第32話 それぞれの戦
残り時間が6時間を切った。
俺の体感だとまだ2時間も経っていないのが、実際は丸一日経過したというのだから信じられない……というか信じたくない。このペースだとあと30分程でゲームオーバー。そして俺の1年が奪われる。奪われるとどうなるのかは教えてくれなかったが、ペナルティなんだから碌な事にはならんだろう。だから何としてでもクロノスを捕まえなければならない。
しかし意気込みとは裏腹に現状打つ手がない。あの手この手を尽くしたのに未だ有効な手段を見つけられずにいるのだ。【自由自在】の射程圏内まで近づき強引に捕まえようとしても逃げられ、魔法を放っても全てすり抜ける。直接が無理ならと、この空間そのものを破壊しようともしたが攻撃は何かに吸収されて無理。表示されているタイマーも俺からのあらゆる干渉を受け付けないし、最後の手段と思っていた転移での脱出も何故か魔法が発動すらしなかった。
触れるだけでこれだけ苦戦しているのに、まだ厄介な問題がある。それは例えクロノスに触れられたとしても、その直前で時間切れになる可能性だ。この空間内での彼女の支配力は少なくても“時間”に関してだけは【自由自在】よりも上。向こうの気まぐれ次第で1秒後にはタイマーが0になることだって有り得るのだ。その為、俺はただ彼女に触るだけじゃなく、彼女が時間を操作するよりも早く、あるいは彼女の隙を突いて触るという無理ゲーをクリアせねばならん。
「ふぅ……」
ちょいと目を離すとクロノスは増えるので、彼女を視線に捉えつつ大きく息を吐く。
このまま闇雲に挑んでも負ける。
そろそろ発想を逆転させる必要があるだろう。
「勝つ方法は1つ。時を理解すること」
時の精霊様が何か言ってるが無視。
彼女の理屈だと、彼女はそこにいるようでいて実は俺とは少し違う次元に存在しており、触れたければ時間を理解して彼女の次元に合わせなくちゃダメってことらしいが、言われて出来たら苦労はしません。
「……」
でもその態度がいけなかったのかタイマーが30分減った。
意外と構って欲しいのか……? まぁ、いくら時を司る役目があってもこんな空間に1人でいれば退屈だろうし――ん、退屈?
ふむ……。
試してみる価値はあるな。
「よいしょっと」
腰を下ろしてとある物を思い浮かべる。
出てきたのは長さ1.5mの梱包材。通称プチプチ。
俺はそれを1つずつ潰し始める。
「……」
ぷちっという良い音に誘われてクロノスが近づいてきた。
「……問う。それは?」
「プチプチだ。こうやって潰して遊ぶ。潰すと気持ちいいから中毒性がある」
「……」
じーっとプチプチを見つめている。
タイマーは……動いてない。
うん、想像以上の食い付きだ。あまりに真剣に見るもんだから「触ってみる?」と聞いてあげたくなるが、そうもいかない。俺は広げたプチプチを触らせるもんかと手元に手繰り寄せる。すると彼女はその動きに釣られるかのようにフラフラとこちらへ吸い寄せられてきた。
そしてプチプチに手を伸ばし、1つ潰した瞬間――。
「捕まえた!!」
ガッチリと腕を掴む。腕からは彼女の体温も感じるし、今度こそやったんじゃないか!?
「惜しい。あと0.05秒早ければ捕まっていた」
クロノスが煙のように消える。
ちっ。本物はどこだ!?
「堪能。でももう飽きた」
彼女はすでに俺から距離を取っていた。いつの間にかプチプチも全て潰されているし失敗か……。
だが方向性は間違っていなかったはず。
クロノスの興味がありそうな物をチラつかせて、彼女の方から近づいてもらう。一見ふざけているようにも思えるが、実はかなり有効な作戦だ。なんせ“時間の理”とやらを理解しなくても向こうから俺の次元に合わせてくれるのだ。しかも彼女の興味を惹き続ける限り時間切れの心配をする必要もない。まさに一石二鳥!!
