第16話 高難度(?)の依頼
「そっちに3体行ったよ!! 逃がすんじゃないよ!!」
「ふん、人使いが荒い奴だ」
独り言を呟きながら、強固な殻に覆われ生半可な攻撃は全て弾いてしまう蜘蛛を黒の槍で串刺しにしていく。人よりも大きいため、大量の返り血が飛んでこない様にきちんと風で防御。完全に動かなくなったのを確認したところで、糸に巻かれジタバタしている冒険者を救出する。
「わりい、助かった」
「礼は後だ。来るぞ」
「シャアアアアアアアアアアアアアアア」
今倒したばかりの蜘蛛よりさらに巨大な蜘蛛が、木々をなぎ倒しながら一直線に向かってくる。
奴が今回のメインターゲット、危険度Cのファームスパイダーさんだ。
「な、なんでこっちに……」
「まったくだ。アイツは何を遊んでいるのやら」
まあ来たものはしょうがない。冷静に風の刃で蜘蛛の足を1本切断。体勢が崩れたらさらに1本切り落とし、地面に倒れさせる。その際、糸を吐いてきたが華麗に回避。隣にいた奴はまた絡まったけど放置だな。止めを刺す方が先だ。
「む――」
「喰らいなああああああああ!!」
上から炎を纏った斧を振りかざす女性が降ってくる。そしてそのまま斧を蜘蛛の顔へと叩き付けた。まともに攻撃を受けた蜘蛛は顔面に大きな炎傷を作り、数回ぴくぴくするとそれ以上動くことはなかった。
「よし、任務完了!!」
「遅いぞイレナ!!」
身の丈はある斧を軽々と持つアマゾネス風の姉ちゃんへ抗議をする。
元気そうなのは彼女だけで、残りの冒険者たちは戦いが終わったことにホッとし、地面にへたり込んでいる。
「悪いねぇ。思っていたよりも子蜘蛛の数が多くてさ。他の連中をカバーしていたから遅くなっちまったよ」
「だからと言ってボスをこちらに寄越すのはやりすぎだぞ」
そもそも俺が受けた依頼は『荷物の監視』だから、子蜘蛛の相手を押し付けること自体おかしい。
「カムイがいるからいいかなーって思ったんだよ。現に危なげなく対処したし、いいじゃないか」
「Gクラスの俺を頼るな。お前が何とかしろ」
「なんだい意外と女々しいんだね。男なら笑って流すくらいの度量を見せられないのかい?」
む……。
「勘違いするな。別にあの程度の魔物ならいくらでも相手をできる。ただ、Gクラスの俺に手柄を横取りされるお前達の気持ちを考えての言動だ」
「ヒュー!? アイツを何体でも倒せるって!? カッコいいねー。今のは男らしかったよ」
「当然だ。俺は男だからな」
「聞いたかい!! Gクラスのカムイだって余裕そうなんだから、アンタ等もへばってないでさっさとコアと素材の剥ぎ取りをしな!!」
「うい~っす」「まじかよ……」「だる……」「この糸を切ってくれ……!!」
イレナの一喝を機に、皆が嫌々そうに立ち上がった――。
「やっぱカムイがいると楽だな!!」
ギルドへの報告をしていると、ファームスパイダー討伐のメンバーはもう酒を飲み始めていた。
「ああ。イレナの無茶振りが全部カムイにいくから大助かりだ。このままイレナのお気に入りでいてくれよ」
「まったくだ。ぎゃはははははははは!!」
帰るまでは今にも死にそうな顔をしていたくせに、酒を飲み始めた途端これである。
