第24話 観察部
観察部――。
興味のある事象を観察するための部。
部員3名。
部長:アリサ・フィーリア。
責任者:ジルロット・トライフォース。
「これがこの部の主な概要です。わざわざ説明する程のものでもありませんが、最初くらいはしっかりしようと思い説明させてもらいました」
放課後、俺、ミュラン、アリサの3人は新しく立ち上げた観察部の部室へと集まった。部室は校舎の3階にある空き部屋で10畳くらいの広さ。実績もなく活動内容も曖昧な部に与えるには少々もったいないんじゃないかと思うが、使っていない部屋は他にもあるみたいだから遠慮する必要はないだろう。
せっかくだから、私物とかを持ち込んで居心地のいい空間にしたい。今は机や椅子すらないから、これが最優先で……あとは全身鏡とか欲しいなー。あれば休み時間とかにも部室に立ち寄って使えるし絶対便利だ。あとでアリサに提案してみよう。
「質問をいいかい? この部は君が他の部に勧誘されないために作ったのだろう? 実際に活動する気はあるのかい?」
「あります。そうじゃないと廃部にされてしまいますからね。当分は真面目にやっていくつもりです」
「わかった。なら僕も参加するようにしよう」
「ジル様は質問ありますか?」
「俺は……ないかな」
唯一、気になるのは責任者がジルロット先生であることだが、ここは普通、疑問に思う所ではない。だからスルーだ。
「それならそろそろ記念すべき最初の活動を始めましょうか」
いよいよか。
「具体的には何をするんだい?」
「観察部というからには、何かを観察するんだろう? 何、もしくは誰を観察するんだ?」
「最初の観察対象は――、王子様にしようと思っています」
「え、僕かい?」
アリサの指名にミュランがきょとんとしている。
俺はアリサがただの人数合わせでミュランを入れるとは思っていなかったから、そこまで意外でもないかな。
「ジル様は王子のコーチなのですよね? 私も協力しますので、王子の成長具合を観察しましょう」
へえ、アリサがミュランの特訓を手伝ってくれるのか。部活をしながらミュランを鍛えられるのは時間の節約にもなるからありがたい。
「俺はOKだが、ミュランはどうだ?」
「僕も構わない。むしろお願いしたいくらいだ」
「決まりですね。当面の間は王子を鍛えつつその成長過程を観察するということで。……そうですね、目標があったほうがいいでしょうから、学年末に行われる闘技大会で王子を優勝させるというのはどうでしょう?」
「それは面白い!!」
闘技大会は12月に行われる学園のイベントで、学年ごとに任意の参加者を募り、最強の座をかけて競い合うのだ。俺は全く興味なかったが、ミュランにはいい経験になるだろう。まだ半年近くあるし、1位は十分に狙える。……つーか、今やっても組み合わせ次第ではいけるんじゃないか?
「ちょっと待った!! まさか君達は出場しないよな!?」
「私達は出ません、たぶん。……それでですねジル様、ただ1位を狙っても面白くないと思うんですよ。どうせならインパクトのある勝ち方をさせてみませんか?」
ふむ……。
「いや、そこは普通でいいんじゃ――」
「ならいい考えがある。青い炎で戦わせてみるってのはどうだ?」
「青い炎……。なるほど、完全燃焼を魔法で再現するんですね」
「どういうことだい?」
「簡潔に言うと、赤い炎よりも青い炎の方が温度が高いということです。……これだけではわかりにくいでしょうから……王子、小さめの火球を出してみてください」
「え? あ、ああ」
言われるままに拳骨サイズの火の玉を宙に浮かべる。ミュランはその場に魔法を留めるようなのは苦手だから、いまいち安定していない。炎も何だか頼りなく見える。
「では次に私の炎と比較してください」
そう言ってアリサが出したのは青い炎。ミュランの炎と同じサイズなのに熱量と安定性がかなり違う。手を近づけてみると、その違いがはっきりわかる。ミュランの炎は温かいのに対して、アリサの炎は熱い。
「君は火属性も持っているのかい!?」
「いいえ、私に火属性はありません。……そんなことよりもよ~く、覚えておいてください。『火は赤より青の方が熱い』と」
「赤より青……」
「小難しい理論なんて無視です。それだけを頭に叩き込んでください」
「わ、わかった」
あんまわかってなさそうな顔で頷くと、アリサの青い炎がふっと消えた。
