第17話 特訓
「おはよう」
「おはよう。相変わらずポニーが似合ってるね」
「ほんと羨ましいわー。……あ、またあの娘が待っているから行ってあげたら?」
女子が指で示した方向を見れば、窓際の席にネルが座っていた。外を見てボーっとしている姿は、何だか飼い主を待つペットのようにも思える。
「ジル。あの娘の隣の席は確保しておいた。時間が許す限り存分に座るといい」
ネルの元へ向かう途中、クラスメイトの男がそんな報告をしてきた。
「うむ、ご苦労。褒美だ」
魔力キャンディーを手渡す。
「ははぁーーーーっ!! ありがたき幸せ……!!」
「おっと、それを食べる前に思い出してみろ。この前宿題を見せてやったよな? その礼がまだだぜ?」
「ふん、バカが。宿題程度とこのキャンディーが釣り合うものか!!」
「いいからよこせ……!!」
何やら揉め始めた男たちを無視し、さっさとネルに近づく。
「うっす」
「…………おはよう……。……今日も……お願い……」
こっちを向いて挨拶はしたが、すぐに外の方を向いてしまった。もはや毎度のことなので気にも留めない。
「はいはい世話が焼ける子ですねー」
カバンから愛用の櫛を取り出して、ゆっくりとネルのボサボサヘアーを梳いていく。
ネルと初めて会った翌朝から、彼女の髪を梳かすのが日課になりつつある。クラスメイトも一部を除いて慣れたもんで、温かい目で見守ってくれている。
「ジルのクラスって面白いよね」
「んー、そうか?」
枝毛を処理しつつ適当に相槌を打つ。
「うん。私のクラスと違ってギスギスしてない」
「……まあ、変わったクラスだとは思うけどね」
アメ1つで殴り合いに発展する男子もおかしいが、それを見てもクラスメイトの誰1人止めも反応もせず、日常の風景として受け入れているっていうのもな……。変人が多いのかもしれないな。
「そういやネルのクラスはどんな感じなんだ? まだ聞いたことなかったよな?」
「私のクラスは……カルカイムの王子様が騒がしくて疎まれているかな。会話したことはないけど確かに見ていてうざいもん」
「……」
ミュランと同じクラスだったのか……。
王子様だから少しはチヤホヤされているのかなーと思っていたけど、どうやら違うみたいだな。つーか、話したことも無いのに人から嫌われるとか相当だぞ。
「でも……昨日はなんだかしおらしかったかな。身を縮こまらせたまま一言も喋んないでずっと暗い顔をしていたから、クラスではカルカイム王が死んだんじゃないかって噂していたよ」
「へぇ、あの王子がねー」
よしよし、トラウマを掘り起こした甲斐があったな。自分を客観的に見つめ直したことによって、如何に自分がアホなことをしていたか思い知ったのだろう。ふふ、大丈夫。恥ずかしいと思える気持ちがあるのならまだやり直せるさ。
「吾輩の見解としては、アレは兆しニャ」
「お、ルパじゃん」
何時の間にやら猫が机の上で毛繕いをしていた。
「王子は人生の岐路に立っているニャ。このまま腐っていくのか、それとも飛躍するのか――まさに運命の分かれ道。どう転ぶかによってカルカイムの未来は大きく変わる筈ニャ。……みゃあ、吾輩が気になるのはあの王子を岐路に立たせた出来事、あるいは人物だけどニャ」
そう言って意味深な目で俺を見てきたので、とりあえずウィンクをしておく。
「きゃああああああああ!! ルパちゃんだ~~~~~~~~~~っ!!」
「もう久し振りじゃない!! さ、ご主人様の邪魔だからあっちで一緒にモフモフしましょうねー」
「ニャ!? は、離すニャ……!! 吾輩は中位精霊ニャ、気安く触る……って話を……助けてリーネルカーーー…………」
「またね」
女子生徒に抱えられて教室から出て行ってしまった。
ちっ、羨ましい猫だ。女子にモフモフしてもらえるなんて……!! あーあ、俺も女子達にモフモフされて……あー、いや、やっぱ言うほど羨ましくないな。それよりもこうして女の子の髪を梳かしている方がいい。人の髪を梳かしながら自分の髪にも思いを馳せる。うん、いいね。欲を言えば髪形や服装といったオシャレ関係の話を出来たら最高なんだけど……枝毛の多いネルにはまだ無理だろう。
「せめて寝癖くらいは自分で直せるようにならないとなー」
「頑張ってみる」
「ちょっとちょっと今日もいるの? クラスが違うんだし、そう頻繁に顔を出すなって言ったわよね?」
この声は……。
「おお、ティリカ。おはよう」
かなり不機嫌なうさ耳メイドさんに挨拶する。もう大分暑くなってきたというのに未だに長袖のメイド服を着ていらっしゃる。本人曰く通気性のいい夏服バージョンに衣替えしたらしいのだが、違いが分かる人が果たしてどれ程いるか。あ、もちろん俺は分かる。
……全く関係ないが、メイド服は胸のある子が着るからこそ映える物だと思う。まな板がメイド服を着ても魅力は引き出せない。だから俺はメイド服は絶対に着ない。同じ理由でチャイナ服とナース服もだ……!!
