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1.5mの世界  作者: 粗井 河川
2章
86/144

第35話  動揺

「あぁー……生き返るー……」


 時刻は夜の9時。

 ただいま露天風呂を絶賛満喫中。

 やっぱいいよねー、お風呂は!! 心がリフレッシュするね!! 湯に浸かっていれば気持ちも前向きになって嫌なことも忘れられ……ないか。実はちょっと憂鬱です。

 

 ――結局今回の事件で死者は13人、怪我人は114人出たそうだ。死傷者の大半は魔物を倒そうとした冒険者と騎士。つまり結界が張られた後に被害が出たのだ。と言っても、建物の損壊は0だし、一般市民から死者は出なかったから被害としては驚くほど少ないのだが……俺がクロノスに会いに行かなければ被害を0に出来たことを考えるとどうもな……。シャイニングさんは「気にする方がおかしい。悪いのは敵と不甲斐ない私」と言ってくれたけど、だからってそう簡単に割り切れるものでもない。ククル達にも危険な目に遭わせてしまったし……。


「ええーい、やめだ!!」


 頬を両手で叩く。

 俺は自分なりに最善の行動を取ったつもりだ。ならその結果を受け止め、反省し、次に生かすべきだろう。これ以上うだうだしてもしょうがない。無理矢理にでも気持ちを切り替えてしまおう。


「安らかな眠りを」


 手を合わせて犠牲者に黙祷を捧げる。


「……よし」


 これで一区切りだ。

 とりあえず今は残り少ない最後のサンフレアの夜を楽しむとしよう。


「はぁー……まったり~……」


「お邪魔するわねー」


「ん~?」


 軽い挨拶をしながら、俺にとって少々意外な女の子が隣に座ってきた。


「もうお説教は終わったの? あの様子からして夜中までかかりそうだったけど」


「あんまりに長いから逃げ出してきたの。大丈夫、レキア的にはもう十分反省したから」


 そう笑いながら髪が湯に浸からない様まとめている。

 ……俺の所に来る理由がよく分からんな。ここはシャイニングさんが俺の為にと用意してくれた風呂だ。間違って誰かが入って来ないように戸締りもきちんとしてあるから、その守りを突破してきたことになる。そこまでして俺に何か用でもあるのだろうか。

 クロリアの話によるとミュランとフラグを建てたらしいから、王子のお見舞いに時間を費やすかなーと予想してたのに。


「んー、こうして見るとジルってホント女にしか見えないよね」


 あれ?


「レキアって俺が男だって知ってたっけ?」


 確か女だと思われていたような気がしたんだが……いかんせん俺にとっては1年前のことだからいまいち覚えてない。というかあの空間での時間が濃すぎてレキアのこともあまり……。

 ちなみに今の俺は頭と体にタオルを巻くという至って普通の格好だ。


「最初から、ね。だって事前にどんな人が来るか知らされてたもん。だから知らない振りしてたのは全部演技。女扱いされた方が嬉しいんでしょ?」


 む。


「それは違うな。女の子扱いされたいんじゃなくて可愛い子扱いされたいんだ」


「そ、そうなの……」


 しっかし男だと知っているならマジで何しに来たんだろうな。俺と同じく胸はタオルで隠しているけど、巫女ともあろう者が男と風呂に入ったりしていいのだろうか。


「あー、困惑してるみたいだからさっさと本題に入るね。……単刀直入に聞くよ。ジルさ、レキアの記憶を弄ったでしょ?」


 ――。


「何のこと?」


「レキアの記憶だと、あの霊体を倒したのはレキアってことになってるの。アリサとククルも倒したのはレキアだって言ってたわ。でもホントはジルがやったんでしょ?」


「……」


「国の中枢を担う人物は常に催眠や記憶の改竄を行われる危険に晒されているの。だから最低1日に1回は自分がそんなものをされていないかチェックする必要があるわけ。そんでさっきしたらレキアの記憶に上書きされた痕跡があったの。で、どうにか記憶を復元したら……アイツを倒したのは実はジルでした、というわけ」


「……」


 レキアの言う通り、確かに俺はレキア、アリサ、ククルの3人の記憶を弄った。クロリアから事情を聞く時に3人の動きを止めたが、そのついでに少しだけな。具体的にはあの霊体君を倒したのはレキアで、俺がククル達と合流したのはその直後ってことにしてある。

 まさか一番警戒してなかったレキアにバレるとは……。


「どうやって記憶を書き換えたのかはあえて聞かないわ。答えて欲しいのは何で手柄をレキアに譲ったのかってこと。それくらい教えてくれるよね?」


「あー、あのですね……」


 バカ正直に『アリサの反応が気になったから』と言うわけにはいかないから……えーっと、それっぽい言い訳をしつつ誠意を見せるには……。


「俺の左腕はちょっと特殊で、精霊の力が宿ってるんです。それでこの事は普段秘密にしているんだけど、アイツを倒す為につい使っちゃったから記憶を弄らせてもらいました、はい。レキア様の手柄にしたのはそれが一番自然かなーとか思ったからです」


 うん、嘘ではないな。……できれば左腕のことは話したくなかったが、勝手に記憶を弄ってしまって申し訳ないとは思ってるから、せめてもの罪滅ぼしだ。


「そこまでして秘密にしなくちゃいけないことなの?」


「それはほら、気味悪がられると思って……」


「ふーん、なるほどねー……。世界にはいろんな事情を持つ人がいるんだー」


 うんうん頷いている。

 納得してくれたのかな?


