第23話 息抜き
「…………」
俺は悩んでいる。
さっきからあーじゃない、こーじゃないと意味もなく自室を歩き回っている。もうかれこれ30分近くは時間を無駄にしただろうか。
悩んでいるのは昨夜の出来事ではない。スイレンなら起きてすぐに上機嫌で帰ったから心配ない。後は自分で何とかするだろう。今、俺の頭を占めているのはそんなことではなくもっと差し迫ったこと、――すなわち休日の使い方だ。
今までは放課後にギルドへ顔を出し、休日はなるべく空けるようにしていた。しかし、部に入ったからにはそうもいかない。まだ具体的にどんな事をするのか知らないが、まず平日にギルドへ行ってる暇なんてないと思った方がいい。きっとこれからは休日にギルドを利用することが多くなるはず。
つまり俺の自由時間が減るということ……!!
それが嫌ならいっそギルドなんか辞めちまえばいいのだが、まだ大した情報は得てないし、何よりも俺が男らしさを忘れない為にも通い続ける必要がある。だからせめて今日一日は英気を養うために好きなことをして過ごそうと思ったのに……何をするか決まらない!!
「むー、どうするか……」
やはりここは学生の時にしか出来ないことをすべきか?
「……ならまずは“アレ”を着てみるか」
そう決断し、さっそく衣装部屋へと移動。
クローゼットからとある服を取り出す。
「ちゃんと着るのは初めてかもなー、っと」
パジャマを脱ぎ下着姿になる。
鏡を見れば、映っているのは可憐な美少女。胸こそないが、可愛らしい顔、シミ1つない白い肌、少しくびれた体は自分でも反則だと思う。もし前世の学生時代にこんな子がいたらたぶん惚れていた。……男だと知ったらブチ切れるかもしれんがな。
「――よし」
ユノトリア高等学園の“女子用”の制服を無事着終えた!!
「似合うな」
今は夏だから制服と言っても学園指定のスカートとシャツだけだが、ズボンを穿いている時よりもこっちの方がしっくりくる。……うん、まるであるべき姿に戻った感じがしてすごく落ち着く。やっぱ万が一に備えて入手しておいてよかったな(ちなみに制服は店に行ったら普通に買えた)。
でもこの安心感と引き換えにまた1つ男として大事な何かを失ったような気もするが……まぁ、いいか。女子の制服を着たくらいで失う物なんて大したこと無いに決まっている。
「んー、たまには髪の色も弄ってみるかなー」
鏡の前で色んなポーズを取るのを止め、試しにと能力で赤へ変えてみる。
すると普段よりも自分が少し活発に見える。
ふむ……これはこれで悪くない。いつもと違う姿にテンションも上がって来た。
今の格好なら俺だとそうそうバレないだろうし、どうせだからこのまま買い物に行ってみるか!!
「ねぇ~いーじゃん、一緒にお昼しようぜ~」
「学生じゃいけない場所にも案内するからさ!」
「けっこうです。他を当たって下さい」
「騙されたと思って1回付いてきなって。絶対退屈はさせないから!」
はぁー……。
意気揚々と街へ出たはいいが、ついてないことにいきなり絡まれてしまった。ナンパしてきたのは人族と獣人のコンビ。いかにもチャラそうな不良で、関わっても碌な事にはならなそう。だから適当にあしらっているのになかなか諦めない。
「もちろん金は俺達が出すから心配しなくっていいって」
「何度誘われようとも返事は変わりません!! 1人でいたいんだから邪魔しないで下さい!!」
半ば怒鳴るように言う。
キツイ言い方だがこういう連中はこっちが少しでも弱気になると強引に事を進めて来るからな、これくらいハッキリ言わないとダメだ。
「いいね~~~!! カワイイ顔してその強気さ。俺、マジになっちゃったかも」
「だよな。俺も燃えてきたぜ」
「……」
しつけええええええええ!!
これだけ言ってもまだ諦めねえのかよ!?
