第41話 歪なトライアングル
「お前を苦痛に歪ませてヤルヨ!!」
どうする……どうするどうする!?
体はボロボロで満足に動かない。能力は使えない。助けも期待できない。魔力だけは十分にあるが、クロリアを退けられるかは分からない。いや、例え上手く事が運んだとしてもこいつに時間をかければ間違いなくバルディアに見つかる。戦うなんて論外だ。
じゃあ、クロリアにバルディア討伐の協力を頼むか? ……ダメだ。コイツの性格からして協力してくれる可能性は限りなく低い。交渉もなしだ。
くそっ、何でこいつはこんな時に……!! だいたいどうして俺のことを知っているんだよ。俺とは面識がなかったはずなのに。……こうなったら白を切ってやりすごすか。
「おい、誰かと勘違い――」
「ふん、いまいち手応えが無いと思ったらやはり生きていたか。意外にしぶといな」
背筋が凍りつくような感覚に襲われた。
もう見つかったのか――。
「……で、見慣れぬ奴がいるが誰だ貴様。小僧の助っ人か?」
「クク、逆ダ。私はコイツを苦シメに来タ」
「そうか。だが我も小僧に用がある。引っ込んでいろ」
「オイオイ、バルちゃんよー。コッチは2年以上も前カラ待っテいるんだゼー? オ前ガ消えナ」
「……」
「……」
両者の間に剣呑な雰囲気が漂うのを感じる。
これは……もしかしてチャンスか? こいつら同士で戦わせれば逃げるチャンスが生まれるかもしれない。
「ヤメだヤメ。オ前と争いに来タんジャナイ。ドッチが殺ルかは本人に決メテもらうとシヨウ」
「よかろう。それで妥協してやる。……では小僧よ。どちらに殺されたいか言ってみろ。最後だ。それくらいの願いは叶えてやろう」
――逃げるという選択肢は完全に潰された。この2人から能力もなしに逃げ切るなんて不可能だ。走り出した瞬間に消し炭になる未来しか浮かばない。
ならどちらかと戦うのか? 勝ち目なんてあるのかさえ分からないのに?
「くく、迷っているのか? では1つ約束してやろう。我を選べば一撃で楽にしてやる」
「クク、私ヲ選べば生キテイル時間は延びるガ、ソノ間は苦痛にモガキ続けるコトになるゾ」
どうする……どっちがマシだ?
クロリアを選んで少しでも長く生き延び、助けが来る可能性に賭けるか?
それともいっその事バルディアに苦痛を感じる間も無く一瞬で――。
……そうだな、そうするか。もう終わりにしてもいいよな?
俺はもうあの5人組を倒したんだし、もう十二分に世界に貢献しただろう。それに来る日も来る日も続けていた魔法の練習や、世界の命運がどうたらこうたらとかで気苦労が多くて疲れてたから丁度いい。そろそろ幕引きといこう。
バルディアのことは懸念材料だが、そこは“解放”をするというスイレン達に任せれば大丈夫だ。きっと虫を払うように簡単に倒してくれるさ。
あー、そう考えると気持ちが楽になるな。重責から解放された気分だ。
つーか俺は何でこの世界の為に戦おうなんて思ったんだろうな。神にちょっと頼まれた程度なんだし命を懸ける義理も義務もないだろう。むしろ俺は良くやったほうさ。逆に頑張り過ぎていたくらいかもな。もうちょっと肩の力を抜いておけばよかった。ま、今さら遅いがな。
さてと、じゃあ結論も出たことだし終わらせるとしますか。
痛む体に鞭を入れてゆっくり立ち上がり、バルディアの方へと向く。
最後くらいはしっかりしないとな。
「決まったか」
「バルディア、あんたに――熱っ!?」
「む?」
「オヤ?」
何だ? 胸の辺りが急に熱くなったが……。
熱くなった箇所に触れてみる。すると何か硬い物に手が触れた。これは――。
熱を放っていたのは剣を象ったアクセサリー。アリサが俺にくれる筈だったのをフロルに貸した物。何故これが?
……はは、もしかして俺に諦めるなと言っているのか?
