第37話 バランスブレイカー
“私”が屋敷に戻って来ると、すぐさま異常に気付いた。
いつもと空気が全く違う。ピリピリとした緊張が周囲を満たしている。戦闘が始まる直前の空気に似ているかも。
「クエエェェェェェェェェェェェ!!」
ん、外から何か聞こえたわね。
鳥の鳴き声? と思いつつ、外に出てみると――。
「気持ち悪っ!?」
空が無数の生物によって埋め尽くされていた。
うねうねと蠢く様は見ていて生理的嫌悪を抱かせてくれる。
「鳥、というよりは恐竜ね」
目を凝らして空の大軍を見てみると、どうやら一匹一匹が1~2mくらいの大きさの鳥で構成されているみたい。そんなに強くはなさそうだけど、とにかく数が多い。メイユ市の空を埋め尽くすほどだから……万は下らないかも。
もしアレが一斉に攻撃を仕掛けてきたら地上は一溜まりもないんじゃない?
「師匠ー!! こっちです!!」
屋根の上からカベルが手を振ってくる。
ひょいっとジャンプして上がると、そこにはやや興奮気味のカベルと不安そうなエミリー、そして上空を睨んでいるスイレンが。
「状況はどうなっているの?」
「……5分くらい前に空に巨大な黒い穴が開いたかと思ったら、いきなりあの大軍が現れたの。日を遮っているから洗濯物が乾かなくて邪魔だなーと思って、とりあえず攻撃してみたんだけど……」
1mほどの氷の矢を空へ目掛けて大量に発射していく。
しかしそれらは1つも命中することなく途中で霧散してしまう。
「こんな感じで消えちゃうわけ。多分、生意気にもバリアでも張っているんでしょ。地上にいればあんな紙装甲、撃ち貫いてやるんだけど上空にいるとねぇ……どうしても届くまでに威力が下がっちゃうのよ」
「なるほど。まずいわね」
スイレンでも無理ということはすなわち、この国の全ての者はあの大軍に攻撃を与えることが出来ないということ。
「あ、き、来ますよ!!」
「クェェェェェェェェェェ!!」
「ほいっと」
1匹の鳥がこちらに突っ込んでくるも、スイレンが危なげなく退治。
どうやらにらんだ通り、単体の強さは大したことないみたいね。
「今のところあの鳥達は空を飛んでいるだけで自ら攻撃をしてくることはないわ。でも、さっきみたいに群れに攻撃を加えると何故か1匹だけ襲い掛かってくるの」
「この習性を上手く利用すれば安全に全滅させることが出来るかもしれません。何日かかるかは分かりませんが……」
「それまで敵が待ってくれる保証もないし論外ね。……かと言って他に妙案があるわけでもないから現状、打つ手なし。鳥さんが攻撃してこないのを祈ることぐらいしか出来ないわ」
「きっと今頃ギルドや騎士団は大慌てだと思うっすよ。こんな状況、初めてっすから」
ふむ、ギルドも騎士団も精霊もダメと。
確かローザは精霊に任せておけばOKって言ってたわよね。本当に大丈夫なのかしら? 仮に何とか出来てもスイレンクラスの精霊は彼女を入れて7人。メルフィは私の腕にくっついているから戦えるのは実質6人。
ローザの話によると襲撃を受ける都市の数は8。明らかに足りないじゃない。
「はぅっ!? ………………――あー、あー。聞こえますかー」
突如、エミリーがビクッとしたかと思いきや、彼女の口から彼女の声ではないものが発せられた。
「ど、どうしたんすか? 恐怖で頭がおかしくなったんすか?」
「人の弟子を乗っ取るなんて誰かしら?」
もしかしてこいつが“ボス”ってやつ?
「その声は……!!」
「フロルちゃんとビチャ子でしょーか? こちら光の精霊、光の精霊。緊急事態の為、ちょ~~っとこの子の体をお借りして連絡してまーす」
光の精霊!!
