第31話 王子の曖昧な1日
男たるもの強く逞しくあるべきだ。
身分や種族なんて関係ない。男として生まれたからにはみな自らを鍛え、磨き、研ぎ澄まし、どんな逆境にも決して負けない強さを身に付ける義務がある。
この考えはいろいろあった今でも変わらないし、義務を果たす為に努力もしているつもりだ。……そりゃあこれまでの僕は周りがちょっと見えていなかったかもしれないけど、未来の王たる僕が弱いんじゃ国家の危機だから、強さを追い求める姿勢に間違いはなかったと思っている。それに『英雄色を好む』とも言うし、多少性格がアレでも強ければ問題ない……はず。
でもいくら強くてもやっぱり僕はジルを理解できない。普通、女の子みたいな外見をしているからといって本当に女の子の服を着て、さらには口調まで女の子にするだろうか? それでいて自分は男だと言い張るんだから、もう頭がおかしいと疑われても仕方ないと思う。……とにかく僕はジルの強さを尊敬しているが、彼の全くもって逞しくない肉体、言動、行動、思考から、彼を男として認めるには物凄く抵抗があるのだ。
「どうしたのかしらー? さっきから空気が重くない?」
そんなジルだけど、意外なことに女の子に興味があったらしい。光の大精霊によると、早朝から気になる女の子に会いに行ったというのだ。僕達に一言も告げずに出かけるなんて薄情だとは思うけど、これは良い兆候なんじゃないだろうか。もしジルが女の子と付き合うようになれば彼もほんのちょっとは男らしくなるだろう。だから僕は今回の件を応援したいと思っている。……でもそう思っているのは僕だけみたいだ。
「「……」」
女の子3人はさっきからずっと黙ったままだ。
ククルはジルがいなくなった事情を聞いてから明らかに機嫌が悪くなり、面白くなさそうに不貞腐れている。レキアは『レキアは調子に乗りました。反省中です』という紙をぶら下げ、これまた不機嫌そうにそっぽを向いている。
アリサは……機嫌が悪いようには見えないけど、何か考え事をしているのか時折顎に手を当てて難しい顔をしている。事情を聞く前からこうだったからジルの件とは多分関係ない。おそらく、姉のティリカやスイレンを気にしているのだろう。彼女にとって姉や保護者の庇護を離れての観光だから、さびしくなったとしても無理はない。
「違いますよ」
「え?」
「……」
アリサが急に否定の言葉を口にした。
何が違うのか尋ねようとも思ったけど、集中していてなんだか話しかけづらい。……独り言だったのかな?
「はいはーい、そろそろ楽しい楽しい観光をしましょー。今日は私もちゃんと付き添うわよー!!」
大精霊と観光か……。少しだけ緊張するな。
「シャイニング様、失礼します!!」
白い鎧を着た騎士が慌てて報告にやって来た。
「ホレス司教が来季の予算についてお話があると訪ねてまいりました」
あの鎧、頑丈そうだから相当良い素材を使っていると思う。見栄えもいいし羨ましいな。
「お帰り願いなさい」
「無理です!! あの方にそんなことを言うなど私には荷が重すぎます!!」
「情けないわねー。じゃあ、適当な部屋で待たせておきなさい。夜になったら相手をするわ」
「はっ」
「聞いたわね? 厄介なのが来る前に急いで脱出するわよー」
「あら~ん、大精霊ともあろうお方が仕事をほっぽり出して遊びに行くのかしら~?」
「「!?」」
現れたのは過度に胸元を開いた筋肉質な中年の男。ここにいる誰よりも背が高いのに、ハイヒールを履いている所為でさらに大きく見える。
なんていうか……初めて会うタイプだ。見ているだけで背筋がゾゾゾーっとする。喋り方も奇妙だし、この人も間違いなく変人だろう。
「あらー、ホレス司教。ちょうどそっちに行こうと思っていたのよー。でももうちょっと準備にかかるから隣の部屋で待っててちょうだい」
「準備なんていらないわ~。予算の話をするだけだから民衆の前に出るわけじゃないし、あなたがどんな格好でもアタシは構わないわよ~」
「……ハッキリ言うわ。今日は別に大事な用事があるの。今度にしなさい」
大精霊の目が鋭くなった。
その迫力に思わず一歩下がってしまう。
「ダメ。そうやって延ばし延ばしにして仕事が溜まってきてるんだから、遊ぶのを今度にしなさい」
「イヤ!! 今日は絶対に巫女ちゃん達と遊びに行くの!!」
「子供みたいに抵抗してもム・ダ。大精霊だからって好き勝手できると思わないこと。中には精霊を疎ましく思っている連中だっているんだし、ちゃんとしないとつけこまれちゃうわよ? それにあなたが一緒だとレキアちゃんはともかく、この子達が緊張して楽しめないでしょう? 子どもは子ども同士で遊ぶのが一番よ」
凄い。大精霊の迫力にも屈せず、自分の意見を貫いている。言っていることもマトモだし、見た目と口調以外は優秀な人だ!!