「どうした。何故泣く?」
「ソンナに死ヌのが怖いカ?」
頬を涙が伝うのを感じる。
ああ、そうだな約束したもんな。このアクセサリーを返すって。本当はフロルとした約束だが、俺にも関係はある。約束を果たすためにもこんなところで諦めている場合じゃない。
――いいぜ、とことんやってやろうじゃないか。
「ククク、まだカ? ソロソロ飽きてキタぞ」
「決められぬと言うのなら――」
「引きこもり女と新参キャラが調子に乗るなよ……!! 来い!! お前ら如き別々に戦う必要もない。2人まとめて相手してやる!!」
気力と魔力を全身に漲らせ、啖呵を切る。
「ほう」
「ヘェ」
決して自棄になったり勢い任せに言ったわけでもない。勝算があってのことだ。
今の俺には連戦する体力も魔力も無い。なら始めっから2人同時に相手をしてしまえばいい。その方が少なくても魔力の節約になる。それにあの我の強そうな2人のことだ、連携なんて取れるはずがない。お互いがお互いを邪魔し合うに決まっている。俺はその隙を突いていけば、1対1で戦うよりも上手くやれるはず。
一見、最悪の選択肢に見えるものこそが実は最善。
……分かっている。それでも勝算なんて1%もないことを。
だが諦めてたまるか!! 俺は勝つ為に、そして生き残る為に最後まで足掻き続けてやる!!
「さあ、かかって来い!!」
「くくく、くはははははははははははははははははは!!」
「アハハハハハハハハハハハハ!!」
「何がおかしい?」
こっちは準備万端だと言うのに。……いや、今がチャンスだな。魔力を練っておこう。
「聞いたか引きこもり女よ!! こやつの宣戦布告を!!」
「バッチリとな新参君。ドウヤラ私達に勝つ気ラシイゼ」
「力に溺れるガキかと思えば、いっぱしに覚悟だけはあるようだ」
「クク、ソレでコソだ」
「しかし困った……。その様な覚悟ある者、それも瀕死の小僧を相手に二人掛かりとは我の主義に反する」
「ダガ私は譲ル気はナイゼ。オ前もダロ?」
「うむ。……ではどちらも譲る気がないのなら仕方ない」
「アア。マズハ……」
「貴様が消えろ」
「オ前が死ネ」
なっ――!? こいつら、お互いで戦い始めやがった!!
俺の目の前で魔法の応酬をしている。
最初に願った通りの展開になったが、どうする?
「クク、そういうワケでオ前の出番ハもう少シ先ダ。ソレまでソノ中に入っテロ。『ディメンション・ホール』」
「うおっ!?」
いきなり足元に穴が現れ、俺は抵抗する間もなく穴へ落ちていった――。
さて、これでジルはしばらく安全だろう。あの空間は私が解除するか死ぬかしない限り出ることは無理だ。クク、これで気兼ねなくバルちゃんに集中できるな。
「ふん。やはり小僧の助っ人ではないか。最初からその気だったな?」
「ソレは違うナ」
初めは割とマジで痛めつける気満々だった。能力も使えず体もボロボロ。正に絶好のチャンスだったからな。だが、バルちゃんが来た時点で考えを変えた。
もしアイツが私に命乞いや助けを求めるようなことをすれば遠慮なく殺し、私の期待通りの奴であるならば助太刀してやろうと。そして見事ジルは私の期待に応えた。絶望的状況に立ってなお、それを打ち破ろうとする姿勢を見せた。
「クク、要スルにアイツの行動に心打タレタってわけサ」
「まぁいい。どうせ貴様も殺すつもりだったしな」
「クク、随分と強気ダナ。ソコマデやる気がアルなら何故サッサトこの世界を落トサナイ。お前達ナラすぐにデモ出来るダロウ? ……ソレトモ本当の狙いは違うのカナ?」
「……」
私が知っている限りでは、少なくても200年以上前からユピアーデは何者かに干渉を受けていた。もしそれがこいつらの所為ならば、少し時間をかけすぎだろう。こいつ1人で簡単に国を滅ぼせそうなのに何故魔物なんて使ってのんびりとやっているのかねえ。
まるでそう簡単に滅ぼしてはいけないみたいじゃないか。
「……分からんな。それだけの慧眼をもっていながらどうしてあんな女装趣味のロリコン男なんぞに肩入れする。多少の覚悟があることは認めてやるが、貴様のような奴が命をかける程の存在なのか?」
なんだ教えてくれないのか。別に私には関係ないから構わないがな。
それよりも今の発言の方が気になる。
「アイツがロリコン男? 何故ソウ思う」
ジルに女装趣味があることは、フロルからジルに変わったところを見たこいつなら分かるだろうが、ロリコンはどこからきた。
