第29話 お風呂
「はぁ~~~~~癒されますね~~……」
夜空にきらめく星々を眺めながら足を悠々と伸ばし、体の芯から温まるお風呂に浸かる。まさに至福の一時です。今日の疲れが一気に吹っ飛んでいくのを感じます。碌な一日ではないと思っていましたが、このお風呂だけで帳消しにしてもいいかもしれませんね。
「どう? すっっっっごいでしょ!! 大衆浴場並の広さをレキア達だけで独占できるんだから!!」
「浮いている花びらはラフェの花? ほのかに甘い香りがしていいね。確かリラックス効果もあった気がしたし、私も家でマネしてみようかな」
しかし残念なことに余計なのが2人もいます。
こいつらじゃなくて兄様と一緒に入りたかったのですが……しかたありませんね。まだ1日目ですし、チャンスはいくらでもあります。それにいざとなれば強引な手段を取ればいいだけの話。今は悔やんだり焦ったりするよりも、この快感に身をゆだねた方がよっぽど有意義です。
「ねぇねぇ!! アリサ達はクロスセブンの学園に通っているんだよね? レキア、学園ってどんな場所か興味あるから教えてくれたら嬉しいな!!」
「アリサ」
面倒です。巫女の相手はアリサに任せましょう。
「教えてもいいけどさ、本当は興味ないんでしょ?」
「――」
「私達しかいないんだし、ぶりっ子はやめて本音で喋れば?」
いいお湯です……。
なんだか肌がスベスベになっている気がしますし、ただのお湯じゃなくて何か混ぜているのかもしれませんね。……まったく贅沢なことです。血税をお偉方の肌の為に使うのですから。ですが所詮他国の金。私が気に病む必要などまったくないでしょう。
「あーあ、やっぱりバレてたんだ。女ってホントそういうのに敏感だよねー」
「レキアが分かりやす過ぎるんだよ。王子以外みんな一瞬で気付いてたから」
「ふ~ん。……じゃあさ、気を取り直して恋バナしよ恋バナ!! 2人とも年上なんだし恋愛経験の1つや2つくらいあるんでしょ?」
……。
「ない。次」
「えぇーーーないのっ!? だってスイレン様の契約者なんでしょ!? 男なんて選び放題だろうし、口を開けてれば勝手に向こうからやってくるじゃん。それを抜いたって容姿はいいんだから告白してくる人も多いんじゃない?」
「そうだね、自慢じゃないけどメイユ市にいた頃からけっこう告白されたかな。でもタイプじゃないから全員断ったの」
……あぁ、そう言えば前の学園でアリサに振られたと落ち込んでいるクラスメイトがいましたね。……そいつは次の日に私に告白してくるどうしようもない奴でしたが。あまりにしょうもなさ過ぎて今でも覚えています。
「へぇーーー、男に対する理想が高いんだ。どんな人が好みなの?」
「優しくて私より強い人。あとバカは嫌。種族は……特に気にしないかな」
「あちゃー……大精霊と契約してるんだからアリサより強い人なんて数えるくらいしかいないじゃん。妥協しないと行き遅れるよ?」
「余計なお世話。で、私は話したんだからレキアの恋愛事情も教えなさいよ」
「レキアは巫女やってる関係で清い体のままでいなくちゃいけないの。だから巫女辞めるまでは当然男と付き合えないんだよねー。……でも将来は優しくてカッコよくて頼りがいのあるお金持ちの男と結婚したい!! あ、貴族はしがらみが多いからダメね。冒険者みたいに自由な人がいいな~」
おや、ビッチの真似事をしている癖に処女でしたか。てっきり「昨日は3人の信者とヤッた」とか言うと思っていたのに意外です。
「じゃあ次はククルの番ね。レキア達の話を聞いたんだからちゃんと教えてよ」
……やれやれです。
「私はすでに心に決めた人がいます。あとは振り向いてもらえるよう、ひたすら努力するだけです」
「きゃーーーーーおっとなーーーっ!! すごい一途なんだね!? で、どんな人なの? さっきは否定してたけどまさかミュランとか?」
「はっ、誰があんな王子を好きになるもんですか。王子なんかよりずっと素敵で圧倒的に頼りがいがあって心から甘えられる方です」
「恋してるんだぁ。……いいなー、レキアもいつか甘酸っぱい恋がしたいなー」
「恋はするものじゃないの。気づいた時にはしているの」
クサいセリフを吐きながらアリサが立ち上がりました。のぼせたのか、ふちに座り足だけをお湯につけています。立ち上がった際に少し揺れた胸がなんとも憎たらしいですね。タオルを巻いて隠すのがマナーでしょう。……私の胸ももっと頑張って欲しいです。
「ゴメン、今のはちょっと恥ずかしかったね。忘れて」
「ふふ、いいよ、聞かなかったことにしてあげる。……じゃあ、続いてミュラン――は女性経験なさそうだしいいか。となると最後はジルね。ジルって彼氏とかいるの?」
彼氏……。半日行動を共にしたのにまだ勘違いしているのですか。鈍いですね。兄様も早くお教えすればいいのに……。どうも兄様は初めての事に対して様子見する癖が見受けられますね。とりあえず黙って対象の反応を探り、それからどうするかを決める。直した方がいい癖だと思いますが、私ごときが口出しするのも生意気でしょう。ここは兄様の意思を尊重し、黙っているとしましょう。
「“彼氏”は絶対にいない」
「同意見です」
付け加えるとしたら彼女もいないということですかね。
「ふ~ん、ジルも独り身かぁ。なんかジルって男慣れしてそうな感じなのにねー。好きな人とかもいないのかな?」
「それは分かんない」
「同じく」
「でも私の勘によると、ジル様は来年の夏が終わるまでには将来のパートナーを見つけていると思うよ」
!?!?!?!?!?!?!?!?