「ちぇっ」
「なに舌打ちしてんのよ」
「別に」
両者の間に不穏な空気が漂い始める。
この2人、あまり仲がよろしくないのだ。
「……そもそもどうして男に髪を梳かしてもらっているわけ? 女として恥ずかしくないの? あと、こっち向きなさいよ」
「それを言ったらティリカも恥ずかしがらなくちゃいけない」
「……理由を言ってみなさいよ」
あかん、この流れは……。
「ジルに女らしさで完敗しているか――」
言い終わらぬ内にネルの頭上から水が降って来る。しかし濡らしたのは机と椅子だけ。ネルはすんでの所で避難していた。
「…………危ないな……」
「誰が女らしくないって!?」
「……………そういうところが…………可愛くない」
再び頭上から水が降り注ぐが、ネルに当たることは無い。
「……騒がしくなってきたし…………教室に戻る…………バイバイジル」
「こら待ちなさい!!」
止まることなく窓から飛び降りた。慌てて窓に駆け寄るティリカと一緒に外を覗いてみるが、もうネルの姿はない。……いくらここが2階とはいえ、思い切りがいいな。ティリカの水攻撃を躱したこともそうだし、見た目によらず身体能力は高いんだな。
「はあ……逃げられたか。もうちょっと真面目にやればよかったかな?」
溜め息をつきながら濡れた机や床から水を吸い上げ、それを外に放出している。なかなかに器用だ。
「ジルも生意気な“妹”の面倒をしっかり見なさいよ」
「……頼むからククルの前では言わないでくれよ? 大変なことになるぞ」
おそらくティリカ、ネル、俺の誰かが酷い目に遭う。
「はいはい、大袈裟なんだから」
大袈裟じゃないんだけど……まぁいいか。
「ところでティリカさんや。もしティリカなら強くなりたがっている男をどう鍛える? ちなみにそいつは自分が弱いんじゃないかって自信喪失していると仮定する」
「なにそれ? まー、でも仮に私がそんな状況に立ったとするなら……優先すべきは自信の回復ね。荒療治だけど、危険なことをさせて乗り越えさせる、っていうのが一番早くて確実なんじゃない?」
「ふむふむ、なるほどね。ありがとう、参考になったよ」
「そう? どういたしまして」
荒療治、か……。
「そういうわけで今日は森で特訓をする」
「はは……僕みたいな奴が今さら何をしても無駄だよ……」
学園が終わった後、俺は王子を連れ出して森へとやってきた。
せっかく訓練をつけてやるというのに王子に覇気は無く、目は完全に死んでいる。俺にトラウマを掘り尽くされた為、精神が少し不安定のようだ。この状態ならうざくなくて大変よろしいのだが……鍛えるにはちょっとネガティブ過ぎる。
「いいか、ミュラン。お前の能力を数値で表すと決して悪くはない。むしろ学生の平均値よりは上だろう。だからそう落ち込むな」
「慰めはよしてくれ……。きっと僕は学生の中でも最底辺の存在なのさ……。皆、影ではバカ王子とか雑魚王子とか瞬殺王子みたいなこと言って嘲笑っているに決まっている……」
「お前の悪い所はその思い込みの強さだ。コーチである俺が弱くはないと言っているのだから素直に信じろ」
「そんなことを言われても、学生相手に勝ったことは1度もないんだから信じられるわけないだろ……」
「相手が悪かっただけだ。それをこれから俺との模擬戦で――む?」
誰か近づいて来るな。
「カモを発見。死にたくなけれりゃあ、持ち物を全部置いて行きな」
「ひっ」
現れたのは巨大な槍を持つ女。顔の下半分を布で隠し、いかにも怪しい人物ですと自己主張している。
「か、カムイ……逃げよう。アイツ強そうだ……。じゃなきゃ素直に持ち物を渡そう。え、エンジュだけは渡せないから、そこは謝って納得してもらうしかないけど……」
王子様はめちゃくちゃビビッてらっしゃる。ついこの前だったら俺が止める間も無く突っ込んでいっただろうに。