「わかったわ……。どうしても引かないのなら実力で――」
「ねぇ、シャイニング様。レキア達なら大丈夫だからお仕事してきなよ。それで早く終わらせて明日こそ遊びに行こ? ね?」
「うぅ……」
レキアの説得にも複雑そうな顔をしている。
そんなに僕達と遊びに行きたいのかな?
「レキアもこう言ってますし、お仕事をされてはどうでしょうか? こちらは大丈夫です。“無茶”はしませんから」
「……はぁ。アリサちゃんが大丈夫っていうのなら、本当は嫌だけど仕事をするとしましょうか。でも――」
僕の前まで来ると、肩の上でガチガチに緊張しているファイを掴んだ。
「いい、私とのパスを繋いでおくから、何か問題が発生したらすぐに知らせるのよ。1秒で駆けつけるわ。判断はあなたに任せるけど、もしもこの子達に怪我をさせるようなことがあれば――覚悟するのね」
「コクコク……!!」
首が取れるんじゃないかってくらい頷いている。
ファイは火の精霊だけど、位が上なら光の精霊相手でも言うことを聞くんだな。
「うふふ、決まりね。後は子どもだけで楽しんでいらっしゃい。あなた達にリネア様の加護がありますように。――でぇ~、シャイニング様はアタシと予算の話をしましょ~ね」
そんなわけで僕達はサンフレアの2日目をジルと大精霊抜きで過ごすことになったのだが――。
「「……」」
さっきから僕達の間に会話がない。
なんとなく宮殿を出てから、なんとなく歩き回っているだけで誰も何も喋らない。昨日はレキアが率先して会話のネタを提供していたのに、街行く人に声を掛けられたら返事をするくらいで基本は黙っている。先ほどの機嫌をまだ引き摺っているのかもしれない。
アリサとククルも沈黙を保ったままだし、こういう時こそ男である僕が場を盛り上げるべきなんだろうけど……女の子だけと行動するなんて初めてだから何をすればいいのか分からない。ファイに助けを求めようにも、ファイはしきりに周囲を警戒しているから当てに出来ない。一体どうすれば……。
あ、そう言えば昔エクトルに「困ったらとりあえず服を褒めておけばいい」と教わった記憶がある。でもアリサはいつものメイド服でククルは制服だ。改めて口にするのも変だろう。そうなるとレキアか。見れば彼女は両肩を露出された服を着ている。服のことなんて詳しくないけど……よし!!
「レキアのその服、エッチでいいね」
「……そう、ありがと」
やった成功だ!!
ちょっとぶっきらぼうだったけど、きっと不意打ちで照れたに違いない。
うん、コツは掴んだ。レキア1人褒めるのもアリサ達に悪いし、今度は応用して2人の容姿を褒めよう!!
「アリサとククルはレキアよりも胸が小さいけど、僕は可愛らしくていいと――あ、れ?」
急に目の前が真っ暗に――。
「んん……」
気付くと僕はベンチに腰を掛けていた。
あれ、何で……?
「あ、起きた? もー!! ちょっと休憩するって言っておきながら寝ちゃうんだから!!」
レキアが笑いながら怒っている。
今日のレキアってこんなにテンションが高かったっけ?
