第4話 忘却
「ジルったらすごいのよ!! たった二十日でもう中級魔法を使えるようになったの!!」
母さんから魔法を教わり始めて二十日目の夕食時、興奮した母さんが自慢げに今日のことを皆に報告している。
「へぇー、そりゃあすごいじゃないか!? お前は容姿は俺に似たのに魔法の才能はマーシャに似たんだな。ちょっと羨ましいぞ」
「おめでとうジル。僕も頑張らないとな」
「すごいわねジー君。もしかしてその年で中級魔法を使える人はジー君が初めてなんじゃない?」
「にーさま、すごーい!!」
家族は皆褒めてくれるが、俺はこの結果に不満を持っている。
中級魔法(笑)とか馬鹿にしていたけど『ウィンド・カッター』を習得するまでに二十日もかかってしまったのだ。
この世界の基準で言えば驚くほど早いのだが、もっと大規模で複雑な魔法を習得しようと思っている俺としてはこんなところで手古摺るとは思わなかった。
別に魔法を使うのが難しかったわけじゃない。
こんなことになってしまったのは全て魔力不足のせいだ。
俺が初めて魔法を使った時は母さんを真似て『ウィンド・カッター』を使おうとしたのだが、そよ風程度の威力しか出せなかった――母さんはそれでも十分驚いていたが。初めてだからこんなものかと思い、もう一度使おうとしたのだが今度は発動すらしなかった。たった一回そよ風を起こしただけでもう魔力が枯渇してしまったのである。
魔力が無くなっても全身が気だるくなるくらいで体には直接影響は出ないので助かるのだが、回復がとにかく遅いのである。次に魔法を使えるまで少なくとも二時間はかかってしまう。一回使ってはその都度二時間休憩していたのでとにかく効率が悪く、そのたびにもう少し魔力や魔力回復量があればと歯痒さを感じたものだ。
魔力は魔法を使っていけば自然と上がっていくし、魔力回復速度も同様らしいのだが、今のところ『ウィンド・カッター(弱)』を一回使っただけで魔力は枯渇してしまい、回復には二時間かかるのでまだまだ実用的とは言えない。
だがそれでも中級魔法が使えるだけ風属性はマシだろう。
問題は闇属性だ。
こいつは使い手が全くいなく初級・中級・上級と言った分類も存在しないので、お手本となるものが存在しないのである。だから自力で何とかしなくてはいけないのだが、これでも前世は日本人。漫画やゲームなどを参考に闇を上手く使うアイディアがあり、なんだかんだでそこそこ自信はあった。しかしこいつは俺の想像以上に魔力消費量が多く、手のひらサイズの黒っぽい靄みたいなものを出した時点で魔力は枯渇。せっかくのアイディアを生かすだけの魔力が今の俺にはなかったのである。本当に適性があるのか疑いたくなるくらいだ。
しょうがないのでこれからしばらくは風魔法のみを練習し、魔力が増えてきたら闇にも手を出す、という感じでいこうと思っている。
ちなみに試しに一回適正のない火属性の魔法を使おうとしたみたこともあったが、使おうとした瞬間に魔力が枯渇し、マッチの火程度すら発動させることはできなかったので適正外の属性を使うことはしばらく諦めている。
……以上がこの二十日間の魔法のまとめである。魔法自体はだいたいのコツを掴んだので魔力の総量が上がっていけば、いずれ上級・最上級も使えるようになるだろうし、それ以上のオリジナル魔法も開発していけると思う。ただそこまでいくのに年単位でかかりそうだから、それまではこの世界の勉強をしつつも異世界ライフを満喫しようと思う。
手始めに家族との触れ合いだな。
「ところで皆はどれくらい魔法が使えるのですか?」
ここでちょっと気になっていたことを質問。
母さんからだいたいのことは教えてもらったが、やはり本人の口からも聞きたい。
「俺の事はマーシャから聞いたと思うが、適性は光属性のみ。魔法はからっきしダメでな、せいぜいアンデッド退治や目眩まし程度にしか使えん。でもいいのさ、俺には剣があるからな」
笑いながら教えてくれる親父。
母さんから聞いた通りの内容だな。
魔法の事は論外だが、いずれ剣を教えてもらおう。
「私のことも教えたと思うけど、適性は火・土・風・雷の四属性で中級魔法は一通り使えるわよ。火と雷属性は一部だけど上級魔法も使えるわね」
この家族の中では母さんが一番魔法が優秀だ。というかこの世界の中で見ても優秀な部類に入る。四属性持ちで中級魔法は全て使え、火と雷属性は上級すら使える。世界で四つしかない学院の成績優秀者で、王宮から仕官の誘いもあったというハイスペックな人だ。そんな人が何故、騎士と結婚して専業主婦なんかやっているのか不思議でしょうがない。