「ふん、情けない連中だね。カムイ、アイツ等と組むのはもう止めておきな。どっちの為にもならないね」
イレナが呆れた声で忠告してきた。できればイレナとも組みたくないんだけどね……。
――ギルドに通い始め、ある程度慣れてきたら一緒に依頼を受けようとの誘いが増えた。先ほどの依頼もその1つで、最近は必ず誰かしらと組んでいるような気がする。ここへは情報収集に来ているため、少しでも顔を広げておいた方が後々助かるだろうからそのことに不満はない。
ただ不思議なのは男連中から依頼の誘いがあると必ずイレナも「私も付いて行く」と言いだすことだ。本人曰く「奴らは野獣なんだ」とのことだが……。もしかすると新人の俺が虐められない様に気を配ってくれているのかもしれない。そう考えるとありがたいのだが、魔物を押し付けられることが多いから、あまり組みたいと思える相手じゃないんだよなー。
「おう、お待ちどうさん。これが今回の報酬だ。カムイの分はちゃんとイレナから引いた金額を上乗せしといたからな。イレナも人任せにしないで自分で戦えよ」
お、受付のおっちゃんが戻ってきた。
「アタイも目標のBクラスにはなったからねー。そろそろ後進の育成に入ろうかと思ってるんだよ。それに子供も欲しいから、しばらくアタイが抜けても大丈夫かテストも兼ねているね」
「…………ぷっ、相手がいねえだろ」
「誰だい今、笑った奴は!!」
イレナは斧――武器型の中位精霊――を振り回しながら酒飲み集団に突っ込んで行った。
確かに斧でテーブルを破壊し、自分より大きな男を蹴り飛ばしている姿を見ると結婚できるのか心配になるな。
「ったく、ま~た備品を壊しやがって。野蛮な連中ばかりで嫌になるね」
「ふっ、賑やかでいいじゃないか」
「頼むからお前はあんな風になるなよ……っと、思い出した。お前に大事な頼みがあるんだった。なあ、特殊依頼を受けてみる気はあるか?」
おっちゃんが急に真面目な顔をして聞いてきた。
何だか嫌な予感がするが……。
「話は聞いてやる」
「うし、わかった。あのな、特殊依頼っていってもいろいろあってな。今回は難易度不確定依頼。要は人によって得意不得意がはっきりするからギルドじゃ難易度が判りません、自己責任でやって下さいって依頼だ。Aクラスの奴が達成できなくても、Hクラスの奴が楽々クリアする可能性もあるから基本、誰でも受けられる」
ああ、何度か見たことがあるな。『俺を笑わせろ!』とか『バルルキューコップンが食べたい』や『魔力関数のマイナス領域から観る歪みと捻じれ』みたいな理不尽系が多かった。
ふむ……。
「悪いが他をあたって――」
「まあまあ、とにかくこの依頼を見てくれ。気が変わるかもしれないぞ?」
拒否の言葉を遮り、書類を放り投げてきた。
思わずキャッチしてしまったので、とりあえず目を通してみる。
なになに……。
依頼『僕を鍛えろ!!』
内容『僕を鍛えて最強にしろ』
報酬『出来高』
依頼人『ミュラン・カルカイム・オーウェン』
……。
「断る。くそっ、時間を無駄にした」
断言する。瞬殺王子の依頼なんて絶対に碌でもない!!
