第2話 家族
「かーさま、魔法ってどうやって使うの?」
家族揃っての夕食時、俺は早速母さんに魔法の使い方を聞いてみた。
親父に聞いてもいいのだが、記憶の中では母さんの方がよく魔法を使っていたので母さんを選んだ。
「あら、魔法に興味があるの? でもまだジルには早いからダメよ」
げ、予想に反して一蹴されてしまった。神様が三歳くらいから魔法を使い始める子が出てくる的なことを言っていたから、てっきり教えてくれるものだと思っていたのに。
しかし俺には目的があるから「はい、そうですか」とそう簡単に引き下がるわけにはいかない。
「別に教えてもいいんじゃないか? ジルも三歳になったんだし、丁度いいだろう」
どうしようか悩んでいるところにちょうど親父から援護が入った。
いいぞ、親父!! もっと言ってやれ!!
「ダメよ、ルーファスには教えたばかりなんだから、ジルもあと一年は待たないと」
「うーん、そう言われてみるとそうだな。よし、ジル諦めろ!!」
切り替えはやっ!? もう少し粘ってくれよ!!
「僕は教えてもいいと思うけどなー。魔法を使いたいっていうジルの気持ちも少し分かるし」
と、ここでまた思わぬ援護が。
今喋ったのがルーファス・クロフト。俺の年子の兄だ。
ルー兄さんは俺と違って母さんの血が濃いようで赤髪碧眼。まだ四歳だから先は分からないが、顔立ちも悪くないし優しい人なので将来はモテそう。
それとルー兄さんはこの家の長男で跡取り息子でもある。この世界では長男が家を継ぐのが当たり前で、基本的には父親の職をそのまま引き継ぐ。そのため彼は親父の仕事を継ぐための訓練をすでに開始している。
ちなみに親父は騎士の仕事に就いている。騎士の具体的な仕事の内容や親父の詳しい実力、騎士の中での地位などは今のところ不明だが、実は親父は結構偉いのではないかと思っている。
というのも――
「そうね、ルーちゃんの言う通り教えてもいいんじゃないかしら? 本人だってせっかく興味をもっているんだし」
親父にはこのリンダ・クロフトという二人目の奥さんがいるからだ。
この世界では重婚が認められているから、奥さんが二人いることは特に問題ではない。しかし、それほど裕福でない人達は奥さんを一人しか娶らない。奥さんや子どもを養っていけないからな。戦争が終わり、時が経っても全員が裕福な暮らしを送れるわけではないのだ。
だから、奥さんが二人いるということはそれだけ養っていけるだけのお金があるということ。そうなると親父は騎士の中でもそこそこの地位にいるのではないかという推測ができる。この家はそれなりに広いし、庭付きというのも俺の推測を裏付ける要因だと思う。
まぁ、騎士の給料がどれくらいなのか知らないから実は下っ端でもそれなりのお金が貰える、とかだったりするのかもしれないけど。
あ、あとリンダさんはショートの蒼髪に緋色の目の獣人。獣人といっても見た目は人族とほとんど変わらないのだが、獣人には人族には存在しないものがある。
獣耳と尻尾である。
リンダさんは猫タイプの獣人なので猫耳と猫っぽい尻尾が存在する。
世界には猫タイプのほかにも犬・兎・虎など様々なタイプが存在するらしいので、いつか全てのタイプの獣人の耳や尻尾を撫でまわす、というのが俺の密かな目標だ。
「ルーファスとリンダで賛成二票、マーシャが反対に一票、俺は棄権するから……これは教えるで決まりか?」
親父の言葉に「ぐぬぬ……」と悔しそうな顔をする我が母親。
そんなに教えたくないのか?
