第39話 自覚
「お前達、何をしているのかしら?」
遠くで爆発音が聞こえたと思い慌てて駆けつけてみれば、見知らぬ5人組がいるわ、エミリーの右足が無くなっているわ、挙句の果てにカベルが事切れている。
聞くまでもなく、だいたいのことは想像出来る。でも万が一間違っていたら彼らが可愛そうだからちゃんと確認しないといけない。
「ンフー!! ンフー!! あ、あいつめっちゃ美味ぞう!!」
「派手な格好をしちゃって気に入らないわね。私とキャラが被っているじゃない」
「強気な女性っぽいね。僕、そういう人が泣きながら死ぬところとか見てみたいなー」
「拙者も未使用の刀の試し切りがしたいのだが?」
「よし、なら誰が殺るか決めるか」
「あら珍しい。あなたも興味あるの?」
「俺もテランカと同じで、ああいった女を見ると無様に地を這いつくばらせてやりたくなるんだよ」
「じゃあどうやって決める?」
質問には答えず、呑気に誰が私を殺すのか話し合いを始めた。
どうやら私は完全に舐められているようね。
まぁいいわ。
「し、師匠。カベルの首が取れちゃったんですが、師匠なら治せますよね……?」
先にエミリーの方を何とかしないと。
自分の身に起きた出来事が許容範囲を超えてしまったのか精神が崩壊しかかっている。
声は震え、目は虚ろ。そんな子を前にするとつい一時でもいいから希望を持たせてあげたくなる。けれども――。
「無理よ。死んだ人を生き返らせることは出来ないわ」
はっきりと否定する。
「そんな……」
嘘をついてもエミリーの為にはならない。このタイミングを逃してしまえば、きっとエミリーは一生カベルの死を受け入れようとはしないでしょう。下手をすれば心を閉ざしかねない。それだけの危うさが彼女にはある。
だから今のうちに私はエミリーの師匠として、どんなに辛く目を背けたくなるようなことでも事実を受け入れさせなくてはいけない。
「ごめんなさいね。私がもっとしっかりしていればこんな目に遭わせなくて済んだのに」
ローザの言葉もあり、ある程度の自由を与えようと思ったのがいけなかった。こんなことになるならあの時、能力でガチガチに制約しておくべきだったわ。
「いいえ……私の所為です……。私がカベルを止めていれば……私にもっと力があれば……。師匠……すいません。私は何も……目の前でカベルが殺されたのに何も出来ませんでした……!!」
目に涙を浮かべながら、自分が不甲斐ないと後悔を口にするエミリー。そんな彼女を前にどんな言葉をかければいいのか。
「……エミリー、あのね――」
「はぁっ!!」
「きゃっ!?」
まだ話の途中だというのに、刀を持った長身野郎が襲い掛かってきた。
「ちっ、何て無粋な。もう少し待てないのかしら」
「感動的な場面中に済まぬが、こちらも時間に余裕があるわけではないのでな」
そう言いながらも次々と刀を振り回してくる。
こうなってしまってはしょうがない。
「エミリー。ここは危険だから貴女は先にスイレンの所に帰っていなさい」
「待って下さい……!! 1人で戦う気で――」
最後まで聞かず、問答無用でメイユ市へと転送する。
心残りはあるけど、今は戦いに集中するしかない。
「さ、始めましょうか」
状況は未知の敵相手に1対5。しかも弟子の仇でもある。遠慮する必要なんてどこにもない。思いっきりいきましょう。
「拙者はとっくに始めた気でいたのだがな!!」
まずはこの空気の読めないノッポから。
さっきからぶんぶんとウザったいので、素手で刀を掴んで動きを止める。
「なるほど。大した攻撃力ね」
掴んだ手からは血がにじんできた。これほどの攻撃力があるのなら弟子達にかけた防御魔法は突破されちゃうでしょう。
「お前の体はアダマンタイトでできているのか……?」
驚いているノッポの刀をへし折り、ついでに隙だらけの胴体に蹴りを入れ吹き飛ばす。見たところダメージは――ない。ふん、攻撃だけじゃなく防御力もあるのね。本気で蹴ったはずなのに距離を取るぐらいの効果しか得られなかったわ。
「くっ、また拙者のコレクションがダメになってしまった!!」
「出し惜しみしない方がいいんじゃない?」
「そうだな。あの女、思っていたよりも強いぞ。全力で行け」
残りの連中はアドバイスするだけで加勢する様子はない。どうやら彼らの中で未だに私はちょっと手強い“獲物”としか映っていないみたいね。
「うむむ……やむを得ん、か。……出でよ『黒刀』」
取り出したのは文字通り刀身が真っ黒な刀。さらに刀全体から黒いオーラ(?)まで放出するというまさに黒ずくめ。出し惜しみするくらいなんだし、よほどの業物なのでしょう。
ふむ。
如何程の物なのか興味が出てきたので、試しに触ってみる。
――瞬間、手が消失していた。
あらら、めちゃくちゃ危険な刀じゃない。
「こやつ、自ら触ったぞ!?」
「ゲヒヒヒ、とんでもないマヌケ!!」
「何かしたのか?」
「いいえ、私は何もしてないわ」
「ねぇ、何かこの人おかしくない? 殺気駄々漏れの癖にそれをぶつけてこようとしないしさ。やる気あるのかな?」
殺気……?
