第7話 王子、下着、粛正会
カルカイムの“瞬殺王子”。
生徒達の間で広まっているミュラン王子の渾名だ。もちろんそこに好意的な意味など込められていない。入学式の時にフィーリア姉妹に吹き飛ばされたことを契機に付けられた蔑称で、あの場に居合わせた1年はおろか上級生の間にも知れ渡っている。
結果的にあの出来事は姉妹の評価を高め、王子の評判を貶めたわけだが……アレだけが原因かというと少し違う。確かにあっという間にやられたのは情けなかった。しかし誰よりも早く“主人”へ立候補した行動力は目を見張るものがあるという評価や、大精霊と契約した姉妹相手に瞬殺されるのは仕方ないと、王子に同情的な意見も存在していたのである。そのため“瞬殺王子”という渾名も最初は軽い冗談程度の意味合いだった。
その認識が変化した最大の理由は、その後のミュランの行動にある。1度やられたくらいではへこたれなかった彼は暇さえあればアリサの元を訪れるようになり、その度に気絶しているのだ。しかも瞬殺かつ、同じ方法で。そして当の本人は気絶から目覚めると「惜しかった……!!」と意味不明なことを呟くらしい。この全く学習しない王子の行動に周囲は呆れ果て、僅か1週間という短い期間で彼は『アホ』の烙印を押すされることになるのだった――。
というのが隣の会話。かなり大声で喋っているので聞きたくなくても耳に入ってくる。
さして興味のある話でもないので、ちょちょいと魔法を発動して声が届かないようにする。別に王子が何と呼ばれようと俺には関係のないことだ。一時期、修行を手伝ったこともあったが、生意気なクソ餓鬼だったため情などは生憎と持ち合わせていない。俺の知らない所で適当に頑張ってくれ。
つーか今の俺に他人を心配している余裕などない。俺には考えなければならない重要な問題があるからだ。昨夜からずっと頭を悩ませ、授業内容が頭に入らないくらいのとびっきりのやつがな。
それが――。
「俺はブラジャーを着けるべきなのだろうか?」
「……非常に難しい問題ですね。哲学的であるとさえ言えるかもしれません」
サンドイッチを食べる手を止めて真剣な顔で考え込ククル。
どうやら彼女にも事の重大さがわかったようだ。
今はまだブレザーを着ているが、これから温かくなっていけば自然と薄着になる。そうなると俺の胸が透けて見えてしまうかもしれないのだ!!
「昨日は街に出かけたのですよね? その時はどうしていたのですか?」
「透ける心配はなかったけど、念のためサラシを巻いておいた」
「ならば今後もサラシでいいのでは? プライベートな時ならいざ知らず、学園でブラジャーを着けているのがバレれば無用な混乱を招きます。その点サラシならなんとか誤魔化すことも出来るかと」
「やっぱり胸は隠した方がいいのかな?」
「……どうでしょう。兄さんのことを女性として見ている者もクラスにいるようですから隠した方がいいようにも思えますし、逆に隠すことによってますます女性と見られる危険性もあります。どちらが正解といったものではないのでしょう」
「う~む……」
ならサラシ、かな。
隠すデメリットよりも隠さないデメリットの方が大きいだろうし。
さっきなんてクラスで「今日は薄着パーティーだ!!」とか言って男子連中が服を脱ぎ出し、俺にも脱ぐように迫って来たからな。ティリカの「キモい」の一言でパーティーは終わったが、いつまた同じようなことがあるか分からない。奴らに興奮を与えるのは気に食わないから胸はしっかり隠した方がいいだろう。
でもサラシはなあ……。
あんま可愛くないよな。
ああいうのはカッコいい系の女性が着けることによって輝くアイテムであって、俺みたいな可愛い系が着けるものではないと思う。かと言って、ブラジャーはさすがにやり過ぎだし……。
「では学園ではサラシを着けて、私生活はブラジャーでどうですか?」
「!?」
まるで雷鳴に打たれたような衝撃が体を駆け抜けた。
その発想は無かった!!
「ブラジャーはなにも胸を隠したり保護するだけの物ではありません。ファッションの要素も兼ね備えているんです。身に着けるブラによって自然と服装も変化しますし、気分だって変わります。きっと兄さんの服のバリエーションにも良い影響を与えるでしょう」
おお、素晴らしい!! ブラジャーがそこまで奥深い物だったとは!! 俄然興味が湧いてきた!!
しかし――。
「買いに行くのが恥ずかしいよな……」
女性用の服を買うのとはレベルが違う。バレる心配はほぼないだろうが、心情的に厳しいものがある。サイズだって測ってもらわなければならないし「うわっ、この子ぺったんこだ……」とか思われないだろうか。それに買い方もいまいち分からないし……。
「大丈夫です。私もちょうど下着の店を探していましたし、一緒に買いに行きましょう。困ったことがあればすぐサポートしますよ」
「ククル……」
目頭が熱くなってきた。
ホンマによく出来た妹や……。相談して良かった。やっぱ持つべきものは妹だな!!
