第2話 彼らの学園デビュー(後編)
ユノトリア高等学園の生徒数は約1800人だ。
3学年あるので1学年当たり600人。そして600という数値は4か国に均等に分配され、各国に許された新入生の数は150人ずつ。
この150人はどのような理由や方法で選ばれたにしろ、他国からは国を代表する人物として見なされる。すなわち各自の評価は国の評価へと繋がるわけだ。優秀な生徒がいれば「あの国はやるな」となるし、アホなことすれば「あんな奴を送ってくる国はきっと同じくらいマヌケに違いない」と侮られることになる。
今、この体育館(正式には多目的施設と言うらしいがどう見ても体育館)には新入生600人が勢ぞろいしている。下手をすれば自分の行動が他国の付け入る隙になるかもしれず、一瞬たりとも気を抜くまいと緊張している生徒がほとんどだ。
うんうん、初々しいねぇ。
着慣れない制服に身を包み、ガチガチになっている姿は本人達に悪いが見ていて微笑ましい。これぞ新入生って感じでつい応援したくなってしまう。
「兄さん、兄さん」
しかし何事にも例外はいる。
我が妹なんかまさにそれだ。
周りのほとんどが沈黙しているというのに、ククルはそんなことお構いなしに俺の袖を引っ張ってくる。
「先ほどはすみませんでした。よく考えもせず、ギャラリーがいる中で先輩にあたる人物をやってしまったのは軽率だったと猛省しています。どうやら少し浮かれすぎていたみたいです。――ですが安心してください。次はバレないように闇討ちしてみせます!!」
おやおや、ククルさんが何やら見当違いの事を言って隣の人を驚かせていますよ。お兄さんも正直びっくりです。
ちょっと変わった子だとは思っていた。
でもまさかここまで社会性がないなんて……!!
「あのな、ククル」
……ん、待てよ?
ここでククルを叱ることは簡単だ。
ちょっとムカついたからって先輩を気絶させちゃいけませんとか、バレるバレないの問題じゃありませんとか、闇討ちもダメ、そもそも周囲の状況を見てから発言しなさい等々、叱ればいいだけ。
だがそれでいいのだろうか?
確かに俺が注意すれば直るかもしれない。だがそれはあくまで俺が指摘するからであって、本人が納得して直すかどうかはわからない。ククルだってもう幼児じゃないだから、自分で気づく必要がある。もしそれが難しければ……学園の親友かな。家族以外の親しい者が注意してくれればいいんだが……ククルに友達はいないよな。そんな話は聞いたことないし。
ふむ……とりあえずこれからできることに期待するか。こういうことは焦ってもしょうがないし、長い目で見ることにしよう。目標、学園を卒業するまでにククルに親しい友人をつくる&一般常識を身につけさせる!!
「先輩の報復を頭の片隅におきつつ、学園生活を満喫しような」
そういうわけで今回はこんなもんでいいだろう。
「はい!!」
「皆さん、静粛に」
お、丁度始まるみたいだ。
さすがにククルも俺から意識を外し、前を向いている。
「これより第3回ユノトリア高等学園入学式を執り行います」
ふむ、いくら室内とは言えこの広い体育館に司会の声がここまで明瞭に聞こえるってことは風魔法を応用して拡声しているのかな? にしてはやけに魔力の流れが活発だが。……なるほど、どうやら個人ではなく“場”に拡声魔法がかけられているようだな。魔法の有効範囲にいる人なら誰でも声が響き渡る、そんな感じの魔法か。
ふふふ、風魔法に関しちゃ俺はもはやプロだからな。よっぽど高度でもない限りどんな魔法が働いているのかだいたい判るのだ。
「初めに学園長の挨拶です。ご存じの方がほとんどだと思いますが、土の大精霊様です。謹んで拝聴するように」
さっき会ったばかりのオッサンが壇上へと上がってくる。
やはりあの巨体は離れていても威圧感がある。
生徒の中には片膝を床につけ頭を下げ始める者までいる。
「あー諸君、初めまして。俺が土の大精霊兼ここユノトリア高等学園の学長だ。俺のことは学園長、もしくは学長と呼ぶように。――さて、俺が諸君らに言うべきことは2つだ。どうか我々精霊を失望させないで欲しい。弛まぬ努力を。以上だ」
それだけ言う壇上から降り始めた。
ふーん、祝いの言葉はなしなのか。随分と短い挨拶だったし、学長と俺らの間には思っていた以上に距離がありそうだ。
まあ、あんな挨拶でも「ありがたきお言葉……!!」とか感涙している生徒もいるし、逆にあれくらい簡潔の方がいいのかもしれないが。
「ああ、1つ言い忘れていたことがあった」
再び壇上に上がってきた。
何だ?
「諸君らの中に女に見えて男物の制服を着ている者がいるが、そいつは男だ。間違いないように。これで失礼する」
近くにいる生徒が一斉に俺を見てきた。
ふっ、こんなことで慌てる俺ではない。よろしくという意味を込めて微笑んでおく。
「――っ」
正面から俺の笑顔を見た男子生徒たちが顔を赤くしてそっぽを向いた。
くく、また1つ俺の可愛さが証明されてしまったな。
「続きまして、新入生の挨拶です。新入生代表アリサ・フィーリアさん、壇上へお願いします」
「はい」
「!?」
一瞬で壇上へと全神経を集中させる。
壇上に上がって来たのはこの4年間ずっと気にかけていた少女。
プラチナブロンドの長髪にうさ耳がトレードマークのアリサ。そしてアリサの後に続いて上がってきたのは……ティリカか!!
