第9話 赤毛の男
「むむむ……」
鏡の前で悩むこと2時間ちょっと。約束の時間までもうそんなにないというのに、未だに服と髪形が決まらない。
普段ならパッと思いついたものを試してそのまま出かけるのだが、今回は1人ではなくアリサもいるのだ。家族以外の人と一緒に“私服”で買い物に行くのも初めてだし、下手な格好をするわけにはいかない。
くそっ、お気に入りのワンピースを着ていければ……!!
今日はブラを買いに行くということで、ワンピースのような上下が一体となっている服はNG。サイズを測ってもらう時に上半身を見られるのは構わないが、下半身は不味いからな。だからスカートとTシャツといったように上下が分かれた組み合わせでなくてはならないのだ。
しかし、クロスセブンに来るのが急だったため準備不足でスカートやデニムパンツなんかは手持ちが少ない。上に着る物だって決して数が多いとは言えないし……。この限られた条件でいかにベストを尽くすのか。……頭を悩ませてくれる。
「むー…………これならどう、かな……?」
薄い黒のニットセーターに、青と緑のチェックが入ったミニスカート。ポイントはちょっとだけ露出している肩と、手の甲が半分くらいまで隠れているってところかな。ソックスはくるぶしまでの短いやつ。絶対領域よりも生足優先。
あとは髪だが……ウェーブをかけておくか。
「……うーん、いまいち……かな」
何とか身支度を整え鏡でチェックするも、なんか納得できん。
もっと上手く俺の魅力を引き出せる気がするのに、どうすればいいのか分からない。……とりあえずネコ耳カチューシャは付けておくか。
むむ……、これ以上は今の俺のレベルではどうしようもないな。悔しいが時間もないし諦めるしかない。妥協したみたいで悔しいが……なに、この悔しさを忘れずに飽くなき向上心を持ち続ければ、きっとさらなる高みにいけるさ。
さあ早く出かけよう。
「おはよう。待たせちゃったかな?」
待ち合わせ場所まで来ると2人は既に待っていた。約束の15分前だというのに早い。
「!?」
「おはようございます兄さん。それで早速なのですが、何故アリサがいるのでしょうか? 本人は兄さんに誘われたとか何とか言ってましたが」
ククルにしては珍しく俺を問い詰めるような口調だ。
「いや、昨日ちゃんと説明したぞ? 『またまた御冗談を』とか聞き流してたけど」
「いいですか兄さん!! アリサは危険です!! 目的の為には手段を選ばない残忍な女なんです!! 人当たりの良さそうな笑顔を浮かべながら裏ではどんな汚いことを考えているのか……。想像しただけでも恐ろしいです」
おお? ククルがそこまで言うとは。過去に何があったんだか。
「ね、ねぇ。私の悪口を言っているところ悪いんだけど、目の前にいる人は貴女のお兄さん、ジル・クロフト様で合っているんだよね?」
「はぁ。何を意味のわからないことを。どこからどう見ても兄さんじゃないですか」
「……お姉さんにしか見えないだけど……。昨日とも雰囲気が全然違うし……。いや、ジル様ってことは分かるんですよ? ただ、どうも納得が出来なくて……」
ほほう興味深いな。頭で俺がジルだとは分かるけど、感情が拒否しているのか。俺としてはかなり満足のいく結果だな。
だが今はそんなことよりも――。
「あー、君達。俺も2人に言いたいことがある」
「?」
「何でしょうか?」
2人とも頭に疑問符を浮かべている。どうやら俺が何を言いたいか分からないらしい。
……実に嘆かわしいな。ここはビシッと言ってやらねばなるまい。
「何故2人とも制服を着ているんだ!!」
「「はあ」」
そう、2人とも学園指定の制服を着ているのだ。アリサはスカートにピンクのカーディガン、そして耳を覆うほどのツバ付き帽子を被り、ククルは紺色のカーディガン。
2人は学園に勉強しにでも行くつもりなのか?
「よく分かりませんが、この格好は変装の意味を込めています。これでも私は有名人ですからね。普段のメイド服なんて着ていたらあっという間に囲まれてしまいます。制服なのは……こういう機会でもないと着ませんし新鮮でいいかなーと。それに――」
「制服を着ているとクロスセブン内の全店舗で学生割引が受けられます。買い物をすると決まっているんですから制服を着ないなんて手はないでしょう」
「……」
俺が間違っているのか……?
割引のことはもちろん知っている。だが10%の割引の為にわざわざ制服を着るなんて俺は嫌なのだ。……確かに制服には制服の魅力がある。それは認めよう。しかし普段学園で着ているのだから休日くらいは別の服を着たいと思うのが普通ってもんではなかろうか?
それに例え割引があろうと、「何を着ようかな」と頭を悩ませながら創意工夫する時間こそお金には代えられないプライスレスってもんじゃないか?