「そうなると、どんなブラを買うかですね。銀髪に合わせて似た色を選ぶのもアリですし、赤や黒のような派手目な物でもいいかもしれません」
「なるほどなるほど」
「ちょっといいかな」
「あ?」
せっかくククルとブラトークで盛り上がろうとしていたのに、背後から邪魔者が現れた。
そしつは金髪の男の――って、ミュランじゃん。こうして会うのは4年ぶりだが、こいつも見た目は成長したな。幼さを感じた顔つきも時を経て男らしくなった。これで中身が伴っていればモテそうなのに。残念な奴だ。
「君がククル・クロフトでいいのかな?」
「はぁ、そうですが」
王子様が何で学食なんかにいるのかと思えば、どうやらククルに用があるみたいだ。とりあえず口出しせずに見守ってみるか。
「食事中のようだから単刀直入に言おう。アリサ・フィーリアに取り次いでほしい」
「お断りです」
食い気味にバッサリ切り捨てた。
「……事情くらい聞いてくれてもいいんじゃないか?」
「そっちが食事中だからと簡潔に言ってきたのに、何故私が詳細を求めなければならないのですか?」
「……僕はフィーリア姉妹の主人となるために、彼女達へ器を示そうとした」
あ、勝手に喋り出した。
要約すると――。2人相手では勝てないから妹のアリサに目をつけ、勝負を挑むも返り討ちにあう。毎度“あと少し”までは行くのだが、運悪く敗れてしまうらしい。だが次こそはと思いアリサの元を訪れると、彼女のクラスメイトから「王族だからってアリサに構い過ぎだ」と門前払いを食らってしまう。そこで困り果てたミュランは、ククルとアリサが中等学園でライバル関係だったという噂を耳にし、協力を要請に来ましたと。
「そういうわけだ、協力してくれるね?」
「お断りです」
「何故だ!?」
「むしろ今のどこに私が協力する要素があったのですか?」
口調は静かだが、猫耳がゆっくりと動いている。ちょっとイラつき始めたな。
「君とアリサはライバル同士だったんだろう? 君の代理として僕が彼女に勝ってみせるよ!!」
「ライバルというのは周りが勝手に言っていたことであって、私はそんなこと全く思っていません。話したことも数回しかないですし――ああ、そういえば兄さん。昨日の歓迎会でアリサに兄さんのことを聞かれましたので、当たり障りのない程度に話しておきました」
なん……だと……?
どうしてアリサが俺の事を……。まだアリサと“ジル・クロフト”は接点がないのに。まさかアリサの【直感】か? アレによって色んな過程をすっ飛ばして俺の元に辿り着いたとか。
……いや、まだ分からんな。ただククルに兄がいると知って興味本位で聞いただけかもしれない。あるいはティリカやスイレンを通してとか他の要素も十分に考えられる。必要以上に警戒する必要はない……はずだ。
「それで兄さん。先ほどのブラの話ですが――」
「ちょっと待った!! 僕の用事はまだ終わっていないぞ!!」
「まだいたんですか。例え王子様だろうと答えはNOです。諦めて下さい」
「だ、そうです。他の人に頼む事をお勧めしますよ」
ククルの意思は固そうだし、これ以上は時間の無駄だ。とっととお帰りいただこう。
「君は……知っているぞ。ククルの兄、ジル・クロフトだな。はん、閃剣の息子だからと多少期待してはいたが、そんなカチューシャなんて女々しい物を着けているようじゃ高が知れるな。どうやら君は長男や妹と比べると落ちこぼれのようだ」
おーおー、随分と上から目線で見下してくれるねー。俺の事を快く思わない人はいるが、面と向かってここまで言われたのは初めてだ。
「ふっ、このネコ耳カチューシャのよさが分からんとはまだまだですね」
だからと言って気分を害すほどではないがな。この程度の誹りは想定済み。軽く流そう。
「だいたい君からは男らしさと言うものが感じられない。君もカルカイムの男児ならば、僕の様に強く逞しくあるべきだ。そうすれば自然と女性も寄ってくるぞ? かのフロル・ファントム・クリマアクトもそうして僕に惹かれた」
「はあ」
入学式の時にフロルが婚約者とか言っていたが……ミュランの中ではフロルの方から言い寄ってきたことになってるみたいだ。修行に付き合っていた頃「男らしい人が好きだ」みたいなことを言った気がするから、それが歪曲してこうなったのかもな。
「思えばフロルは僕と初めて会った時から好意を持っていたのかもしれないな……」
「ふう――。妄言はもう結構です。外へ行きましょう。そこで勝負をして王子が勝てばアリサに仲介してあげます。その代わり負けたら二度と私達に近づかないでください」
とうとうククルが痺れを切らして立ち上がった。耳も逆立っているし、大分ご立腹の様だ。
「ふふん、いいだろう!! アリサとの前哨戦にはぴったりじゃないか!!」
王子様も乗り気だな。
どうする、止めるか?