「簡単なことだ。奴が握っていた物を見ただろう? あのアクセサリーを握ってから奴の目の色が変わった。おそらくアレをくれた人物のことを思い出したのだろう。では誰から貰ったか? それはあの安っぽさから大人ではなく同世代程度の子供から貰ったと推測出来る」
「ソレで?」
「だが、あの小僧は見た目通りの年齢ではあるまい。かと言って子供を作れるほど体は成長していない。すなわち奴の子供ではない。――これらの情報から導き出されるのは、奴が他人の子供を心の支えにしているロリコンということ。……ショタの可能性も一応あるがな」
「ナルホド……!!」
かなり強引だが説得力はある。
確かにジルには世話をしている双子の姉妹がいる。何故血も繋がっていないのに面倒を見続けているのかずっと疑問だったんだが……アイツがロリコンだったからか。てっきり娘の様に思っているのかと勘違いしていたぜ。
クク、納得納得。
「ヨシ、礼代わりに何故ジルの味方ヲするカ教エテやるヨ」
――フロルに制約をつけられてから一月後。傷の癒えた私はフロル攻略の為に観察を始めることに決めた。そして観察一日目にして、いきなり奴の正体を知ることになる。
フロルがいきなり男のガキに変化したのだ。初めは驚きつつもフロルが子供の真似事をして遊んでいるのかと思った。だが、観察を続けるうちにそれは違うと気づいた。フロルではなく実はジルこそが本体なのだと。
この時点で私の興味はフロルからジルへと移る。
あんなガキがどうして私を倒せるほどの力を持っているのか、また何を考え、何をしようとしているのか気になったからだ。
疑問は毎日観察していくうちに少しずつ解消していき、一年経つ頃にはほとんどの事情を把握するまでになった。すると私は自分の中の変化に気づく。
一日中ジルの事ばかり考えているようになっていたのだ。
腕をもいだら悲鳴を上げるのか。私を攻撃する時はどんな顔をするのかといった、私にとって普通のことから、ジルと会話するときは何を話そうか、一緒に食事をするのも悪くない、急に抱きついたら驚くか、といった頭がお花畑みたいなことまで実に様々な考えが頭の中をグルグルとな。
今までにない変化に動揺した私は、必死にこの感情の根源を探ったさ。そして出した結論が――。
「私はジルの事が好きにナッタんジャないカ? ってコトだ」
「……」
受け入れるのには時間がかかった。なんせ一般的には好きという感情と傷つけたいという感情は相反するものだからな。だが異端児と呼ばれる私だ。そんな一般論なんて当てはまるわけがない。
殺したいくらいに好きなんだという境地に自力で至ってやった。
それからは戦いを挑むことなんて止めて普通にジルに近づこうかとも考えたが、そう簡単にいままでのやり方を変える気にはなれなかった。それにまだジルとどういう関係になりたいのかあやふやだったしな。
だからまずは予定通り全力でジルを殺すつもりで挑んでみよう。
「ソウ心に決メ、今に至るってワケだ」
「なるほど。……悲しいな」
「ア?」
「これから片思いの乙女を殺さなくてはならないかと思うと、胸が張り裂けそうになる。……だが安心しろ。貴様の悲恋は我が魔界全土に演劇で広めてやろう。タイトルはそうだな、『ストーカーの末路』でどうだ? さぞや爆笑物のコメディに仕上がるぞ」
「……ドウヤラ休憩はイラナイみたいダナ」
出血こそないが、こいつが実は瀕死なことには気づいている。立っているだけでも辛いはず。それだけフロルの攻撃が強烈だったということ。そんな気配を微塵も見せないこいつもこいつだがな。
クク、フロルもバカな奴だ。もう一回あの攻撃をしていれば、こいつを殺せたかもしれないのに。
「ふん、もう負けた時の言い訳を用意しているのか? どうせ結果は変わらんのだ。そんなことをする必要はないぞ」
会話も飽きたし始めるか。
「じゃあ遠慮ナク――深淵ニ眠ル常闇ヨ 主ノ求メニ応ジ目覚メロ 敵ハ強大 故ニ遠慮ハ無用 狂気ト歓喜ヲ礎ニ全テヲ喰ラエ『ペネトレイト』」
「……くく、くははははははははははははははははははははははははははははは!! 何だそのクソポエムは――ぐはっ……!!」
魔力が大量に込められた闇の槍が奴にモロに当たり、血の塊を吐き出す。
貫くつもりで放ったのに刺さりもしないのか。さすがに硬いな。まあ、かなりのダメージを与えたからいいか。……いろいろと納得いかないがな。
「うぐっ……恐ろしい戦術だ。まさかあんな恥ずかしいポエムを唱えて我の笑いを誘ってくるとは」
「ムカつく野郎だなオイ。ソコマデ言うナラお前はサゾカシご立派な詠唱が出来ルンだろうナ?」
アレのどこが恥ずかしいっていうんだよ。普通だろ。……恥ずかしくないよな?