予想もしていなかった存在からのコンタクトにちょっと興奮。
まさかこのタイミングで遭遇するとはね。
「ビチャ子って言うな!! ……で、何? こっちは忙しいんだけど」
「それはこっちもよ!! 私だって謎の光り輝く人型に大苦戦中なんだから!! このクッソ忙しい中、わざわざ連絡してあげてるんだから感謝してよね!!」
声だけ聞くとあまり威厳が感じられないわね。光の精霊って言うからにはもっとこう、お淑やかで可憐な言葉遣いをする人を想像してたのに。少し残念。
「まー、ビチャ子は置いといて――フロルちゃん。今、自分が何をすればいいか迷っているんでしょう? 現在、8つの都市がモンスターに囲まれているわけなんだけど……貴女は全て無視していいわ。私達で何とかするから。その代わりボスをお願いねー」
「何とか出来るの?」って質問はあえてしない。やると言っているんだから任せましょう。
「分かったわ。で、ボスとやらはどこに?」
「そっから東に200kmくらいの場所の森にいるわ。転移できるように登録しておいたからいつでも大丈夫よー」
今、軽い口調でとんでもないことを言われたような気がする。
私が行ったことのない場所を登録しておいたとか何とか。それがどれほど凄いことなのか分かっているのかしら? ……まあ今は気にすべき時じゃないか。
「ちょっとちょっと!! フロルにいなくなられたら困るんですけど!! 私にとって空飛ぶ敵は相性が悪いの!! 1人じゃ無理!!」
あ、やっぱりダメなんだ。
「心配しなくてもいいわー。私、シャイニングライト・レイ・ブライトネスの名において“解放”の許可をするから。それなら余裕でしょ?」
「……いいの?」
「構わないわー。それにこの戦いがどうなろうと世界は変革を余儀なくされるんだからタイミングとしてはベスト。ふふふ。いよいよ精霊の在り方を変える時が来たのよ」
「そう……。いつかはこんな日が来るとは思っていたわ。でもまさか今日とはね……。人生ってほんと何が起きるか分からないのね」
2人が重要な話をしているのは雰囲気から伝わってくるし、ふさげている場合じゃないってことは分かっているんだけど……光の精霊の名前が気になって気になってしょうがない。何よそのめっちゃ輝いていそうな名前は。どんだけ明るいのが好きなのよ!!
ビチャビチャの時も思ったけど、精霊ってネーミングセンスが壊滅的よね。生物が名乗っていい名前じゃないわ。まあ、メルンはまともだったと思うけど。
「じゃ、他の子にも連絡しなくちゃいけないしもう切るわー。2人とも頑張ってねー。メルフィとお弟子ちゃんは今回は特に期待してないからしっかり勉強してきなさい。またねー………………――はっ。あれ、今一瞬意識が飛んだような……?」
「戻った、っすね」
「さ、敵さんもいつまで待ってくれるか分からないし、早速やるわよ!! 持っている手札を全て切れるのなら連中に後れを取ることなんてないわ!!」
どうやらスイレンの方は大丈夫そうね。
「なら私も行かせてもらうわ」
「はいはい師匠!! 俺も付いて行きたいです!!」
「え、師匠どこかに行くんですか!? なら私もお願いします!!」
……難しい選択ね。
「正直、何が待ち受けているか分からないから貴方達を連れて行きたくないんだけど……」
連れて行った方が結果的には良い方向にいくみたいなのよね。
「精霊様だって勉強しろって言ってたじゃないっすか! こんな戦い、次はいつ起こるか分からないんだしお願いしますよー」
「師匠の戦いを間近で見たいんです!!」
弟子達もこう言ってるし、私が気を付けていれば大丈夫かな?
「OK。同行を許可するわ」
「っしゃあ!!」
「やった!!」
あとは……。
「スイレン、出かける前にちょっとだけ手伝ってあげる」
「え?」
「連鎖型爆裂火炎砲」
巨大な炎弾を魔物の大軍に向けて放つ。
弾は凄まじい速度で空を突き進み、バリアなんて物ともせず大軍に直撃し、大爆発を引き起こす。爆発は1度だけではなく続けざまに何度も何度も起こり、終には空にいた全ての鳥を呑み込んだ。
そして爆発が止み、爆風も収まると空には綺麗な青空が広がっていた。
「うん、すっきりしたわね!!」
「……」
「……」
「……」
あら? せっかく魔物を一掃したのにみんな無言になっちゃって。もっと喜んでもいいのに。
「……ねぇ、フロル。1つ言っていい? 何で最初にやらないのよ!!」
「ああ、それはね――」
本当は一目見た瞬間にやろうとは思っていた。でも攻撃してくる様子がないからちょっと様子を見ることに決めた。他の人達がどういう風に対処するから見たかったから。
んで、スイレンが何とか出来そうだったからそのまま任せようかなーと思ったんだけど、考えてみれば空にあんだけ魔物が飛んでいたらアリサやティリカが不安になるだろうから即刻排除することに決めた、と。
「はぁ……、せっかく“解放”のお披露目が出来ると思ったのに……」
「ふふ、ガッカリするにはまだ早いわ。1匹残っているわよ?」
まだ空には全長10mはありそうな魔物が羽ばたいている。
あれが大軍の親玉なんでしょう。あの爆発を食らって生きているのだから相当強いと思う。……体力が全快だったならね。今は全身ボロボロですぐにでも墜落しそう。
「ここからでも分かるくらい瀕死な奴相手じゃねー」
「文句言わないの。一応、未知の相手だし油断せず全力でやりなさい」
「はいはい」
あからさまにやる気のない返事をしつつも、スイレンは魔法の準備を始めた。
「よし、じゃあ私達もいいかげん行くわよ。ほら、ボケーっとしてないでしっかりしなさい!」
「っ、はい!!」
「す、すいません」
いつまでも呆けている弟子に喝を入れる。
さ、目指すは東の森よ!!
