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1.5mの世界  作者: 粗井 河川
2章
76/144

第25話  ジジイ

 部を結成してから2週間。

 3人でちょっとずつ私物を持ち込んだ結果、何もなかった部室も随分と過ごしやすくなった。椅子にテーブルに鏡といった必需品はもちろんのこと、クッションやカップ&ソーサー、ハンガーラック、衣装ケース、身支度を整える小道具など、あれば便利な物も揃えためもはや他人がこの部屋を見たら何をする部なのか分からないだろう。

 まあ、俺もきちんと説明できるわけじゃないんだけどな。


「▽7八金、王手です」


 今なんてアリサと将棋をしているし。

 先日、暇潰し代わりに始めたのだが思いのほかアリサが気に入り、部活中はこればかりしている。もう観察を目的とする部の内容じゃないよなー。もう将棋部に改名した方がいいんじゃないかってレベルだ。

 えーっと、それで王手をされたから金を取るか王を逃がすか……んー、飛車が嫌な位置にいるな……。ここは逃げた方が……あれ、つーか詰んでね? どうやってもあと数手で完全に詰む。


「……負けました」


「やった、これで私の3連勝ですね」


 ぐぬぬぬ……将棋歴10日にも満たぬ少女に連敗を喫するとは……。別に将棋が得意なわけじゃないが、負けを重ねるとなるとさすがに悔しい。例えルールを覚えて2日目にして穴熊囲いという戦法を使ってくるような子相手でもだ……!!


「ふふふ、将棋は面白いですね。戦略性が高く、時を忘れて思考の海に潜ることが出来ます。それにどことなく『フォートレス』に似ている気もしますね。私という王を護りながら敵を討つ。戦術や状況次第では攻撃にも防御にも姿を変える。……ええ、やはり通ずるものがあります」


 アリサが楽しそうに笑っている。

 その姿を前にすると勝ち負けなんてどうでもいいかと思えてくるから不思議だ。


「惜しむらくは私の周りは将棋をする環境ではないということでしょうか。スイレン様とお姉ちゃんはこういった頭を使うものは嫌いですし、クラスの子と休み時間にやるには時間が足りなさ過ぎますからね。そういうわけでジル様には申し訳ありませんが、当分は私の相手をお願いします」


「構わんよー」


 俺も負けっぱなしでいるつもりはないし、むしろ望むところだ。


「ふふ、“2人”で切磋琢磨していきましょうね」


「おう!!」


 ん、2人?


「お~い、僕もいるぞ~……」


 ランニングから帰って来たミュランがヘロヘロになりながらも恨めしそうな目を向けてきた。……将棋に没頭して忘れていたわけではない。


「終わりましたか。それでは時間が許すまで魔法の特訓ですね」


「おー……」


「目を瞑って復唱しながら手のひらサイズの炎を出してください。はい、『赤より強し、青の炎』」


「赤より強し、青の炎……赤より強し青の炎……赤より……」


 ぶつぶつと言いながら出す炎の色は赤。目標としている青色ではない。しかし2週間前と比べれば、幾分赤色は薄くなってきている。この調子ならひと月以内には青色を出せるんじゃないかな?


「声が小さいです。もっと大きな声で!!『赤より強し、青の炎』」


「赤より強し、青の炎……!! 赤より強し――」


 やり方がちょっと洗脳っぽいのは気になるが……、アリサにミュランをきちんと鍛える気があってよかった。ひょっとしたら俺の性別を確かめる為だけに入部させたのかと心配していたのだが、目の前の光景が杞憂だと証明している。あれからアリサも仕掛けてくる気配はないし、しばらくは平和が続きそうだな!!


「ジル・クロフトさんはいますか?」


 先ほどの対局の反省をしようとしたらクーミル先生が部室に入って来た。


「はい、なんでしょうか?」


「貴方の祖父を名乗る人物が訪ねてきましたよ」


「祖父?」


「ええ、来客用の玄関で待っていますよ」


 ふむ、急だな。

 ――当たり前と言えば当たり前だが、俺にも祖父はいる。どちらも存命のはずだから孫の顔見たさに訪ねて来たんだろうとも思える。ただし、一度でも面識があればの話だがな。

 親父は魔法がろくに使えない出来損ないと蔑まれたことから仲は最悪、母さんの方は詳しく知らないがハーフエルフとエルフの関係上どうたらこうたらとで、もう30年ほど会っていないらしい。よって俺は祖父母との面識が一切ないため、そんな人が何しに来たのか全く分からん。

 んー、ほいほいと気軽に会っていいのかな?


