第1話 彼らの学園デビュー(前編)
「兄さんと2人きりで登校。ああ、なんて素敵なんでしょう……。しかもこれから毎日だなんて!! ふふ、ここへ来て本当に良かったです」
妹と肩を並べて登校。
一緒に歩いているだけで嬉しそうに笑うククルを見ていると、この笑顔の為だけでもクロスセブンに来たかいがあると思える。
俺は4年間ほとんど家から出ない生活を送ってきたため、ククルには兄貴らしいことを全くしてやれなかった。だからここでは今までの埋め合わせが出来ればなと思っている。その結果、俺への行き過ぎた感情がさらに悪化したとしても……まぁしょうがない。そん時はそん時だ。
「あとは寮さえ離れていなければ完璧なのですが……そこは妥協しましょう。メリハリは大事だと書かれていましたし、いざとなれば侵入すればいいだけですしね」
「やるならバレないようにな」
男子寮の警備はザルだからそんなへまはしないだろうけど。
男子寮の掟として『自分の身は自分で守れ』というものがあり、その所為で警備員の類は1人もいない。もちろん王族関係者から文句が出たみたいだが『自分たちで護衛を雇え。嫌なら来るな』と一蹴されたという。
そのくせ女子寮の方は鉄壁の守りが敷かれており、ギルドから優秀な女性を、周囲には精霊による見回り&見張り、さらには土の大精霊による不審者撃退ゴーレムが複数体配備されているらしい。
あまりの不公平っぷりに何だか笑えてくるくらいだ。
「――ん、そう言えば寮の方はどうなんだ? 相方とは上手くやっていけそうか?」
女子寮の方も相部屋なのは変わらない。
ククルは人付き合いが得意な方じゃないから少し心配だ。
「はい、大丈夫だと思います」
「どんな子だった?」
ククルをよろしくお願いしますと挨拶した方がいいかな。
うん、行くなら手土産の1つでも持っていくのが礼儀というもの。好みの物とかわかればいいんだが。
「キツネ耳タイプの獣人でした。名前はネル、だったような気がします。自己紹介ぐらいしかまともな会話はしてないのであとは分かりません」
「それは大丈夫って言えるのか……?」
一晩過ごして自己紹介だけって、いろいろ不安になってくるじゃないか。
「ただ無口なだけだと思うので問題ありません。言葉は交わさずともコミュニケーションはとれていますし、きっと相性はいい方なんじゃないかと。――それに私より弱いですから虐められる心配はありませんよ?」
「……そうか。ま、仲よくな」
やはり一度挨拶に行った方がいいな。今度ククルには内緒で訪ねてみよう。
「ふふ、気にしてくれるのは嬉しいですが、兄さんは人のことよりも自分を心配した方がいいと思います」
「んん? 何で?」
「自身の格好をよく見て下さい」
しょうがないですねーと言いながら、俺の目の前に水でできた姿見を出現させた。
そこに映っているのは、肩まで伸びた銀髪(毛先は黒)に翡翠の目の美少女が、ブレザータイプの制服に身を包んでいる姿。
「うん、男装の麗人って言葉がぴったりだ」
男物の制服を着ているのに滲み出る女らしさよ。やはり俺の可愛さは隠せるもんじゃないな。……んー、でも俺の今の身長は162cmだから男としてはもっと背が欲しい。まだ成長期のはずだからこれから伸びることを祈ろう。
あ、あと髪ももっと伸ばしたいな。そうすればいろんな髪形が楽しめる。ツインテールにおさげ、ポニー、ツーサイドアップやお団子、縦ロールなど試してみたいものはたくさんある。
ちなみに今日は入学式ということで真面目っぽいストレートを選んだのだが……せっかくの門出なんだしもう少し派手な髪形にしてもいい気がしてきた。……今から戻れば間に合うか? いや、そんな時間はないな。くそっ、せめて髪留めくらいは持ってくるべきだった……!!