そんなもの出していたかしら?
確かに殺そう殺そうとは思っているけど、気づかれるほど出した覚えはない。……あれ、ちょっと待って。殺そうと思っているのなら何故私は様子見なんかしているの?
遠慮なくやるつもりでいるのに、私は何を呑気に手を消失させたりしているの?
変ね。
「やる気があろうが、なかろうが結果は変わらぬ。ここで去ね!!」
何かがおかしい。
身に迫る斬撃を避けつつ、心がざわついているのを感じる。
常に冷静でいるはずの私が何故こうも心乱れる?
ほら、今だって攻撃のチャンスだったのに見逃した。……いや、そもそも普段の私だったら隙なんてなくても強引に力で捻じ伏せていたはず。
冷静でいようとすればするほど訳が分からなくなってくる。
「もらったぁ!!」
「くっ」
ついには肩を少し抉られてしまった。
そこまで早い攻撃でもないのに食らっちゃうなんて……。
自分でも分かるほど今の私は不調。
よし、それを自覚できるくらいには冷静ね。
……弟子の仇を前にして?
あーもう心が落ち着かない!!
何とかするには……あ、能力で調べればいいじゃない。
(【自由自在】。私の不調の原因を教えなさい)
『……判明しました。フロルは現在、怒り状態です。それを冷静でいようと抑え込むことによって精神に軋轢が生まれ、行動に支障が出ています』
あぁ、なるほど。私は自分では気付かないほど怒っていたのね。
そりゃそうか。手塩にかけて育てた弟子がこんないきなり出てきた奴に殺されたんですものね。
今、完全に理解したわ。
心に溢れているドス黒くへばりつくような感情。
これが怒り。これが殺意。
こんな物を抑圧なんてしたら、そりゃあ変にもなるわ。
しっかり解放してあげないとね。
「うっ……!? 何だ、急にプレッシャーが増したぞ!?」
どんどんと体の中が殺意で満たされていくのが分かる。
(【自由自在】。怒りを鎮めるには?)
『Answer. 眼前の敵の殲滅』
ふふ、至極単純で明快ね。
――さあ、今度こそ本当に殺りましょう。
「せりゃあ!!」
手始めに再生した手で黒刀の刀身を握り潰す。
「バカな!?」
そしてすかさず破片の一部を手に取り、ノッポの左肩へ斬りつける。切れ味は抜群で、まるで豆腐を切るかのように手応えを感じさせぬまま、肩を切り落とす。
「グおおオオオオオオオオオ……!!」
「ヴァイフ!!」
ノッポの悲鳴が辺りに響き渡る。
まだね。
まだこんなんじゃ腹の足しにもならない。
今まで実戦では一度も使わずに、もはや飾りと化していた剣を引き抜く。久々に抜かれた剣は喜ぶかのように大気を震わせる。
「おのれ……よくも拙者の腕を……!!」
「これでお終いよ」
創剣『フライハイト』を横に一振り。ノッポは剣が届く間合いにはいないので、周りからは斬撃が空を切るだけ――に見えるでしょうね。
「何のマネだ?」
直後、ノッポの姿は爆音とともに掻き消えた。残ったのは血の跡とまるで巨人が鉈を叩き付けたかのように走る地面の亀裂のみ。
「まず1人」
「何を、した……?」
今のはフライハイトによる一撃。この剣は持ち主が斬りたい時に、斬りたい所を、斬りたい様に斬ることが出来るという性質を持っている。つまり私はフライハイトを『3秒後に、ノッポの頭上へ、巨大な斬撃を見舞わせる』とイメージしながら振り、ああなったという訳。
もちろんこいつ等にはそんなことは教えないけど。
「ふふ、さて次は誰にしましょうか」
「っ、全員一斉にかかれ!!」
焦りを含んだ男の合図を機に、残りの連中が魔法を放ってきた。
色鮮やかな水をかけてきたり、蛇の形をした炎、ドリルみたく回転する岩石、光る立方体をぶつけてくるなど様々な攻撃をしてくる。それらを全て能力で防いでいきながら、ターゲットを誰にするか考える。
そこへデブが大口を開いて突撃してきた。
ふふ、次はこいつね。
攻撃を避けずに腕を差し出す。デブは私の腕を噛み砕こうとするも、皮膚すら突破出来ず、もがもがしている。
「生じゃ美味しくないでしょ。温めてあげるわ」
はむはむされている腕を一気に800℃まで上昇させる。
「ゲアアアアアアアア!!」
あら?