「ジル様。その人、99%の確率で偽物なので会われるのなら気を付けて下さいね」


 ……。


「了解。じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」


「わかりました。王子の特訓はこちらでやっておくので、長引きそうなら戻って来なくても大丈夫ですよ」


「頼むな。クーミル先生もありがとうございました」


「いいえ、お礼の言葉なんて不要です。アメの1つでもくれれば私はそれで満足ですから」


「はいはいどうぞ」


 偽物か……。

 何が目的か知らんが、そいつもまさか会う前にバレるとは思ってもいないだろう。




「おお~! ジル……なのか?」


 玄関まで行くと、疑問の声と共に白髪のじいさんに出迎えられた。背は俺よりも高く、ナイスシルバーって感じの容姿。足腰と口調もしっかりしているし、ボケて俺を孫と勘違いしているという線はなさそうだ。


「はい、ジルクロフトですよ。初めまして、ですよね?」


「そうじゃな、初めましてじゃ。……うむ、可愛らしく成長してようで儂はとっても複雑じゃよ!!」


 その顔は孫の成長を喜ぶ祖父に見えるが、油断は禁物。99%演技だからなこれ。


「それで、一体私に何の用ですか? 今まで会ったことも無いのに」


「ほっほっほ、せっかちじゃな。――よかろう、しばし眠っていなさい」


「っ」


 じいさんが怪しい笑みを浮かべたと思ったら、急に意識が遠のいて――。

 ………………。

 …………。

 ……。

 分析完了。

 原因はジジイが使ってきた一種の催眠魔法。対象の意識を奪い、術者の命令に従う傀儡へと変える魔法。

 結論:流された魔力と質から危険度中。能力を使う必要はない、と。


「むう? いまいち効きが悪いような気がするのう。……ジルや、自分の妹の名前を言ってみなさい」


「はい、ククル・クロフトです」


「うむ!! ちゃんとかかっておったか」


 満足そうに頷くジジイ。

 だが残念。魔法はすでに解除してある。魔法にかかったふりをしているのは何故こんなことをしているのか真意を確かめる為。能力を使えば一瞬だが、出来るだけ能力には頼りたくないからこれでいく。


「では質問じゃ。正直に答えなさい。お主は可愛らしい容姿をしておるが、本当に男なのかね?」


「いいえ、女です」


「やはりの。おそらく家の事情なんじゃろうが……その容姿で男は少々無理があるのう。そこまでして隠す必要があるのか……。まぁよいか。次じゃ。お主が観察部に入れた理由は?」


 “入れた”か。だいたいの目的がわかってきたな。


「私がアリサ・フィーリアの親友であるククルの兄だからです」


「ふむ、儂の当初の予想と一緒じゃな。安全そうな者しか入れないということなんじゃろう。……では次じゃ。アリサ・フィーリアの契約なしでの純粋な実力は? 予測でも構わん。お主の意見を述べよ」


「知らね」


「む?」


「同年代で勝てる者はいないでしょう」


「これもおおよそ報告の通りじゃな。じゃが、実際にこの目で確かめてみんと納得できん。だからお主にはこれから彼女を怪我をさせない程度に襲ってもらう。果たして身内から突如攻撃された時どう反応し対処するのか。ほっほ、期待通りだと嬉しいのう」


 ここまでだな。

 どうやら狙いはアリサの実力を確かめることのようだが、これ以上の詳しい情報は手に入りそうにない。あとは実力で聞き出すとしよう。


「バインド!!」


「ぬう!?」


 魔法の鎖で足と腕を拘束し、身動きを取れなくしてやる。


「ふふふ、次は俺が質問する番だな」


「なるほどのう、魔法にかかったふりをしておったのか」


「さあ、何故アリサのことを試そうとしたのか吐いてもらおうか」


「断る。『チェンジ』」


「なっ!?」


 ジジイを縛っていたはずの鎖が消え失せ、逆に俺が鎖で縛られている。


「ほっほ、儂を捕まえようなんて50年早い。もっと精進するんじゃな」


 勝ち誇ったセリフを残して逃げやがった……!!


