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1.5mの世界  作者: 粗井 河川
1章
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第33話  抱えし闇 前編

「落ち着いて。落ち着いて何があったか説明してちょうだい」


 私もすぐさまアリサの元へと駆け寄る。


「フロル様……!! す~はー。……学園が終わって家に帰ろうと思ったらお姉ちゃんが寄り道しようって提案したんです。そして買い物をしている時にちょっと目を離したらいなくなっていて……お姉ちゃんのカバンとこの封書が……」


 そう説明し、震える手で封書を渡してくれた。

 封書には『フロル様へ 本人以外が読んだ場合はこの子の命は保証しかねますのでご注意を』と書かれている。イラッとしつつも封を切り、中の手紙を読む。


「何て書いてあるの?」


 皆が固唾を呑んで見守る中、スイレンが代表して聞いてきた。


「『ティリカちゃんを預かっています。生きて返してほしいのならメイユ市近くの森に一人で来るっす。待ってるよ』だってさ」


「生きて返してほしいならぁあ? なに、場合によってはティリカを殺すって言ってるわけ? ふざけんじゃないわよ! もしあの子に傷一つでもつけたら凄惨な殺し方をしてやるんだから! ……さあ、行くわよ。全員で行ってこんな愚かなマネした奴を後悔させながら地獄に叩き落としてやりましょう!」


「待ちなさい。そんな殺気だだ漏れで行っても一瞬で気づかれるだけでしょう。ここは要求通り、私一人で行くわ」


 周囲の温度が急激に下がっており、スイレンの周辺なんて完全に凍っている。こんな状態のスイレンを連れて行くなんて犯人に逃げて下さいと言っている様なものよ。


「嫌よ! 私も絶対に行くんだから!」


 気持ちは分かる。でもティリカの安全のためにも待っていてもらうしかない。それでも駄々を捏ねるのならスイレンには気絶してもらうしか――。


「スイレン様、お願いします。ここで私と一緒に待って下さい……!」


 冷え切っているであろうスイレンの手を掴み、アリサが懇願する。

 この子は……本当に凄い子ね。今、一番取り乱していてもおかしくないのに自分がすべきことが何か理解し、実行することが出来る。大人にだって難しいというのに。


「~~~~~~~~~~っ! 分かったわよ! 大人しくしていればいいんでしょ! その代わり! 犯人は必ず殺しなさい。どんな理由があろうと、罪なき子供の命を盾に脅してくる奴に生きる資格はないわ。もしそれが出来ないのであれば生きたまま私の所に連れてきなさい。私が始末してやるから。いいわね!?」


