第43話 神、再び
「いやぁー、よくやってくれたわね!!」
気付くと神殿みたいなところにいた。
そして目の前には興奮気味の女性が。
「誰ですか貴女。ここはどこ――あれ? 見覚えがある、かも?」
この無駄に荘厳な神殿。結構前に来たことがあるような……。
「もう、忘れちゃったのー? ここは『領域』よ。ほら、前に一度死んだときに来たじゃない」
っ、そうだ!! 前世で死んだ時に来た場所だ!! この場所で神様に頼みごとをされたんだったよな。
うんうん、懐かしいな。
「――え、ということは……」
自分の身に何があったのか思い出してきた。
確か俺はバルディアと殺りあって……。やはり俺は死んだのか……?
「あー、違う違う。まだ死んだわけじゃないわ」
「まだ?」
「ジー君は今、生と死の狭間を彷徨っているの。どっちの運命に傾くか分からないくらい不安定な状態」
半死半生か……。
複雑だが、死を覚悟した身としては死んでないと分かっただけでも感謝しなくちゃいけないのかもな。
「――いや、そんなことよりもあの後どうなったんですか!?」
奴らの襲撃は終わったのか?
都市は無事なのか?
「安心して。あいつらは尻尾を巻いて逃げ出したし、各都市に現れた魔物も一部を除いて精霊の華麗な活躍によって殲滅したわ」
「よかった……」
ホッとしたわ。
「あー……それで貴女は?」
真っ白なドレスに金髪、頭の上には光る輪っかが浮いている。
いかにも天使とか女神ですって感じだけど、俺が前に会ったのはおじいさんの神様だったよな。あの人はどうしたんだろう。
「私はね――え、嘘、言っちゃダメなの? いいじゃないそれくらい。……あー、はいはい分かったわよ。言う通りにしますよ。……ジー君。私は神よ!!」
「なるほど、そうなんですか」
いきなり虚空に話しかけたかと思ったら、勢いで誤魔化すように神だと宣言した。目が『これ以上は聞かないで』と訴えていたので素直に納得したふりをしておく。
神様もいろいろと大変なんだろう。
「じゃあ、小うるさい奴が見張っていることだし、要件を言っちゃうわね。まずはジー君、バルディアを撃退してくれてありがとう。おかげであの世界に次の戦いへ向けた“準備期間”を与えることが出来たわ」
「次……ですか」
やはりまだ終わらないのか。
お礼の言葉よりもそっちの方がずっと気になる。
「でも安心して。向こうもそんなにこっちと魔界を行き来できないから。バルディアが次に来るとしたら少なくても10年くらいは先のことになるでしょうね」
10年、ねぇ。
決して安心できる数字じゃないな。
「次にそのことでアドバイス。ジー君がもし助かってもローザの力を借りようとか思っちゃダメよ」
「え、何でですか?」
未来が視えるんだし、協力してもらった方がいいと思うが。
「いい、“最善”の未来に辿り着きたいのならローザの言うことなんて無視しなさい。彼女の能力の使い方じゃ絶対にハッピーエンドにはならないわ」
「……詳しくお願いします」
「彼女の【ゲームブック】は未来に起こり得る無数の可能性を覗き見ることが出来る能力。万能にも思えるかもしれないけど、本人の言う通り欠陥もあるの。あれはね、“最善”と“最悪”の未来が視えないのよ。だから彼女が目指すのは常に次善の未来」
次善の未来……。
じゃあ、これまでの流れが全て女王の予測通りなのだとしたら、俺はどこかで選択を誤ったのか? もし間違わなければどんな未来が待っていたんだ? エクトルが道を踏み外すこともカベルが死ぬことも無かったのか?