「おいおいおいおいおいおい。カルカイムの王子様から依頼だぞ!? 光栄じゃないか。皆に自慢できるぞ!! それに報酬もたんまり出る。上手くいけばスカウトもされて将来も安泰!! うん、これは受けるしかないだろ。な!?」
帰ろうとする俺の腕を掴み、必死に説得してくる。
「ふん、本気でそう思っているなら今頃その依頼を巡って争奪戦が起きているだろう」
見ればこの依頼が張り出されたのは2ヵ月以上前。未だこの依頼が達成されていないことから、この依頼が如何に地雷か証明されている。
「ぐ……。ええい、頼む……!! 失敗してもいいから引き受けてくれ!! そうすれば依頼をキャンセルするために必要な『最低10人は送り込む』という条件が達成できる。この通りだ……!!」
「む……」
おっちゃんが悲痛な顔をして頭を下げる姿に俺は――。
「君が次のコーチかい? ふーん……今までで一番胡散臭いな。自分の弱さをそれっぽい雰囲気で誤魔化そうとしてるんじゃないか?」
後日、気の迷いで依頼を引き受けてしまった俺はギルドの訓練所へとやってきた。
そして早くも帰りたくなった。
「不満そうだな。ならキャンセルしてもいいぞ」
むしろその方が助かる。
「へぇ、僕に媚を売らないんだね。そこは好感が持てるよ。……いいよ。君がどんなに弱くても最悪、僕の技の練習台になってくれれば構わない。だから僕についてこれなくても落ち込む必要はないよ」
こいつは……本当に誰が相手でも強気なんだな。
おそらく本人に悪気はない。自分が王子であり強者だから、それに見合った当然の振る舞いをしているつもりなのだろう。よくここまで無事に育ってこれたもんだ。
「そうだ、一応自己紹介をしておこうか。僕はミュラン・カルカイム・オーウェン。未来のカルカイム王にして史上最強の男になる者。また、フロル・ファントム・クリマアクトのフィアンセでもある。そして近々フィーリア姉妹を養子として迎えるつもりだ」
……。
「そうか。俺はカムイ。念の為に言っておくが男だからな」
王子様のありがたい自己紹介はめんどいのでスルー。
「ふっ、全然男らしさを感じないな。背も僕より低いし、頼りがいもない。きっと将来の伴侶を見つけるのに苦労するだろうね。同情するよ」
「っ」
やばい、こいつぶっ殺したい……!!
なんで瞬殺王子に同情なんてされなくちゃいけないんだよ!! お前の方がよっぽど苦労するだろ!! って言いながらボコりたい。……やる? やっちゃうか?
いやいや、それはさすがに大人気ない。クソガキの戯言だと思って聞き流すのが正解だ。
「じゃあ無駄話もこれくらいにして、そろそろ始めようか。僕が攻撃を仕掛けるから、君は避けるなり防ぐなりして耐え続けてくれ。もし僕に隙があれば反撃も可とする。ふふ、あればの話だけどね。……ああ、もちろん手加減はするから安心していいよ」
「OK。さっそく殺ろう――じゃなかった、やろうか」
「では――参る!!」
王子が七剣エンジュを構えながら突進してきた。
速攻で終わらせてもいいが、まずは様子見かな。ここへは依頼で来ているのだし、以前に少しだけ鍛えてやってからどれだけ成長したのかも気になる。
「てりゃあああああ!!」
大袈裟に振りかぶり、そこそこのスピードで振り落としてきた剣を避ける。
続いて繰り出される突きや横なぎも、じっくり観察しながら躱していく。
あ、剣身にロウソクみたいな火が宿してある。やりたいことは分かるが、火が弱すぎて意味はない。魔力の無駄遣いだ。
「ふふふ、どうした!? もう少しペースを緩めた方がいいかい!? 避けるのに精一杯じゃないか!!」
掠りもしていないのに何故そんな強気なのか……。
よし、試しに反撃してみるか。
王子が踏みだそうとした瞬間、足を掛ける。
「ぷぎゃ」
勢いよく顔面から転んだ。
呻き声がちょっと可愛いと思った自分に何かイラッとした。
「へ、へぇ、やるじゃないか。今のはさすがに予想外だったよ。でもマグレはここまで。僕も本気でいかせてもらう。行くぞ、ファイアーーーボーーーールッ!!」
直径30cmはありそうな火の玉が迫ってくる……!! が、狙いが甘いため何もせずとも俺の横を通り過ぎて行った。
「ちっ、避けたか。だが、これならどうかな? 僕の取って置きの魔法――ファイアーーーーーーランス!!!!」
威勢の良い掛け声とともに放たれた炎の槍は、ここまでで最高の攻撃だった。大きさ、速さ、練られた魔力。3つ全てが申し分なく、揺れる炎は美しいとさえ思える。そんな会心の出来とも言える紅の槍は――やっぱり俺の横を素通りして行った。
「バカな!! 今のを避けるのか!?」
アホらしい……。
もういいや、すぐに終わらせよう。
俺は魔法で黒剣を作りだし王子に近づくと、切っ先をのどへ突き付ける。この間、約1秒。風魔法の身体強化が成せる速さだ。
「な……!?」
くく、王子には何が起きたのかさえ満足に分からなかっただろう。
「俺の勝ちだな」
勝ち誇った声で告げてやる。
「ぐぐ……。もう1度……もう1度だ!! 今のは僕が油断していただけ!! 次は本気を出す!! だからもう1度勝負だ!!」
子供みたいなことを……。
「断る。何度やっても結果は同じだ。力の差が理解できなかったか?」
まあ分からないからこんなことを言っているんだろうが。
「前半は僕の方が圧倒的に優勢だった!! 君と僕にそこまで実力の差はない!!」
「ふむ……」
さてさて、どうしましょうか?
