第3話 精霊学
「これより精霊学の授業を始めます。教師は私、水の上位精霊クーミルが務めさせていただきますので、皆さんよろしくお願いします」
教壇に立つのは見た目が30歳くらいの女性。凛とした表情からは品位が感じられ、大人な女性って感じだ。
さて、精霊様どんな授業をするのか楽しみだな。
「今日は初回なので、精霊の基礎知識を説明したいと思います。おそらく知っている方がほとんでしょうが、大事な事なのでしっかり聞いてください。まず――」
精霊とは何なのか?
火・水・土・風・雷・光・闇の基本属性を司る存在だというのがこの世界での共通認識。しかし、当事者である精霊は自分たちがどういった存在なのか分かっていないらしい。そりゃあないだろうと思ってしまうが「貴方たち人だって、自分が何のために存在しているか答えられないでしょう?」と返されては反論のしようがない。
ただそれでも推論はしているらしく「魔力が意思を持ち、具現化したものが精霊なんじゃない?」とスイレンに教えてもらったことがある。
「精霊は7属性の他に大きく4つのタイプに分類することが出来ます。下位、中位、私のような上位精霊、そして大精霊様です」
分類される基準は主に精霊が持つ力と知性で決まる。
下位精霊は力が弱いため、容姿もそれに見合ったものとなる。主に小動物や30cmにも満たない人の姿が多いかな。知性はほとんどなく、だいたい人の赤ちゃんと同じくらい。街中をふよふよと漂っていることが多い。
中位精霊は下位精霊と比べると力は強い。ベテランの魔法使いを上回る魔力量を持ち、知性も3~5歳ほどの賢さはある。容姿はまちまち。人や獣の姿、植物に本、中には服の姿をした精霊もいるらしい。
上位精霊。ここまでくるともはや人の力を完全に上回る。その力は小さな都市が持つ戦力に匹敵するレベル。知性も個体差はあるものの並の大人以上はある。容姿は人の姿を採る者が多い。数は非常に少なく、全員合わせて30にも満たないらしい。クロリアも上位精霊にあたる。
大精霊。精霊の親玉。世界に7人しかおらず、その力も桁外れ。単体で大都市の戦力を凌駕し、対応する属性精霊を使役できることから『歩く国家』と呼ばれる程。知性は不明。理由は大精霊相手に試すようなマネをする勇者がいないため。
……ちなみに根拠はないが、大精霊と他の精霊とでは根本的に仕組みが違う気がする。まぁ、別に違っていたからって特に何かあるわけじゃないんだけどな。
「一部の上位精霊と大精霊様を除き、ほとんどの精霊は4年前まで姿を見せませんでした」
姿を現すようになったのは襲来戦争の時。大精霊だけでは対処が難しかったため“解放”を行い、総力戦で挑んだんだよな。
「何故我々は姿を見せなかったのか? ……それを説明する前に“契約”についてお話ししておきましょう」
“契約”。この4年間で新たに加わった『常識』の1つ。こいつのおかげで魔法に革命がもたらされたと言っても過言じゃない。
「“契約”とは人と精霊とが結ぶ相互協力関係のことです。分かりにくければ『気に入った者同士がこれから助け合いましょうね』と約束するものと思えばいいでしょう」
契約をすることによる人側のメリットは、契約をした精霊の魔力を使えるということだ。これは魔法を使える使えないに関係なく、誰でも契約さえすれば魔法が使えるようになる。下位精霊でも人並みに魔力を保有しているから、適当に契約しても魔力解放をしていない人なら人並みに、している人なら魔力が倍になる。
もちろん契約する精霊が強ければ強いほど使える魔力量は増えるから、魔法を日常的に使う人はより高位の精霊と契約を望む。ただ、今のところ上位精霊以上と契約出来た者は少ない。ましてや大精霊と契約したものは2人だけだ。ティリカ、アリサのうさ耳姉妹だ。
「先生!! 人側が契約するメリットは分かりましたが、精霊側には何かメリットはあるのですか?」
「当然あります。ただそれは精霊によって異なりますが。一緒にいられるだけでメリットと思う精霊もいますし、対価を要求してくる精霊もいます。食事や寝床、魔力だったり知識、衣服、宝石。悪質なものだと体の一部を要求してくるなんてこともありますので、十分に気を付けてください」
上位の精霊になるほど要求してくる条件は厳しくなる傾向にあり、よほど気に入られない限りまず契約は無理だ。
それゆえに一昨日のスイレンの発言はこれから波乱を巻き起こすだろう。
なんせ一国の王ですら契約を断られるのに、年端も行かない少女が大精霊と契約。そしてスイレンの後ろ盾を使えば好き放題できるのに、まさかの“主人”を探している宣言だ。