アリサ達の考えはまるで――。
「――主婦みたいだ」
「何だか含みがあって素直に喜べませんね……」
「おかしいですね。しっかりした妹だと褒められるかと思ったんですが……」
悪いとは言わない。むしろ人によってはプラスに思うこともあるだろう。だが実益よりもオシャレを優先する俺としては少々納得がいかないだけだ。
やっぱ女子は着飾ってなんぼだと思うんだがなー。
ふむ……。
「……いいことを思い付いた!! この中で誰が一番可愛いのか決めよう!!」
「また随分と変な考えに行きつきましたね……」
「決め方はそこら辺を歩いている男15人、女15人に誰が一番可愛いか聞いて最も多く選ばれた人の勝ちね」
「兄さん。私は断固反対です」
「私も嫌な予感がするのでちょっと……」
「もし俺に勝てたら何でも言うことをきこう」
「やりましょう」
「勝つ可能性を上げるには……」
2人も乗り気になったみたいだし早速始めようか!!
「………………」
「………………」
「ふっ」
勝負あった。結果は俺17、アリサ7、ククル6で俺の圧勝。2人合わせても俺の数には及ばない程の大差をつけた。
彼女達はこの結果が信じられないのか「こんなはずでは」とかぶつぶつ呟いている。
……まあ俺もさすがにここまで差がつくとは思わなかったけど。
勝因はいろいろと考えられるが、まずは服装の違いか。2人の制服に対して俺は私服。制服は誰が着ても一定以上のプラス効果を与えてくれるものの、俺が悩みに悩み抜いて選んだ私服には及ばないだろう。それに大して目新しくもない制服を着用した2人よりも、私服の俺に目が行きやすいっていうのもあるかな。ふふ、やはり私服の方がより見られるってことさ!!
あとは態度かな。彼女達は誰に対してもほとんど態度を変えなかったが、俺はその都度変えていた。男に対しては可愛らしく、女にはやや凛々しくを基本とし、その上で相手の見た目や持ち物から好みを推測して臨機応変に対応したのだ。ちょっと振る舞いを変えるだけで相手に与える印象は大分変わるからな。……もし写真だけで同じ勝負をしていたら結果はどうなっていたか分からなかっただろう。
そう決して見た目だけで勝ったわけではない。これまで培ってきた「女子力」が俺に勝利をもたらしてくれたのだ!!
「何故こんなことに……」
「考えてみれば有象無象に可愛いと思われても仕方ありませんね」
アリサは頭を抱えているし、ククルも割り切ろうとしているが耳が激しく動いていることから動揺が見て取れ……ん、待てよ。ククルが俺に負けただけであそこまで取り乱すかな? もしかしてアリサに負けたことが悔しかったとか?
まあいい。どちらにしろ心のケアは必要だろう。気分が落ち込んでいる時は甘いものに限る。ということで『甘水』に行こう。あそこはまだオープンしていないが、前回料理のアイディアを出したことでいつでも歓迎するって言われているからな。
「よし。2人とも食事に――」
「よお、お嬢ちゃん達。なかなか強そうじゃないか」
「?」「……」「この人は……」
いきなり俺達に話しかけてきたのは、180cmはありそうな赤毛の男。年は30前後くらいかな? 体が引き締まっていることと戦いなれしていそうな佇まいからして冒険者かもしれない。
「何かご用でしょうか?」
ナンパかもしれないので俺が地声で相手をする。
「いやなに、学生の癖に3人とも隙がないなと思って興味を引かれただけだ」
「ふふ、ありがとうございます」
「特にあんた。後ろの2人よりも強いな? 少なくても素の力は上のはずだ」
「……」
なんだこいつ……? 見ただけで相手の強さが分かるのか? だとしたら相当な実力者だな。
「ええ、先ほども勝負をして私が勝ったところです」
深く関わってもしょうがないし適当に流そう。
「……どうせ私達はあなたより可愛くありませんよ」
そこ!! いじけないの!!
「なるほど、容姿の勝負か。……見た目で判断するなら胸がない分、あんたが不利にも思えるが……こうして話してみると確かにお前が一番魅力的だ。自分というものをよく理解している」
げ、雲行きが怪しくなってきたような……。
「くく、気に入った。あんた俺の嫁にならないか? 俺にはすでに5人の嫁がいるが、ちゃんと可愛がってやるぞ」
「「!?」」
やばい、これは想定外だ……!!
「わ、私はまだ学生ですし……」
「辞めちまえ。俺と一緒に来れば遊んで暮らせるぞ? 自慢だが金ならあるからな」
「5人もお嫁さんがいるのはちょっと……」
「大丈夫。あいつらとも上手くやれるさ」
ええーい、このままやんわりと言っても埒が明かん!!
「あのー、実は俺、男なんです」
「くはははははははは!! 面白い冗談だ!! ……だが別に男でも構わないぞ? それだけの容姿と強さを兼ね備えているのなら、そのくらいは目を瞑ってやろう」
何言ってんのこいつ!? そこは目を閉じちゃダメだろ!!