「あー、なんかわかる気がするー」
「い、いま……なんと……?」
「ただの勘だよ? 何を驚いているの?」
このメス――不思議そうなセリフとは裏腹に、ニヤッと挑発する様な笑みを浮かべやがっています!! 絶対に喧嘩売ってます!! ……無性に腹立たしいですが、ここは敢えて無視です。アリサが兄様を好きだという確証は今の所ありませんし、私をからかっているだけかもしれません。いえ、むしろそっちの方が可能性は高いでしょう。
大丈夫です。今の兄様を好きになる女なんていません。いるとしたらそいつはレズ。兄様は同性愛者に興味はないはずなので心配する必要はありません。奴は適当なことを言って私の反応を楽しんでいるだけです。なら私は迂闊に噛み付いて弄られるのだけは避けなければいけません。
「そうですね、ややオーバーリアクションだったかもしれません」
「ふふ、ククルはジル様が大好きだもんね」
「へー、やっぱククルってお姉ちゃんっ子なんだ」
何故かアリサが妙に嬉しそうです。……不気味ですね。そんな喜ばすような要素はあったでしょうか? 逆につまらなさそうな顔をすると思ったのですが……。
まぁ、いいでしょう。アリサが何を企んでいようと私は私のやり方を貫くだけです。いちいち人の言動に反応していては切りがありませんからね。
「……ん~、そろそろ恋愛の話はやめて、おっぱいの話をしよっか」
――瞬間、私とアリサは風呂場の出入り口へと向かっていました。
ちっ。ふちにいた分、アリサの方が早い……!!
「どこ行くの?」
アリサが出入り口に触れる寸前で光の十字架が現れました。
「冗談半分で言ったのにそんな反応を見せられた所為でマジになっちゃったじゃん。2人には力ずくでもレキアの話に付き合ってもらうよ」
十字架は幾重にも現れ、出口が見えなくなるほど埋め尽くしていきます。……なるほど、ただの広告塔ではなかったのですね。
「……いいよ、さっきから年下の癖にタメグチで気に入らなかったんだ。巫女だからって何でも許されるわけじゃないってことを教えて上げる」
タオルを巻いて戦闘態勢に入りました。
目を見ればわかります。アリサもやはりあいつが嫌いでしたか。
「いいでしょう。私も年上として巫女の教育に協力してやります」
「2人ともやる気だね。言っておくけどレキアは強いよ?」
アリサと顔を見合わせ頷きます。
私達よりちょっと胸が大きいからって調子に乗ったことを後悔させてやります……!!
「あぁ……いいお湯だなぁ……」
1日の疲れがほぐれていく……。
足を伸ばせるくらいの広さを1人で独占。ちょいと上を向けばそこには満点の星空!! お湯も肌に良さそうだし、まさに至れり尽くせりだな。
レキアとの買い物もけっこう楽しかったし、サンフレアへ観光に来て良かった。
「……っ!! ……――ゃ……!! ――――はははは!!」
「んー?」
遠くの方が騒がしい。
ククル達かな……?
