第10話 鬼ごっこ
「割引は学生証の提示で受けられるようにすべきだ!!」
「却下だ」
放課後。現在、俺は学長に制服を着なくても割引を受けられるよう直談判している。やはり学生が休日に私服で買い物できる環境は必要なはずだ。このままだと私服を着れない学生を増えてしまうぞと必死に訴えかけている。
他にも私服が生み出す学力向上の可能性と、経済に与えるプラスの影響についてなどあらゆる視点を交えながら説得しているのだが、この堅物は首を縦に振らない。
「だいたい制服を着ていれば割引を受けられます、って防犯意識が甘くないか? ここの生徒じゃなくても制服さえ手に入れば誰でも利用できるじゃないか」
「心配するな。その辺はきちんとしている」
一蹴である。
「何も制服を着るなって言っているわけじゃないんだ。ただ、休日くらい私服を着られる機会を作ってあげようぜって言ってるんだ。別にそれくらい問題ないだろう?」
「問題ある。例えそのような些細な決まりであろうと、採用する為に4ヶ国の合意を得る必要があるのだ。そんな緊急性の欠片もないことでいちいち労力を使う気にはなれん。そもそもこれまで文句が出たことなど一度もなかったのだ。例え提案しても却下されるだろう」
ぐぐぐ……。
「ちきしょーーー!! 学長の石頭!! 分からず屋!! こうなったらスイレンに学長から可愛いって褒められたことをチクってやるんだから!!」
「おいちょっと待て……!!」
学長室を飛び出すように退室する。
何やら呼び止められた気もしたが知るもんか。このままスイレンの所に行ってやる。
「逃がすかジル・クロフト!!」
「うおっ!?」
ドアを蹴破って学長が追ってきた!!
巨体の癖して物凄い速度である。
このままでは捕まる……!!
「黒煙幕」
「むう!?」
辺り一帯を黒い煙で蔽い、その隙に逃げる。目眩ましなんて大精霊相手じゃ時間稼ぎにもならんから急がないと。
くく、面白くなってきた。何としてでも逃げ切ってやる!!
「お前は……ククル・クロフトか。兄のジル・クロフトを見なかったか?」
「いいえ、見ていませんが。兄がどうかしましたか?」
「いや、気にするな。邪魔した。――どこへ行った? 学園内にいるのは間違いないはずだが……」
ぶつくさ呟きながら階段を上って行く。
「ふぅ、行ったか」
学長が見えなくなったのを確認すると、思わず安堵の溜め息が漏れた。
……もうかれこれ30分は鬼ごっこを続けている。最初は適当な所に隠れていればすぐに諦めるだろうとか思っていたのに、意外としつこい。こんなことなら真っ先に校舎から出て行けばよかった。初手を誤った所為で出入り口は学長が呼び出したゴーレムと精霊に固められてしまい、すっかり逃げるタイミングを逃したのだ。
おかげで有事の際にしか使わないと決めていた【自由自在】を解禁するハメに。その結果、俺は周囲からククルに見えるようになっている。外見だけでなく声や魔力すらも完全に再現し、ちょっと会話したくらいでは家族でも気づかれくらいの完璧なやつだ。……ちなみに一種の幻覚のようなものだから体は弄っていない。ここ大事ね。
しょうもないことで能力を使ってしまった感はあるがまあいい、この状態でククルに会ったら面倒なことになるし早く帰ろう。
「あ、ククルちゃん」
「……どうも」
早速おさげでやや気弱そうな女子に話しかけられてしまった。
おいどうすんだ。ククルの友達か? でも本人は友達はいないって言ってたような……。んー、向こうは友達と思っているパターンか? だとしたら無下に扱う訳にはいかないが……あまりククルらしくないことをすれば怪しまれる可能性も……。
「あ、ごめんね。私みたいなのがククルちゃんに話しかけて。えへへ、迷惑だよね。すぐに消えるから気にしないで。じゃあね」
何を話そうか考えていたら去ってしまった。
かなり変な子だったな……。
「やっほー、ククルちゃん!!」
「こんにちは」
息継ぎをする間も無く女子生徒に声をかけられた。見た目が他の一年よりもやや大人っぽいので先輩かも。
「相変わらずクールだね!! そんなククルちゃんには生徒会が似合っていると思うんだけど、どうかな……?」
生徒会の勧誘!? ということはこの人、生徒会の人なのか。ククルの奴、何時の間にそんな方々に目を付けられていたんだ。
「雑ですね。本気で誘う気があるとは思えません」
とりあえず断っておこう。雰囲気からしてもう何度も誘われいるみたいだしこれで大丈夫なはず。
「ありゃりゃバレたか。何となく今日はダメだろうなーと思ったからつい適当になっちゃったよ。……うん、わかった。次は本気で勧誘するから覚悟しててね……!! じゃ、バイバイ」
よし乗り切った!!