「魔力切れです。相変わらず不適合の属性は異様に燃費が悪いですね。久しぶりに使ってびっくりしました」
「なのに僕よりも炎の扱いが上手に見えたけど……」
「ふふ、私よりもジル様の方が巧いですよ」
2人の視線がこっちに向く。何かを期待するような目だ。
「ほれ、こんな感じだろ」
左手に緑、右手に紫の炎を生み出す。驚くミュランを余所に、俺はどんどん炎の色を変えていき、最終的には虹色と透明の炎に落ち着いた。
――基本的に俺の学園での立ち位置は『勉強と魔法もそれなりにできるけど、容姿が1番目立っている』というものだ。一応、推薦で入学しているからある程度の成績は残しているが、容姿以外でことさら目立つ気はない。だから例えどんなことであれ魔法で大精霊と契約しているアリサに勝つのはマズいのだが……この2人相手に隠す必要はないよな。
「おっと俺も魔力切れだ」
これでも魔力量には自信があるんだが、1分ももたなかったな。やはり不適合属性はいざという時の切り札には成り得ないか。意図的に魔力を空にする以外は使い道があまりないな。
「このように火属性のない私達でも炎の色は簡単に変えられます。変えるのは一色だけですし、王子もすぐにできるようになるでしょう。あ、もちろん『赤より青』は絶対に忘れないでくださいよ?」
「……思うんだけど、もしかしてかなり難しいことを言ってないかい?」
鋭い。
今まで炎を見たことが無い人ならいざ知らず、これまでずっと赤い炎しか使ってこなかったミュランに「青い炎を出せ」と言っても厳しいだろう。1度染みついた「赤」を拭うのは並大抵のことではない。
「いけませんね。そんな弱気ではできるものもできなくなってしまいます。ですから余計な事を考えられない様にまずはグランドを20周してきてください」
「うぇっ!?」
「うわぁ……」
時刻的に夕方とはいえ、外はまだまだ暑い。運動するつもりがないのにいきなりそんなことを言われれば、そりゃあそういう反応にもなる。
「終わったらクーちゃんを連れて戻ってきてくださいね。一緒に魔法の訓練をつけます。訓練の時間は王子が早く戻って来るほど長くなりますから、ちんたら走らないでくださいよ?」
「い、行けばいいんだな!? それくらいどうってことないさ!!」
僅かに戸惑う素振りを見せたが、左手の傷に手を触れるとヤケクソ気味に部室を飛び出した。
「水分補給はちゃんとしてくださいねー」
「……意外だ」
ミュランを見送ったところで率直な感想を告げてみる。
もし俺が1人で面倒を見るとしたら、魔法は後回しにして下位精霊のファイとコミュニケーションを取らせるだろう。どうもファイはミュランの事を果物をくれる人としか認識していないみたいだから、言うことを聞かないのだ。今だってアイツの傍にいなかったし。俺が紹介した手前、上手くいっていない様を見るのはもどかしいから、早急に何とかしたい。
アリサもてっきりファイとの関係に触れるかなーと思っていたんだがな。まさかスパルタ方式でいくとは。
「王子は今、最もやる気のある状態です。ここで甘やかして楽を覚えさせるとまたダメ王子に戻ったり、大して成長しない可能性があります。ですから私は王子本人を徹底的に鍛える方が先だと思っています」
「なるほどね」
特に異論はない。鍛えながらでもファイと関係を築くことはできるしな。
「――さて、2人きりになりましたね」
アリサが仕切り直すように呟いた。
「ああ、そうだな」
アリサと2人きり。別の意味でドキドキする。
「王子が戻って来るまで45分はかかりますし、ちょっと試したいことがあるので協力してもらってもいいですか?」
「……何をすればいいんだ?」
「先日、トラブルもありましたが土の下位精霊と正式に契約を交わしました。ブレスレット型のため性別は不明ですが、便宜上リコットと呼んでいます。それでジル様にはリコットを腕に付けてみて欲しいんです。気になることがあるので、是非ジル様の意見が聞きたくて」
なんだ、そんなことか。
「いいよ、付けてみるから貸してくれ」
「ええ、お願いします」
アリサから手渡されたバングルを腕に装着しようとすると――。
「ていっ!!」
「きゃあ!?」
突如、足に衝撃が走り、バランスを崩して尻餅をついてしまった。
「いてて……、何が――うぉ!?」
また衝撃がきた!?
「ふっふっふ、もう逃げられませんよ」
な、なんだ、何が起きた!? どうして俺はアリサにマウントポジションを取られているんだ!?
