第20話 お食事会
「はっはっは、それにしても見事な決闘でしたなぁ!!」
パフェを食いながらオッサンが先ほどの試合を振り返る。もうそのセリフは3度目なのだが、ここにいる面々は誰1人嫌な顔をせず、うんうんと頷いている。
「そうねー。わざわざ足を運んだ甲斐があったわー」
「決闘と呼ぶにはあまりにも一方的でしたが、なかなか見応えはありましたね」
「ふん、あの愚息め。恥を晒しおって」
「クハハハハハ、確かに何も出来なかったのは情けなかった!! ……だが、彼女とまともにやり合える学生などいまい。あの場に誰が立っていようと結果は同じだったはず。そうですな? 学長殿」
「そうだな。彼女と“互角”の学生はいないだろう」
チラッとこちらを見てきた学長を無視し、パフェを食べるのに専念。
あ~、この甘さに癒されるわぁ……。
「私としてはそろそろ育ての親であるスイレン殿に解説をしていただきたいですな。魔法に疎い私としては『フォートレス』の凄さが半分も解っていないでしょうから」
うげっ、人がせっかく話しかけんなオーラを出しまくっていたのに話題を振ってきた!! うぅ……やっぱやるしかないのか……。
――今、俺達のいる場所は食事処『甘水』。メンバーはカルカイムのヒルト王。ラングットのローザ女王。ベルダットのローレヒト皇帝。レストイアのカトライル教皇。光の大精霊シャイニングさん。土の大精霊兼学長。水の大精霊スイレンで計7人。傍から見ればそうそうたる顔ぶれだ。この方々がちょっとその気になれば都市の1つや2つなら簡単に滅ぼせる。この世界の未来も彼らの選択にかかっていると言っても過言ではない。
そんなおっかない人達に混じって俺は……スイレンとして参加している。もちろんジル・クロフトとしての姿ではない。能力でちゃんと対策してある。以前学長から逃げる時、周囲からククルに見えるよう幻術を使ったことがあったが、あれのスイレンバージョンだ。違う点は何があっても即対応できるように能力の制限を解除してあること。これで多分何があっても大丈夫……なはず。
ちなみに何故こんなことをしているかというと、張本人に頼まれたからだ。「あんな面倒くさい連中と食事なんてしたくない!!」と駄々を捏ね、半ば強引に押し付けてきやがったのだ。俺としては王子が気になるので、様子を見に行きたかったのだが「今はそっとしてあげなさい」と言われたら黙るしかない。スイレンには世話になっているから、しょうがなく引き受けることにしたわけだ。
「嫌。子供じゃないんだから、聞けば何でも教えてもらえると思わないで」
しかし今は引き受けたことを物凄く後悔している。
前世では一般人だった俺が一国のトップ相手にため口。胃が痛いわ……。
「はっはっは。さすがに実の娘同然の子の情報は簡単には教えてくれませんか」
法衣を着た40代半ばくらいの男性、カトライル教皇が特に残念がることもなく笑い飛ばす。
「解説なんて高尚なものは必要ないわよー。アリサは凄い。それだけ解っていれば十分よー」
続いて光の大精霊シャイニングさんがおっとりした口調で大ざっぱな事を口になさった。この方はプラチナ色の髪を持つ大人の美女って感じで、名前と属性が示す通り髪と服が光を放っており神々しい。……でもずっと一緒にいると光がうざったく思えてくる。
「それでは雑過ぎだな。彼女の凄さが伝わらん。――よし、私が簡単に説明してやろう。彼女がやったことは分解して考えてみればそう難しくはない。要は風と雷で敵の足止めをし、土で身を護り、水で攻撃。まあ、これ自体は大したことはない。昔からある戦法だからな。しかし彼女の素晴らしい所はそれを1人で全てこなしたこと。一度に異なる精密動作を4つ行い、それを維持し続けておきながら、なお喋る余裕すらある。威力も申し分ないし、仮に彼女が尽きることのない魔力を持っていれば万の軍勢相手に戦い抜くことも可能だろう。……ククク、それで学生だというのだから信じられん。今すぐにでも欲しい人材だ。大精霊との契約を抜きにしてもな」
そう語るのがベルダットのローレヒト皇帝。学長と同じでガタイが良く、顔つきが獰猛な為、この中では一番見た目が怖い。ぴくぴくと動くトラ耳だけ見れば可愛いんだけどな……。