さ、これ以上誰かと会う前に帰らねば。
「おや、君は……」
はい、まさかの三連続!!
今度はショーカットヘアーの女子生徒だ。先ほどの先輩(?)よりもさらに大人っぽい。
ククルって俺よりも交友関係が広いんじゃね? 俺が校内を歩いていても話しかけられることなんてないのに。
「ふふ、そういうことか」
「?」
おやおや急に納得し出したぞ。
「ククル君。もし私を信じるなら三階を通って行くといい。さすれば君にとって悪くない結果が待っているはずだ。……ふふ、行く行かないは君の自由さ。私の勘が外れている可能性も捨てきれないしね。では急いでいるしこれで失礼するよ」
意味深なことを言い残して行ってしまった。
……さて、どうしようか。普通ならアドバイスなんて無視して帰るべきだろう。あのアドバイスはククルに言ったものなんだからな。しかしあの思わせっぷりなセリフは少々気になる。悪くない結果ねぇ……。
「迷うくらいなら行ってみるか」
というわけで3階まで来てみた。
3階は主に3年生の教室で占められており、1年が顔を出すことはほとんどない。今は放課後ということで人が少ないからいいが、昼休みとかにはあまり来たくない場所だ。もし俺がここに来れば先輩方から嫌な顔をされるからな。見た目の所為でどう接すればいいか分からないんだと思うんだが、どうも俺は上級生方から避けられているのだ。
その点ククルは凄い。ただ歩いているだけなのに3年生から親しげに挨拶される。まだ学園が始まって一月も経っていないのにほんと大したもんだ。
「3年のクラスを散歩とはいいご身分だなククル・クロフト」
「はあ」
そんな中、現れたのがこの金髪の男。やたらと目が鋭いのが特徴。
彼に話しかけられる所を見ていた生徒は「あちゃー」という顔をして回れ右するので、間違っても好かれてはいないのだろう。
「周囲からチヤホヤされてさぞやいい気分だろう」
「はあ」
「……あまり調子に乗っていると不慮の事故に遭うぞ?」
「はあ」
もう行っていいかな?
「ちっ、生意気な1年だ。だが背に腹は代えられまい……。おいククル・クロフト」
「?」
「お前、粛正会に入れ」
ほう?
「今後も平和な学園生活を送りたいなら大人しく俺の配下になれ。それがお前に残された唯一の選択肢だ」
もしかしてこいつが粛正会のトップなのか?