「くく、詠唱なんぞ時代遅れもいいところだが……よかろう。特別に我の詠唱魔法を体感させてやる」
「ヘェ、ソリャアありがたい。是非参考にサセテもらおうジャないカ」
「――修羅の劫火 永劫の蒼氷 夢幻の雷光 時代を駆けぬけし原初の三よ 今こそ審判の時戦慄を開幕に天地万物を余すことなく呑み込み 資格無き者を無に還せ――煉獄――」
瞬間、思わず身震いしそうになるほどの魔力が周囲を覆い尽くしていく。
これは……なかなかにマズそうだな。
だが、これだけは絶対に言わせてもらう。
「テメェも私と似た様ナもんジャねぇカ!!」
「ああくそっ!! なんだよここ!!」
真っ暗で何も見えず、何も聞こえない空間に閉じ込められてもうどれくらい経っただろうか。一向に脱出できる気配はなく、焦りばかりが募る。
こういう時こそ腰を下ろして体力を回復すべきなんだろうが、今そんなことをしたらせっかくの興奮状態が醒めて動けなくなりそうなので、なるべく体を動かすようにしている。おかげでさっきから無駄に体力を減らしてばかりだ。
しかしだからと言って魔法を使うわけにもいかない。魔力は俺に残された唯一の生命線。脱出の当てもないのに無駄遣いするなんて自殺行為に他ならない。
「つまり、貴方に出来るのは待つことだけ……かしら?」
「誰だ!!」
突然の女の声に辺りを見回すが、相変わらず真っ暗で声の主がどこにいるか分からない。
「まったく、何をやっているのかしらね……。あんな女に出番を奪われるなんて。やっぱり私がついていないとダメみたいね」
待てよ。この声、聞き覚えがある。
そうだ、普段誰よりもよく聞いているじゃないか。
「まさかアンタは……」
いや、そんなはずはない。能力はまだ使えないんだぞ?
「ふふ、余計な話は止め。ここから出たいんでしょう? 出してあげるから早く戦闘準備に入りなさい」
「……OK、頼む」
考えるのは戦いが終わってからだ。
今は自分のやるべきことに全てを集中しよう。
「さ、ちょっと力が足りなくて不恰好だけど出口を作ったわ。突っ込めば外に出られるはずよ」
前方に光が差し込む場所が見えた。アレか。
「それと腕輪は置いていきなさい。彼女の安全を考えるならここがベストよ」
少し抵抗はあったものの、言われた通りにする。確かに外よりはこっちの方が安全そうだからな。
「よし、行ってくるぜ!! ……いろいろとサンキューな」
姿無き者に小さく礼を言い、出口に向かって走り出す。
体調は最悪。けれど魔力と気合は最高。戦うには十分だ。
「絶対に勝ちなさいよジル!!」
背中から声援を受け、光へ飛び込む。
「なに!?」
「何時までも蚊帳の外にしてんじゃねぇぞ!!」
出口の先にいたバルディアに黒槍を思いっきり叩き付ける。
さぁ、決着をつけるぞ!!




