第15話 教育論争
学園に通い始めてから3ヶ月が経過した。
季節も春から初夏へと移り変わろうとし、登校途中に見かける生徒も薄着がほとんどだ。かくいう俺も先日、半袖のYシャツへと切り替えたばかり。……本当は変わり映えのしないYシャツを着ることに抵抗があったのだが、自身に制限を課すことによって無事解決。すなわちあえて服装を縛ることによって、外見ではなく内面から可愛さを表現することに決めたのだ。そのためこの夏は髪形もポニーテールだけに制限し、とことん内面を磨いていこうと思っている。
「私は精霊と契約する、ですかね」
「ん、早く見つかるといいな」
ククルは俺が下位精霊との契約を勧めてからずっと自分に合った精霊を探しているのだが、未だに契約を結べていない。
ククルの適性属性は水と雷。雷の方はあまり得意ではないので、長所を伸ばすために水の精霊と契約することが望ましい。しかしククルは何故か水の精霊が嫌いらしく、雷の精霊との契約に固執している。雷の精霊は今のところ7属性の中で最もレアで、目撃証言も極端に少ないから止めた方がいいと思うんだが……。でも一生のパートナーになるかもしれない相手なんだし、ククルの好きにさせるつもりだ。
「そうそう、あと友達もな。未だに休日を共に過ごすような人はいないんだろ」
「はい、いません。ですが兄さんも人のことは言えないのでは?」
「うっ……」
クラスの連中とはかなり喋るようになったけど、友達と呼べるか聞かれると口籠もってしまうな。
「人の心配をするよりもまず自分の“男”友達を作ってください」
俺の立場はいろいろと複雑だから、どうしても同級生を“友達”として見づらいんだよ。それに向こうも俺のことを勘違いしている節があるからますますなぁ……。
ある意味、学園で一番親しい人物はククルを除けば学長かもな。
「それに最近の私はネルカと良好な関係を築きつつあります。懸案事項はありますがそろそろ友達と言っても良い頃かもしれません」
「本当か!? それはめでたいじゃないか!!」
「ふふっ、兄さんがネルカに挨拶しに行ったおかげですよ。おかげで会話には困りませんからね」
そうかそうか!!
ああ……あのククルに友達が出来たかと思うと感慨深い……。
一時期はこのまま一生友達が作れないんじゃと心配していたが、やっと肩の荷が下りた気分だ。……でもそれと同時に兄離れしていく我が妹に一抹の寂しさを感じる。ヒナの巣立ちを見送る親鳥っていうのはこういう気持ちなのだろうか。
「ただ1つ気になるのは、ネルカと向かい合うと必ず小声になることです。どうも目と目を合わせるのが苦手なようですね。クラスにも私と目が合うと顔を赤くして逸らす男子がいますし、そういう人が多いんでしょうか?」
「……さあ? 俺にもわからん」
たぶん、というか絶対に違うと思うけど、詳しく説明したくないのでとぼけておこう。
それより俺が気にすべきは、ククルに惚れているであろう男を如何に苦しませて――いや落ち着け俺……。決してその男の名を聞いて脅してやろうとなどと思ってはいけない。恋愛とは自由であるべきだし、過度の干渉や過保護はククルに悪影響だ。俺と互角(能力ありで)に闘え、かつ、俺の本気の誘惑に微動だにしないような奴ならククルとの交際を認め、笑顔で「おめでとう」と祝福できるようにならないと……!!