「言っておくが、フィーリア姉妹が誰に仕えることになろうとも彼女達はカルカイムのものだ。それを忘れることのないように」
「ふふっ、そんな制約はアリサに何の効力も発揮しませんよ。むしろ逆効果。見切りを付けられるのがオチでしょう。彼女達を本気で囲いたいのなら、まずは貴族の意識改革をすることですね」
ヒルト王の言葉にローザ女王が嘲笑まじりに返す。
「ククク、知っているぞ。貴殿の国では未だにフィーリア姉妹を受け入れるかどうかで揉めているそうじゃないか。彼女達の才能を前に血なぞ些細なことだというのにな」
「はっはっは、さすが伝統ある国は違いますな。他の深刻な問題を差し置いてまだ決めないとは。その慎重さは見習いたいくらいですぞ」
「……耳の痛い話だ。あのバカが余計な事さえしなければな……」
カルカイムの現状は厳しい。
4年前の襲来戦争で経済の要だった都市が壊滅的被害を受けたからだ。人的被害こそそこまでではなかったのだが、国の重要な収入源である鉱山がダメにされてしまい、財政危機に陥っている。
その対策として増税に踏み切るも……国民は猛反発。なんせ増税の対象は貧しい人々で、貴族連中は懐を痛めることはなかったからな。おかげで治安は悪化。犯罪を取り締まろうにも、騎士団の数が足りていないのが実情。何とか人員の確保をしようとはしているが、エクトルが一定以上の魔力を持つ者を1500人以上も殺してしまったことで人材不足も深刻化してきている。
ヒルト王からしてみれば、国を立て直す為にフィーリア姉妹を是が非でも手に入れたいのだろうが、周囲の貴族達は『姉妹受け入れ反対派』と『そんなこと言ってられない派』に分かれて争い始め、政治も停滞気味。ますます復興から遠のいている――。
「世継ぎもあの調子ですし、先が思いやられますな」
「救いはククル・クロフトがいることか。彼女もまた、スイレン殿の息がかかった娘。……そうですな?」
「!?」
え、何それ!?
スイレンがククルと関係あるの!? 初耳なんですけど。
そりゃあ互いに面識はあるけど……顔見知り程度の関係だぞ。
訳が分からないから学長にヘルプを求めるも、呑気にパフェのおかわりをしていて完全無視。俺がスイレンじゃないことは分かっているだろうに……!!
「ふふっ、言い逃れは出来ませんよ。あなたが襲来戦争後にクロフト家へ頻繁に出入りしていたことは我々全員が知っています。そろそろ認めてはどうですか?」
どうしようかと思っていたらローザ女王から助け舟が!!
なるほど、理解したぜ。彼らはスイレンが我が家に出入りしていた理由をククルの修行だと勘違いしているわけだ。ククルは妙に知名度が高いと思っていたんだが……多分これの所為かもな。
……つーか、やっぱり女王は俺の事に気付いているみたいだな。よく見ると太ももを抓って笑いを堪えている。慌てる俺を見て楽しんでいるのか、それとも王達の勘違いを笑っているのかは考えない様にしよう。
事情さえ分かればこっちのものだ。
「はぁー……。そうよ、ククルにはちょっとだけ手ほどきしてあげたの。彼女にもかなりの才能があったから勿体ないと思ったのよ。あ、私がバラしたことは本人には内緒よ?」
「くく、これは朗報だ」「やはりそうか……」「ほほう……」
否定してもややこしくなるだけだし、ここは認めておこう。
これでククルも将来に困ることはないはず。かえって煩わしい思いをさせてしまう可能性もあるが、大精霊の庇護にある者相手に無茶なことはしないだろう。
いや……だろうじゃダメか。目の前にいるのは一国のトップ。俺の常識が通用するなんて思わない方がいい。きっちりと釘を刺しておく必要がある。
「この際だからはっきり言っておくけど、フィーリア姉妹とククルに度を超えた嫌がらせや勧誘とかして傷つけたら許さないから。もしそんなことがすれば――例え誰がやろうとも連帯責任であんたら全員の頭の上に、学長の脱ぎたてパンツを被せてやるわ。しかも衆人環視の前でね」
「「!?」」
一同に衝撃が走る。
「どこに逃げても隠れても無駄よ。彼女達が私に泣き付いたら世界のどこにいようと必ず見つけ出してファッションショーを開催してやるんだから!!」
「うふふ、それは見てみたいわねー」
「他人事みたいに言ってるけどシャイニング、あなたも例外じゃないわよ」
