エピローグ 2人の会話
あれからひと月ほど経った。
相変わらず俺はベッドの上で1日の大半を過ごす生活を送っている。バルディアにやられた傷もそうなのだが、何よりもクロリアに移植された左腕の拒否反応が凄まじく、いつの間にか痛みで気絶。気づいたら3日後、なんてことも珍しくない状態だ。
メルフィの血も問題こそ起こさないがやはり俺の体に馴染まず、傷の治りを遅らせている要因らしい。このままだと1年はベッド暮らしでしょうね、とはスイレンの談。
体に爆弾を抱える形になってしまったが、俺は別にあの2人を恨んじゃいない。
本気で命が助かっただけラッキーだと思っているし、間違っていたとは言え自分の一部を譲渡してくれた2人には感謝すらしている。
それに何よりも、先日謝りに来た2人を見たら責める気なんて起きる筈がない。メルフィはビクビクしながら震える声で「役に立てなくてごめんなさい」と謝り、クロリアも「私に非があったと認めないこともないかもしれないぞ?」とあいつにとっては最大級の謝罪の言葉をした(ちなみにクロリアの左腕はすでに生えていた)。
俺はそんな2人を前にして強がりではなく心の底から「ありがとう。お前達のおかげで助かったよ」と礼を言ったのだが……そこから先の記憶はない。メルフィが俺に抱きつき、その衝撃で昏倒したのではないかと踏んでいるが真相は未だに不明。あれ以来2人は姿を見せていないからな。
変に気にしてないか心配ではあるが、スイレンは大丈夫だと言っていたのであまり考えないようにしている。
「……スイレン。スイレンか」
彼女には世話になりっぱなしだ。
いろいろと忙しいだろうに、毎日俺の所に来ては体調がどうか診察してくれる。それだけでなく、家族には俺の怪我が魔物によるものだと説明し誤魔化してくれたし、毎日の食事だって彼女が用意してくれている。さらには俺の回復が少しでも早くなるようにと、クロフト家の周りの空気をきれいにしてくれているそうだ。
本当にスイレンには頭が上がらない。
前世の俺だったら間違いなく惚れているところだ。……でも不思議と今の俺はそういった感情は抱いていない。彼女も俺をそういう目で見ている感じじゃないし……果たしてそれは俺がまだ子供の体だからか、それとも何か他の要因があるのか。
「ま、いずれにせよお返しとかは考えた方がいいんじゃない?」
「――」
何時の間にやらベッドの上に1人の女が腰掛けていた。
今は真夜中。周囲の物はぼんやりと輪郭が分かる程度なのに、彼女の姿だけははっきりと捉えることが出来る。
「――フロルか。そろそろじゃないかなとは思っていたよ」
「こんばんはジル。こうしてお話しするのは初めてね。……ふふ、何だかドキドキしてきたわ」
フロルと向かい合っての会話。
言いたいことは山ほどあるのに、何から言えばいいのか分からない。
「…………そうだな、まずは礼を言っておこうか。クロリアのあの空間から出してくれてその……ありがとな」
あのままずっと閉じ込められていたら俺はこうしてここにはいなかっただろう。
フロルの正体を思えば礼なんて言う必要はないのだが、それでも感謝くらいしても罰は当たらないはずだ。
「あらあら、最初がそれなの? 悪くない選択だけど、ベストとも言えない中途半端なやつを選んだわね」
「うっせぇ」
「ま、せっかくだしありがたくそのお礼を受け取っておきましょう――と、言いたいところだけどアレは私じゃないわよ」
「マジで……?」
え、嘘……。
じゃあアレは誰だったんだ?
……考えろ。
あの場にいて、あんなことが可能な人物はフロルとクロリアしかいなかっ……た――いやもう1人いた……!!
「そう、メルフィよ。あの子が最後の力を振り絞ってあの空間から脱出させてくれたのよ」
「で、でも何故フロルの声であんなことを?」
素直に教えてくれればよかったのに。
「バカね……。そんなの貴方に余計な心配をかけたくなかったからに決まっているじゃない。あそこでメルが正体を出したら貴方は絶対に心配するでしょう? 『体は大丈夫なのか!?』とか言ってね。戦いに集中させるためにわざと私のマネをしたのよ。……はぁ、こんな簡単な乙女心も分からないなんて……。だからモテないのよ」
「悪かったなモテなくて」
「自分のことで精一杯なジルは気付いていないでしょうから、ついでに教えて上げるわ。貴方はあの戦いで最低2回はメルに命を救われているのよ」
2回……?
1回は空間からの脱出として、あと1回は?