「――そうだ、ククルにも聞いてみましょう!!」
「おいおい、ククルに聞いてどうするんだよ……」
クロフトファミリー最後の一人、ククル・クロフト。
彼女はリンダさんと親父の子どもであり、現在二歳と三ヶ月。リンダさんに似たらしく蒼髪に緋色の目、猫耳と尻尾も完備しているかわいらしい妹だ。
残念ながら体があまり強くなく病弱気味なため、普段は部屋で安静にしていることが多く、今のところ俺と接する機会は少ない。だが、調子の良い時は俺と遊んでいたみたいなので兄妹仲は悪くないようだ。
「わたしもにーさまと、まほーのれんしゅーがしたい!!」
「っ!?」
猫耳幼女に「にーさま」と呼ばれるという最高に萌えるシチュエーションが突如発生し、思わず身悶えそうになったがすんでの所で我慢した。いや、本当マジで危なかった。
そう呼ばれることは記憶からも分かってはいたのだが、前世でいた妹から「おい」とか「そこの」とか呼ばれていた身としては「にーさま」は破壊力がありすぎた。
あぁ、感動すら覚えるよ。なんだか目頭も熱くなってきた……。
是非とも魔法を練習したいと言う願いを叶えてあげたいところだが、さすがに二歳ではな……。
「はは、そうかそうか!! ククルもお兄ちゃんと一緒に魔法を勉強したいか!! でもさすがにククルには早いからもうちょっと我慢しよーな?」
「えー」
親父もさすがに反対らしく、やんわりと諦めさせようとしている。が、妹様はご不満のようだ。
正直本当に魔法を使いたいのかは謎だが、何かしらのスイッチは入ったらしく絶賛駄々っ子モード中。今も「まほーつかいたい!!」と叫ばれておられる。
母さんとリンダさんも反対みたいで親父と一緒に説得に入ったが、あまり上手くいっていないようで三人ともやや困り気味。ルー兄さんはその光景を微笑ましそうに見ながらパンを食っている。……意外とマイペースな人だ。
つーか、俺に魔法を教えるかどうかという話だったはずなのに、脱線しちゃっているよな……。
たぶんこのまま何もしなくても俺は魔法を教えてくれるとは思うが、ククルはまず無理だろうな。俺も魔法を教えないという点では賛成なのだが、「お前には教えない」ではちょっとかわいそうだ。出来れば俺の事を「にーさま」と呼んでくれるククルをがっかりさせるような目に遭わせたくはない。何か上手いことククルを納得させる方法はないものだろうか……。
……うん、この手なら大丈夫……かな?
「そうだ、僕が魔法を覚えられたらククルには僕が魔法を教えてあげるよ!!」
俺は妙案を思い付いたと言わんばかりに、大声でこう提案する。
この提案に親父達は食いつくはずだが……よし、三人とも「助かった!」みたいな顔をしている。
あとはククルがこの提案に乗ってくれればいいのだが、こればっかりはどう転ぶか分からない。
「……ほんと?」
首をやや傾けてかわいらしく聞いてくる。
よし、食いついた!!
「うん、約束するよ。できるだけ早く魔法を覚えて教えてあげるから、ククルもそれまでは待っていてね」
「うん!!」
いい笑顔だ。
なんとかククルに不満を抱かせずに諦めさせることができたようだ。しかも俺が魔法を学びやすい流れを作れたというオマケつき。母さんも流石にこの流れでは俺に魔法を教えることに反対はしないだろう。
「さて、マーシャが余計なことを言ったおかげで話が脇に逸れちゃったが、ジルに魔法を教えるということでいいな? マーシャもククルが賛成したんだから文句ないよな?」
「魔法を使うのは大変だけど頑張ってな、ジル」
「頑張ってね、ジー君」
「がんばれにーさま!」
「はぁー、教えるのは結局私なんだけどね……。でもいいわ、この際ジルにはみっちり魔法を教えてあげるんだから」
「よし、決まりだな!! ジル、魔法はいろいろと面倒くさいけど頑張れよ。でももし嫌になったら俺に言え、そしたら代わりに剣を教えてやるから」
ふむ、もしかして親父は魔法が苦手なのかな? いろいろな人に魔法を教わろうと思っていたのだが……。
でも剣を教えてくれると言うのは助かるかもしれない。今のところ魔法に専念するつもりだが、ある程度魔法が使えるようになったら剣も教えてもらうというのも悪くない。
「分かりました、その時はよろしくお願いします。でもククルに魔法を教えるためにも頑張ってみようと思います!!」
こうして夕食&会議は終了。
今日はもう遅いということで魔法を教えてもらうのは明日になった。
寝るにはちょっと早いので能力の研究でもしようかと思い、部屋に戻ろうとするとリンダさんに話しかけられた。
「ジー君、今日お昼に倒れちゃったんだって? もう大丈夫?」
こうしてリンダさんと一対一で話すのは記憶を探ってみた限りでは初めてだ。大抵はリンダさんと一緒にククルがいるのだが、珍しく今はいない。ククルはどうしたんだろう、と思ったらダイニングから親父とククルの笑い声が聞こえてきたので納得。
「はい、もう大丈夫です」
「そう、それはよかったわ」
そう言って微笑むリンダさん。うん、リンダさんもやっぱりかわいらしい方だ。親父がちょっと羨ましいぞ。
で、こうして気にかけてくれることは嬉しいけど、これが本題じゃないよな?