「ほら兄さん、悔しがっている場合じゃありませんよ。どうやら“歓迎”があるみたいですから」
「お?」
学園まで目と鼻の先というところで、目的地から男が近づいてきた。
怒ったような顔をしたそいつは俺達の前まで来ると止まり、俺を睨みだした。
「お前か。入学早々、規則を破っているバカは」
「はあ……。何のことです?」
偉そうな言動から察するに先輩か。
左腕には『粛正会』と書かれた腕章をつけているし、生徒会とか風紀委員のような存在なのかも。
だが生憎と規則を破った覚えなどない。とんだいいがかりだ。
「とぼけるな!! その格好はなんだ。女のくせに男物の制服を着ているじゃないか!! とっとと着替えて来い!!」
あぁなるほど、昨日と同じパターンか。
「もう、先輩ったら俺が可愛いから女だと思っちゃったんですか? やだなー、美少女だなんて照れるじゃないっすか。――でも俺は男ですからね? ほら、学生証にもちゃんと男ってなってるでしょ?」
昨日、受付のお姉さんから発行してもらった学生証を見せる。この学生証には身分証の意味も含まれているから、こういう時には便利だ。
「……」
「兄さんはちゃんと男ですよ。私も保障します」
「妹もこう言ってくれているわけですし、もう行ってもいいですよね?」
やっぱり髪形を変えたい。ククルなら髪留めの予備を持っているだろうから、借りていろいろ試そう。そのためにはこんな所で時間を食っている場合じゃない。さっさと学園に行かねば。
「待て!!」
先輩の横を抜けようとしたら、立ち塞がって来た。
……しつこいな。
「さてはお前、学生証に細工したな? あるいは盗んだか。どちらにせよ犯罪の疑いがあることは確かだ。おい、そういうわけだ。事情聴取をするから付いて来い」
そう言って腕を掴んでこようとしたので、ひょいと避ける。
「だから俺は男だって言っているじゃないですか。これ以上は時間の無駄ですよ。それとも新手のナンパですか? 残念ですが俺にそっちの趣味はないのでお断りさせてもらいます」
「兄さん、構うことはありません。こういう方は口で言っても分からないんですから、手っ取り早くやってしまいましょう」
いや、それは強引すぎるから。
「ほう、あくまで抵抗する気か。ならば多少の怪我は覚悟するんだな……!!」
あーあ、向こうさんはすっかり戦闘モードに入っちゃったよ。
野次馬の皆さんも集まって来たし、目立ってるな俺達。容姿関連でトラブルが起きることを覚悟していたが、学園の敷地に入る前からこんなことになるとはさすがに思っていなかった。
可愛すぎるというのも考えものだな。
ま、しゃーない。こうなったらとっとと逃げるとするか。大人しく付いて行っても碌なことにはならないだろうし。
よしそうと決まれば――。
「朝からいったい何の騒ぎだ」
「およ?」
「誰だ……っは!?」
「きゃあー兄さん助けて下さいー」
俺達の間にいきなりしぶいオッサンが現れた。
2mはありそうながっしりした肉体に、こげ茶色の髪をオールバックにした強面。纏っているオーラが半端ないので只者じゃないことは分かる。
でも敵意は感じないから、ククルはそんな棒読みの悲鳴を上げて俺に抱きつかなくてもいいと思う。
「ボボンボ様!? 入学式の準備をされていたのではなかったのですか!?」
ボボンボ……? 何故だろう、そこはかとなく漂う名前のダサさには覚えがある。
「その名で呼ぶなと言っているだろ。学園長と呼べ」
「す、すみません……!!」
「い、今、学園長って言ってたよね!? じゃあ、あの方が――」
学園長。そうかこの人が土の大精霊ボボンボ。スイレンと同じ7大精霊の1人にしてユノトリア高等学園のトップ。そして“守護精”の異名を持つベルダッドの英雄。
2年前の襲来戦争で水獣から都市を守り抜いた話は今なおベルダッドでは人気を博している。あの国で土の精霊を悪く言おうものなら非国民とされ、国外追放を受けるくらいにはな。
周りも学長の登場にざわめき出している。
「お初にお目にかかります学園長。私はジル・クロフト。今日から学び舎にてお世話になる新入生です。どうかよろしくお願いします」
「ククル・クロフトです。兄ともどもよろしくお願いします」
人気云々を抜きにして7大精霊を相手に礼を欠くマネをすれば常識を疑われる。ここはちゃんと挨拶しておかねば。
「ジル・クロフト――。なるほど、お前が例の……」
値踏みする様に俺を観察してくる学園長。
うへー、威圧が凄いなおい。
「こいつを知っておられるので!?」
「……だいたいの事情は分かった。ジルにククル。もう行っていいぞ」
先輩の質問は無視し、あっさりと許可をくれた。
「なっ――!? お、お待ちください!! 妹の方はいいとしても何故こいつまで通すのですか!? 明らかに女ではありませんか!!」
「そいつは男だ。見た目でしか判断できんのかお前は?」
「そ、そんな……」
信じられないといった表情で固まる先輩。
ふむ、これにて解決かな?
「じゃあ、俺は行かせてもらいますね」
挨拶もそこそこに学園へと向かう。
学長とはまた時間がある時にゆっくり話せばいいだろう。別に用はないけど。
そんなことよりも今は一刻も早く髪型を変えたい。しょうもないトラブルに巻き込まれ時間を浪費してしまったが今からでも間に合うはずだ。
「そうだククル……ってあれ?」
学園の門を通過し、髪留めの件を聞こうとしたらククルがいない。
…………。
まさか。
慌ててさっきの場所まで戻る。
すると先ほどよりも野次馬が増えており、歓声や悲鳴が入り混じった声が上がっていた。
「やっぱり……」
中心にいたのは優雅に一礼しているククルと、白目を剥いて倒れている先輩。
「ああ、兄さん。きちんとこの礼儀知らずをブチのめしておきましたよ」
頭が痛くなってきた……。
たぶん俺に突っかかったことの謝罪を要求、相手側が切れて襲い掛かって来たので意識を奪った、とかだろう。
あーあ、こんな『粛正会』なんていかにも面倒くさそうな名前の組織に手を出しちゃって……。
何で止めなかったのかと隣でくつくつ笑う学園長を睨む。
「フッ、そんな顔をするな。アレは双方の合意のもと行われた決闘だ。俺がでしゃばる場面じゃなかった。もし、どうしても誰かの所為にしたいのなら妹から目を離した自分を恨むんだな」
それだけ言うと、倒れた先輩を担いで学園の方へ去っていってしまった。これを合図に野次馬の生徒たちも散り散りに。
――こうしてククルは後に、記念すべき入学初日を最も騒がした4人のうちの1人として数えられることになるのだった。




