第4話 実戦魔法学
「よお、ジル。調子はどうだ?」
歴史の授業が終わると同時に、数人の男子生徒が駆け寄ってきた。
1人が馴れ馴れしく俺の肩に手を乗せてくる。何だか妙に手つきが嫌らしい。
「この手は何だ?」
「おいおい、こんなの軽い挨拶だろ?」
「そうそう男同士これくらい普通だって」
「はぁ、そうかい」
昨日まで体を使った挨拶なんてしていなかったのにな。つーか、そもそも俺に話しかけて来なかったし。
どうもアレ以来、男連中の俺を見る目が変わったようだ。
「ジルって男なのに華奢だよなー。へへへ、それに何かいい匂いがするし……」
「おっと、これ以上はやめてもらおうか」
さっと距離を取る。
肩に触るぐらいならギリギリOKだが、鼻息を荒くして顔を近づけるのはNGだ。
何が悲しくて野郎の接近を許さなにゃあかんのか。
「ちぇっ……」
「ん、そういや昨日の補習はどうだったんだ?」
「ああ、アレか――」
昼休み、研究室を訪ねた俺を待ち受けていたものは、エプロン姿のクーミル先生だった。
困惑する俺に「お昼はまだでしょう」と、サンドイッチとシチューをご馳走してくれ、結局2人で雑談しながら昼食を楽しむことに。
「私と契約した者はご飯の心配をしなくていい」とか「上位精霊の中でも魔力は上の方」「私のスリーサイズは――」などめっちゃアピールされたが、生憎と俺に契約する気はない。
というのも、水の精霊であるクーミル先生と、適性魔法が風・闇である俺が契約してもメリットは少ないからだ。確かに契約すれば魔力は増える。増えはするが、それは水属性の魔力が増えるだけ。水属性の適性がない俺では消費魔力が半端ないため、数回魔法を使っただけで魔力が枯渇するだろう。だからもしも俺が契約するなら風か闇の精霊とってわけだ。
「――まあ、普通の補習だったよ」
だがそんなことを説明すれば確実に反感を食らう。例え自分の適性にマッチしていなくても、上位精霊となら契約したいと思う人は多いからな。ここは嘘をついておこう。
「ふ~ん、やっぱただの補習だったんだな」
聞いておきながらあまり関心はなさそうだ。さっきから俺の動作にしか注目していない。
「おい、次は実戦魔法学だろう? そろそろ動きやすい格好に着替えないと」
「ジルも早く俺らと一緒に着替えようぜ!!」
男連中が期待した目で俺を見てくる。
欲望に忠実だなおい。
「もう何言ってるの!! ジルは私達と一緒に着替えるに決まってるじゃない!!」
傍で話を聞いていた女子達が、俺を庇うように前へ出てきた。
「はあ? 何言ってんだ? ジルは男だろ。教室で着替えるんだよ。男同士が親交を深めようとしているだから邪魔しないでくれるか?」
「「そうだそうだ!!」」
「そっちこそ何言ってるのよ!! アンタ達みたいに野獣の目つきをした奴らが跋扈する場所にジルを置いていけるわけないでしょう!! さ、ジル行こう。一緒に女子更衣室で着替えるの。こんな所にいたら妊娠しちゃうわ」
「なにを!?」
当の本人を差し置いて一触即発だ。
こういう展開はちょっと想像してなかったな……。
ここで着替えたくはないが、かといって女子更衣室はいろいろとマズい。
ならば――。
「じゃ、俺は1人で着替えてきますんで」
「あっ」
ダッシュで教室から脱出。
さっさと人のいない場所を探そう。
「兄さん、こっちです!!」
運動場までやってくるとククルが手を振っているのが見えた。
ふむ、どうやら他クラスとの合同授業みたいだ。時間割や教師の都合によってこういうこともある。
ちなみに俺のクラスは1-8で、ククルは1-3。
「ククルは着替えないのか?」
他の面々は動きやすそうな格好をしているのに、ククルは制服のままだ。
「はい。面倒なのでこのままです」
「なるほど……」
俺もそうすりゃあ良かったな。
「クス、その様子だとやはり一騒動ありましたか」
「まぁな。見ろよあの男どもの消沈しきった顔。情けない……」
そんなに俺の着替えが見たかったのかねぇ。
あっ、でも俺の生足を見て回復してきている。
「兄さんがクラスに馴染んでいるようでなによりです」
「馴染んでいるのか些か疑問だがな。……で、そういうククルはどうなんだ? 俺と一緒にいていいのか?」
「ノープロブレムです。自慢ではありませんが、友人は1人もいませんので」
「……」
本当に自慢じゃないな……。
「言い訳をしますと、初日にあったアレの所為で上級生に目をつけられまして。休み時間などの空いた時間を狙ってよく訪ねて来るんです」
『粛正会』のメンバーを倒しちゃったやつか。
粛正会は日本で言う風紀委員みたいなもので、規律を正すために結構強引なことをしてくるらしい。そのため評判は悪かったのだが、粛清会のトップが王族のため表立って文句を言う奴は皆無。上級性の間でストレスが溜まっていたところを、ククルが衆人環視の中ぶっ飛ばしたものだから『よくやってくれた!』とお礼を言う者が後を絶たないらしい。
「私としては読書の時間を邪魔されていい迷惑ですが」
「実戦魔法学の授業を始めまーす!! 集合して下さーい!!」
そんなこんな話している内に先生のご登場だ。
先生はまだ若く、20歳にも満たない男の人族に見える。なかなかイケメンの銀髪あんちゃんなので、女子生徒から人気が出るかもな。
「皆さん揃いましたね。ではこれより実戦魔法学の授業を始めます。担当は私、ジルロット・トライフォースが務めさせてもらいます」
「「よろしくお願いします」」
「……」
へぇ、ジルロットねえ。
その名前は俺が昔使っていた偽名だが……まさか偶然ってわけじゃないよな?