……まあいっか。正直、ミュランは関わり合いになりたくないタイプだから、今後近づかないというのは魅力的だ。ククルに任せちゃおう。
「では兄さん。気が向いたらお越しください。……尤も、その頃には決着はついているでしょうが」
「さあ行こうか!!」
2人揃って行ってしまった。
「おい、聞いたか!? あのククルと瞬殺王子が勝負をするってよ!! 俺達も見に行こうぜ!!」
話を聞きつけた生徒達も2人の後を付いて行く。
んー、俺はどうしようかな。見ても面白くはなさそうだけど暇だし行ってみようかな。
「――む?」
ひゅーっと、微かな風が俺の髪を揺らした。
…………。
急ぐか。
「たのもー!!」
とある部屋のドアを勢いよく開ける。
「誰だ!?」
中にいたのは全部で10。人が5に、下位精霊と思わるのが5だ。
皆、窓の前に集まり魔法を唱えようとしていた。この部屋と窓の位置からすると、ククルとミュランの勝負の様子がよく見えるだろう。
「お前はジル・クロフト!!」
「こんにちは先輩。入学式以来ですね。ククルにやられた怪我は大丈夫ですか?」
目の前の男――入学式の時に難癖をつけてきた粛正会の先輩に声をかける。
「何をしに来た!!」
「いやね、ちょいと風の噂を耳にしまして。何でも粛正会のメンバーが良からぬことを企んでいる、と」
「……」
「何でしょうね良からぬことって。例えばククルと王子様の戦いが始まったら、その場所目掛けて魔法を放つ。2人に重傷を負わせた上で、どちらかの魔法が暴発を起こしたことにする、とかですかね?」
「……」
「もしそうなら、その行動力は大したもんですよねー。勝負を決めてからものの5分も経っていないのに」
「……ふん、あの王子はフィーリア姉妹に近づけなければ、遅かれ早かれお前の妹に助力を頼みに行く。そして話し合いは平行線になり、勝負で決着をつける展開になるくらい容易に想像できる。後はいつ勝負が始まってもいいように準備しておくだけだ」
「へぇー!? たった一週間でもうそこまで2人のことを調べたんですか。凄いじゃないですか」
「あの2人は要注意人物だ。あいつらがここに入る前から調べはついている」
「ああ、なるほど。王子に成績優秀者ですもんね。他国から注目されていても不思議ではないか」
外から「わーっ!!」と歓声が聞こえる。勝負はもうついたようだ。
「ふん、どうやらカルカイムの王子は“瞬殺王子”としてますます有名になりそうだ」
やっぱりククルが勝ったか。
「さて、決着がついてしまった以上、俺達の計画は失敗に終わったわけだが――」
残りの4人が素早く窓を閉め、さらに出入り口を塞ぐ。
「次の作戦だ。お前を2度と学園に来たくないと思わせるくらいに痛めつけるとしよう。妹はお前に懐いているようだし、お前が学園を去れば一緒に辞めるだろ。あの女に直接報復できないのは残念だが、元はと言えばお前が紛らわしい格好をしたのが発端だ。お前が責任を取れ」
「へへ、ダルク。痛めつける前にこいつの服を剥いでみようぜ。もしかしたらこいつ、本当は女かもしれないぜ。そうしたら――くくく」
4人の目が何だか怪しくなってきた。
「ああ、もし女なら好きにしていいぞ。俺はゴメンだがな」
「っしゃあ、久しぶりだぜ!!」
ふーん、こういうことは初めてじゃないのか。
学生相手にどうかとも思ったが、遠慮なくやってしまうか。
ま、ククルに手を出そうとした時点で見逃すなんて選択肢はないんだけどな。
「てい」
軽く指を鳴らす。
「お前達、そろそ――…………」
精霊を含めた全員の意識がなくなったのを確認。
5人には追加で魔法をかけてから部屋から出る。
さ、教室に戻ろう。
「妹のククルちゃんも可愛かったぞ。姉妹揃ったら絵になりそうだな!!」
授業時間は始まっているのに先生がなかなか来ないため、隣の奴が話しかけてきた。
昼休みの戦いを見たようだな。
「それに強かったなー。一瞬だぜ、一瞬!! 瞬きしたらもう勝負が終わってたもん。1年の中じゃあ間違いなくトップクラスの実力だな」
「ふふ、ありがとう」
「っ」
妹が褒められると、我が事のように嬉しくなる。
気分がいいので地声&笑顔でお礼を言ってみた。不意打ちを食らった彼は顔を赤くして突っ伏してしまう。
ふむ、刺激が強いみたいだから今後は止めておこうか。
「大変大変!! ビッグニュース!!」
先生を呼びに行った生徒が、興奮しながら戻ってきた。
「なんと粛正会のメンバー数人が全裸で職員室に突撃したんだって!! 先生たちは処遇を検討しなくちゃいけないから午後の授業は自習!! こんなこと学園始まって以来だとさ!!」
「粛正会って、学園の二大勢力の1つだろ。何があったんだろうな?」
クラスが賑やかになる中、今度は前の奴が話しかけてくる。
「さあ? 怖い夢でも見たんじゃん?」




