第30話 クロノス
「どうするか決めた?」
「はい。ですがその前にお願いがあるのですが……」
あれから一夜明けて早朝、時の精霊クロノスに会うかどうかの返事を聞きにシャイニングさんが尋ねて来た。
昨日すぐに返事をしなかったのはクロノスが俺達の住む世界とは違う空間にいるため、会いに行くなら最悪丸1日かかる覚悟はしろと言われたからだ。
「お願いって?」
「あのですね、シャイニング様にはククル達3人の御守を引き受けてほしいんです」
何もなければ二つ返事で了承するのだが、アリサの『トラブルに巻き込まれそう』発言がどうも気になる。余裕で対処出来そうだとは言っていたが、もしもの事を考えると俺だけ完全な別行動を取ってもいいのかと躊躇してしまう。
だからシャイニングさんが彼女達の傍についてくれるのなら行ってこようと思っている。光の大精霊がいれば大抵のトラブルはトラブルではなくなるから安心して自分の事に専念できるからな。
「あらー、私に大事な大事な妹ちゃん達を任せちゃったりしていいの?」
「大丈夫です。俺もシャイニング様を信用しますので」
昨日話してみて、少なくてもククル達に意味もなく危害を加えるような人ではないことは分かった。さすがにスイレンに対する信用には程遠いが、1日くらいならそれほど抵抗もなく引率を頼める。……もちろん保険をかけた上での話だけどな。
「いいわよー。ジー君が帰って来るまであの子達の安全は私が保障してあげる。それとジー君がいなくなった理由もあの子達にそれっぽく伝えておくわね」
「ありがとうございます、助かります!!」
ククルに説明するのが一番大変そうだと思っていたから、この申し出は本当に助かる。
「じゃあ善は急げっていうし、さっそくクロちゃんがいる場所へのゲートを開くわね」
言うや否や目の前にドアが現れた。
やけに煌びやかなのは、たぶんシャイニングさんの趣味なのだろう。
「この扉の向こうに彼女がいるわけなんだけど、注意が2つあるの。……1つはこの扉は一方通行であること。向こうに行ったら扉も消えちゃうから、帰る時は彼女に頼むか自力で何とかしてちょうだい」
「わかりました」
転移があるからこれは大丈夫だろう。
「2つ目。彼女は私達大精霊とは“次元”が違う存在よ。とにかく反則じみてるから、間違っても勝負を挑もうなんて思わないこと。勝ち負け関係なしに後悔することになるわー」
大精霊にそこまで言わせる程の存在……。
「覚えておきます」
「じゃあ注意事項も伝えたし、あの子達が起きて来る前に行ってらっしゃい」
「ええ、あとはお願いしますね」
やり忘れたことがないちょっと不安になったが、要は俺がさっさと行って戻ってくればいいのだ。
俺は1度深呼吸をして気持ちを切り替え、ゆっくりとドアを開いた――。
「ここは……」
ドアの先は明らかに普通の場所ではなかった。
まずここが室内なのか外なのかも分からない。地面がないのに立っていられるし、上と下を向いても見える景色は同じだ。あえて例えるのなら宇宙空間にいる、というのが近いが、浮かんでいるのは星ではなく歯車だし、宇宙の割には広さも然程感じない。……不思議な場所だ。
「あ」
後ろを向いたらドアがなくなっていた。これで最悪自力で帰らなくちゃいけないわけだ。
なんか急に心細くなってきた……。こんな訳分からん場所で時の精霊を1人で探さなくちゃいけないのか。つーか、本当にいるんだよな? 実は出かけていていませんってオチはないよな?
「……えぇい、行くか!!」
うだうだしててもしょうがない。気合を入れて探すぞ!!
「その必要はない」
「え?」
振り向くとそこには俺と同じ銀髪の美少女がいた。
……さっきまでは確かにいなかったのに。シャイニングさんといい、いきなり現れるのが流行っているのだろうか――。
「っ!?」
彼女の目を見た瞬間、膝を突きそうになった。
ヤバい、意識をしっかり保ってないと呑まれる……!!