「グル?」
「ひっ」
「うおっ!?」
「あらら」
転移で森にやってくると目の前には5mくらいの4つ首犬が。
いきなりの展開に弟子達は驚いているけど、それは向こうさんも同じのようで動きが止まっている。
「隙あり!!」
そのチャンスを見逃す私ではなく、先制攻撃で炎の槍を放つ。
「グルルル!!」
「あら?」
しかし槍は犬に当たる直前で避けられてしまった。
かなりの反射神経ね。じゃあ、次は避けられないように……。
「あ……逃げちゃいましたね」
形勢が不利と悟ったのか、犬は一目散に背を向けて走り去っていく。
ふむ。
「相手の強さが分かるなんてなかなか賢い奴ね」
「感心している場合じゃないっすよ!! 早く追いましょう!!」
「分かっているわよ。……でも追うのは私1人だけ。貴方達はここでお留守番」
「え、こ、ここでですか?」
「そうよ」
犬が逃げて行った方向にはかなりの量の魔物の気配が漂っている。魔物の強さもよく分からないから戦いながら弟子達を守り切れるとは言い切れない。安全を第一に考えるなら連れて行けないわよね。
かと言って、ただここで待っていなさいだけじゃ弟子も納得しないでしょうから――。
「今、貴方達には魔法をかけておいたわ。障害物を無視して遠くを見れるようになる『千里眼』。周囲から存在を感知されなくなる『インビジブル』。さらに特別強固な防御魔法の3つをね。貴方達はそこから私の戦いをよーく見ておいて今後の参考にしなさい。分かったわね?」
「はいっす!! ……うぉーすげー!! 遠くがよーく見える!!」
「ほんとだ、凄い……!!」
「それと万が一インビジブルを破られて敵に見つかったら、すぐに上空に魔法を放ちなさい。急いで駆けつけるから。間違っても戦いを挑むようなことをしてはダメよ?」
「分かったっす!!」
……なーんかまだ心配ね。
「エミリー。何かあったら貴女がカベルを止めるのよ?」
「はい、任せて下さい!!」
万全を期してメルフィも傍にいさせたいところだけど、「離れ離れになるな」というローザの言葉もあるしこのくらいにしておきましょうか。
「一体どこから湧いてきたのかしらね?」
さっきの犬を追っている道中、様々な魔物に襲われた。しかも1匹1匹が最強と言われているグリムベアーよりも強そうなため、もしかしなくても今現れている魔物はこの世界産じゃないんでしょうね。
あるいは何者かによって改造されている、なーていう展開も有り得るか。
「フロルフロル」
「あら、メルフィ。起きたの?」
ローザに合う時からずっと腕輪化して眠っていたメルフィが、元の姿に戻って私の横に並んできた。
「光のババアが来た時から起きてた。……ねぇフロル。あのケロべロスとは私が戦いたい」
へぇ。
「別に構わないけど……。理由を聞いてもいい?」
「んー……何となく体があのケロべロスと戦いがっているような気がする、から?」
「そう」
メルフィを生み出したのはメルン。彼女はケロべロスと戦って負傷したから、メルフィに流れる血がそのリベンジをしたがっているのかも。
「いた!!」
ようやく諦めて戦う覚悟をしたのか、犬っころが逃げずにこちらを待ち構えている。
「さあ、譲ってあげるから遠慮なんてせず思いっきりやっちゃいなさい」
「うん!!」




