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1.5mの世界  作者: 粗井 河川
2章
67/144

外伝 凍える摩天楼

一周年記念の短編です。

『この世は不思議に満ちている。それを日常の中で実感するのは難しいだろうが、もし変わらぬ日常に退屈しているのであれば、一歩を踏み出して欲しい。きっと驚くほど多くの不思議があなた達を出迎えてくれるはずだ――』




「初めまして。貴方が今回の依頼人ね?」


「はい、ルアーハと申します。今回は是非よろしくお願いしますね」


 淡い緑の髪の男と握手を交わす。歳は30前後で、なかなかのイケメン。できれば可愛くて胸の大きな美少女がよかったんだけど、脂ぎった変態野郎が来るよりはぜんぜんいいわ。


「さ、まずは依頼の詳しい内容を教えてもらいましょうか」


 私が今いるのはラングット北西に位置する辺鄙な村。一年を通して気温が低く、さらにこれ以上先は人の住める環境じゃないから観光客が訪れることほとんどない。そのため私の様な部外者が珍しいのか、さっきから私の事をちらちら見ている人が多い。

 そんな田舎に私を呼んで何をさせたいのか。依頼によると塔の調査らしいけど……。


「私は考古学を生業としてまして、日夜この世界の“痕跡”を研究しているんです。遺物や遺跡、遺書など発掘・発見し、そこから昔の人々の暮らしや技術、文化、政治システムを推測する……地味ですがとてもやりがいのある仕事です」


「ふむふむ。興味深いけどなるべく簡潔にね」


「ふふっ、わかりました。簡単に言ってしまうとフロルさんには『幻の塔』の調査をお願いしたいんです」


「あら、素敵な響き」


「とある文献によると、ここから北へ進んだ先にはかつて村があったそうです。そして今よりも進んだ技術と魔法を駆使し、巨大な塔を建てた――。精霊様と親交があったということなので、もう2000年ほど前の話でしょうね」


「つまり、依頼は塔の存在の有無を確かめたいってこと? ならお断りね」


 この先は地図にも載っていない魔境の地。どれくらい広いのか分からない上に、常人が立ち入れば1時間も持たないと言われる危険な場所。そこを根拠の薄い情報だけで探索に行くなんて馬鹿げている。

 

「かつ、私も探索に連れて行くという条件も付け加えておきます」


「ますます引き受ける気がなくなったわね」


 とてもじゃないけどルアーハは強そうには見えない。美少女でもないし男の足手まといなんてゴメンよ。


「報酬は弾みますよ?」


「報酬の問題じゃないわ。私のやる気の問題よ」


「この世界に1つしかない『ふかふかヌーさん』が報酬でも?」


「!?」


 あ、あの何とも言えない微妙な顔をしたクマのぬいぐるみは……!!


「ヌーさんはとある巨匠が3年かけて作り出した最高の逸品です。抱きしめれば天国に行ったような感触を味わえる事請け合い。自分の部屋に飾るのもいいですが、子供にあげても喜ばれるでしょうね」


「……」


 欲しい……物凄く欲しい……!!

 あのぬいぐるみをティリカとアリサにあげて「ありがとうフロル様!! 大好き!!」とか抱きつかれたい……!!


「いいわ、引き受けましょう」


「ありがとうございます!!」


 再び固い握手をする。

 ふふ、久しぶりに手応えのありそうな依頼だわ。


「ちょっとルアーハさん!! まさか本気であの豪雪地帯に行く気かい!? わざわざ死にに行くようなもんだよ。あんたも悪いことは言わないから止めときな!」


 近くで話を聞いていたおばあちゃんが、出かけようとした私達を引き留めに来た。


「ふっ、心配ないわ。私を誰だと思っているの?」


「はえ?」


「私はフロル・ファントム・クリマアクト。最強の存在よ!!」




 村を後にしてどれくらい経ったか。

 まだ1時間も経っていないかもしれないし、もしかしたら半日近く経過しているのかもしれない。さっきから景色が全く変わらない……というか猛吹雪で数メートル先の視界すら満足に見えないから時間の感覚が狂ってきた。

 さらに男を抱きかかえながら、ゴールがあるのかすら分からずに走り続けるというのは拷問みたいで、だんだんイライラしてくる。

 はぁ……せめてこの吹雪がなければまだマシなのに。いえ、吹雪なんて生易しいものじゃないか。だってこれ、雪に混じって鋭利な氷柱が飛んで来るんですもの。何の対策もしなかったら、数秒で体が穴だらけになるでしょうね。嫌らしい場所よ。