「私の適性は水よ。使える魔法は初級くらいだけど、飲み水くらいなら普通に出せるから欲しかったらいつでも言ってね」
そう言ってウィンクするリンダさん。
リンダさんにはなんだか気に入られたのか知らないが、ちょくちょくからかってくる。
前なんか風呂に――普及率はまだ低いが我が家にはある――乱入してきて、慌てふためく俺を見て楽しんでいた。その後調子に乗って俺に抱きついているところを親父に見られてしまい、ショタ疑惑をかけられそうになったため、慌てふためいて否定する破目になっていたが。
「僕は火と土だね。火の方はなんとか小指程度なら三秒ほどもつけど、土は全くダメだね」
これだけ聞くとルー兄さんが落ちこぼれのように思えるが、それはちょっと違う。四歳児としてはこれでも優秀なのである。
俺は一つ勘違いをしていたのだが、この世界の人全員が魔法を使えるわけではなかった。
正確に言えば使える状態にはない、だが。
どういうことかというと、俺がこの前やってもらった魔力の解放。アレをやらずに一生封印されたままの人が多いそうだ。魔力の封印自体は国が保障しているので無料でやっているし、事実上強制みたいなものだが、なんと解放するにはお金がかかるのだ。母さんの様にある程度魔法に長けている人なら解放できるが、普通は専門の人にかなりのお金を払ってやってもらうため、金があるか余程魔法を習得する必要がある場合を除いて頼まないらしい。要するに魔法を使える人は金持ちか、知り合いに魔法が長けている人がいるってことだ。リンダさんも親父と結婚する前は魔力解放をしていなく、最近になって母さんにやってもらったらしいしな。
そういうわけで実際に魔法を使える人は全人口の二~三割くらいで、三~六歳に限ればさらに数字は落ちるので、例え小指程度の火だとしてもその年で魔法が使えるだけ優秀なのである。
「あら? ルー君は炎弾を発動したんじゃなかったの?」
ああ、そう言えば庭にあった焦げ跡はルー兄さんがやったんだったな。
「あれは『暴発』状態だったからですよ。魔力も母さんが魔力解放するのに使ったものを利用しただけですしね。今はとてもじゃないですが同じことはできませんよ」
「ふーん、なるほどね」
魔力解放をするのに要する魔力は中級魔法二〇発分。そんな魔力を流し込まれれば、そりゃあ暴走の一つも起こしちゃうわな。ちなみにリンダさんの時の暴走は『憤怒』で、目の前にいた母さんに罵詈雑言を浴びせようとしたが、即『スタン』を食らって気絶してしまったらしい。
「おにーさま!! まほーつかえるようになったなら、わたしにもおしえて!!」
ねぇねぇと、腕を引っ張ってくる猫耳幼女。
ククルとは魔力回復中の時や夜暇な時に相手をしていたので、それなりに懐かれている。
「ごめん。まだククルの魔力解放が出来るだけの魔力がないから、もうちょっと我慢していてね」
『ウィンド・カッター』一発弱しか撃てない俺の魔力じゃ、魔力解放なんてまだまだ無理だ。母さんに頼んでやってもらうという手もあるが、さすがにまだ教えるには早いだろう。あと一年くらい経って俺の魔力が足りるようであれば俺が、足りなければ母さんに頼むつもりだ。
「うん、わかった……。そのかわり、ひまなときはわたしとあそんでね!!」
「いいよ。暇なときは出来るだけ遊ぶようにするよ」
この猫耳幼女妹属性持ちを前にすると、つい甘やかしたくなる。こうして甘えてくれるのも今だけと思うと余計にな。きっとあと五年もすれば俺を避けるようになり、十年経つ頃には俺のことをゴミを見るような目で見てくるのかと思うとなんだか泣けてくる……。だからせめて甘えてくれる間は存分にかわいがってあげようと思っている。
「ああ、そういえば――」
その後もしばらく家族間の談笑は続き、勢いそのままに男三人で風呂に入ったりもした。酔っていたのか親父が母さんとの初夜の話をし始めたときはどうしようかとも思ったが、とりあえずルー兄さんと一緒にしっかり聞いておいた。具体的内容は伏せるが、女の人って怖いなぁと思った、とだけ言っておく。
そして現在は自室にて魔力増幅の為に闇魔法を使用中。……ほぼ一瞬で魔力が尽きてしまうけど。本当なら練習がてらに風魔法を使いたいところなんだが、そっちは室内向けじゃないからな。魔力を消費するという意味では闇魔法のほうが効率がいい。
おっと、魔力も無くなったみたいだしこれからどうするかな?