「ええ、分かったわ」


「お姉ちゃんをよろしくお願いしますフロル様……!!」


「ふふ、大丈夫。すぐに戻ってくるから安心して待っていなさい。」


 不安そうにしているアリサの頭を優しく撫でてあげる。


「あの~。この空気で私が質問するのはアレですが、私はどうすれば?」


 そう言えばエミリーがいたんだっけ。


「そうね……。アリサに貴女の昔話でもしてあげなさい。なるべく気分が明るくなるようなやつを」


「分かりました!!」


 さ、それじゃあ囚われたお姫様を助けに行きましょうか。




 指定された場所と思われる場所まで到着。

 手紙には具体的な場所までは書かれていなかったけれど、『ここで待て』と刻まれた木があるからここでいいんでしょう。


「出てきなさい! いるんでしょ!?」


 すると私の呼びかけに応えるかのように『周囲の安全が確認されるまでしばし待てれよ』

と書かれた紙が舞い落ちてきた。

 ふん、随分と用心深い奴ね。それになんだか気に入らないわ。まるで邪魔さえ入らなければ私達をどうにか出来ると言っているみたいじゃない。

 ……さて、一体どんな自惚れ屋が出て来るのか――。


「お待たせしてすいません」


 謝罪とともにティリカと現れたのは――、一人の金髪エルフ。


「ああ、やっぱりエクトル、貴方だったのね」


 エクトルはティリカの首に短剣を当てている。

つまりはそういうことでしょう。


「くす、もっと驚いて頂けると思ったんですが……残念ですね」


 大仰に首を振ってみせるけど、全然残念そうには見えない。むしろどこか嬉しそうですらある。


「約束通り、次の失踪者が出たので真っ先に貴女にお知らせしました。くすくす、律儀でしょう?」


「ティリカに何をしたのかしら?」


 首に凶器が当てられていても、私が目の前にいてもティリカは何の反応も示さない。目がどこか虚ろげだし、怪しい薬でも飲まされているのかも。


「ご安心を。ちょっと催眠状態なだけです。肉体にダメージはありません」


「そう。じゃ、ティリカを放しなさい」


「断ります。フロルさん、貴女は勘違いしていませんか? 今の貴女は私に命令出来る立場じゃないんです。私に命令される側なんですよ。それが分かったら早くジルくんに代わりなさい。貴女に用はありません」


 へぇ……。


「なかなか面白い冗談を言うのね、お断りよ――と言いたいところだけどいいわ。“ジル”に代わってあげる」


お姫様を助けるのはいつだって王子の役目ですものね。

美味しい役どころは“ジル”に譲りましょう。


『ジルに戻りますか? YES or NO』


 ふふ、しっかりとやるのよ?


 ……ふん、言われるまでもない。


「――ああ、久しぶりですねジルくん。その姿の君と会うのは2年ぶりですかね? 少し大きくなったんじゃないですか?」


 フロルから俺に代わったのを見て、楽しそうに話しかけてくる。

 だが生憎とお喋りに付き合うつもりは毛頭ない。


「ティリカを返してもらおうか。今なら性質の悪い冗談ということで、腕一本で許してやるぞ? なんだったら一緒にスイレンに謝ってやってもいい」


「くすくす、いきなりですね。最後になるのだし、世間話を楽しもうと思っていたのですが」


「最後? お前のか?」


「あはははは違いますよ!! 貴方のですよ。貴方は、ここで、抵抗も出来ずに、私に、無残に、殺されるんです」


「酷い妄想だな。笑いすら起きねえ」


「はて……フロルさんもそうでしたが、貴方達にはいまいち危機感が感じられませんね。この状況を理解しているのでしょうか?」


「……」


 ティリカの首に短剣を押し当てながら訊いてくるが……確かにその通りだ。

 俺はこの状況でも怒りこそ湧けど、危機感というものを一切抱いていない。というのもティリカやアリサには俺とスイレンが防御魔法をかけており、ちょっとやそっとの攻撃じゃ傷一つ付けられないからだ。だから一撃で街を吹き飛ばすような魔法を向けられているのならともかく、あんなこんにゃくみたいな短剣を突き付けられたくらいじゃ焦る必要はない。

 ……しかし安全と分かっていても見ていて気分のいいものではない。そろそろ我慢も限界だし、仕掛けるか。


「くす、君が何を考えているのか分かりますよ。どうせ私にはこの子を傷つけることなど出来ないと思っているのでしょう? ……呆れた考えですね。私が持っている剣をよく見てみなさい。そうすればその甘い考えも即座に改めることが出来るでしょう」


 言われてエクトルが持っている短剣をよく観察してみる。ん、あの赤みがかった色の剣をどこかで見たことがあるような……。


「――っ、七剣『エンジュ』か!」


 ミュランが持っていた剣で、確か所有者の保有魔力以下の魔法を打ち消すことが出来る効果を持っているんだったよな。


「その通りです」


 ふむ……。


「で、それが?」


 だから何だって話だ。もしその剣を使ってティリカを傷つけようというのなら、スイレンクラスの魔力量が必要だ。とてもじゃないがエクトルにそれだけの魔力があるとは思えない。


「まだ分かりませんか? こういう、ことです!!」


 エクトルがティリカの頬に短剣を当てると、一筋の赤い線が――。


「エクトルお前……!!」


「くすくす、これで分かったでしょう。今の私は精霊と同等以上の魔力を保有しているのですよ! つまり私がその気になれば、すぐにでもこの子の頭と胴体はお別れするということ!」