 そんなわけで今は【自由自在】で雪と氷柱を防ぎ、同時に即席の足場を形成しながら走っている。もし能力がいきなり使えなくなったらルアーハ共々ここで死ぬかもね。


「ねえ、本当にこっちで合っているんでしょうね?」


 あまりに退屈だから、暇潰しがてら聞いてみる。


「さぁ、わかりませ――い、いえ、たぶん大丈夫です。文献によると先ほどの村から丁度北北西の方角ということなので、フロルさんがまっすぐ進んでいるのなら問題ないかと」


「ならいいんだけど」


 そもそもその文献とやらの信憑性を問いたいけれど、言ってもしょうがないことね。だってそれを確かめる為にこうして走っているわけだし。


「フロルさん、お暇なら何かお話ししましょうか? 私は職業柄、色々な不思議に触れていますから、話題には事欠きませんよ?」


「そう? じゃあお願い。ジャンルは出来れば精霊でお願い」


「精霊様ですか……わかりました。では――」


 ルアーハから語られたのは2000年前に起きた大戦前後の話。

 ――大戦が起きる前まで、世界には精霊が溢れかえっていた。精霊は人を超える力で日々の暮らしを助け、また“契約”をすることにより人々に力を与えてくれた。精霊は“盟約”に従っているだけだと言うが、事情はどうであれ人々は精霊を敬い、感謝の念を忘れず、精霊と良き関係を築き続けた。そして精霊もまたいつしか“盟約”とは関係なしに、人々の力になってあげたいと思うようになっていたという。

 その関係が壊れたのが大戦の勃発。きっかけは不明。気づいた時には戦争は始まっており、多くの人と精霊が犠牲になった。その状況を憂いた大精霊達は、戦争の被害が拡大した原因が自分達精霊にあると考え、一部の反対を押し切り精霊達を人々に干渉出来ない様にした。


「結果、精霊を失った人々は急激に力を落としてしまいましたとさ」


「それのどこが不思議なのよ」


 どちらかというと戒めの話ね。不思議でも何でもない。


「今回、私達が調査しようとしている塔は大戦以後に作られたものです。つまり精霊の力を一切借りずに、人の力だけで建てたのです。もし本当ならこれほど不思議なことはそうないと思いませんか?」


 ……。


「そうね、確かに興味深いわ」


 なんだか私も見てみたくなったわ。人が持つ可能性ってやつを。

 それからルアーハの話を聞きながら、ひたすら走った。途中、山を2つ登ったり、谷を飛び越えたりしたけど、休むことなくただまっすぐ北北東へ進み続ける。

そしてついに――。


「やりましたフロルさん!! ついに豪雪地帯を抜けましたよ!!」


 吹雪で碌に視界が見えなかった時とは一転、晴れ渡る空に地平線まで広がる白銀の世界が私達を出迎えてくれた。


「雪、以外何もないけど……素敵な光景ね」


 日の光によって雪原がキラキラと輝く様は、幻想的に映る。

 足は自然と止まり、思わず景色に魅入ってしまう。


「私は……どこか悲しくなりますね。かつてこの周辺にも人が暮らしていたのかと思うと、諸行無常を感じます。一見、綺麗ではありますが、ここはもはや人が住める場所ではないのですから……」


 なるほど、そういう捉え方も出来るのね。

 言われてみれば美しさの中にも寂しさというものが感じられるかもしれない。


「……で、どうしましょうか? 少なくともここからじゃあ、塔はおろか木の1本すら見えないけど。まだ進む?」


「もちろんです。もう目と鼻の先まで来ているはずですから、ここで帰るなんて有り得ません」


「そうこなくっちゃ」


 ここまで来たんですもの、とことん付き合ってやるわ。


「さあ、行きましょうか――ん?」


 あらら。地面がグラグラ揺れ始めたわ。

 地震? と思ったら、雪の下から「グルルルルルル」と呻き声のような音が聞こえてくる。

 この気配は……。


「グルアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」


 雪を吹き飛ばしながら登場したのは、10mはあるんじゃないかっていうくらいデカいセイウチ。獲物を見るような目でこちらを見てくる。


「あれは……伝説の氷獣シヴィモールシュ!! 1000年以上もこの地を支配し続ける雪原の覇者じゃないですか!? 前言撤回します。退きましょうフロルさん!! 奴の吐き出すブレスは大精霊にすらダメージを与えます。いくらフロルさんと言えども分が悪い――」