せっかく人が食べやすいようにと好意でやってあげたのにこのデブ、悲鳴を上げて離しやがったわ。何て失礼な奴なのかしら。
むかついたので能力を使って安物の剣を創造し、デブへ構える。
デブは必死に逃げようとするも、私から1.5m以上離れようとすると見えない壁に阻まれ、距離を取ることが出来ない。
「ここはもう私の世界よ。許可なき者は出ることすら許されないわ」
「ゲヒュー、ゲヒュー……。びんな、た助けでくで……!! この女ヤバイ!!」
しかし3人が反応を示すことは無い。
微動だにせずこちらを見るだけ。
「び、びんな……?」
「無駄よ。今、この空間の時間は外の86400分の1秒の速さしかないの。貴方の声が届くことは無いわ」
「ゲ、ゲ……」
「絶望するには早いわ。命が惜しいのでしょう? 早くかかって来なさい。敵はすぐ傍よ。持てる力を出し切って全力で挑みなさい。一縷の希望に縋り、抵抗に抵抗を重ね、足掻いて足掻いて足掻きまくるの。そして――絶望しながら死ぬといいわ」
「2人目」
「今度は何が起きた……?」
「分からない……。私にはローグスが近づいた瞬間消えたように見えたけど……」
「ね、ねぇ。あの人、ヤバくない? 逃げた方がいいんじゃ……」
思ったよりも時間がかかってしまったけど、無事に『解体』は済んだ。やっぱり安物の剣じゃなかなか切れなくて苦労したわ。何度も刃こぼれしたり折れちゃったりしたからその度に修復して少し手間がかかった。
次はもうちょっとお手軽なのでいきましょう。
「そうね……」
3人をゆっくりと見回す。
最初の余裕はどこへ行ったのか、3人とも緊張した面持ちで警戒している。
「ぼ、僕は先に抜けさせてもらうよ……!!」
緊張に耐えられず子供の姿をした奴が背を向けて逃げ出した。
「シルラ!!」
「ええ。『動くな』」
「なっ!? 何で!?」
逃がす気はさらさらないので攻撃を仕掛けようとしたら、女が子供の動きを止めてくれた。……仲間割れ?
「敵前逃亡は重罪だ。罰としてお前は俺達が逃げる間あいつの足止めをしていろ」
「そゆこと。『玉砕しなさい』」
「シルラ達だって敵前逃亡じゃ――う、うわあああああ!!」
ガキが叫びながら私の元へ突進してくる。
武器も持たず、魔法も使わずただ突っ込んでくるだけ。
止めることは実に容易く、両肩をポンと叩いて止める。
「次は君ね」
「なん……あ……僕は……だ、誰も殺してないよ……? 仲間をやったのはヴァイフとローグスなんだし、もういいでしょ……?」
「ダメね。黙って見ていた時点で君も同罪よ」
残りの2人は別方向に逃げ出しちゃったし、とっとと始末して追いましょう。
「じゃあね」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
何も残らないほど体を燃やし尽くす。
「3人目」
完全に体が消滅したことを確認し、2人を追おうとすると――。
「がふっ」
胸から腕が突き出ていた。
後ろからは耳障りで甲高い声が響く。
「あははははバーカ、油断したな!! 僕にとって体なんて飾りなんだよ!!」
振り返ってみると、たった今殺したはずのガキが私を嘲笑っている。ただ1つ違うのは、体が透けていること。
なるほど。どうやらこのガキは霊体のような存在なのね。
「うーん、じゃあこれならどうかしら?」
「あががががががががが……!! な……んで……心臓……を……確実に貫い……たのに……」
試しにアンデットに有効な聖なる光を当ててみたところ、効果覿面で瞬く間に体(?)が消えていった。……今度は本当にやったみたいね。
こいつはカラクリさえ分かっていれば誰でも簡単に退治できるかもね。
「さて、早く逃げた奴を追わないと」
1人も生かして返すつもりは無い。
「はっ、はっ、はっ…………」
くそ、くそ、くそくそくそっ!!