こちらはアリサとは反対に髪を短くしているが、よく似合っている。
うん……2人とも大きくなったな。
それにますます可愛くなった。着ているふりふりのメイド服も2人の可愛さを引き出していていいんじゃないか……ってメイド服!?
他の生徒も何故2人があんな格好をしているのか分からず頭に疑問符が浮かんでいる。
「暖かな日差しと穏やかな風が祝福する中、私たち新入生は期待と僅かばかりの不安を胸にユノトリア高等学園に入学しました。見慣れぬ土地、見慣れない人々に――」
そんな周りの反応を物ともせず挨拶を開始するアリサ。その姿は堂々としており、微塵も緊張した様子を見せない。
うぅ……立派だ、立派だぞアリサ。何でメイド服なんて着ているのか知らんが、とにかく立派だ!! いかん……あまりの感動に涙が出てきそうになってきた。見知らぬ他人が同じことを言っていても何とも思わないだろうに、アリサが言っているというだけでこうも違ってくるのか!!
あれか、娘の成長を目の当たりにした父親というのはこういう気持ちなるのかもしれないな。
「――年。1の月11日。新入生代表アリサ・フィーリア」
一礼と共に拍手が鳴り響く。
もう終わりか……。もうちょっとアリサの晴れ姿を見ていたかったのに。
しかし拍手が鳴りやんでもアリサが動く様子はない。
再び皆に疑問符が浮かび出したところで、ティリカが前に出てきた。
「皆さんは何故私たちがこんな格好をしているのか疑問に思っているのではないでしょうか? その疑問は――こちらの方に説明していただきたいと思います」
「水の大精霊、スイレン登場!!」
ティリカの言葉が終わるや否や、姉妹の間に水で構成された人が現れた。
突然の展開に周囲は固まっている。
「一応言っておくが、アイツが水の大精霊であることは本当だ。俺が保証しよう」
おお、学長の言葉にまた少なくない人数が膝をつき始めた。
ううむ、こうした反応を見るとやっぱりスイレンも大精霊の1人なんだと実感するな。
「まずは新入生の皆さん、入学おめでとう。皆さんにとってこの3年間が実りある時間であることを祈っているわ」
まともだ。すごくまともなことを言っている。
「じゃあ次に本題。私はまどろっこしいのが嫌いだから簡潔に言うわね。――私と私の友人フロル・ファントム・クリマアクトが育てたティリカとアリサは“主人”と仰ぐべき人物を探しているわ。私と“契約”している彼女たちが欲しいという奴は、彼女たちに器を示して認めさせなさい。なお、“主人”は学生に限らないわ。私の眷属たちがこのことを世界中に広めるから全ての人に可能性があると思ってちょうだい」
空気が変わったのが分かる。
誰もがスイレンの言葉に耳を傾け、意味を理解し、姉妹から目を離さない。
学生だけじゃない。教師ですら食い入るように壇上の2人を見ている。
この場で唯一興味がなさそうなのはククルくらいか。ウトウトと眠そうにしている。
「もっと詳しいことが知りたければ彼女たちと親交を深めることね。……焦りすぎはよくないけど、早くしないと誰かに取られるかもしれないわよ? ふふ、それじゃあね」
最後に俺の方を見て、スイレンはその姿を消した。
…………ふむ。
「では私達も失礼します」
皆が諸々の事情で沈黙している中、2人は一礼して壇上を降りようと――。
「ちょぉっと待ったあ!!」
男の制止を呼びかける声が体育館に響き渡る。
そして1人の男子生徒が壇上に上がりだした。
「貴方は……?」
「僕はミュラン・カルカイム・オーウェン!! 未来のカルカイム王にして、フロルの婚約者だ!!」
「はぁ」
「君たちはフロルにとって実の子供のような存在なんだろう? ならば婚約者である僕にとっては娘も同然。僕が君たちの主人となり同時に父親にもなろうじゃないか!! さぁ、僕と一緒に来るといい!!」
2人に向けて手を差し伸べる王子。
「「お断りです」」
しかし返ってきたのは拒絶の言葉と、彼女らの心情を表すかのような強烈な暴風。
王子は抵抗する間もなく壁に叩きつけられ、意識を手放すことになった。
ククル・クロフト。
アリサ・フィーリア。
ティリカ・フィーリア。
ミュラン・カルカイム・オーウェン。
この4人が入学初日を最も騒がした人物とされ、全員が共通の出身地ということから否が応にもカルカイムの存在感は高まることになる。
そしてそれが何を意味するのか――。
この時点で理解していた者はほんの一握りだけ。
「はぁ~~っ!! なんだか疲れましたね。今年の新入生は一癖も二癖もあって大変そうです」
「はは、何を弱気になっているんですか。彼らはまだまだ子供。私たち教師がしっかり導いてあげないと」
「おー、さすがはあの人の弟子。気合入ってますね。頼りにしてますよ?」
「ええ、任せて下さい。何せ私は――フロル・ファントム・クリマアクト師の一番弟子、ジルロット・トライフォースですからね」