「……決めた。レキア、来年はクロスベルに通うことにする!!」


「はい?」


何故そうなった?


「レキアはさ、【神掛け】さえあればどんな状況にも対処できると思ってた。でもこの力が無かったらただの役立たず。今回の件でそれを痛感した。だから各国からいろんな人が集まるクロスセブンに行って、その人達から影響を受けながら自分を鍛え直そうと思うの」


 へぇ……。


「うん、俺はいいと思うよ。同世代の子と切磋琢磨し合うのはきっとレキアの為になるはずだよ」


「でしょ? まだどうなるか分からないけど、もし通うことになったらよろしくね“先輩”!!」


「もちろん!!」


 弾ける笑顔のレキアにこちらも笑顔で返す。

 ふふ、来年入ってくる男は大変かもな。


「むー……」


「ん? どうかした?」


 今の笑顔はどこへやら、不貞腐れた顔をしていらっしゃる。


「ねえ、年下の美少女がバスタオル1枚でこんないい笑顔をしているのに全く動揺しないっていうのは男としてどうなの?」


「ふむ……」


 これはもしかすると――。


「襲って欲しいのか?」


「違うわよ」


 やっぱ違ったか。


「そんな容姿をしてるとは言えジルも男なんでしょ? ならほぼ裸体の女の子がいたら興奮するのが当たり前じゃん」


「えー、だって今はそんな気分じゃないしー」


 レキアが来る前までは憂鬱気味だったからな。まぁ、そうじゃなくても恋愛対象ではないレキアには反応しないだろうけど。


「……いいわ。ならその気にさせてあげる」


 言うなり俺の腕に抱きついてきた。

 やたらと柔らかい胸を押し付けてくる。


「……」


「タオルの下も……見たい……?」


 指でゆっくりとタオルを下ろしていき、胸の谷間を披露してきた。そしてこれ以上やると突起が視えそうな所で指をピタリと止める。


「あとは……ジルがやって」


 恥ずかしそうに懇願してくるレキアに俺は――。


「はっ」


 鼻で一蹴。

 そんなもんより星だよ星。サンフレアの星空は本当に綺麗だよな。星明りのおかげで夜道も歩けそうだし、案外光都の由来はあの星からきているのかもしれないな。


「いやおかしいでしょ!? 何でここまでやってなんも反応しないの!? 虚勢とかじゃなくてガチでこれっぽっちも動揺しないなんて有り得ない!! ……ジルって実は女なんじゃないでしょうね?」


「ちゃんと男ですよー」


 ったく、なんかもうほとんど全員に女って疑われてるよなー。逆に俺を初見で男と見抜いた人って誰かいたっけ?


「あー、もう……!! こんなしょうもないことに力を使いたくないんだけど……」


 レキアが湯を波立たせながら立ち上がり、タオルの位置をズラすと彼女の背中から純白の翼が生えた。


「その翼っていかにも天使って感じがしていいよね」


「翼じゃなくて羽根って言ってよ」


「これは失礼」


 そうだな、羽根の方がニュアンスは近いか。それに響きも可愛いし。


「これでよしっと」


 羽根を1本だけ毟ると背中の羽根は引っ込み、レキアはまた腰を下ろした。


「この羽根は【神掛け】の力で『男が触れば青に、女が触れば赤に』変化するようにしたわ」


 説明の通り、レキアが持つ羽根の色は白から赤に変わっている。

 なるほどね。


「さあ、ジル。あなたが本当に男だというなら触れるわよね?」


「もちろんだとも」


 これは俺にとっても興味深い。

 迷うことなくレキアから羽根を受け取る。

 はてさて、どうなる……?

 俺達が注目する中、赤かった羽根は徐々に徐々に――“青”へと変化した!!


「よし!!」


「うそぉ!?」


 完全に青だ!!

 これで俺は初めて客観的に男だと証明されたわけだ!!


「いやあ、ありがとうありがとう。これで俺も胸を張って……あれ?」


「あっ……」


 青かった羽根が“赤”に変わっている。


「やっぱり……」


「おいこら待て!! どういうことだ!?」


 叱責が効いたのか再び羽根は青くなったが、すぐにまた赤に戻る。そして青赤青赤と繰り返し変化し、終には『わかんねー』とでも言うかのように白へと戻ってしまった。


「……」


「……」


 俺達の間に沈黙が流れる。

 ふむ……。真面目に今の現象を考えるならレキアの『男女の定義』が曖昧だった可能性が挙げられる、かな。男だと言い張ってはいるけど、けっこうグレーだからな俺の体は……。その微妙な差異が分からずにこんなことになったのかも。