ククルと別れた後、俺は教室に向かう前に屋上へとやってきた。
「悪いわね、こんな時間に呼び出しちゃって」
「忙しいんだろ? ならしょうがないさ」
待っていたのはセーラー服バージョンのスイレン。学園でその格好をしていると妙に似合っている気がしなくもない。でも可愛さで言ったらやはり俺の方が上だな。まぁスイレンはどちらかというと綺麗系だから比較することにそれほど意味はないけど。
「そうなのよ忙しいのよ!! あの子達と契約したことを世間に公表したから問い合わせが殺到!! 人だけじゃなくて精霊からもあるから、3ヵ月経ったっていうのにまだ対応に追われているのよ!?」
「ティリカも教室でよく“主人”に立候補した人への返事を書いているよ。休み時間も人が訪ねて来るし、大精霊と契約するっていうのは大変だな」
「私もまさかここまで面倒なことになるなんて思ってなかったわ……。いっその事無視してやろうと思ったのも1回や2回じゃないわ。その度アリサに『大精霊様なんですからもうちょっと頑張りましょ?』って励まされて頑張ってるの。偉くない?」
「ああ、偉いな!!」
アリサが。
「でしょう? ……で、私の方はこんな感じなんだけどそっちはどうなの? 大まかな状況は定期報告やクーミルを通して知っているけど、やっぱりジルの口から直接聞いておきたいわ。特に土のクソジジイが貴方をナンパしたっていうくだりを詳細にね」
「OK。そうだなまずは――」
入学してからこれまでのことをかいつまんで説明していく。
「……ふーん、アリサにフロルだってことがバレかけたのね。危なかったじゃない」
一通り説明し終えた後、スイレンの口から出た最初の感想がこれだ。
「あんましたくはないが、いざとなったら記憶を弄らせてもらうから実際はそこまで追い詰められたわけじゃないけどな」
「油断しないことね。あの子にしては詰めが甘すぎるし、まだ何かあると思っていた方がいいわよ」
……確かに違和感はあった。“ジル・クロフト”とアリサは面識がないはずなのに、いきなり現れて「貴方がフロル様ですね?」だもんな。いくらなんでも性急すぎる。スイレンの言う通り次があると思って警戒はしておこう。
ただアリサとは買い物に行って以来、廊下で会ったらちょっと話すくらいの控えめな関係に落ち着いているし、厳重にって程じゃなくていいか。それに俺には【自由自在】があるから大丈夫大丈夫。…………自分で言っててフラグに思えてきた。
「ま、私としてはそんなムキになって隠す必要があるの? って気がするけど。さっさと話しちゃえば2人も“主人”なんて探すのは止めるでしょうし、皆幸せになれるんじゃない? あー、でもティリカは受け入れられないかも。やっぱなしね」
ふむ……。
「なあなあ、結局その“主人”ってやつはなんなの?」
「おっと、それを私の口から言うのはルール違反よ。知りたければあの子達から直接聞きなさい」
なんか大袈裟なポーズを取って拒否をしてきた。……怪しいな。
「そんなこと言って本当はスイレンも知らないんじゃないか?」
「は、はあ!? はあ!? こ、こここの私ともあろう者が知らないですって!? はあ!?水の大精霊舐めんじゃないわよ!! あ、アレよアレ。なんかこう、しゅじ~んみたいな感じのふわふわ……? しているやつ、あるじゃない? そんな感じよ」
「……」
いや、意味がわからん。
「ごめんなさい……。私も詳しくは知りません……」
じとっー、とした目を向けたら白状した。
どうやら“主人”の件に関しては姉妹の独断でスイレンは一切関わっていないらしい。
「私だって最初は反対したのよ!! どこの馬の骨とも知らないような奴があの2人を偉そうに従えるかと思うと腸が煮え返りそうだもの!! それであの手この手で説得したけど効果がないから、最終手段として『2人が諦めない限り口を利いてあげない!』って言ったの。なのに……ううっ……」
「よしよし、泣くな」
音を上げたのはスイレンの方だったと。
情けないと罵るのは簡単だが、それでも3日は我慢したらしいので、スイレンにしては本気で頑張ったのだろう。俺には彼女を責められない。
「はぁー……。どうして平穏な日常じゃなくて、不安定な非日常を望むのかしらね。普通の学生生活を捨てるほど価値のあることなの?」
珍しく物憂げな顔をし、グラウンドの方へと呟いた。その先ではメイド服を着たティリカがジルロット教諭と模擬試合をしている。かける言葉が思いつかないので、俺も2人の試合を観察する。
ふむ、ややティリカが優勢か。……つーか、1限目をさぼっちゃったな。
「……あのジルロットとかいう教師も気に入らないわ。来年もまだいるようならアリサの頼みだろうと無視して地獄に叩き落としてやるわ」
湿っぽい雰囲気はもう鳴りを潜め、体に活気が満ちている。
かなり物騒だけど、スイレンのこういう切り替えの早さは素直に好感が持てるな――ってそうだ!!
「最近ティリカがスイレンに似てきたんだけど」
「あら、いいことじゃない!!」
素直に喜んでいらっしゃるよ。
「全然よくないから。まだ子供なんだし今から何でも暴力で解決するスイレンに似たら困る。ティリカにはもう少しお淑やかになるよう注意した方がよくないか?」
「オシトヤカ? 何それ? 今時そんなもの流行らないわ。女性だって強く逞しく生きるべきよ!!」
「だからと言って、思春期のこの時期に女性らしいことを全く教えないとなると、将来絶対に苦労するぞ!!」
「大丈夫よ。料理は人並みに出来るし、学園でも最低限の事は教えてくれるでしょうから」
むむ……聞く耳持たずか。
「だいたい一番最初に決めたでしょ? 人の道に外れない限りはなるべく2人の思うようにさせようって。その結果ティリカは私に似た来たんだし、貴方が気に入らないからって文句を言うのはちょっと違う気がするわ」
スイレンの癖にそれっぽいことを言いやがって……!!