血を分けてもらったことか?
「そう、1回はあの脱出について。もう1回は――時系列順だと前後するけど――ジルがバルディアに初めて攻撃を食らった時よ。頭を鷲掴みにされて食らったアレね。貴方はあの攻撃でメルも一緒にダメージを負ったと思っているのでしょうけど、真相は違うわ。魔力のたんまり籠った蹴りから貴方を庇ったのよ。そして庇いきれなかった分のダメージで貴方はボロボロになってしまったと」
「――」
絶句してしまった。
メルフィ……何が『役に立てなくてごめんなさい』だ。俺の方が足を引っ張りまくっているじゃねぇか。
「メルにとって貴方は守る対象なのよ。その対象を戦わせる破目になり、ましてや瀕死にまで追い込んでしまったから悔しくて情けなかったんでしょう。……ふふ、あの子はきっとこれからもっと伸びるわよ」
恥ずかしい。
自分ではあの戦いを上手くやれたと思っていたことが堪らなく恥ずかしい。
まさか守られていたことにすら気づかないなんて……!!
「さてと、ここで再び問うわ。貴方は本当にこれからも戦い続ける気があるの? 今回は様々な要因に助けられ、運よく生き延びることが出来たけど、次からはそんな甘くないわよ。貴方だってバルディアの本当の実力くらいは分かっているんでしょ? それでも戦いの道を選ぶわけ?」
……バルディアの実力、か。
あの時は自分を騙していたが、奴の力がクロリアを遥かに上回っていることは知っている。もし今、万全の状態の奴と俺が戦えばあの体内ミキサーで瞬殺されるだろう。
「それでも……それでも俺は戦う道を選ぶ……!! 嫌なんだよ……。俺の知り合いを自分の様な目に遭わせるのは……。だから絶対に皆は俺が守ってみせる……!!」
皆が無事なら何度だって今回の様な目に遭ったって構わない。
「それがどういうことか分かってる?」
「ああ、能力なしでお前の領域まで至るってことだろ。やってやるよ」
バルディアを倒すならフロルくらいの実力がないと不可能だろう。
まさか俺がフロルを目標にする日が来るとは思っていなかったがなに、わかりやすい目標がいてよかったじゃないか。
「――ふふ、そうこなくっちゃ。……良かったわそう言ってくれて。万が一『僕には出来ましぇ~~~ん!!』とか言うようだったら――殺していたわ」
「……はは、そんなこと出来ない癖によく言うぜ」
「あら、本当に出来ないと思って? その根拠は何かしら?」
瞬間、殺意が部屋を充満していく。
ふん。
「お前は俺が『異変解決を放棄しないように』『能力や魔法を悪用しないように』というお目付け役であると同時に、誰にも『縛られず』『媚びず』『負けない』……俺がそう在りたいと願う目標を体現化した存在。つまり俺の監視役と理想の自分をごちゃまぜにした第二人格的存在、それがお前だ。……まぁ、成り行きで性格は女にしてしまったがな」
「……何故殺されないかの理由は?」
「お前は正当な理由もなく俺に直接害を与えることは出来ないからさ。それが分かっているからこそ今まで放って置いたんじゃないか」
もし俺がフロルに殺されるとしたら、それは死んだ方が俺の為になるって時だけだ。
「……ふ、30点ね。どうやらまだまだ私のことを理解していないようだけど、一応合格をあげる。その調子で頑張りなさい」
張りつめていた空気が一気に弛緩していく。
「低いなおい!?」
あと何でそんな偉そうなんだよ。こんな奴が理想とか……俺は何を考えていたんだか。もはやフロルは俺の黒歴史そのものと言っても過言じゃないかもな。
「いい、私はしばらく眠っていてあげるから本気で頑張りなさいよ?」
「――ああ」
だが、フロルがいて助けられたことも事実。
「それじゃあ、私が眠るまで話に付き合いなさい。……そうそう、“解放”とかいうアレについて話しましょう。なかなか興味深いじゃない」
だから礼代わりに会話くらいは付き合ってやろうじゃないか。
「“解放”によって今まで存在を感知できなかった数多の精霊達が姿を現すようになったんだってな。おかげで街には精霊が溢れ返っているよ。たびたびちっこい精霊が部屋にも来るし……。確かに世界の常識は大きく変わるかもな」
「でしょうね。何でも――」
こうして俺とフロルは時間を忘れて明け方近くまで会話を楽しんだ――。
これにて一旦終了です。
今までお読みいただきありがとうございました。
今後については活動報告に記載する予定なので、興味のある方はどうぞ。