「数多ある選択肢の中には、次善と最善で大きく結果が異なることがあるわ。今回のがいい例ね。考えてもみて。もしローザがジー君に『バルディアは能力を無効化してくるから、その前に速攻で倒しなさい』とアドバイスしていたらどうなった? あいつを倒せていたと思わない?」
確かにそのアドバイスを貰っていれば、奴を仕留められる確率は上がっていたかも。仮に倒せなくても死の淵を彷徨う破目にはならなかったと思う。
「事前に分かっているんだからジー君に教えてあげればいい。それが最善だと多くの人が思うでしょうね。……でも彼女にはそれが出来ない。何故なら最善と思われる選択こそが最悪かもしれないから。なまじ最悪一歩手前の未来が視えるから余計に無茶をしない。枠からはみ出ずに、視える範囲の結果に収束しようとする。臆病なのよ、彼女は」
最悪を避ける代わりに最善を捨て、次善を目指す。
神様は臆病と言うが、果たして一概に否定していいのだろうか。
少なくても俺が彼女を責めるのは御門違いなんじゃないか?
「あ、もちろんこの場合の“最善”というのはローザにとってよ。だからローザが狙う次善と、ジー君が考える次善は異なっている場合が多いわ。……たぶん」
それなら話は変わってくる。
女王が間違っているとは言えないが、だからと言ってホイホイと従うわけにはいかなくなったな。これからは気を付ける必要がありそうだ。
……まぁ、俺が生き返れたらの話だが。
「ふふ、大丈夫よ。ジー君がこんな所で死ぬわけないじゃない。まだ物語は始まったばかりなのよ。――ほら、言ったそばから」
見ると、俺の体がどんどんと透けていっている。
「ジル・クロフト。これから世界は変革の時代を迎えるわ。かつての常識は覆され、新しい常識が次々と誕生していく。だけど貴方はそれらに縛られることなく自由にやりなさい。なんなら敵のことも忘れちゃっていいわよ。私が許可するわ!!」
「いえ、そんな許可よりもバルディアとか魔界の詳しい情報を――」
「うん、もう時間ね。――さあ、目覚めの時よ。人生を存分に楽しんできなさい!!」
「ちょ……」
光に包まれ、俺の意識はゆっくりと浮上していく――。
「ん……」
「目が覚めたのね!?」
起きると自室のベッドの上。
隣にはスイレンが安堵の顔を浮かべて喜んでいる。
「俺は……どのくらい気を失っていたんだ……?」
「2週間よ。貴方はこの間、何度も危篤に陥ったの。正直、もうダメかもと思ったのも一度じゃないわ。例え助かっても後遺症が残ることも心配していたんだけど、すぐに自分の状況を理解するくらいだから脳にダメージはいってなさそうね。……良かったわ」
彼女の目には薄っすらと涙がこぼれている。
……こういうのは苦手なんだよな。
「心配かけたな。だけどもう――っううう」
起き上がろうとしたら、体に激痛が走った。
「ダメよまだ動いちゃ!! とても体を動かせる状態じゃないんだから。当分は絶対安静よ」
目線を下げれば、体中が包帯まみれなのが見える。
「よく助かったな……」
あの傷でさらにあんだけ血を流して無事って、奇跡ってレベルじゃねぇだろ。
我ながら驚きだ。
つーか、誰が俺をあそこから運んで治療してくれたんだろう?
「治療したのは私。だけど応急処置をしてジルを私の元まで運んできたのはメルフィとクロリアよ」
あの2人が……。
メルフィは分かるがクロリアは意外だ。……ってクロリアは生きていたのか。
「……その、応急処置なんだけどね、あの2人はちょっと最初の方テンパっていたみたいでね、あんまりよくないやり方をしちゃったのよ」
「?」
「まず貴方の左腕が無くなっているのを見て、クロリアが自身の左腕を移植。次いでメルフィが血が足りないと判断するや、これまた自身の血を輸血したの」
……。
「大丈夫なのか、それ?」
「ダメに決まっているわ。普通の人に精霊の血と腕を分けるなんて言語道断よ。案の定、あの子の左腕と体が拒否反応を起こしちゃって大変だったわ。……でも、不思議と血の方はあんまり問題がなかったわね」
え、じゃあ俺の左腕はクロリアの腕なのか!? 今は包帯で見えないが、何か取るのが怖くなってきた。
……それと血のことだが、多分メルフィはフロルの魔力を使って誕生したからその辺と関係があるのかもな。具体的にはどんな因果関係があるのか分からないが、そうとしか説明がつかない。
「そしてここからが大事なの。いい、心を落ち着かせて何があっても動揺しないでね」
「今度はどうした?」
「はい、これを見て」
スッと目の前に鏡を持ってくる。
何かと思い覗いてみると――。
「髪と目の色が変わってる!?」
銀だった髪は黒に。碧眼だった瞳は翡翠色になっている。
それと気のせいか若干、顔つきが女っぽくなっているような気もする。
「おそらく、あの子達の一部を取り込んだからそうなったんだと思うわ。……本当はこれらのことはもっと後に教えようと思ったのだけど、やっぱり早く知った方がいいかなって」
「すぐに教えてくれてありがとうな。体のことは心配しなくていいぞ。命が助かっただけでも儲けもんさ」
死ぬことに比べりゃあ、どうってことない。
銀髪は気に入っていたから黒になってしまったのはちょっと残念だが、能力か何かで染めれば――能力!?