「あのー……アリサさん?」
何故そんな悪い顔をしているんでしょうか?
「魔力のないジル様なら私でも勝てます。そしてこの体勢なら絶対に逃がしません。つまり、今ならあやふやだったジル様の性別を確かめることが出来るということです」
「いい!?」
え、嘘、マジで? じゃあアレか、さっきのミュランとのやり取りは俺の魔力を空にするための罠だったってこと? というかアリサまで俺の性別を疑っていたのかよ!!
「じっとしててくださいね、すぐに終わりますから」
「ど、どうやって確かめるんでしょうか……?」
「下半身を触ればわかります」
「きゃあああああああああっ!! 助けて!! 淫乱メイドに犯されるーーーーーっ!!」
叫びながら必死にじたばた動いてみるが、しっかりと押さえられていて抜け出せそうにない。
「ふふ、叫んでも無駄です。この部屋の周囲に生徒はいません」
おんなじ!! スイレンとやることがまったく同じ!! スイレンに似ちゃいけない所が似ちゃってるよ!!
ええい、しかたない……幸い腕は動かせるし能力で脱出を――。
「……」
いや待て!! アリサがその気なら問答無用で確かめているはず。それなのにまだ何もしてこないということは、俺の反応を探っているのか? ……なら迂闊なことはできん。かなり危険だが違う方法にしよう。
「うん、それでアリサの気が済むなら触ればいいさ」
開き直ったように両手を広げ、抵抗する素振りを一切なくす。
「……本当に触りますよ?」
「いいよ。でも、デリケートな箇所だから優しく頼む」
「わかりました。そっといきますね」
アリサの腕がゆっくりと動き――途中で止まった。
「どうした?」
「うぅ……本気で触るつもりだったのに、急に恥ずかしくなってきてしまいました……」
顔を赤らめて俯きだした。演技ではなく素で恥ずかしがっているな。
「安心したよ。臆面もなく触りにきてたらちょっと軽蔑してたぞ」
「む……軽蔑されるのは嫌です。なので諦めることにします」
ふぅ、アリサの羞恥心に賭けてよかった。
「じゃあそろそろどいてくれ。こんな所を誰かに見られでもしたら誤解を招くからな」
「しつれーいしまーす!! 調子は――きゃあああああああああああ!? な、なななにしてるの!?」
見慣れない女子がノックもなしに入ってきて、悲鳴を上げ出した。
だから何で毎度こんなタイミングよく人が来るんだよ!?
「不純異性交遊は学則で禁止だよ!? あ、でもこの場合、不純同性交遊……? でもでも観察部の女子はアリサちゃんだけだから……あれ?」
「落ち着いてください先輩。ちょっと倒れた拍子にこうなっただけで、やましいことなんてしてませんよ」
何事もなかったように立ち上がると、アリサは冷静に説明を始めた。
「なーんだ、びっくりした……。私ったらてっきり――」
「てっきり何ですか?」
「う、ううん、何でもない……!!」
「気になりますね。先輩の頭の中ではどんな妄想をされていたんですか? 不純異性交遊と言ってましたから、男女の営みとかですか?」
「え、あー、うーんと、その……そうだ!! まだ仕事があるから行くね、バイバイ!!」
回れ右し、ダッシュ。廊下から彼女の走り去る音が聞こえてくる。
……今、思い出したけど彼女、生徒会の人だ。以前、学長と追いかけっこをしていた時に会ったことがある。一体なにしに来たんだろうな……。
「ふふ、面倒そうなイベントをスキップしてやりました」
「?」
アリサが小声で何か言ったがよく聞き取れなかった。
まあいいや。それよりも――。
「よくもやってくれたなアリサぁ……!!」
襲われた恨みを晴らす!!
「ふぁい!?」
両手で頬をつまんで引っ張ってやる。頬は俺と同じくらい柔らかく触り心地もいい。
「ふぁ、ふぁひゅひゃふぇん」
「何言ってるかわからんぞー」
「ふぇひふぇふ」
「今回は未遂かつ初犯だったからこの程度だけど、次は容赦しないからな」
「ひゃひょひふぇふ」
もごもがしているが、嫌がっている様子はない。むしろどこか楽しそうですらある。
「ん……?」
その姿に一瞬、本当に一瞬だけだが、既視感を覚えた。
しかし俺はそんなことすぐに記憶の彼方へと追いやり、ミュランが怪訝な顔をして戻って来るまでアリサの頬を堪能するのであった。