おそらく大精霊と直接契約するよりも少女の心を掴む方が難易度は低いと考え、王や貴族、ギルドに騎士団、商人、犯罪者。彼女たちを利用して各国に取り入ろうとする者などが一斉に主人へ立候補するだろう。
ああ、それに大精霊の件を抜きにしても俺に劣らないだけの容姿を兼ね備えている2人だ。劣情に塗れた男どもが主人の座を狙ってくることも考えられるな。
「それでは先ほどの話に戻りますが――」
チラッとティリカの方へ視線を向ける。
先生の話は一般常識の類なのに、一生懸命腕を動かしてノートをとっている。
ふむ……。何故ティリカ達はあんなことを言ったんだろうな。
ティリカと同じクラスになり、もう2日経つのに未だに聞いていない。つーかティリカと会話すらしていない。彼女の周りには常に人が集まるからというのもあるが、一番の理由はティリカ達と積極的に絡む気が俺にはないからだ。
確かに2人のことは気になる。だが何か考えがあってのことなんだろうし、スイレンだって許可しているんだ。ここは信じて見守るのが俺の役目……なんだと思う。
「――フトさん。ジル・クロフトさん」
「うぉっ!?」
何時の間にやらクーミル先生が俺の目の前まで来ていた。
「ボーっとしていたようですが、私の話を聞いていましたか?」
ヤバい全く聞いてなかった。
「あー、えーと……いえ、その……すいません、聞いていませんでした……」
「いいですか、『私はフリーです』と言ったのです。つまりまだ誰とも契約していないということです。いけませんね、こんな大事なことを聞き逃すなんて」
「すいません……」
そんな大事か? と思ったがもちろん口にも態度にも出さない。聞いてなかったこっちが悪いんだしな。大人しく反省しておこう。
「くすくす」
教室に笑い声が漏れる。侮蔑が混じった笑いだ。
けっ、感じ悪いな。
「困りましたね。この調子では他のことも聞き逃している可能性があります。初回から生徒を置いてけぼりにするなど上位精霊の名折れ。……いいでしょう。特別に補修をしてあげましょう。昼休みになったら私の研究室まで来なさい。分かりましたか?」
「「!?」」
「は、はぁ、分かりました」
今クラスに衝撃が走ったな。……嫌な予感がする。
「よろしい。……では今日はここまでにしましょうか。明日からは学園の精霊規制も解除されますので、契約している方は学園に精霊を連れて来てもいいですよ。最後に何か質問はありますか?」
「「はいはい!!」」
おお、一斉に手が上がった。
「僕もウトウトしてて聞き逃した所があるので補修をしてください!!」
「私も聞き取れなかった所があるのでお願いします!!」
指名される前に男子生徒と女子生徒が補修を希望し出した。出遅れる形になった他の生徒は何だか悔しそうにしている。
「そうですか。では、そこの男子生徒。授業中に居眠りということで成績を引いておきますね。女子生徒の方は隣の人にでも聞くといいでしょう。他に質問のある方は?」
「…………」
今度は誰も手を上げない。
成績を引かれた男子は絶句しており、女子生徒の方は何故か俺を睨んできた。
「いないようなので終了とさせてもらいます。ジル・クロフトさんは昼休みに必ず来るように」
それだけ言い残して教室から出て行った。
さてと――。
「ちょっと、どういうこと!?」
「あー……何が……?」
逃げようとしたらあっという間に机の周りを囲まれてしまった。
ふん、何だよ何だよ。普段は俺の事を変人でも見るような目をして避けている癖によー。こういう時だけ俺に近づくのかよ。
「何でアンタだけ先生の補習を受けられるわけ!?」
軽くあしらわれた女子生徒が俺に食って掛かって来た。
そんなの俺が知るわけないだろうに……。
適当に誤魔化すか。
「まだ補習と決まったわけじゃないだろう? 補習という名の説教かもしれないぞ?」
「例え説教だとしても上位精霊と2人きりだなんて羨まし過ぎるわ!!」
えぇ……。
「いや、説教の可能性は低い。僕は男子生徒、君は女子生徒呼ばわりなのにお前だけフルネームで呼ばれていた。しかもさん付けだ。つまり明らかに好意による補習としか考えられない」
もうショックから立ち直ったのか、マイナス君が鋭い指摘をしてきやがった。
「言われてみればそうね……。上位精霊に気に入られるなんて一体どんなトリックを使ったのかしら? 大人しく教えなさい」
「そうだそうだ!! 俺達にも教えろ!!」
め、面倒くせぇ……!!