それに休憩するなんて言った覚えもないし……。
どうも記憶が曖昧だ。
「えーっと、さっきまで何をしてたんだっけ?」
「どうやら寝ぼけているようですね。王子はお昼を食べすぎて休憩したいと言い出したんですよ。だいたい15分くらい前ですかね」
「ちなみに午前中は皆で買い物をしましたよ」
ふと目に入った時計塔を見ると、時刻は午後1時15分。彼女達の手には見覚えのない袋が握られている。
「……」
うん、確かにお腹もそんなに空いてないしアリサ達の言う通りなのだろう。いけないな、ちょっと寝たくらいで記憶が飛んじゃうなんて。
「では午後はどうしますか?」
「また巫女に任せればいいのでは?」
「ん~、そうだね……。みんな同年代の人と比べると強いみたいだから、ギルドに行って運動しようか!! それでね。レキア、ミュラン達のカッコいい所が見たいな!!」
運動か……。
何故だか長時間同じ姿勢でいたかのように体が強張っているから丁度いいな。
「僕は賛成――」
「巫女ざまぁぁぁぁ……!!」
「あら? コレじゃない、どうしたの?」
5、6歳くらいだろうか、年端も行かない少女が泣きながらレキアに抱きついた。
「おねーちゃんが……おねーちゃんがおとといから帰って来ないの……!!」
「それは大変ね。おとーさんと、おかーさんは何て言ってた?」
「騎士の人にまかせようって……。でもおねえちゃんは買い物にいっただけなのに見つからなくて……すぐに帰るって約束したのに……うええええええええん……」
「ほらほら泣かないの」
悲鳴に近い泣き声を上げる少女を優しく撫で、彼女の目線に合わせるためにしゃがんだ。
その姿は僕より年下のはずなのに、酷く母性を感じさせられる。
「大丈夫。おねーちゃんはレキアがちゃんと見つけてあげる」
「ほんと……?」
「ほんと!! だから家でいい子で待っててね」
「うん……!!」
今までの泣き顔が嘘のように安心した笑顔を浮かべると、少女は自宅のあると思われる方向へと走っていった。それだけレキアが信用されているってことなのだろう。
……それに比べて僕はどうだろうか? 信用はおろか、街を歩いていて挨拶されたことがあっただろうか?
「そういうわけだから午後は3人で過ごして。レキアはコレのお姉ちゃんを探しに行くから」
「はぁ……。今のを見て無視できるほど私も冷酷ではありません。面倒ですが協力してやります」
っ、いろいろ考えるのは後だ。
「僕も微力ながら協力するぞ!!」
ここで黙っている奴なんて男じゃない。
「2人ともありがと……。じゃあまずは騎士団の力を借りに――」
「見つけました」
「「え?」」
レキアと声が被った。
今、なんて……?
「姉を見つけたと言ったんです。こっちです」
アリサは頭を押さえながら走りだした。
「行きましょう」
「ちょ、ちょっと待ってよ!?」
迷わずアリサに付いて行くククルに、訳も分からず従う僕達。
詳しい事情を聞こうにも、アリサのスピードが速すぎて付いて行くので精一杯だ。それでも彼女にはまだ余裕がありそうなのだから、以前に実感したとはいえ力の差を思い知らされる。
「ねぇ、本当にこっちにいるの? こっちの方向って貴族や聖職者が住む高級住宅街だよ? だいだいどうやって調べたの?」
レキアが僕を追い抜いてアリサに質問している。
僕は喋る余裕もないんだけど……!!
「簡単に言うと、『風の瞳』で空からサンフレアを見下ろして勘で迷子を捜したの。これ、すっっっごく頭が痛くなるのに使ったんだから感謝してよね」
「勘って……。そんなの信用していいの?」
「心配いりません。アリサの勘とやらは妙に当たるので。……私は勘というのは嘘で、未知の魔法を使っているのでは、と疑っていますが」
「なるほどね、それなら納得」
ダメだ……。
もう会話も耳に入らなくなってきた。
ファイも付いて来れなかったのか見当たらない。
でも僕は絶対に遅れてなるものか……!!
「ここです」
「ここは……誰の家だっけかな? 確か貴族じゃなくて聖職者の別荘だった気がするんだけど……」
「ここに例の少女がいるとして、門番はどうしますか?」
「ぜぇー……はぁー……」
視界が霞むほど走った先には、立派な門のあるお屋敷があった。
正直、どこをどう走ったのか全く覚えてない。今日だけで2回も記憶がはっきりしないなんて随分とレアな日だ。
「もちろん迅速かつ無駄のない選択肢を選ぶ。つまり正面突破」
「何だお前達――失礼、レキア様でしたか。何かご用件でしょうか? ですが生憎と司教様は留守にされているので後日――」
「邪魔」
「ぐがが!?」
アリサの手から閃光が迸り、抵抗させる間も無く見張りを気絶させた。そして力強く右手を横薙ぎにすると、門が吹っ飛ぶ。
「うそぉ……」
「さ、突入するよ」
「……レキア知らないからね。勘が外れてました、ってなっても」
「その時はアリサの名声が地に堕ちるだけですから大丈夫です」
その後もアリサは入り口のドアを蹴破って侵入し、罠を無効化しつつ中にいた複数の男性を僕達が追いつく前に気絶させて屋敷を制圧するなど、とても同年代の女の子がするとも出来るとも思えないようなことを一瞬でやってのけた。
「あのさー、大精霊と契約すると皆アリサみたいになるのかな?」
「さぁ、どうでしょーね?」
さすがにレキアとククルも呆れ気味だ。
僕も何だかここまでされると男として情けないとも思わなくなってきた。いや、そんな弱気じゃダメなんだけどさ……。そうだ、せめて少女の発見くらいは僕が――。
「ここが怪しいですね」
バキッと音がしたかと思えば、アリサが床を踏み抜いていた。そして足元には地下へと続く階段が。
「たぶんゴールだね。行こう」
「「……」」
僕はもう驚かないぞ……!!