「ほい」
次に出したのは手持ち花火。
「……」
これもこの世界には存在しないものだから、興味があるのかまたフラフラ近寄ってくる。
「これはここに火をつけると綺麗な火花を散らすんだ。試しにやってみるか?」
鮮やかな花火を見本に使い、クロノスもどうだと1本差し出す。
ふっふっふ、これを手渡す時がチャンスだ。
「否定する。プチプチ程の魅力はない」
む……きっぱり断られたか。さっきので警戒させてしまったかな。
まぁタイマーは5秒くらいしか動いてないからいいや。クロノスも目で『次は?』と促しているし、どんどんいこう。大丈夫。きっと俺の記憶の中には時を忘れるほど彼女が夢中になる物があるはずだ。
――うん、こっちは何とかなりそうだけど、ククル達は大丈夫だろうか? 俺のいない間にシリアスな展開になっていなければいいんだけど……。
「あそこがリネアへ祈りを捧げるために造られた教会よー。レストイアの中で公都に次ぐ2番目の大きさでねー、毎日たくさんの人がお祈りに来るの」
はぁ……今朝になっても兄様はお戻りになりませんでした。おかげでどうでもいい4人と1匹で観光する破目に……。これでは話が違います。せっかく兄様と異国の地で楽しくやれると思っていたのに初日からアリサと2人きりで行動させられたり(すぐにお互い別行動を取りましたが)、巫女にお風呂を台無しにされたり、胸糞悪いものを見せられたりといいことなんて1つもありません。おまけにまだトラブルが起こるというのですから、いっそ来ない方がマシだったと言えるでしょう。
ですが嘆いても仕方ありません。せめて兄様からご褒美を貰えるよう、そのトラブルとやらを解決することに命を懸けましょう――いえ、大精霊とアリサがいるのですから私に出番が回って来ることはありませんね。……だんだんイライラしてきました。腹いせにさっきから巫女をやたら気にしている王子に『レキアも実は王子を気にしていますよ』と嘘を教えてやりたい気分です。
「ねえねえ、何でアリサって今日はそんな格好しているの?」
「そんな、とは失礼ですね。メイドの嗜みですよ」
はて、そう言えばアリサの袖が長くなっていますね。スカートも昨日は膝が見えていたような気がしましたが、今は完全に隠れています。まだまだ暑い日が続いていると言うのに暑苦しい女ですね。
「まあ私の事は置いておいて、昨日の詳しい顛末を聞かせて下さい」
む。
「アレね……。分かっていたとは思うけど、保護した女の子の1人はコレのお姉ちゃん。2人とも目立った外傷はなかったけど、教会で療養中。今のところ落ち着いているらしいから必要以上に心配しなくて大丈夫」
「ほっ……」
レキアの言葉に王子が胸を撫で下ろしています。
……ふん、本当に何故アリサはこんな奴を部に誘ったのでしょうね。
「で、あなた達が“無茶”をしてとっちめた犯人はヨクニっていう司教の部下だったわ。それで今はサンフレアのほぼ全ての騎士が彼を捜索しつつ、似た様な事件が起きてないか警戒中」
やけに『無茶』を強調しましたね。まだ怒っているのでしょうか。心が狭いですね。
「ヨクニ司教……。わかりました、ありがとうございます」
――アリサの礼が合図だったかのように、それは何の前触れもなく始まりました。
「おや?」「どうかした……あれは……?」「……!?」「まさか……」「……来た」
なんだか辺りが薄暗くなってきたので一雨くるのかと思い空を見上げると、そこには大きな穴が開いていました。……数百メートルはあるでしょうか。穴の向こうは見えません。ですがどんなにポジティブに考えても、あの穴には善くないモノが潜んでいる気がしてなりません。街の人も自然では起こり得ない現象に何事かと騒いでいます。
私は…………アレに見覚えがあります。
忘れもしない4年前。兄様に怪我を負わせた元凶――。
「イ、インベーダーホールだああああああああああああああ」
「きゃああああああああああああああああ」
男の叫びが引き金となり、周囲は完全にパニック状態です。
情けないことに私も自分を抑えるのに必死です。
「どどどどどどどうしよう?! もし本当に『侵略者の穴』なら魔物が降って来るんだろう!?」
「間違いないでしょうね」
「気持ち悪いくらいの悪意で満ちてるね。初めて見たけど、ちょっと想像以上かも」
我を失っている王子に対して、アリサは余裕そうで、巫女は少し心配そうといった感じですかね。私もこいつらの前で無様な姿は晒したくないので無理矢理気持ちを落ち着かせます。
「大丈夫よー。何の為に私がいると思ってるのー? ……迎撃フォーメーションAよ!!」
光の大精霊の凛々しい声が響くと、数秒であちこちの屋根の上に様々な光輝く生物が現れました。……あれはもしかしなくても光の精霊達ですね。
「ああ!? 魔物みたいなのが降ってくる!?」
穴から夥しい数の魔物が落ちてきます。