しかしここは譲れない。
「スイレンの性格は好感が持てる。ティリカがスイレンに似てしまうのも頷ける。それは認めよう。だ・が!! ティリカにはスイレンを真似させるのではなく、もっといろんな経験をさせるべきだ!! 多角的な視点を持たせることによって、『こういう生き方もある』と教える。そのための第一歩がお淑やかさだ。なに、その上でスイレンに似るのなら文句は言わないさ」
「……あのね、偉っそうに講釈を垂らしているけどティリカの教育に一番悪いのはジルなんだからね? そのことは分かってる?」
「はぁ? 俺のどこが悪いってんだ?」
青天の霹靂過ぎるぞ。
「貴方のその容姿、言動、行動の全てよ。知ってる? 貴方はティリカから未知の生物として扱われているのよ? だいぶ混乱もさせているし、もしも変な影響を受けちゃったらどうしてくれるのよ!!」
うぐっ……。
「俺だって本当は男らしく生きたいさ……。こんな女らしい体なんて嫌なんだ……!! でもティリカには女性らしさを知って欲しくてわざとこんなことを――」
「嘘よ!! この前ジルの部屋を抜き打ちチェックしたけど、なによあの衣裳部屋!! 制服以外、全部女物じゃない!! おまけにブラまであって……。他の部屋も女性が好みそうな小物だらけだったし、男らしい物は一切なし。見た瞬間、背筋が凍るかと思ったわ」
「あ、テメェなに勝手に人の部屋を調べてんだよ!!」
「はあぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~。どうしてこんなポニーテールが似合う男になっちゃったのかしらね。これでも昔はどんな男らしい子に育つか期待していたのに……」
先ほどよりも大きな溜め息をつき、これ見よがしに落胆し出した。
「しょうがないでしょ? 人生なんてなるようにしかならないだから。ぐちぐち不満を垂れないで前を向きましょ?」
ムカついたので、地声で励ましてみる。
「…………ねぇ」
「なあに?」
「ジルの体は4年前に骨格やらホルモンバランスやら血液まで変わっちゃったじゃない? まさか性別まで変わってないでしょうね?」
「安心しろ。俺は男だ」
「2年前まではそうね。肉体的にはちゃんと男だったわ。……でも今はどうかしら? ちょっと確認させなさい」
「お、おい、冗談だよな……?」
じりじりと近づいて来る。
「パンツを下ろすだけ。すぐに終わるわ!!」
スイレンが飛び掛かって来た!!
「ちょ、やめ……。そのネタやったから!! オロフがもうやったから!!」
スイレンに押し倒され、取っ組み合いとなる。
「ええい、抵抗するな……!! 大人しくしなさい!!」
俺の素の力はひ弱なので力勝負では逃げ切れない。能力を使って脱出しようにも両手を押さえ付けられているので無理。魔法もこの状態では大精霊相手に出し抜けるか微妙。
あれ、ヤバくない?
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 助けて~~~~~~~~~~っ!! スイレンに犯されるーーーーーー!!」
「ふふふ、助けを呼んでも無駄よ!!」
精一杯悲鳴を上げてみたが、ダメか……!!
「おい、お前達!! いつまで遊んでい――ふっ、失礼した」
ナイスタイミングで学長が現れたが、すぐにいなくなってしまった。
「待ちなさいホモジジイ!!」
「今なんと言った!!」
と思ったらまた戻ってきた。
「聞いたわよ。何でも衆人環視の前で男を可愛いと褒めちぎりナンパ。そして自ら手を引いて連れ出したらしいじゃない。やれやれ……。ちょー尊敬していた土の大精霊様がまさかホモだったなんて……。ショックだわー」
この体勢だとよく見えないが、学長は絶対怒りでぷるぷるしてそう。
「小娘が調子に乗りおって……!! よほど痛い目に遭いたいらしな」
「はんっ、痛いホモジジイなんて返り討ちよ!!」
おっ、スイレンが離れた!! 今の内に……。
「さあ行くわよジル!! あの鼻持ちならないジジイの頭を冷やしてやりましょう!!」
「ええっ、俺もやるの!?」
「丁度いい。2人まとめて教育してやる。行くぞ……!!」
――その後、屋上は吹き飛び、公式には“事故”として片付けられる。そして学生たちの間では何故屋上が吹き飛んだのかの話題で持ち切りになるのだった。