「うっ……酷い臭いですね……」
アリサに続いて階段を下りると、そこは顔をしかめたくなるほどの悪臭が充満していた。
何だろうこの臭いは……生臭いと表現すればいいのかな。とにかく気分が悪くなりそうだ。
「……王子。ここから先は王子が先頭でお願いします」
?
「わかった」
アリサに頼まれ僕が前に出る。
気のせいか女の子3人とも深刻な顔をしている。臭いの正体に気付いたんだろうか?
そして少し進んだ先で僕は見てしまった。
鎖に繋がれた裸同然の少女2人が3人の男に囲まれているのを――。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「あ? なんだお前は――ぎゃああああああああああああ」
気付いた時には体が動いていた。
一番近くにいた男をまず殴り飛ばす。ぐしゃりという感触が実に心地いい。
そしてすぐに残りの2人へ向けて火を放った。
火は2人を呑み込んで全身を燃やしていく。
いいぞ燃えろ。燃えろ、燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ!!
骨まで燃え尽きてしまえ!!
「やめなさい……!!」
何かが光った、と認識した時には奴らを燃やしていた火が消えていた。
「殺す気!?」
原理はわからないが、やったのはレキアか。
「何故邪魔をする!!」
理解できない。
か弱い少女に乱暴をするこんな畜生を庇うなんて正気とは思えない。
「怒る気持ちは痛いほどわかるけど、だからって殺しちゃダメ!! レストイアの法がきちんと裁くからミュランがそんなことをする必要はないの!!」
「こんな奴ら1秒たりとも生かしておけるか!!」
「いいから落ち着いて……!!」
光に包まれると、炎のように猛っていた感情が徐々に薄れていく――。
「っ、余計な事を……!!」
「まだ人を殺したことはないんでしょう? なら絶対に後悔するからやめて……!!」
「……」
レキアの必死な顔を見たら、急速に怒りが消えていった。
そしてバツの悪い感情だけが残った。
「終わりましたか?」
どうやらアリサとククルは少女たちの救出をしていたみたいで、2人とも鎖が外れている。そしてどこから調達して来たのか真新しい服も来ている。……あぁ、あの袋の中身か。
「あなた達、大丈夫!?」
光の大精霊とファイが地下室から駆け下りてきた。
他にも足音が聞こえるし、騎士団も来ているのかもしれない。どちらにせよ大精霊が来た時点で事態は落ち着くだろう。
はぁー……、何だかどっと疲れたな……。
くいくい。
「ん?」
振り向くと、監禁されていた少女の1人が僕の服を引っ張っていた。
「どうかしたのかい?」
「ありがとう」
「――」
たった一言だけだったが、それだけで胸が熱くなり、何だか報われたような気分になった。
「だから何であんな危険なマネをしたの!?」
「そんなことはどうだっていいんです!! 問題なのはサンフレアであんな蛮行を許したことです!! あの白い鎧を着た奴らは普段何をしているんですか!?」
「それであなた達の行動が正当化されるわけじゃないの!! いい――」
「で、アリサの言う“トラブル”とはアレの事だったんですか?」
「だったらいいなーとは思うけどね。ククルは今回の件、“巻き込まれた”と思う?」
「……なるほど」
「そこ!! なに他人事ですって顔してるの!?」
あれから事後処理をしたりで、すっかり夜になった。例によってここまでの記憶も曖昧だ。
今は危険なことをしたとして、光の大精霊のお説教を受けているが、まったく耳に入ってこない。
僕の胸を占めているのはあの「ありがとう」の言葉。
うん、僕は決めたぞ。
強い王も大事だけど、国民から『ありがとう』と言われるような王になろう!!
――でもその前にレキアに謝るのが先か……。