「いい、1匹たりとも奴らにサンフレアの土は踏ませちゃダメよ!! さ、攻撃開始!!」
その光景は圧巻の一言でした。
命令と同時に空を覆い尽くすほどの光の流星群が穴を目掛けて飛翔し、落ちてくる魔物共を撃ち貫いていきます。圧倒的物量の前には撃ち漏らしなどあろうはずもなく、30秒も経たぬうちに降ってくる魔物を一掃しました。そして攻撃の手を休めることなく穴に集中砲火して奥にいるだろう“何か”にもダメージを与えています。
攻撃している精霊達は下位精霊や中位精霊ばかりなのでしょうから、普通はそんなに魔力が持つはずはありません。ですが攻撃はどんどん激しさを増していきます。……ああ、なるほど。光の大精霊が彼らに魔力を供給しているのかもしれませんね。……だとしたら桁違いの魔力量です。
何だかどうして大精霊が尊敬されるのかその一端を垣間見た気がしますね。
「凄い……すごいすごい!!」
「さっすがシャイニング様!! 穴も小さくなっているしもうすぐ完全勝利ですね!!」
2人がはしゃいでいますね。
「ふっふーん。私だってこの4年間でいろいろ準備してきたんだからね、当然よー」
当の本人も余裕がありそうです。
私も肩の力が抜けてきました――。
「危ない!!」
「え――」
私には何が起きたのか詳細は分かりませんでした。
気付いた時には目の前に穴の開いた土壁があり、そして直視するだけで体に害がありそうなドス黒いバリスタに大精霊が体を貫かれていました。
「あらー……油断は……し、してなかったんだけど…………がはっ」
「シャイニング様!!」「あ、あ……」「すぐに手当てを……!!」
血を吐く大精霊の顔に生気がありません。
とにかく急いであのバリスタを何とかしないと。
「近付いちゃダメ……!! 近付くと……危ないわ……。私から、すぐ離れなさい」
「――」
「大丈夫です……!! 私の【能力】を使えば――」
「離れるよ」
「きゃっ」
アリサが強引にレキアの手を引いて離れさせました。私も……言われるがまま下がりことにします。
「ありがとう、アリサちゃん……。い……いい、よく聞くのよ。もうじき精霊達の魔力が切れるわ。そうしたらまた魔物が降ってくるはずよ。っ、でも安心して。これから街の建物全てに結界を張るわ。半日は持つからえ……援軍が来るまで大人しくしていなさい」
「シャイニング様は!?」
「か、かっこよく詠唱したいん、だけど……ちょっと、無理みたい……『大結界』……さあ私の眷属達……皆を避難させなさい……っ……大丈夫よ……これくらいじゃ死なない……休むだけ……無理だけは、ダメよ……――」
「シャイニングさま……!!」
粒子をばら撒きながら大精霊はバリスタと一緒に消えてしまいました。
すると同時に精霊達の攻撃も止み、屋根から降りて人々を建物の中に避難させようとしています。私達の前にもすぐにファイを大きくしたような妖精が現れ「早く早く」と拙い言葉で急かしてきました。無下にするわけにもいかないので茫然自失のレキアを連れて近くの建物へ駆け込みます。
死なないと言ったその言葉、信じますからね。
そしてそれから30分は経ったでしょうか。
大精霊の言った通り再び魔物が穴から降ってき、サンフレアは魔物が蔓延る街へと変貌しました。私の目と鼻の先で誰もいない道を2つ首の犬が唸りながら歩いています。ほんの1時間前の街の賑わいが嘘のようです。幸い強固な結界のおかげで魔物は建物に入って来れない為、ここにいれば安全なのでしょうが……。
本当にこのままでいいのでしょうか?
「さて、私はそろそろ行こうかな」
「――」
3人の視線がアリサへと向きます。
「どこに行くのですか?」
大精霊が消えたことでショックを受けている2人に代わって私が尋ねました。
「敵を倒しに宮殿へ。たぶんあそこに将棋で言うところの『王』がいる」
「やれやれ……。また得意の勘ですか? ですが今回ばかりは外れたようですが」
『トラブルに巻き込まれる』は当たっていましたが、どう考えても『楽勝で解決できる』わけありません。
「そりゃあ勘なんだから外れることもあるよ」
「それを知りながら何故行こうとするのですか?」
「まだ外れたとは限らないよ? 意外とやってみたら楽勝かもしれないじゃん」
「は?」
何を言っているのでしょうかこいつは。
訳も分からぬうちに大精霊さえ退けた奴相手ですよ?
恐怖で頭が逝ってしまったんでしょうか。
「でもさすがに私1人じゃキツイだろうから……。お願い、ククルの力を貸してくれない?」
ちょっと辞書貸してみたいな軽いノリで頼まれてしまいました。
「ふふ……」
あぁ、私もバカになってしまったんでしょうか。しょうがないなという気持ちになってしまいました。
やれやれ。
アリサ1人を行かせて死なれても後味が悪いですし、協力してやるとしますか。