何てついてない!!
せっかく雑魚を狩るだけの簡単な任務だと思っていたのにあんな奴が出て来るなんて!!
あのエルフの野郎を信用したのが間違いだった。あいつなにが「精霊より強い生物は存在しません」だ。桁外れの奴がいるじゃないか。
ちくしょう、敵前逃亡がバレたらヤバいが命には代えられない。このまま何としても逃げ切るぞ。……なに大丈夫さ。あとほんの少しで帰投許可が下りる。それまでの辛抱だ。
『通信が入りました。通信が入りました』
誰だこんな時に……!!
シルラか?
「何の用だ?」
「我だ」
な、な、な、この声は……。
「バルディア様!!」
最悪だ!! よりにもよってこの方が連絡を寄越して来るなんて……!!
「くくく、どうした? 何を慌てている?」
「あ、いえ、そんなことは……。現在つつがなく任務を遂行中でありまして……」
「くく、嘘を吐くな。話し方が小物臭くなっているぞ? 貴様が都合の悪いことを隠している時の癖だぞ」
ぐっ、ダメだ。正直に話すしかない。話せば罰は避けられないが、上手くすれば助けてくれるかもしれない。この方の性格からして望みは薄いがそれに賭ける!!
「……ほほう。なかなか面白いことになっているのだな。よかろう。助けに行ってやろうではないか」
「本当ですか!!」
よし、助かった!!
「――ただし、我がその場所に行くまでの間その女を足止めしていろ」
なっ!?
「ど、どれくらいで来ていただけるので……?」
「身支度を整えるのに少し時間がかかるな。ふむ……30分ほどか?」
こ、こいつ……!! 俺がそれだけの時間を稼げないと分かってて言ってやがる!!
「俺に死ねと言うのですか!?」
「雑魚は死ね。我は強者にしか興味はない。生きたくば強者であることを証明しろ」
通信が切れやがった……!!
くそ、どうする? あの女と戦っても30分も持つわけがない。
しょうがない……。このまま街へ逃げて一生をここで過ごすか。それしか俺が生き残る手段は無い。
「みーつけた」
――死神の声がした。
と、同時に背中に激痛が走る。斬られたのか……!?
「まったく仲間を見捨てて逃げるなんて酷い奴ね」
ヴァイフと戦っている最中で急に増した殺気は全く衰えていない。優雅な口調とは裏腹に絶対に逃がさない、必ず殺してみせるという執念が滲み出ている。
「ぐっ、シルラはもうやられたのか……」
「『私の【催眠】が全然効かないなんて!?』『私のはオリジナルよ……!!』とか言いながら亡くなったわ。貴方がさ・い・ご」
くそっ、役に立たん連中だ。時間稼ぎも出来ないとは。
もはや手段は選んでいられない。
「提案がある。俺を捕虜にしないか? 知っていることは全て話そう」
奴が興味を引きそうなことで時間を稼ぐ。
「情報はあのデブから十分に得たから必要ないわ」
何時の間に。そんな暇は無かったはずだが。
「さ、仲間がみんな地獄で待っているわ。早く行ってあげなさい」
冗談じゃない。俺はまだこんな所で死にたくない。
何か……何か方法は……。あとちょっとでいいんだ。
「そうだ……!! いいことを思い付いた!!」
「残念。『ゲームオーバー』よ」
黒い霧 包まれ……と思っ――ら俺、は――。
5人を片付けたあと、カベルの遺体を丁重に葬り、お墓を作る。
本当はこんな所じゃなくてスイレンの家の近くに作りたいんだけど、あそこだとアリサやティリカ達に見つかる恐れがある。まだあの子達には身近な人の死を知って欲しくない。だから2人がもう少し大人になるまでカベルにはここにいてもらう。
「ごめん、フロル。私が早くあいつを倒せていれば……」
「メルフィの責任じゃないわ。それよりも私こそごめんなさいね。貴女が戦いがっていたのに私が倒しちゃって」
結局あの犬の魔物は私が倒してしまった。
爆発音がした時点でメルフィの勝ちは揺るぎないものだったけど、止めは私がさした。一刻も早く駆けつけるために1秒でも無駄にしたくなかったから。
「構わない。すでに勝負はついていたし」
「……ありがと。じゃあ、カベルにも互いの勝利を報告しましょうか」
「うん」
こうして私達は今しばらくカベルへ祈りを捧げた。
残り5