「何故私を?」
「フィーリア姉妹という例外を除けば、お前はカルカイムで最も影響力のある1年だ。そんな奴が粛正会にいるという意義はでかい」
ふむ……。
「これは新入生の勧誘になるのではないでしょうか?」
粛正会はまだ活動を禁止されているはずだから、これも違反行為になるはずだ。
「周りに聞いている者がいなければそれはしていないも同然だ」
なるほど。要はバレなきゃいいの精神か。
「もし断れば?」
「言った通り平和な学園生活は送れないと思え。そうだな……まずはお前の兄が『不幸な事故』で学園を去ることになるだろう」
「……っ」
いかん、ちょっと笑いそうになった。俺が事故で学園を去るって? ふふ、なかなか面白い奴じゃんこいつ。
「いいか、1度しか聞かない。粛正会に入るのか? 入らないのか?」
うーん、どうしよっかな~。迷うなー。
よし――。
「お断りします」
「そうか、残念だ。では諦めることにしよう」
言葉とは裏腹に、表情は物凄く嬉しそうだ。
「くく、後悔することになるぞ。予言してやる。お前は2ヶ月以内に必ず粛正会に入れて下さいと頭を下げることになる。せいぜいその時まで学園生活を楽しむといい」
「なら私も忠告を。人の人生を台無しにするつもりなら、自分の人生も台無しになる覚悟をしておくことです。学生相手とはいえ容赦してもらえるなんて思わない方がいいですよ?」
「は、バカバカしい。お前らは所詮家畜のようなもの。ただ黙って俺達の腹を満たせばいい。それが出来ずに抵抗するというのであれば――処分されるだけだ。お前こそ余計なことは考えず、自分の身分に相応しい行動を取るんだな」
行っちゃった。
ったく、粛正会の連中は本当に偉そうな奴ばかりだな。その割に本人達の実力はいまいちだったから実家の力が凄いんだろう。おそらく王族、あるいはそれに近い位置にいる貴族あたりかな。
しかし学園は何をしているのかねー。面と向かって人を処分するとか言っている奴をどうして放置しているんだか。よもや知らないなんてことはないだろうし……。あーでも相手が王族だったら教師でも注意するのは難しいか。学長たち精霊も基本は見守るスタンスだし、だから野放しになっているんだろう。
「となると……」
もし粛正会を潰すなら生半可なことではダメだろう。やるなら徹底的にやらねば。まあ、まだ潰すと決めたわけじゃないけど。
そんなことを考えながら玄関まで来ると――。
「あ、ククルじゃない」
「……」
うさ耳メイドことティリカの登場である。
「今から帰るの? じゃあ途中まで一緒に行きましょ」
嬉しい申し出だが……。
「嫌です。貴女と一緒にいたら注目されてしまいます」
ククルの性格を考えればこれが正解のはず。
「あはは、他の人なら喜んで帰ってくれるのにククルはさすがね。貴女のそういうところ、結構好きかも」
ククルの知らない所でティリカの好感度を上げてしまった。嫌われたわけじゃないし別にいいよね?
「ねぇ、なら一つだけ質問があるから答えてくれない?」
「……なんでしょう」
やばい。俺に答えられるかな?
「貴女のお兄さんって本当に男なの? 実は家の事情で男ってことになっているんじゃないの?」
……。
「ふっ、そんなことですか。兄さんはちゃんと男ですよ。よく見れば男らしさが溢れているのが分かると思います」
「いや、見れば見るほど女にしか思えないんだけど……」
へぇ、俺に話しかけてくることはないけど観察はしっかりしているんだ。
「でもククルがそういうなら男なんでしょうね。分かったわ。今度から用がある時はあの容姿に惑わされることなく男として接してみる」
「兄さんは髪にこだわりがあるので髪を褒めると喜びますよ」
「そう。別に必要以上に仲よくする気はないからいらない情報ね」
残念……。
「あ、そうそう。最近アリサの機嫌がいいのよね。ベッドに顔をうずめて足をバタバタしたり、あくどい顔をして秘密の手帳に熱心に書き込んだりしているし……。何か知らない?」
何それ。めっちゃ見てみたい。
「さあ?」
「やっぱり知らないか。……うん、ありがと。そろそろ行くわ。またね」
「ええ」
ティリカの帰る姿を見送る。
よし、俺も行こう。
「ん……?」
ポン、と肩にやたらデカい手が乗せられた。
おそるおそる振り返ってみると――。
「見つけたぞジル・クロフト」
そこには怖い顔をした学園長が。
「何のことでしょうか?」
「惚けても無駄だ。本物のククル・クロフトが部活中であることは確認済みだ。さあ、もう逃がさんぞ」
「秘儀、影牢!!」
「何!?」
一瞬で学長の影に魔力で構成されたクナイを投擲。そしてすかさず逃亡。
『影牢』は相手の影に楔を打ち込むことで動きを止める魔法。くく、この世界ではまだ認知されていない魔法だからそう簡単には――。
「待て!!」
げ、もう動けるのかよ!? 反則だろ!!
「絶対に逃がさんぞ!!」
――そしてその後もしばらく学長との鬼ごっこが続くのでしたとさ。
P.S. スイレンにはきちんと報告しておきました。