これ以上こいつに付き合って時間を浪費していいのか?
はっきり言って王子を鍛えるのは至難の業だ。それは以前鍛えた時に実証済み。だからやる気はほとんどない。
……別に素質が全くないわけじゃない。属性こそ火だけなのだが、生まれながらに豊富な魔力を持っているため魔法使いとしては実は恵まれている。さらに豊富な魔力は、所有者の魔力以下の魔法を全て打ち消す七剣エンジュと相性が良いため、きちんとした戦い方を身に付ければ化ける可能性はある。
しかし本人の性格がそれらを台無しにしている。悪い意味で一直線であり、その時に一番関心があること以外ほとんど頭に入らない。そのため興味ないことは何度言っても覚えず、やっと覚えたかと思いきやすぐに忘れるのだ。そして都合のいいことだけは何時までも記憶しているのだから性質が悪い。
……いや、ここまでならいい。ここまでならまだ物覚えの悪い生徒だけで済み、面倒をみてあげようと思えなくもない。俺が王子を鍛えたくないと思う最大の理由が生意気だからだ。教えてもらおうという気がまるで感じられない。義理も義務もないのにそんな奴相手にいつまでも時間を割けるか!!
よし、決まった。
「実力はそう変わらないと言ったな? なら俺が教えられることは何もない。依頼はキャンセルとさせてもらおう」
「あっ……」
とっとと帰りましょうか。
「この書類にキャンセル承諾のサインを――」
「い、嫌だ……。ここで君を帰せば、僕の依頼そのものをキャンセルする要件がそろうんだろ……? そんなことが父上にバレたら国に戻される……。そうなったらフィーリア姉妹はどうなる!?」
「きっと特に何も変わらず元気に生活することだろう」
「分かった……。僕は僕を待つあの2人の為に……そしてフロルの為に恥を忍んで君に頭を下げる……!! 僕を強く出来るのなら、君の教えを何でも実行してやる!! だから依頼をキャンセルするのは……!!」
「ほう」
頭はこれっぽっちも下げていないし、言っている意味はよく分からないが熱意は伝わってきた。
何でも、ね。
「本当にその覚悟はあるのか?」
「もちろんだ!! 泥を啜り、草を食してでも強くなる覚悟はある!!」
「そうか。……ならまずは過去の自分と向き合え!! 『アナムネーシス』」
「なんだこれは――って、ぎゃああああああああ」
黒い煙が俺達の周りを包み込むと、王子の悲鳴が響いた。
アナムネーシスは過去のトラウマを呼び覚ます魔法。王子が黒の煙を通して見たものは、フロルと初めて戦った時に晒したパンツ一丁姿の自分自身。本人は都合よく忘れているだろうが、そうはさせない。これから王子の記憶の底に眠る全てのトラウマを引き摺り出し、自分が果たして思っていた通りの存在なのかどうか突き付けてやる。
あまりにアレなのでさすがに可哀想かなーと思っていたが……なに、本人の了承は得たんだ。遠慮は要るまい。くく、これを機にクソ生意気な性格は矯正してやる。