ククルはもう寝ているだろうし、ルー兄さんは鍛練中だろうから邪魔するのもな……。大人組にはこの時間帯は近づかないようにしているし……。
「することもないから寝ようかな……」
ん~、でもこういう時にこそ何かしようと思っていたことがなかったっけ?
この二十日間、暇になるたびにこのような感覚に襲われていたのだが、とりあえず今は魔法に集中しようと思って気にしないようにしていた。しかし、魔法についてある程度の目途がついたのだし、ここらで解決しておこうかな。なんだか、のどに小骨が刺さっているような感じで不快だし。
さて、まず魔法のことではないな。さっきまでやっていたんだからこれは絶対に違う。大戦時の魔法の水準を調べるということも五歳になれば図書館に行けるからその時までは手を付けないようにしているし、魔物の調査もまだ俺の実力不足で無理。現代の魔法の水準は母さんから聞いたからある程度は理解しているつもりだし……。実際にどのように魔法の水準を上げるかについては悩んでいるところだから違う。空いた時間にククルの相手をするというのも実行しているからこれも違うな。
俺が絶対にやらなくちゃいけないことってこんなものじゃなかったっけ?
でもなんかあと一つくらいあったような……。
「あーーー!! イライラするっ!! さっさと思い出せ俺!!」
………………。
「思い出した……!!」
そうだよ能力だよ能力!!
俺は【自由自在】っていう能力があったじゃん!!
使いこなせば便利そうだから暇なときはこれを研究しようと思っていたはずなのに……。
「こんな重要なこと普通忘れるか?」
前世にはなかった魔法を前にして思わず忘れてしまったとも考えられなくはないが、それは能力も同じことだし……。
これが一日や二日ならまだ分からなくはないんだが、さすがに二十日はないよな。
もしそうならこの年にしてボケが始まったことになるので、何か原因があると思いたいところだが……。
「えーと、最後に【自由自在】を使ったのは……」
誕生日の時に試しに使っただけだから……二十一日前か。
そんでいろいろ研究し甲斐がありそうだと思ったんだよな。だからその日の夕食後も能力の研究をしようと思ったんだけどリンダさんといろいろあった結果、さっさと寝ちゃったはずだ。
うん、思い出してきた。確か能力のことは忘れて魔法の練習に備えよう的なことを思ったはすだ。
………………。
……おいおいまさかとは思うが、それが原因じゃないよな?
『能力のことは忘れよう』なんて思ってしまったから【自由自在】が発動して、本当に忘れてしまった。そして『思い出せ』と思ったから思い出した。
そんなふざけたことが起こり得るのか?
事実なら笑えない。
「すぐに確かめてみる必要があるな……」
俺はすぐ紙を用意し、そこに『能力について思い出せ』と書く。
紙を握りしめたら『これから一分間のみ、能力に関する全てを忘却し、また行使することも禁ずる』と念じる。
すると……。
「なんだこの紙?」
気づいたらいつの間にか紙を握っていた。
そこには日本語で『能力について思い出せ』と書かれており、何のことなのか意味が分からない。
筆跡を見る限り俺が書いたのだろうが……。
能力って何だ? 魔法のことを言っているのだろうか。
と、ここで一分が経過した。
「……あー、間違いない。俺が能力について忘れていたのは【自由自在】のせいだ」
ヤバい、どうしよう……。こんなことなら俺がボケていたせいで忘れていた方がよっぽどマシだった。
いやいや、マジで危なすぎるだろうこの能力!!