「あ、あなたがクロノス様ですね?」
全身に魔力を漲らせながら、分かりきったことを尋ねる。
「肯定」
やはり。
ただ立っているだけで相手にこんなプレッシャーを与えられるなんて大精霊でも無理だ。となると必然的に世界最強しか有り得ない。……最大の決め手はここにいるからだけど。
でも例えこの空間ではなく街中で出会ったとしても、クロノスだと気付く自信はある。それだけ彼女のプレッシャーは強烈なのだ。
「初めまして。私はジル・クロフトと――」
「それで、何の用?」
口以外の体を一切動かさずに疑問を投げかけてきた。
俺の言葉を遮るくらいだから何か怒らせてしまったのかもしれないが、残念ながら彼女の表情からは何も読み取れない。
「世界最強のあなたにひと目会いたくてやってまいりました」
時を司るということだから、もしかしてせっかちな人なのかもしれない。そう思い、出来るだけ簡潔に説明した。
「そう。なら目的は達成したはず。迷子にならないうちに帰ることを推奨する」
「あーーー待って下さい!! いくつか質問があるのを思い出しました!!」
「何?」
踵を返そうとした彼女を慌てて引き留める。
この人、冗談とか絶対に通じないタイプだ。言った事を文字通りそのまま受け取る。……次からは発言に注意しないとな。
「えーっと……この空間はどういった場所なのでしょう?」
「私の部屋」
「シャイニング様とのご関係は?」
「知人」
「シャイニング様はあなたが世界最強だと仰っていましたが、事実なのでしょうか?」
「最強の定義が誰にも負けないことだとするならば事実」
「スイレン――ビチャビチャを知っていますか?」
「存在は認知してる」
「クロノス様の存在を知っている方はどれだけいますか?」
「在命なのはシャイニング、アインフィルク、ボボンボの3人」
アインフィルク? 初耳だ。闇の大精霊のことかな?
「時の精霊ということですが、他の精霊と比較するとどういった立ち位置になるのでしょう?」
「私と彼らに因果関係はない。互いに独立している」
「……時を司るとは具体的にどういう意味でしょうか?」
「ユピアーデの“時”を管理している、という意味」
「あー……では【能力】はご存じですか?」
「神の玩具」
プレッシャーに耐えながら思いつくままに質問をし、その上でクロノスを観察するのはかなり骨が折れる。おかげで答えを反芻している暇もない。
でもおかげで彼女について少し分かった。俺達は一見向かい合って会話しているようだが、実は彼女の青い瞳に俺は映っていない。こちらを向いているようで、俺ではない何かを見ている。それが何なのかまでは俺には分からない。思わせぶりなだけで何も見ていないかもしれないし、“時”をみている可能性もある。ただはっきりしているのは、彼女は目の前にとても可愛らしい子がいるのに無視をしており、それがとてもムカッとするってことだ。
「ではラスト2つです。4年前の襲来戦争ではお力を貸していただけなかったようですが、これからも貸していただけないのでしょうか?」
「私の役目はユピアーデの時の管理。バルディア達の目的が時を乱すことではない以上、力を貸す理由はどこにもない」
つまり人類が滅亡しても構わないってことか。
「わかりました。それではこれが最後です。私があなたと勝負して勝ったら、力を貸してくれますか?」
魔力を無駄に放出して無理やりにでも俺を見るよう仕向ける。
いつまでも無視してんじゃねぇぞ……!!