ティリカの方を窺う。彼女は信じられないといった表情で目を見開いている。
「ジル……なの?」
彼女は前に進み出て先生に問いかける。
「こら、先生をつけなさい。いくらスイレン様と契約しているからとは言え、君が生徒であることには変わらないんですから」
「す、すいません……」
「ふっ――。お互いに言いたいことは山ほどあるでしょうが……まずはティリカ、大きくなりましたね」
「あ……」
ジルロットが優しそうな目をしてティリカを褒めだした。
彼女も何か満更でもなさそうだ。
……イラッ。
「先生!! 先生はティリカさんと知り合いなんですか?」
2人の様子を見ていた生徒が尋ねた。皆さん興味深々である。時と場所が違っても、こういうものは人気があるんだろう。
「ええ。昔メイユ市にいた頃に交流がありまして」
「で、でもジル……ロット先生は私と同い年のはずじゃあ……。今の先生はどう見ても年上に見える……ますが?」
「アレは師の魔法で体を幼くしていただけです。師はなるべく私が目立たないように気を使ってくれていましたからね」
「師ってもしかして……」
「そう、フロル・ファントム・クリマアクトです。私は彼女の一番弟子なんですよ」
「「!?」」
辺りに衝撃が走る。
フロルと言えば人類史上最強と謳われた存在だ。そんな奴の弟子が現れたんだから騒ぎになってもおかしくはない。
「フロル様は、フロル様は生きているんですか!?」
「残念ながらわかりません。襲来戦争以来、私も行方がわからなくて」
「そうですか……」
よし、決めた。
アイツ殺ソウ。
塵一つ残さずこの世から葬り去ってやるのだ。
……って、いかんいかん。そう簡単に殺すとか思っちゃダメだ。奴にだって深い事情があるかもしれないだろ。せめて社会的に抹殺するくらいにしておかないと。そうだな……奴には男子生徒に欲情する変態になってもらうか。
「さ、だいぶ脱線してしまいましたし、気を取り直して授業に戻りましょう」
俺の思惑など知る由もなく授業を再開する偽物。
ククク、これがお前にとって最後の授業となるだろう。
「実戦において大事なものの1つが事前準備で――」
授業が始まって少し経つが、意外なことに内容はまともだった。実戦を経験したことのない生徒にも分かりやすいように説明し、質問が入れば的確に答えている。偽物の授業なんて大したことないだろうと高を括っていたが……侮れんな。
「では最後に実戦において最も重要なことを教えましょう。皆さん、戦闘態勢に入って下さい。これより私VS皆さんの試合を始めます」
ほほう。80人を相手に1人で戦うつもりか。
「先生、さすがにそれは無茶では?」
「確かに私1人では厳しいでしょう。ですが――グリフィ!!」
「きゃあ!?」
運動場に風が吹き荒れ始め、空から一匹の獣が降ってきた。獅子の胴体に鷲の頭と翼を持つ獣。まさしくグリフォンと呼ぶに相応しい生物だ。
「紹介しましょう。彼は風の中位精霊グリフィ。神獣グリフォンを象った私の頼もしい相棒です。ふふ、中位精霊とはいえ、その能力は上位精霊にだって引けを取らないのですよ?」
「うっ――」
全長が2mは優に超える精霊に、生徒達がビビり始めた。生徒達の中にも精霊と契約している者はいるが、全て下位精霊。姿も小さく、目の前の存在に比べるとどうしても頼りなく見えてしまう。
だがそれも無理はない。もし上位精霊に匹敵するというのなら小都市相手に戦いを挑むようなもの。80人の学生+少々の下位精霊じゃあ、お話にならない。
「大丈夫、彼は何もしませんから。そして私も皆さんに危害を加える魔法を使う気はありません。ルールは一発でも私に攻撃を当てられれば皆さんの勝ち。逆に授業が終わる前までに出来なければ私の勝ちというものなので、グリフィに恐れることなく全力でかかってきて下さい」
「グルル」
ふむ……。
「だってさククル。思いっきりやれば?」
「わかりました。一瞬で終わらせてみせます」
あの条件で奴が勝つにはあれくらいしか思い浮かばない。
果たしてククルは気付くかな?