何だか愉快な笑い声も聞こえたし心配はないか。きっと裸の付き合いを通じて仲が深まり、女の子同士ではしゃぎ合っているのだろう。俺としても3人が仲良くなるのは大歓迎だ。
「あらー? 妹の成長を喜ぶお姉ちゃんみたいな顔してるわよ?」
ふと声がしたので横を向いたら、光の大精霊がいた。まるで最初からそこにいたかのようにリラックスした表情で湯に浸っている。一応タオルで大事な所は隠しているが、胸の谷間はバッチリ見えていらっしゃる。別に興味はないけどな。
「こんばんは。今お戻りになったところですか?」
とりあえず当たり障りのない挨拶と質問。
俺達が散策を終え、夕方の6時くらいに宮殿来た時シャイニングさんは偉い人の見送りだとかでいなかった。結局俺達5人だけで食事を済まして今に至るんだが……まさか俺の所に来るとはな。
「そうよ、ようやく追っ払ってやったわー」
「そうですか。なら私ではなくレキアの所へ行っては?」
「ええ、ジー君と大事な話が終わったらそうさせてもらうわ」
「……」
やだなー、せっかく風呂に入ってるんだから真面目な話は後にしてくれればいいのに……。
「話を始める前にジー君から何か質問があったらそっちを先に答えるわよ?」
えーっと、質問、質問は……。
「特に無いです」
シャイニングさんの元で勉強しているメルフィがどうしているかは気になっていたが、風呂に入る直前に彼女から「闇のジジイの元で勉強中」と便りが来たので、聞きたいことはない。……それにどうせ俺が本当に知りたいことは聞いても答えてくれないだろうし。
「ないなら私が質問するわね。――ジー君は何で胸までタオルで隠しているの?」
「悪いですか?」
「いいえ、悪いとは言わないわ。ただ、ジー君のそういう所が人を勘違いさせているということはもっと自覚すべきだと思うの。そんなんじゃあ彼女なんて一生できないわよ?」
「うっ……」
割とガチな指摘だ。
確かにこのままでは彼女は無理かも。欲しいとは思いつつ、俺がやったことと言えば自分の女らしさを磨いただけだもんな。……OK。俺も覚悟を決めよう。このサンフレアの観光が終わったら、クロスセブンでナンパする!! そして女性とキャッキャウフフしてみせる!!
「あら、何やら燃えているわねー」
「ええ、彼女を本気でつくる努力をしようと思います」
「いいことだわ。じゃあ手始めにそのタオルを取って完全な裸になってみない?」
「意味が分からないです。お断りします」
「むぅ、手強いわね」
……もしかしてだけど、この人も俺の性別を確かめたくってあんな質問を……。そんなわけないよな?
「……さて、冗談はこれくらいにして本題に入るわね」
「!!」
急に周りの空気がピンと張りつめた。
お風呂で弛緩しきっていた体も、シャイニングさんの真面目な顔を見たら緊張してきた。
「ジル、あなたは4年前の襲撃の際、“敵”の中で一番強いと思われる存在と戦ったわよね?」
「バルディアのことですね?」
「そうよ。メルフィから聞いたけど、とてつもなく強い奴だったらしいわね」
「ええ。忌憚のない意見を言わせてもらえば、大精霊が束になってかかっても奴相手にまともなダメージを負わせることなく敗北するでしょう」
奴をかろうじて退けることが出来たのは、奴の慢心と情報不足、そして運のおかげだ。断じて俺の実力などではない。
「しかも“敵”の側にはバルディアには及ばないまでも、彼に近い力を持つ奴が数人いるらしいわね」
「はい。奴の部下の記憶を視たので間違いないです」
「さらに“敵”は多数の強力な魔物を操る技術まである。そして唯一の対抗手段とも言える【能力】をも奴らは無効化できる。……ふふ、私はね、この話を聞いた時『どうしようもないな』と思ったわ。だって“敵”が強すぎるんですもの。10年の猶予があるとはいえ、対処するには時間があまりにも足りないわ。諦めるという選択肢さえ頭をよぎったわ。……それでね、ジルはどうなのかしら? 4年をベッドの上で無駄に過ごし、今ものんびりとお風呂に入っているあなたは刻一刻と迫る危機についてどう考えているのかしら?」
……。
「敵は全て倒す。ただそれだけです。バルディアも俺がきっちり仕留めます。なんならシャイニング様は諦めていてもいいですよ?」
「……お年寄り相手に翻弄された人のセリフとは思えないわね。根拠はあるの?」
「うーん……それを言われると痛いですね。今はいろいろと準備期間なので根拠も示せません。ですが――早ければ来年の冬くらいには、俺の事を少しは信用できるようになっていると思いますよ」
「ん~~~………………………………わかったわー、来年までジー君を信用してみるわ」
長い沈黙の後、張りつめていた空気がゆるーくなった。
「信用するだけでほとんど何もしないけどねー。せいぜいこれまで通りレストイアの国力を高めるくらいかしら」
「それで十分ですよ」
「でも、それだけじゃあなんだから、とある人物に会わせてあげる」
「……」
また新しいキャラが増えるのか?
申し出は嬉しいが、ククルやアリサ、ミュランとどういう関係を築くのが望ましいのか決まってないし、レキアだってまだ探り段階なんだから、正直お断りしたいかも。
「嫌そうな顔ねー。……でも、その人物の名前を聞いたら絶対に会いたいと思うわよー」
そこまで言われるとちょっと気になるな。
「では教えてください」
「彼女の名はね――時の精霊クロノス。文字通り時間を司る、この世界“最強”の存在よ」