俺がちょっと思った程度の事を実現してしまうということは、気の迷いで『死にたい』と思ったら本当に死んでしまうかもしれないということだ。それだけならまだ被害を受けるのは俺だけだが、もし家族と喧嘩などをして『死ね』なんて思ってしまったら取り返しのつかないことになる。
この二十日間も危なかった。
『能力について忘れる』だから、この二十日間は能力自体は発動できる状態だったはずだ。ということは俺が気づかなかっただけで【自由自在】が発動していたのかもしれない。いや……これは俺が能力を手にしてからも言えることだから、正確には二十一日前からか……。
幸いなことに、取り返しのつかないことは今のところ起きていないようだが、この先も大丈夫なんて保証はどこにもない。すぐさま対策を取る必要がある。
こんないつ爆発するかもわからない時限爆弾を放置しておくわけにはいかない。
でもどうすればいいんだ……? 最悪1.5m以内に誰も近づけさせないようにすればいいのかもしれないが……。
はぁ、魔法なんて練習している場合じゃなかったな。俺はもっと自分が持つ力について知っておくべきだったのだ。……だいたい神様も神様だよな。こんな危ない機能がついているのならちゃんと説明してほしかった。そうでないのなら説明書の一つでもつけてくれればよかったのに。
ん? ちょっとまてよ。
「もしかして……」
【自由自在】の説明書が欲しいと思えば能力によって出てくるのか……?
んー、でも本のように複雑なものは前回試したときはダメだったんだよな。俺が好きだった漫画を出そうとしたのだが、絵が安定していなかったり、セリフがちょっと変、ところどころ空白、ページ順が違うなどの欠陥品しか生み出せなかったのだ。おそらく俺のイメージ不足の所為だったと思うが……。
まぁ駄目で元々、一応試してみるか。
というわけで説明書が欲しいと念じてみる。
ゴトン――
「出てきた……!!」
『【自由自在】取扱説明書』と書かれた一冊の本が出現した。
が、ここまではまだ予想の範囲内だ。問題は中身だ。最悪表紙だけで中は白紙ということも考えられるからな。
おそるおそる表紙を捲ってみると……。
そこにはびっしりと文字で埋め尽くされていた。
「よしっ!! 成功だ!!」
まさか本当に成功するとは思っていなかったのだが、今はそんなことはどうでもいい。早速書かれていることを読んでみよう。
…………。
一ページ目には、要約すると次のようなことが書かれていた。
『この度は本商品【誰でも簡単!! 能力者育成キットシリーズ 自由自在編】(以下本シリーズ)をお買い上げいただきありがとうございます。本シリーズは忙しい貴方方のために簡単に能力者を育成できるよう、開発されたものです。使い方については次ページ以降を参照していただくとして、ここで一つ注意点がございます。本シリーズは誰でも簡単に能力者を育成できる一方で、能力者の方にとってはやや使いづらい印象を与えるかもしれません。特に“肝心な時に役に立たない”というケースが多いようです。その点については是非ご承知を。ただ幸いなことに、購入者の方々にはこの仕様は好評のようで「調子に乗った能力者が慌てふためく姿が面白かった」という意見を多数頂いております。そのためこれからも修正することはなく、この仕様でいきたいと考えております。※自由自在のみ、仕様により能力者が説明書を望むと本説明書が能力者の手元に渡ってしまうため、管理には十分注意してください』
もう何て言ったらいいのか……。
確か神様は俺のためにとっておきの能力を用意したみたいなことを言っていたが、それはアレか。値段がとっておきという意味だったのか?
しかもなんだよ“肝心な時に役に立たない”って!! 不吉すぎるわ!!
神様もわかってて渡したのか? 渡したんだろうな……。
他にも言いたいことは沢山あるが、とにかく今回のことで俺の神様に対する信頼が大きく揺らいだ。
……はぁ、今はこのことは置いておいて、早くこの説明書を読んでしまおうか。
このページを見る限り、これは能力者用ではなく神様用だからな。バレる前に読んで元の場所に戻そう。取ってくることができたのだから戻すこともできるでしょ。