「では始め!!」
「凍てつく冷気よ 有象無象を――」
「スリープ」
生徒達を温かく優しい風が撫でた。
すると皆、次々倒れていき、開始5秒もしないうちに立っているのは偽物、俺、うさ耳メイドさんの3人だけとなった。
「実戦に於いて最も重要なこと――。それは如何に素早く対象を無力化できるかです。理想は相手に何もさせないことなんですが……後で説明した方がいいですね。まずは2人とも見事です。よく私のスリープに耐えましたね」
「グル」
「ありがとうございます!!」
可愛く返事をしておく。クク、せいぜい勘違いするといい。
「しかし残ったのは女子だけですか。これはもう少し男の子にも頑張ってもらわないと……。おや、どうかしましたか?」
「あ、そいつは……いえ何でもないです……。それとあたしが残ったのはスイレン様と契約したおかげですから。契約の特典として、ある程度の魔法は自動防御してくれるんです」
「ほほう!? さすがはスイレン様ですね。やはり規格外の方だ」
む、また2人だけで話しそうな雰囲気だ。
そうはさせんぞ。
「先生!! そんなことよりも、この勝負は私達の勝ちでいいんですよね?」
強引に流れを断ち切ってやる。
「はは、何を言っているんですか。まだ私は一撃も食らっていませんよ? これから私VS 2人の戦いが始まるんです」
「ですが先生。髪の毛、切られていますよ?」
「なっ――」
「グル……!?」
慌てて自分の髪を触り出す偽物。どうやら自分の後ろ髪が切られていることに気づいていなかったようだな。奴の精霊も気づいていなかったようだし、上位精霊並は言い過ぎだな。
「何時の間に……」
「私も気づかなかった……」
「ふふ、実はククルちゃんが眠る前に一撃入れていたんですよ」
眠っているククルを指差しながら説明する。
「なるほど、一歩遅かったわけですか……」
「ククルが……」
残念そうな顔をする偽物と、複雑な表情でククルを見るティリカ。前の学園でティリカはククルと一緒だったから何かしら思うところがあるのかもな。
ちなみに今言ったことは全くの出鱈目だ。本当は生徒達を眠らせて後、呑気にお喋りしている間に俺が切っておいた。ククルの仕業にしたのは……軽い意地悪のつもり。速攻で簡易魔法を発動していれば勝っていたのに、わざわざ派手な魔法を選んで眠らされちゃったからな。
「それとも先生が不服なら私達と戦います? 私はそれでも構いませんが」
「グ、グェ……!?」
軽く闘気を込めてグリフィを睨んだら目を逸らしやがった。
やはり大したことはないな。
「……髪とは言え、一撃は一撃。潔く負けを認めましょう」
ふん、つまらん。せっかくティリカと一緒にアイツをボコボコにしてやろうと思ったに。
でもここは学生らしく喜んでおこう。
「やった!! 私達の勝ちですね!!」
その後、目を覚ました生徒達からククルは賛辞を浴び、フロルの弟子に一撃入れた生徒としてますます知名度を上げるのであった。
「クク、だが明日からは『変態教師に一撃入れた生徒』ってことになるだろう」
放課後、俺はジルロットがいる研究室の前までやって来た。
奴が部屋にいないのは確認済み。
これよりオペレーション『偽物に制裁を!!』を始める。
「ああ、やっぱりいましたか」
「ん?」
部屋に侵入しようとしたところでクーミル先生がやって来た。気配には気を付けていたつもりだったが……ちょっと熱くなり過ぎたか。
「察するに、これから偽物退治ですか?」
「ええ、そんな感じです」
どうやらクーミル先生も気付いていたようだな。
「では残念なお知らせです。スイレン様から『アイツは放って置くように』との言伝を預かっています。なので偽物退治は諦めて下さい」
「ああ?」
何でだ。気づいておきながら放置する理由なんてないだろう。むしろスイレンの性格なら真っ先に殺しにかかりそうなのに。
「何でもアリサから頼まれたらしいですよ」
「アリサが?」
もしかしてアリサはアイツが本物かもしれないと思っているのか? だとしたら少々ガッカリだぞ。
「曰く『あの紛い物はお姉ちゃんの成長にもってこいの相手です。しばらく様子を見ましょう。大丈夫ですよ。万が一の場合には私が始末をつけますから』と」
「……」
訂正。やっぱアリサって凄いわ。