「え? 雪原の覇者が何ですって?」


 セイウチなら雪の上で伸びている。ちょっと魔法で小突いただけでアレですもの、図体の割に貧弱なのね。

 唖然としているルアーハを再びお姫様抱っこし、走り出す。


「ほら、いつまで口を開けているのよ」


「……はは、やはりフロルさんに依頼したのは正解でした」


「その通りよ。私に引き受けてもらった幸運をしっかりと噛み締めなさい」


「ええ、そうさせてもらいますよ――フロルさん……!! ちょっと止まってもらっていいですか!!」


「ん? どうかしたの?」


 足を止めてみるけど、大して進んでないから周りには何も見えないし、特に変わった所は――いや、待って、微かに、本当に誤差なんじゃないかってくらい微かに魔力を感じる。


「下に何かあるのね?」


「例の塔があるのかもしれません。塔が建設された当時は雪が降るような場所ではなかったそうですから、この2000年間で雪に埋もれてしまった、とかはどうでしょう?」


「有り得ない、とは言い切れないわね」


「だとしたら……」


 確かめるためには雪を消し飛ばさなくちゃいけない。


「いいわ、下がっていなさい。どれくらい深いか知らないけど、やってやろうじゃない」


 意気込むように体に魔力を込めたその時――。

 私達は眩い光に包まれた。




「精霊様ー!! 見て下さい、こんなに収穫できました!!」


「おお、やったな!! これで冬も贅沢が出来るぞ!!」


「ほっほっほ。これも精霊様のおかげですぞ」


「ああ、まったくだ。あんたには感謝してもしきれないぜ」


「何を言っているんだ。皆で力を合わせた結果じゃないか」



 これは……?

 私の頭に、精霊と村人達が農作物を収穫できたと喜び合っているイメージが流れ込んできた。




「本当に行くのかい?」


「ああ。各地で起きている戦争の被害が、この村に及ばないか確かめて来る」


「すぐに帰ってきてよ?」


「ああ、約束しよう」


「お前は方向音痴だからな、ちゃんと帰ってこれるか心配だ。もし帰りが遅いようなら目印に塔でも建てるか?」


「はは、そりゃあいい。俺が迷わないようなデカいやつを頼む」


 イメージが切り替わりこれは……大戦前の話?

 まさかこのイメージは……。




「もうあれから3年……。世間では精霊が次々と姿を現さなくなったらしいわ……」


「まさかあの方も……」


「そんなわけねえだろ!! あいつは必ず帰って来るって約束したんだ!!」


「あの人はしっかりしているようで、どこか抜けているからね……。やっぱり道にでも迷っているのかも」


「よし!! じゃあ約束通り、精霊様の為にでっかい目印でも建てるか!!」


「そいつぁいい!! きっとびっくりするぜ!!」


 イメージは次々と流れ込んでくる。




「ちくしょう、何だっていうんだこの気候は!! 今は夏だろ!? どうして雪なんて降ってくるんだよ!!」


「国からは村を離れるよう勧告が来ているし……。何が起こっているんだろう……」


「冗談じゃないわ!! ちょっと雪が降ったくらいで村から離れてたまるもんですか!!」


「そうじゃ!! まだまだ塔の建設だって終わっておらんしの.」


「精霊様の帰りを待たないといけないもん」


「よし、気合入れてやるぞ!!」


 …………。




「アイスドラゴンの襲撃により、村は半壊。完成間近だった塔もぶっ壊され、村を離れようにもあの吹雪じゃ無理。はは、笑える状況だ」


「どうせ次の襲撃もあるだろうし、もう村と俺達の残り時間は少ないだろう」


「ええ。……でもただじゃ死なないわ!! 最後にせめて目印だけは完成させてやるんだから!!」


「ああ、あの方の為にも俺達の意地を見せてやろう!!」




 ここでイメージは途切れた。

 気付くと私達は先ほどと同じように雪の上に立っていた。

 そして眼前には……。


「今のは……まさか、村の過去……?」


 ルアーハが何か言っているが、私の耳には全く入って来ない。


「どうしました、フ、ロ、……これは……!?」


「見事だわ……」


 私達の目の前には、天高くそびえる巨塔が堂々と佇んでいた。

 その迫力は見る者を圧倒し、塔以外の全てを忘れさせてくれる。


「まさか本当に……本当にあの人達が塔を建てたなんて……」


 美しく、力強く、気高いこの塔は一体どれほど高さなのか。至近距離からではその高さの全貌は分からない。ただ、一つだけ言えるのは、間違いなく前世で見たどの建物よりも大きいだろうということ。この塔を前に、涙を流すルアーハの気持ちも分かる。