「……」
目論見は上手くいき、彼女は初めてちゃんと俺を“見た”。何もかもを見透かすような目でやや居心地は悪いが、視線は逸らさない。……――ああ、綺麗な子だ。見た目は学生でも通じそうなのに一体どこにこんな強そうな力が眠っているんだろうか。
「肯定する。ただし勝負内容は私が決める」
「え、あ、はい」
いかん、ちょっと見惚れていた。
集中しないと。
「ルールはあなたが時間内に“私”に触れられたら勝ちとする」
「わかりました」
……シャイニングさんには戦うなと言われたが、俺はクロノスの話を聞かされた時からどんな形式にしろ手合せしたいと思っていた。だって“世界最強”なんて血が疼くじゃん!! ふふ、最強に反応する辺り俺もまだまだ男の子だな。
「このタイマーがゼロになったらあなたの負け。それ以外は何でもアリ」
そう言うと彼女の上空に30:00:00の数字が表示された。
あれは……30分ってことか? だとしたら結構舐められたもんだな。
「制限時間は30時間。本気で挑まないとあっという間になくなる」
「30時間!?」
「スタート」
合図とともにカウントダウンが始まった。
残り29時間59分50秒ちょっとか……。んー、クロノスは逃げる様子もないし、もしかして馬鹿にされているのかな? あ、それとも新手のツンデレとか? 力は貸してあげるけど、ただではダメなんだからね!! みたいな。
まぁいいや。とっとと終わらせてククル達の元に帰ろう。
「ほいっと」
身体強化をフルにかけ、瞬時にクロノスの背後へと移動。そのまま彼女の肩へと触れた――と思ったら彼女の姿はそこにはなかった。
「なっ」
どこだ!?
「ここ」
後ろか!!
すぐさま振り向いて彼女に手を伸ばすが、また寸での所で彼女を逃してしまう。
「速さは私の前では無意味」
「……」
俺の1m前で表情を乱すことなくこちらを見ている。
なるほど……甘く見ていたのは俺か。これは一筋縄ではいかなそうだな。
「ん、あれ? 時間が……」
ふとタイマーを見たら24:59:42秒になっていた。
……おい、どういうことだよ。まだ1分も経ってないはずだぞ。何でもう5時間も進んでいるんだよ!?
「驚くことじゃない。あれから本当に5時間経っただけのこと」
「そんなバカな!?」
「事実。ユピアーデはもう正午を過ぎている」
「――」
俺の認識では朝の6時過ぎにここへ来て、まだ10分も経っていないはずだ。
……冷たい汗が頬を伝うのが分かる。
「理解した? 私は時の精霊クロノス。この空間にいる限り何人たりとも私の支配からは逃れられない」
ヤバい、とても勝ち目があるとは思えない。
向こうがその気になれば一瞬でタイマーをゼロにできるってことだろ? そうなれば俺は30時間も無駄にすることになる。
どうする、ギブアップするか?
「ギブアップは認める。でもペナルティは当然支払ってもらう」
「ペナルティ……?」
「敗者の責務。私が負ければあなたに力を貸し、あなたが負ければあなたの時間を1年貰う」
「……」
考える余地なんてない。
『【自由自在】の制限を解除しますか? Yes or No』
Yesにタッチし、久しぶりに本気モードになる。
「それでいい。あなたが取るべき最善の道は全力で足掻くこと」
先ほどとは比にならぬ速度で近付き、『捕らえる』というイメージを強く抱いてクロノスの腕を掴む。
「よし!!」
今度は絶対に捕らえた!!
「それは“3秒前の私”。“私”じゃない」
掴んだはずのクロノスの後ろに、もう1人クロノスがいた。
何が起こっているのか頭を整理しようとすると、掴んでいた方の彼女が消えた。
「ちっ」
反射的に目の前のクロノスを追うが、すぐにこちらも消えてしまった。
「こっち」
上を見ると3人のクロノスがふよふよと浮いている。
「全員撃ち落とす!!」
能力で生み出した豊富な魔力を使い、聞いた者を気絶させる音を響かせる。
だが音は響き渡るだけで彼女に何の効果も与えない。
「その程度の攻撃は無意味」「時間の“理”を理解しない限り私には届かない」「つまりあなたの想像力では時間に触れることすらできない」
「……」
タイマーを見ると22時間を切っている。
あー……まいったねこりゃあ。
ちょっと反則過ぎやしませんか?




