねぇよ」
おぉ、いきなりしらばっくれたわ!!
でも、そうね……。限りなくゼロに近いでしょうけど、パスティが嘘をついているという線もあるわね。一応確認しておきましょうか。
「へぇ。こんなこと言っているけどパスティ!! そうなの?」
「う、嘘です!! す、すでに一万キリカもツケが溜まっています!!」
ブラトを前に緊張しているのか、ビクビクしながらも返事をしてくれた。
「あらあら、本当なら二ヶ月は暮らしていける金額ね」
「う、うるせぇ!! 何訳の分かんないことを言っているんだよ!! ……兄貴、助けてくれよ、こいつらがしてもいないことで金を払えって言ってくるんだよ……」
泣き真似をしながら、ブラトにしがみ付くマレク。
絵図ら的に汚いわね。
「おい、言いがかりはよしてもらおうか!! 弟はしていないと言っているんだ――」
「……誰が喋っていいって言ったかしら?」
「!? ……!! ……!!」
口をパクパクさせながら必死に何かを言おうとするブラト。
無駄よ。
「お、おいどうしたんだよ兄貴!? ……テメェ、兄貴に何をした!?」
「ふふふ、ここは私の世界。私の許可なく喋ろうとするからそうなるのよ」
半径1.5mの小さな小さな世界。
私はその世界を自由自在に操れる。
すでに貴方たちはそこに足を踏み入れているのよ、喋れなくさせるくらい訳無いわ。
「な、なにを言って……」
「さぁ、ツケをしたの? していないの? 嘘も沈黙も許さないわ。『真実を話しなさい』」
「はい……な、口が勝手に!? 俺は……払う気もないのに……や、やめろ!! ……半年近く……ツケをしました」
「ふん、やっぱりね。……で、今の聞いたでしょ? 貴方の弟は半年もツケを溜めてこの店に迷惑をかけたのよ」
私も鬼ではない。
ここで大人しく引き下がるのならよし。
そうでないのなら――
「はぁ、はぁ、喋れる……!! ……ええい、信じられるか!! お前が奇怪な魔法で何かしたに決まっている!! 絶対に許さねえぞ!!」
あーあ、こりゃあダメね。
というわけで決定。
こいつらには私の踏み台になってもらおう。
「兄貴、俺も援護する。二人でやっちまおう!!」
「ああ、やるぞ!!」
すっかり戦闘態勢ね。
いいわ、そうこなくっちゃ。
「ここじゃあ、狭いわね。場所を移動しましょう」
指をパチン、と鳴らし三人とも店内から店外へと移動させる。
「な、なんだぁ!? いきなり人が現れたぞ!?」
突然現れた私たちを見て、たまたま通りがかった人が驚いている。
いや、驚いているのはあの二人も同じか。
口をだらしなく開け、信じられないという顔をしている。
「い、今のは、まさか転移魔法……? 実在したのか!?」
ご名答。
今のは【自由自在】によるものではなく、光属性の者が使える転移魔法。
一度行ったことのある場所ならどこへでも転移可能という優れもの。
光属性は不遇扱いだけど、これ一つで汚名を返上できるでしょうね。
尤も、尋常じゃないくらい魔力を消費するから使えるのは私だけでしょうけど。
「あ、兄貴。あいつ何かヤバいよ!! 格好といい、魔法といい、普通じゃない!!」
格好は余計でしょう。
「あぁ、それは分かっている……。だがもう引くに引けねぇ!! 全力でいく。魔法が発動するまでの時間稼ぎを頼むぜ!!」
そう言って私から距離を取りながら、魔法の詠唱を始めるブラト。
さすがは三級というべきか。すぐさま頭を切り替えて行動に移ったわね。
……確か上級が使えるんでしたっけ?
「心配しなくても待ってあげるわよー」
三級の実力を体験出来る絶好のチャンス。
あまり大したものは見れないでしょうけど、それでも確認しておかなくちゃ。
「うるせぇ!! 誰が信じられるか。これでも食らえ『火炎球!!』」
と、何やらマレクが拳一つ分くらいの炎の塊を飛ばしてきたようだが――
「ふん」
手で握りつぶしてやった。
「なっ!?」
いけるかなー、と思って能力や魔法を使わずに握りつぶしてみたけど、手には火傷や傷の類はない。
威力的に中級弱くらいのはずだけど熱さも特に感じないし、どうやら中級魔法では私に傷一つ付けられないみたいね。
「目障りよ、気絶していなさい」
驚いて固まっているマレクの顎を蹴り抜く。
まともに食らった彼は、倒れたままピクリとも動かない。
能力で『当たったら必ず気絶する』というものを付加したし、当分は起きないでしょう。
放って置いても私に危害は与えられないでしょうけど、人質でも取られたら面倒だもんね。
「よくも弟を!! ……行け『ピーガル』。あいつを吹き飛ばせ!!」
ようやく魔法が完成したのか今度はブラトが魔法を発動させ、全長二mほどのゴーレムが私目掛けて突進してきた。
ふむ、あれは間違いなく土の上級魔法ね。
でも見た目は迫力があっていいけど、スピードがいまいちね。
これじゃあ、簡単に避けられそう。
「ひょいっとな」
体を少し右に動かして突進を回避。
攻撃が空振りに終わったゴーレムは、そのまま直進していった。
……。
あ、躓いて転んだ。
起き上がる気配は……ないわね。
「おい、避けるなんて卑怯だぞ!!」
ええ!? 何言ってるのこの人……。
「バカ正直に当たってあげるわけないじゃない!!」
まぁ、あの程度なら当たっても問題なさそうだったけど。
「くそっ!!」
悪態をつきながらも殴りかかってきた。
こちらも威力はそこそこありそうだけど遅いわね。
動きも単調で読みやすいし避けるのは容易い。
体術面では彼よりも父様の方が強いわね。
ん? ということは父様は三級よりは強いってことになるわね。流石だわ。
「そうだ、もう一度さっきのを使ってみなさい。今度は正面から受け止めてあげるから」
「うる、せい!! もう、魔力、切れ、だよ!! く、……何故当たらねぇ!!」
呆れた……。
あんな直進しかできないゴーレムの攻撃でもう魔力切れしたの……。
結局私に避けられたし、魔力の無駄遣いもいいところだわ。
「あのね、貴方には無駄が多すぎるわ。ただ闇雲に強力な攻撃すればいいというわけではないの。もっと必要に応じて使い分けなさい。――こんな風にね」
「かっ……!!」
迸る電流を食らい、気絶するブラト。
これで戦闘は終了!!
ん~、やっぱり『スタン』は便利ね。
消費魔力も少ないし、人を気絶させるのにこれほど向いている魔法はないんじゃないかしら?
雷属性だから“ジル”の時に使えないのが残念ね。
でもまぁ、私も『スタン』はしばらく使わないけどね。もっと色んな魔法を使っていかないと。
他にも見直す点はあるけど、なかなかいいスタートは切れたんじゃないかしら? 私が三級を倒すところをかなりのギャラリーに見てもらったようだし。
さ、後は事後処理をして私の初依頼を終わらせましょうか。