よし――。
「おい、女!! この方が『誰がテメェみたいなクソビッチ相手に渡すか!! どうしても欲しけりゃ裸で土下座しな。そうすれば小便くらいはくれてやるぜ!!』と仰っているぞ!!」
「へぇ……。どうやらそのガキは惨たらしく死にたいようだね……」
「言ってない……!! 言ってないです!!」
首をぶるんぶるん振って否定しているがもう遅い。相手さんは殺る気満々である。
「さ、王子。いつものように軽くあしらってやって下さい」
「そ、そんな――」
「食らいな」
「う゛っ」
女の蹴りを腹に受け、転がっていく王子。なんとか体勢を立て直して起き上がろうとするも、すぐさま女が近づき今度は槍の柄で殴られた。
「王子!! 反撃しないとやられちゃいますよ!!」
「ううっ……ファイアーボーーール」
ヤケクソ気味に放たれた火の玉は女に簡単に避けられ、カウンターでさらに一撃を叩き込まれる。そして続けざまにパンチ、蹴り、槍の柄による連続攻撃を浴びていく。
ふむ……。
「ちょっとタンマな」
「なっ」
槍で攻撃させそうになった所を割り込み、女を風で吹き飛ばす。
「か、カムイ、助けて……。殺される……。アイツ、本気で僕を殺す気だ……」
「体は痛むか?」
「うん……。骨が何本か折れていると思う……」
「本当に痛むのか?」
殴られた箇所を軽く押してみる。
「だから痛いって――あれ? 痛くない……?」
「だろうな。あの女の攻撃は軽い。何度か食らったみたいだが、ダメージはほとんどないはずだ」
「本当だ……。あんなに攻撃されたのに……」
「しかも攻撃の速度も大したことは無い。よく見れば楽に躱せるはずだ。やってみろ」
「でも……」
「なに、盗賊なんて真っ当に働ける力のない奴がなるもんだ。そんな奴に王子であるお前が負けるはずがないだろう?」
「わ、わかった……!!」
「よくもやってくれたね……!! でもまずは邪魔なガキから片付けてやる!!」
吹っ飛んで行った女が、戻って来たと同時に王子へ槍の攻撃を仕掛けてきた。
俺の忠告通り、女から目を逸らさなかった王子は――。
「見えた!!」
「なに!?」
それをギリギリではあるが、確かに避けた。
「そうだ。 相手をよく観ろ。冷静に対処すれば勝てない相手じゃない」
「こしゃくな!!」
「くっ、ほっ、とっ」
よし。まだまだ危なっかしいもののきちんと躱しているな。
「魔法も同じだ。相手を観て、狙いをしっかり定めればちゃんと当たる」
「う、うん。ふう……。ファイアーボール」
「ぐっ」
「当たった!!」
王子が放った火の玉を女の肩に見事命中した。
「ちっ、思ったよりやるね。ここで引かせてもらうよ」
「あ……」
肩を押さえながら、女は森の奥へと逃げて行く。
「罠の可能性もある。追う必要はない。あの女については俺が後でギルドへ報告しておこう。……それよりよくやったな。ちゃんと盗賊を撃退できたじゃないか」
「ぼ、僕が盗賊を――」
命の危険から解放されて気が緩んだのか、へなへなと地面に座り込む。
目を見開き、ポカーンと口を開けているが、自分が盗賊を追い払った事実が実感できていないのかもしれない。
「はは、ははははは。なんだ……僕も捨てたもんじゃないな!! 学生なのに盗賊を追い払ったぞ!!」
む。
「いいか、ここで調子に――」
「ありがとうカムイ!! 君のアドバイスのおかげだ!! これからもコーチを頼んでいいかな!?」
フロルが面倒をみた時ですら見せなかった、凄い笑顔で聞いてきた。
「……まぁ、もうしばらくはな」
さて、ようやくスタートラインに立てたのかな? まだ分からないが、たぶんこれからの修行はスムーズに行けそうな気がする。
これで心配すべきは……あんな役をさせてしまったイレナにどうお礼をするかだな……。