今まではこれで引いてくれたのに……。
しょうがない。
俺が可愛い過ぎてナンパしたくなる気持ちはわかるから穏便に済ませるつもりだったが、こうなったら強制的に諦めてもらうか。
「ねえ、俺はポッゾって言うんだけど君の名前は?」
「ヒプノ――」
「こら、あなた達!! 彼女が嫌がっているでしょ!!」
「え!?」「あぁ?」「なっ!?」
横から1人の女の子が乱入してきた。
その子はうさ耳を生やしたショートカットのメイドさん。
俺を庇うようにして強気な目で男達と対峙している。
「おいおい邪魔しないでくれよ。3人で仲良く話していたんだからさ」
「お、おいバカっ!! この子はティリカ・フィーリアだぞ!? そんな口を利いてみろ、どうなっても知らねえぞ?!」
「誰それ?」
「水の大精霊様との契約者だよ!! もしこの子に何かすれば精霊や王族達に八つ裂きにされてもおかしくねえんだぞ!?」
「マジで……?」
獣人の言葉に顔を青くし、怯えた表情でティリカの様子を窺いだした。
「ナンパするのはいいけど常識の範囲でしなさい」
「はい、すいませんでした!!」「以後気を付けます……!!」
早口で謝り、男達は逃げるように走り去った。
「行ったわね。さて――」
くるりと振り向き、俺とティリカの視線がバッチリ重なる。
口笛を吹きながら顔を逸らしたくなる衝動を必死で押さえる。
どうかバレてませんようにバレてませんようにバレてませんように……!!
「す、すいませんでした。状況もよくわからずに、つい間に入ってしまいました。もしかして余計なお世話でしたか?」
……よ、よし勝った……!!
この反応は間違いなく俺だと気付いていない!!
でも地声と普段使っている声で話したらバレるだろうから……えーと、まだ使ってない声は……。
「ううん、そんなことない。迷惑してたから助かったよ。ありがとね」
ティリカは同級生に対してはためぐちで話す。にもかかわらず敬語を使ってくるということは俺を先輩だと思っているのだろう。だから、ちょっとだけ大人っぽい感じにしてみた。
「い、いえ!! お礼なんてとんでもないです!! お役に立てたというだけで満足ですから……!!」
両手をわたわたと振って恐縮しきっている。
……何だかいつもと雰囲気が全然違う。もしかして緊張しているのか?
「あの、なのでその、あまり気にしなくていいでしゅ!!」
噛んだ!?
「ほら落ち着いて。語尾があざとくなっているよ」
「あう……」
ふむ、今度は赤面か。
あまりに違い過ぎて怪しく思えてきたな。……まさかティリカの偽物じゃないよな? いや、それはさすがにないか。俺がティリカを見間違えるわけないし、例え偽物でも俺相手に赤面する理由にはならんしな。
「いったいどうしたの?」
「すいません……。あなたがその……アタ――私が出会った人の中で1番可愛い……じゃなくて綺麗だったので、驚いてしまったんです!!」
「…………」
はあぁっ!?
「先輩は私が思う理想の女の子です。それだけ制服を着こなせる女子は今まで見たことがありません!!」
ティリカの様子がおかしいので、一旦落ち着かせる為に話を中断して近くのベンチに座らせてみたのだが……効果は無かった。それどころかますます興奮しているような気がする。
「私なんてまだまだよ。胸だって小さいし――」
「胸なんて無くたっていいんですよ!! あったって邪魔だし、男子にいやらしい目で見られたりといいことなんて1つもないです!! だから先輩は胸が無いことをラッキーだと思うべきですよ!!」
「そ、そう?」
ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ何かティリカが怖いよ……!!
こんな状態は初めてだから動揺が隠せない……!!
彼女ってこんなキャラだったっけ!?
「先輩にとってはいい迷惑でしょうが、さっきの人達がしつこく迫っていたのも頷けます!!」
べた褒めされるも、素直に喜べん。学園では変人を見るような目を向けられることが多いからどうしても複雑な気分になってしまう。本当は俺だと気付いていてからかっているという方がまだ納得いく。
「ああ、先輩に会えてよかったです――って、すすすいません!! はしゃぎ過ぎですよね、すぐ落ち着きます」
そう言ってゆっくりと深呼吸を始めた。
ほっ……おかしいという自覚はあったんだな。
「あのう……普段の私はもっと冷静なんですよ?」
5回目の深呼吸を終えると、おずおずと口を開いた。
「知ってる。いつもは凛々しい感じだもんね」
「知っているんですか!?」
「だってあなたは有名だもん」
つーか同じクラスだから毎日顔を合わせているし。
「うぅ……お恥ずかしい所をお見せしました……。きちんと最初から理由をお話ししますので聞いてもらえますか?」
「……いいよ」
俺が聞いちゃいけないことかもしれないが、どうしても気になる。何がティリカをあそこまで混乱させたのだろうか――。
「……実はクラスにジル・クロフトという見た目が可愛い男がいるんです。そいつは本当に憎たらしいくらい可愛くてですね、女である私よりも上なんです。それどころか、ふと出る声や仕草を合わせるとアイツに勝てる女の子はいないんじゃないかと錯覚するほどです。クラスの皆は気にしてませんが、あたしは女としてそれが悔しくて……。絶対にアイツより可愛い女の子を見つけてやるんだって心に決めていたんです。――そしてやっと先輩と出会えたんです!! 先輩はジルとかなり似てますけど、間違いなくアイツより可愛いです!! アイツよりも可愛い女子がいたんだと思うと、嬉しくて嬉しくて……つい舞い上がってしまいました!!」
はい、原因は俺でした!!