 まぁ、ここは強引に話を進めちゃいますか。


「で、これで俺が男だと分かってもらえたかな?」


「それは無――いえ、そうね。深く考えるのはやめとく。ジルは男。最初は青になったんだし、赤くなったのは左腕の精霊の所為。そういうことにしておくわ」


「うん、助かるよ」


「だとするとジルは男なのにレキアに無関心ってことだよね……。ちょっと自信無くしたかも……」


 あぁ、またその話に戻るのか。

 ここはハッキリ言った方がいいか。


「レキアには色気が足りないだよ色気が。まるで子供が頑張って背伸びして大人のマネをしているみたいだ。そんなじゃあ、そこら辺の男には通用しても俺は落とせないぞ。もっと自分に合ったスタイルで攻めないと」


「むぅ……。じゃあそういうジルはどうなの? 年上なんだし、レキアくらい簡単にドキドキさせられるの?」


 レキアが疑いの目を向けてくる。


「うーん……」


 しょうがない、刺激がちょっと強いかもしれないけどお手本を見せてあげるか。


「ふぅ……」


 深呼吸をしてスイッチを入れる。

 よし、やろう。


「嫌だったら思いっきり突き飛ばしてね」


 体を預けるようにしてレキアに正面から抱きついた。


「っ……。へぇ、こんなもん?」


「体が強張ってるよ。ほら、もっと力を抜いて。はむ」


 耳たぶを甘噛みしてみる。


「うひゃあ!? ちょ、ちょっとやりすぎ――」


「ふふ、可愛い悲鳴だね。何だか私がドキドキしてきちゃった」


 左耳に熱を込めながら優しく囁く。


「あわわわわ……。わ、わかったからもうやめに――」


 抱きつくのを止め、レキアの言葉を人差し指で遮る。

 そして指でそっと彼女の唇をなぞった。


「可愛らしい唇……。吸い込まれちゃいそう……」


 気付くとレキアと私の距離がどんどん縮まっていて、ちょっと口を突き出せば触れ合いそう。


「あ、あの、ちか、近い、です……」


 ふふ、レキアの息がくすぐったい。


「ねえ……。キス、してみない……?」


「うひゃあああああああああもうムリーーーーーーーーーーーー!!」


 顔を真っ赤にしたレキアは奇声を上げながら風呂から出て行ってしまった。

 ……スイッチオフ。


「ふっ、勝ったな」


 1人でガッツポーズ。

 でも空しい気がするのは何故だろう……。


「あ、あのあの、左腕のことは誰には言わないから!!」


 戻ってきた、と思ったら早口で捲し立て、すぐにまたいなくなった。

 ……レキアってけっこういい奴だな。




「それじゃあ皆、気を付けて帰るのよ」


「次に会えるのは早くてクロスセブンで、かな?」


 早朝4時。

 欠伸を噛み殺しながら、俺達は小っちゃくなったシャイニングさんとレキアの見送りを受けていた。

 何故こんな早い時間に出立なのかというと、例の騒動の解決に貢献したとしてアリサ、ククル、ミュラン、レキアの4人はサンフレアで英雄扱いだからだ。予定通り10時に出たのでは市民がククル達を一目見ようと集まり過ぎて大変なことになってしまうからな。学生がそんな扱いを受けるには早いとシャイニングさんが気を利かせたのだ。……それでもチラホラと一般市民さんがいるけどね。


「うぅ……お世話に……なり、ました……」


「もう……2度と来ません……」


 一晩中お説教を受け、一睡もしていないアリサとククルは眠そうにフラフラにしている。なんだか可哀想な気もするが、命の危険もあったんだからこれくらいは当然なのかもしれない。


「レキア、あの地下室での一件は済まなかった……!! 奴等にした行動は間違っていなかったと思うけど、君に暴言を吐いたのは完全に僕の落ち度だ。重ね重ね済まない……!!」


「ううん、いいの。気にしないで」


「そうは言っても……」


「じゃあリネア教に入信するか、リネア教は素晴らしいって宣伝してくれる……?」


「うえっ!?」


「やっぱり悪いっていうのは嘘――」


「入信はちょっと難しいけどリネア教が良い宗教だってことは僕が保証しよう!!」


「ありがとう、レキア嬉しい!!」


 あーあ、何やってんだか。

 呆れた目を向けていたら、視線に気づいたレキアがそっぽを向いた。

 やれやれ。


「ふふっ、名残惜しいけどそろそろお別れね」


「ええ、またいずれ」


「ふぁい……」


「…………」


「それでは!!」


「じゃあね、ジル、アリサ、ククル、ミュラン!!」


 最後の挨拶を済ませ、門の外にいる馬車へ向かおうとすると――。


「待って」


 ひょっこりクロノスが出てきて俺を抱きしめた。


「しばしの別れ。クロスセブンでまた会おうね」


「「!?」」


 そして頬にキスをすると、皆に釈明もせずに消えてしまった。


「……」


 どうしよう、皆さん凄い目でこちらを見ている……。

 俺はどう説明しようか頭を悩ませる破目になるのだった。

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