「どうしたの? やっぱり気に入らない?」
「いや、そうじゃない。……よし、能力は使えるようになっている!!」
バルディアと離れたおかげなのか、時間経過によるものかは知らんが能力は元通り使用可能みたいだ。これで怪我もすぐに治せる。
じゃあ早速――。
「待ちなさい」
「ん? どうした?」
「確認したいことがあるわ。ジルはこれからも戦い続けるつもりでいるの? また似た様な目に遭うかもしれないわよ? ううん、それどころか次は本当に死んでしまうかもしれない。それでもまだ戦う気はあるの?」
「ある」
即答する。
考えるまでもない。
「ここで止めても誰も責めないわよ?」
「……戦いの最中、一度は折れかけたが俺は決めたんだ。とことんやってやろうってね。戦いに決着がつくか、俺が死なない限りは戦いに身を投じるつもりだ」
「そう……。なら能力で傷を治すのはやめておきなさい」
「え?」
何でそうなる?
「だいたいの事情は聞いたわ。敵の中に能力を封じるやつがいたんでしょ? なら他にもいてもおかしくないわ。そいつらと戦闘中に治した傷を元通りにされたらどうするの? 一巻の終わりじゃない」
ああ、そういうことか。
「それなら大丈夫だ」
もし【自由自在】に関する全てのことを無効化できるなら、あの時エクトルにやられた傷が復活していたはずだ。そうならなかったということは無効化にも限界があるということ。だからこの傷も治して問題ないだろう。
「でも次も必ずそうだと言い切れる?」
「うっ、それは……」
「今回はそれくらいしか出来なかったとしても、次会う時に改良されていないという保証はある?」
「……ない、かな」
「でしょう? だからその怪我は能力を使わずに自然に治しなさい。完治するまでは体を弄るのもダメ。フロルに交代するのもなしよ。そうね……精霊の遺伝子を取り込んでしまった影響が出ないかも注意しないといけないから、数年は能力の使用禁止ね」
数、年……?
「それは――ぐうう……」
思わず起き上がろうとして体に痛みが……!!
「ジルの気持ちは分かるつもりよ。ティリカやアリサ。弟子の面々が気になるのでしょう? でも会うのは我慢しなさい。まずは自分の体を治すことに専念するの。貴方のご家族だって物凄く心配しているんだし、一日でも早く治して安心させてあげなさい」
「……分かったよ」
卑怯だ。
家族のことを出されたら頷くしかないじゃないか。
「貴方が療養している間は、あの子達の面倒は私がしっかりと見ておくから心配しないで。どこに出しても恥ずかしくないよう、立派に育てて見せるわ。次に会うのを楽しみにしていなさい」
「はは、そりゃあ今から待ち遠しいわ」
「ふふ。――さてと」
スイレンがゆっくりと立ち上がった。
「行くのか?」
「ええ、貴方が目覚めたことをご家族に教えないと。でも面会はなしね。今日は目覚めたばかりなのに調子に乗って話しすぎちゃったもの。もう休みなさい」
「そうか残念だ……」
部屋から出ようとするスイレンを目で見送る。
するとドアの目の前まで行ったのに、急にこちらへ戻ってきた。
「そうだ、大事なことを忘れていたわ。ジル、お疲れ様。良く頑張ったわね。――ん」
ほっぺにキスをされた。
「――」
「じゃあ、また」
呆けている俺を置いて今度こそ出て行ってしまった。
「あー……」
顔が熱い。
どうやらしばらくは眠れそうにない。