「っ」


 ダメだ落ち着け! 襲い掛かりたくなる衝動を堪えろ。下手なことして失敗すればティリカの命が危ない。

 ここは隙をついて魔法か【自由自在】で一瞬で仕留めるべきだ。それまでは我慢しろ。


「おっと、言っておきますが僅かでも魔力を込めれば私も驚いて、その気がなくてもこの子を殺めてしまうかもしれませんよ? それが嫌なら両手を前に出しなさい」


 くっ、読まれていたか。


「……分かった」


 逆らうわけにもいかず、大人しく前へならえのように両手を突き出す。


「良く出来ました。ご褒美です『アギト』」


「がぁ!? っうううぅぅうぅぅうう……!!」


 痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い!!

 腕が燃えるように熱くて痛い……!!

 こいつ、何の迷いもなく俺の両手を切断しやがった……!

 手首から先は風魔法によって切り落とされ、傷口からは湯水のように血が溢れてくる。

 傷口を抑えようにも、抑えるはずの手は地面に転がっている。

 信じられない光景だが、腕の痛みの所為で嫌でも現実であると認めてしまう。


「【自由自在】を使用する際には指先に魔力を込める必要がある。2年前に君から聞いたことです。では指がなければどうなるのか? その答えは今の君を見れば明らかですね。……ふぅ、これでようやく落ち着いて話ができます」


「っぐ、なら……ティリカを解放しろ! 女の子を盾にしなきゃ話も出来ないのか!」


「くす、そんな挑発には乗りませんよ。腕がなくても能力を使う手段があるかもしれない以上、この子を放すことは出来ません。それに腕がなくても魔法は使えるでしょう?」


 どうするどうするどうする!?

 何が最善なのか考えたいのに痛みで集中できない。


「さあ、私と楽しいお喋りをしましょうか。そうですね……先ほどあの女が『やっぱり』と言っていました。ということは、一連の事件が私の犯行によるものだと気づいていたわけですよね。何故でしょうか? 我ながら上手くやれていたと思うのですが」


「はぁ……はぁ……」


 気を張っていないと痛さで転げ回りたくなる。そんな状況で説明なんかできるか。


「答えなければこの子の腕を君と同じ状態にしますよ?」


 ちっ。


「……別に確証があったわけじゃない。ただ2年前、ローザ女王に分岐の条件を聞いた時点でこうなるかもしれないと予想していただけだ」


 『エクトルに俺の正体を説明する』、これが異変解決の分かれ目だと聞いた時に、俺は2つの可能性を思い浮かべた。一緒に異変を解決するかけがえのないパートナーとなるか、敵サイドにつくかの2つを。

 俺としては前者になることを願っていたのだが……。


「ほほう、たったそれだけのことで私が犯人だと疑っていたわけですか? くすくす、酷い人ですね」


「メルフィの言葉もあって、事件を聞いた時に真っ先にお前が容疑者に挙がった。だからこそフロルは監視の意味と、お前が犯人ではないことを確認する為にすぐ会いに行ったんだよ」


 無理やり問い詰めることも出来たのだが、違った場合、今後の関係に支障が出そうだったから手段を選ばせていた。

 その結果がこの様だ。つくづく自分の甘さに嫌気がさす。


「なるほど。つまり君達は私が犯人だろうと予想していただけで、具体的な実行方法や失踪者がどうなったかについては何も分かっていないわけですね」


「……そうだ。せいぜい魔力感知によってターゲットを選んでいたくらいしかな」


 血が止まらない。すでに兄元には大きな血だまりができている。

 人ってこんなに出血しても大丈夫なのか?