「待て!!」


 すぐさま魔法を解除し、身体能力強化の魔法を自身にかけてジジイを追う。

 まっすぐと校門へと向かっているが、所詮はジジイの体力。一気に距離を縮めてやり飛び蹴りをを食らわす。


「ふん、大したことない――げっ!?」


 倒れたジジイの体を拘束しようと腕を掴むと……妙に硬い。こいつ、ジジイに外見を似せたゴーレムだ……!! 確かに少し目を離したが、ほんの一瞬だったぞ? どんな早業だよ……。

 ダメ元で周りを見回してみるが、ジジイの姿はない。逃げられたか……。


「いや、逃がすものか」


 あの調子だと必ずまたやって来る。アリサに危害を加える気ではなさそうだったが、少しでも可能性がある以上ここで捕まえてみせる。


「行け、風の瞳よ」


 目を瞑り、上空へ一陣の風を放つ。地上から20mくらいの地点に“視点”を固定し、上からジジイを探す。

 どこだ? まだ遠くに行っていないはずだが……。


「お、ジルじゃん。こんな所で目なんか瞑ってどうしたんだ? 触っていいってことか?」


「ちょっと黙っててくれ」


「もごっ!?」


 ちっ、高さもあるしまだあのジジイを見慣れたわけでもないから探しにくい。……ん、ちょいちょい辺りを気にしている奴がいるがあれか?


「……追いかけるか。それじゃあな」


「ふごふごー」


 口いっぱいにアメを頬張って幸せそうなクラスメイトを置いて駆け出す。そして学園を出たところでふと思い立った。このままジジイを追いかけても直前でバレてより逃げに徹せられる危険があるじゃないか? それに街中で制服を着たまま戦闘に突入すると目立つ。だから――。ポニーテールを解いて髪を下ろし、能力でパッと私服へと着替える。これならバレる前に捕まえられるはずだ。

 ちょうどジジイを発見したので、スピードを落としてゆくっりと近づく。一瞬こっちを見たが気付いた様子はない。このまま――。


「ストーキングライト」


「うわ!?」


 顔の前に光る球体が現れて視界を塞がれた。動いたり球体を掴もうとしても意味はなく、常に俺の顔の前に引っ付いてくる。


「ほっほっほ、甘い、甘すぎるのう。闘気が漏れていて丸わかりじゃったわい。さ、これ以上は時間の無駄じゃし諦めてそこでじっとしておるんじゃな」


「舐めんなよ……失せろ!!」


 光の球体を魔力を込めた腕で強引に掻き消す。


「「ふぉっほっほっほ、本物はどーれじゃ?」」


 視界が戻るとジジイが7人に分裂しており、全員が一斉に別々の方向へ逃げ出した。


「待ちやがれ!!」


 俺は迷うことなく1人を選んで追いかける。そうそう騙されたりはせん。


「むむ、意外としつこいのう。スピードアップじゃ」


 クソッ、ジジイの癖に素早い。さっさと魔法で仕留めてやりたいが通行人もいるから危なくてダメだ。……あぁイライラする。捕まえたらどう料理してくれようか……って、いかんいかん。さっきから言葉遣いと思考が野蛮になってきている。今の俺は全然可愛くないぞ。もっと冷静にならないと。


「ほれ、これでも食らえ」


 ん、何かを打ち上げたな。慌てず観察を――。


「へぶ」


 上に注意を払った瞬間、何かにつまずき勢いよく転んでしまった。

 足元を見れば不自然に地面が盛り上がっている。……じいさんの仕業だな。打ち上げた物はフェイクだったのか。


 バシャッ。


「…………」


 冷たい水が降って来た。

 全身が濡れ、髪と服がぴったりと自分に張り付いている。


「お、おい、君、大丈夫かね? その……いろいろと際どくなっているぞ?」


 …………ふ。


「ふふ、ふふふ……あはははははははははははは!!」


「ひいっ!?」


 穏便に捕らえようと思ったがヤメだ。

 もう年寄りだからと遠慮はしない。

 傍迷惑な老人から“敵”へと認識を切り替え、特殊な身体強化の魔法をかける。


「10秒で蹴りを付けてやる」


 その言葉と足を踏み出す。


「き、消えた……?」


 2秒後、“敵”に追いつく。スピードを落とすことなく奴の襟を掴み疾走。


「ぬおおお!?」


 5秒後、暴れて抵抗する“敵”に構うことなく引き摺り続ける。


「せや!!」


 7秒後、人気のない場所に到着。手に持っていた“敵”を放り投げる。


「がはっ、ごほっ……まっ、待った!! 降参じゃ!!腰を痛めてしまった!! はぁ……まったく……とんでもない奴に手を出してしまったわい……」


「なんだ、10秒もいらなかったな」


 これからさらに攻撃を加えようとすると、両手を上げてギブアップをしてきた。確かに見た目はボロボロだが……服だけで実際のダメージはないかもしれない。罠かもしれないので一定の距離を取りつつ、いつでも反撃できるよう準備は怠らないでおく。