まさか俺の存在がそこまでティリカに影響を与えているとは……。なんかもう罪悪感で一杯です……。でもスマン!! 直接謝るわけにもいかないし、例えティリカにどう思われようと俺はこの生き方を変える気はないんだ。だからせめての罪滅ぼしに今の俺がジル・クロフトだとバレないようにするから、それだけで我慢してくれ……!!
「あれ、お姉ちゃん? こんな所で何してるの?」
「アリサ。スイレン様はもう大丈夫なの?」
「――――」
アリサ……だと……?
「うん。それでその隣にいる人はもしかしてジ――」
スリープ!!
「あっ――」
「どうしたのアリサ!?」
「よっと」
突然倒れた(ように見えた)アリサを支え、ベンチに寝かせる。
ふー……危なかった。
悪いがしばらく起きないでくれ。
「大丈夫、ただ眠ってるだけみたい」
「よかった……。でもどうして急に……?」
「わかんない。前振りもなくいきなりだったもん」
「……念の為スイレン様を呼びましょう」
げ!?
「来てくださいスイレン様!!」
素早い動作でティリカが地面に水で紋様を描く。
「呼んだー? ……ってんんんん?」
するとそこから呑気な返事をしながらスイレンが現れる。そして俺が隠れる間も無く、こっちを凝視しだした。
終わった……。
「アリサが急に眠ってしまったんです。原因はわかりますか?」
「……なるほどねー。だいたいの事情はわかったわ。……うん、大丈夫よティリカ。特に問題ないわ」
「本当ですか?」
「ええ。だからアリサはその子に任せて、2人で食事に行きましょう」
「え?」
「ほらほら、大丈夫だから早く行きましょう。2人で美味しい物をうーんと食べるわよ!!」
「ちょ、ちょっと――、す、すいません先輩、アリサの事お願いしますー……」
スイレンに腕を引かれ、ティリカは人ごみの中へと消えていく。
あーあ、昨日のである程度チャラにしたと思ったに、まーた借りができちゃったな。
「……もう起きても平気そうですね」
横になっていたアリサがいきなり起き上がった。
彼女が寝ていなかったことはわかっていたから驚くに値しない。大精霊と契約している彼女にはスリープの様な簡易魔法は効かないからな。それがわかっていて魔法を使ったのは、余計な事は言わないで欲しいとのメッセージを送るため。ダメ元だったのが、アリサは見事に俺の意図を汲んで寝たふりをしてくれたのだ。
「あそこで教えておいた方がよかったんじゃないですか? お姉ちゃん、きっと『先輩』が学園にいると思って探しちゃいますよ」
さすがアリサ。もうだいたいのことはわかっているようだ。
「んー……そこはあれだ、適当に誤魔化しておいてくれ」
「ふふ、いいですよ。『先輩』は妹の制服を借りていただけで、学園の生徒ではなかったことにしておきます」
それが無難か。
「頼むな」
「では貸し1つということで今度、私の買い物にでも付き合って下さいね」
にこっと微笑えむと一礼し、その場を後にした。
残ったのは俺1人だけ。
「……」
はぁ……無駄に疲れたな……。
時間はそんなに経ってないのに密度が濃かった。これ以上、何かあっても嫌だし寮に戻って服の整理でもするかな……。
「寝癖だけは直してきた。どう?」
「素晴らしい進歩じゃないか!!」
「でしょ?」
翌日、毎朝に日課になっているネルとの雑談をしていると――。
「いい、ジル・クロフト!! しょせんアンタは男。本物の美少女には敵わないのよ!! 世界の広さを知るのね!!」
ティリカが勢いよくやってきて、勝ち誇った顔で捲し立ててきた。そして言い終えると満足したのか、鼻歌を歌いながら自分の席へと戻っていく。
「……何あれ?」
「さあな」
まぁ、あれだ。何となくだが、ティリカの俺への壁がちょっとだけ低くなったような気がする。
だとしたらあの休日も悪くはなかったかな?