 俺はフロルと違ってほとんど生身だから、このままだと出血多量で死ぬという可能性もある。


「くす、まあそうでしょう。私も気づかれないように念入りに準備していましたからね。しょせん、強さぐらいしか取り柄のない君達では分からなくても無理ないでしょう」


「……」


 余計なことは考えるな。エクトルの話に付き合い、ティリカを助け出すことだけを考えろ。


「気分がいいので特別に少し教えて上げます。私も【能力】を手に入れたのですよ。【吸収】と【催眠】の2つの能力をね」


「吸収……まさか……」


 具体的にどんな能力なのかは分からない。

 しかし吸収と聞いて思い出すのはブラトの最期。


「ええ、ブラトは私に魔力と生命力を吸い尽くされて亡くなったんですよ。失踪者の方も同様です。全員、私の糧となって死んでいきましたよ」


 何でもないことのように淡々と口にするエクトルに、思わず痛みすら忘れ絶句してしまう。失踪者が死んでいるということもそうだが、何よりも1000人以上を殺したと言っておきながら罪悪感があるように見えなかったからだ。


「何故そんなことを……? いや、そもそも能力はどこで手に入れた?」


 能力なんてそこら辺に落ちているものじゃないし、手に入れようと思って手に入るものでもない。


「能力についてはそうですね……内なる声に耳を傾けた、とだけ言っておきましょう」


 ……なんかの謎かけか?


「動機については――来る戦いに向け、大量の魔力が必要だったというだけです」


「はぁ……はぁ……」


 やばい、また痛みが激しくなってきた。


「おや? かなり出血していますね。このままだと危ない。止血してあげましょう」


「ぐう」


 つい数時間前に見たばかりの鎖が俺の両手首、両足、胴体へと巻き付く。


「話を戻しましょう。きっと君は『動機がそうならどうして俺をいたぶるのか?』と思っているはずです」


「うぐぐぐ」


 この鎖、締め付けがシャレになんねえ。


「ジルくん。私はね、遊びみたいな勝負だったとは言え、君と引き分けた時は悔しさもありましたが、実は嬉しかったんですよ? 若き天才の出現に胸を躍らせました。まるでライバルと友が同時に現れたような気分とでも言いましょうか。……ですが、君は、私の気持ちを――踏みにじった!!」


「がああああああああああああ」


 鎖から眩い電流が流れだした。


「自身の力で戦うのではなく【能力】というイカサマを使うなど……!! 断じて許せないことです!!」


「ぐ、あ、あの時は、能力を使っていなかった!!」


「嘘をつくな!!」


「ぐああああああああああああああ」


「でなければ私が君なんかと引き分けるはずがない!! 見なさい!! 現に能力を使わない君は私に手も足も出ず虫の息じゃないですか!!」


「う……ぐ、ごほっ、がはっ……」


 血を流しすぎたのか、電流を食らい過ぎたのか意識が朦朧とする。

 何か反論したかったはずなのに言葉が出て来ない。


「ああ、良い表情ですよ。私はずっとその顔が見たかった。私に為す術もなくやられる情けない顔を。……欲を言えばあの女の苦しむ顔の方が良かったのですが、奴なら躊躇なくこの子を見捨てそうでしたからね。まあ、君でも十分満足できましたし良しとしましょう」


 もはやエクトルの声も耳にほとんど入って来ない。


「そうだ!! ティリカちゃん、ずっと黙っているのも暇でしょう。両手を切断され、体から煙を上げながらも君を連れ戻そうとジルくんが頑張っています。応援の一つでもするのが筋というものでしょう」


「……がんばれー。がんばれー」


 まるで抑揚がないが、不思議とティリカの声だけは耳にすんなりと入る。


「お、ジルくんの目に力が宿って来ましたね。もうちょっとですよティリカちゃん」


「がんばれー。がんばれー、がんばれー!!」


 そうだ。俺はティリカを連れ戻すんだ。


「よし、ラストスパートです!!」


「頑張って下さいエクトル様!! ジルの魔の手から私を守って!!」


「……!!」


「はははは!! パーフェクトです!! 文句のつけようのない応援でしたよ!! おかげでやる気が凄く上がりましたよ。くすくす、これはお礼をする必要がありますね。……まだティリカちゃんには早いかもしれませんが、君を大人の体にしてあげましょうか?」


「――」


 瞬間、俺の中の何かが弾けた。

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