 ……本当に信じられないことだわ。よくぞ精霊の力も借りずにここまでの物を建てたものね。もはや執念すら感じるわ。

 でもどうやって……。


「ああ……そういうこと」


 実際に塔に触れてみると、すぐにカラクリが解けた。


「……? っ、腕が通り抜けている!? ……もしかして、この塔は幻術なんですか?」


「そのようね」


 実に簡単な話。文字通り『幻の塔』ってだけの話。

 おそらく、ここの雪の下には巨大な魔法陣があり、私の魔力に――いえ、謎解きは野暮ってもんね。

 例えどのようなものであろうと、今、私達の前には巨大な塔が建っている。その事実だけは決して変わらないのだから。私は素直に、この塔を作った彼らに称賛を送るわ。


「あ……塔がぼやけて……」


 塔が現れてから5分程経過した時、塔はゆらゆらと揺れ始めた。


「……これほどの物を維持するとなると、莫大な魔力が必要になるはず。きっと魔法の元となる魔力が尽きかけているのね。もうそろそろ消えてなくなるはずよ」


「そんな……」


 あのイメージを残したのは彼らが塔を本当に建て、精霊を待っていたことを伝えて欲しかったのかもしれないわね。

 ふむ……。


「いいわ。貴方達に敬意を表し、力を貸してあげる。――凍てつく冷気よ、全てを凍らせなさい!!」


 これまでで最も多くの魔力を使い、塔を氷漬けにする。

 塔は分厚い氷に覆われ、まるで時間が止まったかのように揺らぎも収まった。


「し、信じられない……まま、まさか……幻想を凍らせたのですか!?」


「違うわ、何言ってるの? 初めから凍っていたじゃない? ここは氷点下だから氷が融けることもないし、壊そうにも分厚すぎて無理。幻想かどうかなんて誰にも確かめられないわ」


「…………なる、ほど……。そうでしたね。ええ、氷の所為で塔を調査できないのは残念ですが、どこかの精霊様にはとっては実にラッキーなことでしょうね」


「ふふ、真相は全て氷の中」


 そう言って、今しばらく氷に覆われた巨塔を眺め続けた。




「で、念願の塔を見つけた感想はどんな感じ?」


 辺りがオレンジがかって来た頃、ふと気になったことを聞いてみる。


「そうですね……。精霊は人を見放してしまったのかもしれませんが、人にもこれほど彼らを思ってくれる人がいた、ということを精霊側にも知ってもらいたいですね。そうすればいつの日かまた、精霊と人が手を取り合って暮らすことが出来るかもしれません」


「ふーん」


 思い浮かんだのは、セーラー服の女と双子の姉妹。


「案外、そんな日は遠くないかもね」


「そのきっかけは、願わくば平和なものであることを」


 ……?


「ま、とりあえず帰りましょうか。あの村まで送ってあげるから掴まりなさい」


 転移をするために手を差し出す。


「いえ、私はもう少しこの塔を見ていたいので残ります。フロルさんは先にギルドへ報告に行って下さい。……あ、預けていた荷物をいいですか?」


「そう?」


 まぁ、気持ちは分からなくもない。なんせこの塔を見ようと思ったら、またあの豪雪地帯を抜けなくちゃいけない。だから実質この塔を見れるのは私だけだし、今の内に目に焼き付けておきたいのでしょう。

 そう理解した私は、ルアーハから出かける前に預かっていた荷物を異空間から取り出し、渡すついでに本人にも防御魔法をかけておく。これで何かあっても大丈夫。


「じゃ、1時間ぐらいしたら戻って来るから」


 最後に夕日に輝く塔を見上げると――。


「ありがとう。フロルのおかげでやっと帰って来れた」


「――」


 声のした方向――ルアーハの方を見るけど、彼の姿はどこにもなかった。手渡したばかりの荷物がぽつんと置いてあるだけ。

 気になった私は荷物の中を確認してみると、そこには「ほんの気持ちです」という手紙と、金銀財宝が詰め込まれていた。

 ……。


「どういたしまして。でもちょっと貰い過ぎよ?」


 私の呟きは風に流されていった。



『私はあの巨塔を“凍える摩天楼”と名付け、その名をもって、かの村人達に哀悼の意を捧げる。そして我々に数々の不思議を提供してくれた感謝を――。ああ、感謝と言えば忘れてはいけないのが彼女だろう。塔の存在を教えてくれたこと、実際に連れて行ってくれたこと、この本を全ての都市に発行するため莫大な寄付をしてくれたこと、そんなフロル氏にも多大な感謝を。何時の日か、精霊様と共に暮らせることを切に願う――』

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