「ところで、さっきはありがとね」
ふむ、こっちが本題か。
「何のこと?」
あまり意味はないけど、とりあえずとぼけてみる。
「ククルのことよ。ククルの為にあんな提案をしてくれたんでしょ?」
「かわいい妹の為ですからね」
特に否定する理由もないので肯定した。
「ふふ、ありがと。あの娘、ジー君から魔法を教えてもらえるのを楽しみにしているから出来れば魔法の練習を頑張って、約束を叶えてあげてね」
それはいいことを聞いた。また一つ魔法の練習を頑張る理由ができたな。やっぱり誰かに期待されるというのは良いもんだ。それが猫耳幼女ならなおさら、な。
「ええ、もちろんです」
「それと暇な時でいいからあの娘と喋ってあげてほしいわ。本当はジー君とルー君ともっと遊びたいみたいなんだけど体が弱いから難しいのよ。だからせめてお喋りくらいは、ね。ルー君はこれからアルフの跡を継ぐために忙しくなると思うから、せめてジー君だけでもお願い」
真摯に頼んでくるリンダさん。
そんなことをされたら断れない。まぁ、断るつもりなんて微塵もないけど。
それにこんな真面目に頼まなくても家族なんだから気軽に言ってくれればいいのにな。水臭いったらありゃしない。
「分かりました。出来るだけククルの話し相手になれるようにします」
するとリンダさんは「ありがと」と言いながら、しゃがんで俺と同じ目線の高さに合わせてきた。
って、近い、近いよ!! リンダさんとあともう少しでキスできるくらいの近さだ。
異性とのこの距離は慣れていないからすっごい緊張する。
やべー、何かドキドキしてきた!!
このままキスされちゃったりとかしちゃって!?
「んっ」
本当にキスされたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!!!
さすがに頬にだったが、唇にもちょっと掠りましたよ!?
なにこれどういうこと!?
「あれ? 頭を撫でようかと思ったんだけど……」
何やらリンダさんも不思議がっていらっしゃる。
俺も大変不思議です。あれか? 異世界ではお礼にキスするのかと思ったけど違うの?
あー、待て俺!! キスくらいでちょっと混乱しすぎだ。こういう時こそ素数を数えて落ち着くべきだ。1、2、3、4、5、6、7、8、9、10。ふぅー、落ち着いた。
「ど、どどしって、この、こんな、ことしてはるん?」
ダメだった……!!
リンダさんもポカンとした顔でこっちを見ている。
すると――。
「あは、あはははははははははははははははは!!」
突然大声で笑いだすリンダさん。あ、腹抱えて笑っている。
何もそこまで笑わなくても……。
そんなリンダさんを見ていたらなんだぁこっちも少し落ち着いてきた。
「はぁはぁ、ふぅー。あー、久しぶりにこんな笑っちゃった。ジー君は三歳になって急に大人びたような気がしたけど、まだまだ子どもみたいね」
中身は大人なんだけどなー。しかもリンダさんは確か二十歳だったから彼女よりも年上。
なんだか情けないな……。
こんな慌てふためいてしまったのも、前世での女性経験の少なさゆえ。というかゼロだった。
前世の俺は、自分で言うのもなんだが容姿や性格はそこまで悪くなかったと思う。ただ今思うと積極性が欠けていた。自分から女性と仲良くなろうとせず、ひたすら待ちの姿勢だった。口を開けて待っていればそのうち向こうから来るだろうと思っていたのだ。そうして待ち続けた結果、女性とは何の縁のないまま童貞として死んでしまい、この体たらく。
こんなことなら友人の誘いに乗ってキャバクラや風俗に行っておくべきだった……!!
「じゃあ、私はもう行くけど何かあったら相談してね。できるだけ力になるから」
リンダさんはそう言って俺の頭を撫でた後、去って行った。……まだ笑っていたな。
「はぁー、俺も部屋に戻るか」
能力を研究しようと思っていたけど、なんだかそんな気分じゃなくなったなぁ……。
ちょっと早いけどもう寝ようかな。
うん、そうしよう。実質異世界生活初日だもんな、今日はこんなものでいいでしょ。
今は【自由自在】のことなんか忘れてさっさと寝て、明日の魔法の練習に備えるんだ。
そしていつかはキスくらいで動じない男になる!!