「そうだな、本当に男か確かめてみるか」
「……!!」
男は一瞬で距離を詰め、そのまま俺のスカートに手を伸ばして――。
「やめてもらうおうか」
「ほう?」
寸でのところで手をはじく。
誰が触らせるものか。
「そこまでです。大人しく消えなさい」
後ろで静観していたククルも何時の間にやら氷の矢を男に突き付けて脅している。
「くくく、ヤダね。あんた等を倒してでも性別は確認させてもらう」
「喰らえ」
戸惑うことなくククルは複数の矢を発射した。
それを男は手を軽く払って叩き落とす。
「はは、威嚇射撃か。思ったよりも優しいんだな。だが、俺はそんなに甘くはないからな」
「っ」
男の全身に魔力が通い出す。
どうやら本気でやる気みたいだな。
「なら俺も――」
「いい加減にしなさい!!」
「うおっ!?」
アリサの怒号と共に、男の上には滝のように水が降り注いだ。
「これ以上やるというのなら貴方の国がどうなっても知りませんよ?」
水を止め、そう警告するアリサからはとても学生が出せるレベルではない魔力が溢れ出ている。
「あー……ずぶ濡れじゃねえか――って、おやおやどうりで学生らしからぬ強大なオーラを感じると思ったよ。まさか水の契約者だったとはな。くく、想像していたよりも乳臭いガキだ」
「……これが最後です。大人しく引きなさい」
「ああ、わかったよ。あんたとは面倒を起こすなって言われてるからな。今日はここまでにしておくよ――っと」
「きゃっ」
「ふん」
こいつ、魔力を引っ込めると同時にククルに炎の矢を放ってきやがった。俺が握り潰してからよかったものの、下手をしたらククルに大怪我を負わせていたぞ。
「くく、じゃあな。機会があればまた会おう」
「待て」
立ち去ろうとする男を止める。
「あ――」
「手土産だ。受け取りな。『八連風華』」
「おごっ――」
奴の腹に連続式の風撃をお見舞いしてやる。
魔法は綺麗にきまり、奴はそのまま路地裏の方へ吹っ飛んでいって見えなくなった。
「……ちっ、感触はいまいちだな」
手応えがあまり感じられない。加減しすぎたか。
「ジル様!! 人が集まって来ました。早く離れましょう」
む、騒ぎを聞きつけたか。俺は別に注目されても構わないんだが、2人は嫌そうだし逃げるか。
「走るぞ!!」
奴が消えたのとは反対方向にダッシュ。
本当は走るのは苦手なんだがな……。
「はぁはぁはぁ…………」
「だ、大丈夫ですか?」
「飲み物を買ってきますね」
ちょっと走っただけで体力の底は尽きた。2人が全く息を切らしていないことから俺の体力のなさが分かるというもの。ククルなんて昔は体力0だったのにまだ走って飲み物を買いに行く元気があるなんて……。かなり情けない。
「で……、さっ……きの……奴は誰……なんだ?」
息も絶え絶えでアリサに尋ねる。
アリサは何か知っていそうだったからな。
「彼はオロフ・アルシャルク。ラングット最強の男にして女王の懐刀です。最強と言ってもフロル様や大精霊様と比べれば実力は数段落ちますが」
「……」
あいつが……?
あんな奴があのローザ女王の重鎮?
にわかに信じられな――いや、まさかさっきのはローザ女王の差し金か?
だとしたら何の目的があって……。
ダメだ分からん。だがここでローザ女王を訪ねに行ったら負けなんだろうな……。
「ふふ、もしかしたら誘いに乗った方が良かったのかもしれませんね。少なくても気に入ったというのは嘘ではありませんでしたし。それにジル様としては女性に見られて満足なのではないですか?」
「……」
アリサのいたずらっぽく笑う顔を見ていたら――何故だろう、急に彼女の驚く顔を見たくなってきた。
ふむ、自分でも不思議だが……。
「ジル様……?」
ゆっくりと彼女の前に立つ。
そして――。
「俺は男じゃなくて女の子が好きなんだよ」
「!?!?」
アリサを正面から抱きしめ耳にそっと呟く。
あ、髪からは桃のいい香りがするな。
「それと助けてくれてありがとうな」
「あぅあぅ」
気のせいか体温がちょっと上がったような気がする。
「兄さん!! 何をしているんですか!! 」
帰って来たククルが早速俺を引き剥がしにかかった。
このくらいにしておくか。
「あ、あの、私、用事を思い出したので、これでひつれいします……!!」
俺が離れると、アリサは早口で何かボソボソ言ってあっという間に走り去ってしまった。
「ふむふむ、察するにアリサを帰すためにワザとあんなことをしたというところでしょうか……って、そんなわけないでしょう!! ちゃんと納得いく説明をお願いしますよ!?」
おお、ククルの乗りツッコミだ!? 初めて見た!!
――こうして俺は妹に甘い物をご馳走してご機嫌を取り、無事に目的の品を購入するのであった。