さっきからニコニコしながら黙っているだけで、考えが全く読めない。決闘も何故見に来たのか分からないし、大精霊だからという理由で盲目的に信じるのは危険だ。だから特別扱いは絶対にしない。
「あらあら? もしかして本気なの?」
可愛らしく首を傾げているが、彼女から攻撃的な魔力が漏れ出している。そしてそれに釣られる様に皆が戦闘態勢へと移行していく。視線が俺に集中しているのが分かる。……そういえば帝国と教国のトップも能力者の可能性が高かったんだよな。まあ、関係ないか。
いっそ俺から仕掛けてやろうかと思ったところで――パンと手を叩く音が響いた。
「揃いも揃って血の気が多い方達ばかりですね。そんなに戦いたいのですか? 正気とは思えませんね。パンツが原因ですよ?」
「……それは嫌ねー」「うむ」「やれやれ」「年甲斐もなくはしゃいでしまいましたな」「何故毎回俺が……」
女王の言葉に皆、やる気が削がれていく。
どうやら戦闘になることはなさそうだな。……しかし大精霊相手に戦闘態勢に入ったあの3人。少なくても彼らから身を護る術は持っていると思って間違いない。ヒルト王は【鉄壁】だったが、残りの2人も戦闘系の能力なんだろうか。
「要は節度ある行動を取ればいいのです。そうすれば悲惨な未来は簡単に回避できます。彼女も理解はありますから、常識の範囲内なら何も言いませんよ」
「なーんだ。ローザがそう言うなら大丈夫ねー。てっきりボボンボの被ると妊娠するパンツで孕んじゃうかと焦っちゃったわー」
「ほほう、大精霊の下着にはそんな効果が!?」
「ということは精霊にも生殖能力があるのか」
「興味深い。実に興味深い」
「おーい、パフェをもう一個頼む」
緊張した空気が一気に弛緩した。
ふぅ……疲れた。
言うべきことは言ったし、後は大人しくしているか。
(ジー君。今度はそんな格好じゃなくて、元の姿でお話ししましょう。そうねー、お友達と一緒に教国へ遊びに来たらいいわー。巫女ちゃんも交えて光都を案内してあ・げ・る)
「……」
今のはシャイニングさんのテレパシーか……。
さっきの事、根に持ってないよな?
まあ別に教国に行くのは構わないが、先に王子の件を何とかしたいな。
アイツは今、何をしているんだろう?
「………………」
負けた……。
完全に負けた……。
大勢の観客を前にして、完膚無きまでに敗北を叩き込まれた。
もはや悔しいとも思わない。
そんな気持ちを抱かせない程、僕と彼女の実力差は大きかった。
試合前に少しでも勝てると思っていた僕がバカみたいだ。
彼女に勝てる存在なんて世界にほとんどいない。
きっとカムイでも無理だろう。
人である限り彼女には勝てない。
「なら人を超えた力をあげようか?」
「……誰だ?」
「君は今、人生で最大のチャンスに巡りあっている。これまでの自分を捨て、新しい自分になるかどうか。この選択の向こうには誰も手にしたことのない未知の力がある。重要なのは決断する勇気だ。君にその勇気があるかな?」
未知の力――。
何故だろう。とても心が惹かれる。
その力があれば僕も……。
「欲しい……誰にも負けない力が……!!」
「よく言った!! では受け取りな!!」
「があっ!? ぐ……ぎゃああああああああ!!」
胸が痛い……!! 体が熱い……!! 魔力が押さえきれない……!!
思考が――。
「なお、返品は受け付けていない。というか私も拾った物だから、取り出し方が分からないんだ。でも対象者に力を与えてくれる物なのは間違いない。――で、落ち着いた?」
「ああ……視える……魔力の流れがはっきりと視える。ふふふ、力と魔力も体から湧き上がってくる!!」
「へぇ、眼と筋力と魔力が向上したんだ。代わりにバカっぽくなったような気がするけど、それは元々かな? うん。貴重なデータをありがとう。思っていたのとは違うけど、かなり強力みたいで、ってもう聞こえていないか」
凄い……!! 制御できないくらい力が満ちている!!
「けひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
ぼく――俺は完全に人の存在を超えた!!
勝てる……!! 今なら誰が相手でも余裕で勝てる!!
なら最初はもちろん――アリサをやらないとな。