「油断していたとはいえ、まさか秒殺されるとはのう……。ただの学生ではないと、最初の催眠が破られた時点で気付くべきじゃった」


「反省はいい。降参するならあんたが誰で何をしに来たのか洗いざらい吐いてもらおうか」


「……いいじゃろう。敗者は勝者に従う義務がある、話そう。……儂は帝国の辺境で領主をやっている者でな、ここへ来たのは孫がここに編入することに決まったからどんな場所でどんな生徒がいるのか調べようと思ったからじゃ。特に半年も経たずに一部から学生最強と称されているアリサ・フィーリアの実力に興味あってのう。果たして孫と競え合える程なのかどうか知りたかったんじゃ。まぁ、結果は彼女に会うことすら出来ずこの様じゃ」


 要は孫の為に下見しに来たのか。

 それなら、こそこそせず堂々と正規の手段で来ればいいのにな。孫に内緒にしたかったのか、それとも立場上それが出来なかったのかね? ……あれ、俺、そんな立場の人をボロボロにしちゃったけど大丈夫か? 嫌だぞ俺が原因で戦争とか。それにお偉いさんに俺の実力を知られるのも面倒事の種だしよろしくない。……話を聞いたら記憶を消しておくか。


「あとはだいたい想像がつくけど念のため聞く。俺を利用しようとした理由は?」


「彼女に近しい人物なら誰でもよかったんじゃが、お主を利用するのが一番手っ取り早いと思ったんじゃよ。観察部のメンバーで、かつ容姿以外目立った点がないから余裕じゃろうと」


「ふーん。でもまぁよく調べたもんだよ。観察部なんて2週間前に発足したばかりなのに」


「2週間も経っているからのう。ギルドの連中ならとっくに嗅ぎ付けるわい」


「ん? もしかしてじいさん、ギルドの関係者なのか?」


「これでもAランクの冒険者なんじゃぞ」


「へー」


 さっき濡れたせいで体が冷えてきたし、このくらいでいいか。さっさと記憶を消しちゃおう。


「……のうジルや、もし、もしじゃよ? 儂の記憶を消そうなどと思っているならやめた方がよいぞ」


「!?」


「儂の精霊が気づかれない位置から一部始終を見ておる。例え記憶を消したとしても意味はないぞい。むしろ『記憶を消せる学生がいる』と儂に危機感を抱かせるやもしれん。儂は今後フィーリア姉妹に一切手を出さず、お主の事も他言せぬと約束するから黙って見逃してくれんかの?」


 ……。


「いいよ。別にじいさんをどうこうしようなんて思ってなかったし」


「ほっほっほ、そうか儂の早とちりじゃったか。じゃが約束はちゃんと守るから安心せい」


 できれば粛正会のおぼっちゃまと違ってこのじいさんは放置したくない。またやっかいごとを運んできそうな“風”を感じるからな。……でも嫌な感じはしないし、多少のトラブルは経験値になると割り切ろう。


「それで儂からも1つ質問なんじゃが……お主は本当に男なんじゃな?」


「YES。女だっていうのは嘘だからな」


「そうかそうか!! 世の中にはお主の様な男もおるんじゃな。ほっほ、なかなかに実りのある視察じゃったわい」


 楽しそうに笑うじいさんだが、残念ながら俺の方は何も得ていない。

 ふむ……水までかけられたのに不公平だよな。

 ボロボロにしたとはいえ、ただ引き摺っただけだからあまり攻撃した感もないし……もうちょっとくらいならいいよな?


「よし。じゃあ、おじいちゃん。今から金蹴りするからね」


「まてまて!! 何が『よし』じゃ!? 不能になってしまうわい!? ちょ、ちょ、まて近づくんでない……!!」


「大丈夫、加減はするわ。それにこんな可愛い子に蹴られるなんてご褒美でしょ?」


「年寄りをもっと労わらんか――はうっ!?」


 うん、スッキリした!! さ、帰ってお風呂に入ろ!!

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