仮に知っていたとしても何でそれを人に教えなくちゃいけないんだよ……。
「私も知りたいわね。そんなものがあるのなら」
「ティリカさん!?」
場所を譲られながらティリカが俺の前までやってきた。
その態度はとても友好的とは言えず、敵意すら感じられるほどだ。
「あたしはスイレン様を通じてクーミル先生に会ったことがあるけど、素っ気ない態度だったし名前も呼んでくれなかったわ。それなのに何故アナタにはあんなに友好的だったのかしら?」
記念すべき初会話がこれか……。
もっとこう、感動的なのを望んでいたのに……人生って奴はままならんねぇ。
はぁ……。こうなったら自棄だ。アクセルを踏み切っていこう。
「わかった。わかったよ。俺の負けだ。素直に白状する。実はクーミル先生はな――」
「「先生は?」」
クラス中が俺の言葉に耳を澄ます。
「――可愛い子が好きなんだよ!!」
「「はあ?」」
「ほら、俺って可愛いじゃん? クーミル先生も俺の可愛さに惹かれちゃったんだよ」
この言葉に女子連中がプルプルと震えだした。
ティリカもキッと鋭い視線で睨んでくる。
「ふざけないで!! 例え先生が可愛いもの好きだとして、あたし達が男であるアンタよりもブサイクですって!? 少し女顔だからって――」
「私はジル・クロフト。皆よろしくね」
「――!?」
ティリカの発言を遮り、笑顔で自己紹介を始めた。普段は意識的に低く喋っている声もやめ、ソプラノの透き通った地声で挨拶する。
たったそれだけでみな息を呑み、怒りを忘れて惚けたように俺から視線を外さない。
「ちょ、ちょっと……」
「ほら、そんなに怒った顔をしないの。可愛い顔が台無しよ?」
「え、う、うん……」
ティリカの頬に軽く右手を添え、優しく語りかけていく。
「貴女には怒っている顔よりも笑顔が似合うわ。ね、こうやって笑顔笑顔」
今度は至近距離からとびっきりの笑顔をお見舞いしてあげる。
「はい……。え、笑顔、笑顔…………はっ!?」
ありゃりゃ、手を払われちゃったよ。
あともう少しだったのに。
「ア……アナタ本当に男なの……?」
表情は困惑しきっており、声にも怯えが混じっている。
ここまでだな。
「もちろん男だとも」
さっきまでのトーンを止めて、いつもの声で答える。
「そう……。もういい、あたしは行くわ……」
ティリカが去ると、他の女子たちもつられて離れていく。ちなみに一部の女子が「可愛かったなぁ……」と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
「お、俺はトイレに行ってくる!!」
「俺も……!!」
男子連中はぞろぞろとトイレへ向けてダッシュ。
そんなに急いでナニをしに行くんだか。
「ううむ……」
周りに誰もいなくなったところで思う。
ちょっとやりすぎたかな?




