第32話 彼の実力
「一緒、一緒に来てててもらうゾ」
っと、気持ちを切り替えないと。
選択肢は2つ。
このままブラトに付いていくか、ここで倒して情報を吐かせるか。どちらも一長一短で迷うわね。
「フロルさん、迷う必要はありません。ここで彼を押さえましょう。貴女の能力を使って情報を引き出し、失踪者の居場所を聞き出す。これが最善な選択なはずです。のこのこと付いて行って危険を冒すようなマネはよして下さい」
そう、ね。ここはエクトルの意見を採用しましょうか。
「OK。それでいきましょう」
そういうことならもうククルの格好をする必要はない。
ククルから元の私の姿に戻り、エクトルにかけてある感知不能の状態も解除する。
「じゃ、攻めましょう……か?」
「お、おお……」
あら、私が変装を解除した途端ブラトの様子が変になったわ。
うつむいて身をプルプルと震わしている。
……嫌な予感。
「おおおおオオオオオオオオオ!! 我ガ女神よ! 遂に……遂ニ! 俺を迎エニ来てくれた!! さア、理想、理想ののの理想郷は目前! みみ見ル……見見見……な……。努力、努力努力ががががががあああああああ! ……共に行こう!!」
「ひいいいいいいいいい」
ヤバいわ! 完全にいっちゃってるじゃない!
あんな状態の奴に1.5mも近づきたくないわ!
「哀れな……。フロルさん、ここは私にやらせて下さい。ほとんど接点はありませんでしたが、弟子の弟子です。師匠である私が責任を取るのが筋というものでしょう」
グッドアイディア!
「ええ、任せたわ! やっちゃって! ……あ、無理にとは言わないけどダメージはなるべく抑えめで」
「ええ、分かっています。操られている可能性を考慮しろということですよね」
ブラトが今回の件に深く関わっているのはもはや疑いようもない。でも自らの意思で行動しているのか、操られているのかまでは不明。というか操られている可能性の方が高そう。なら彼もまた被害者ということになるから、ダメージを与えすぎるのはちょっと可哀想よね。
「ですが……どちらにせよ少々、不甲斐ないことは確か。お灸をすえる必要はあるでしょう」
そう言って、私を庇うように前に出るエクトル。
……厳しいような気もするけど、私が口出しするべきことじゃないでしょう。
「女神女神女神女神よおおおおおおお!!……。貴様ハ……!!」
「ようやく私を認識しましたか。私が誰だか分かりますか? 私は貴方の師匠の師匠です。少しでも正気が残っているのなら大人しくしていなさい」
「何故……ナゼナゼなぜナゼナゼナゼ!! なゼぜぜ貴様が女神と!! ……よくもよクもヨクモ!! 絶対に絶絶絶絶ころこ……殺ス!!」
私と一緒にいることが気に食わなかったのか、激昂しながらエクトルへ襲いかかってきた。握りしめた拳には鋭く尖った岩をメリケンサックのように装着している。殺る気満々ね。
「物騒な物を。近づくと危ないので……『パラライズ・バインド』」
「ぐ!? ぐがががががががががががが」
どこからともなく無数の鎖が現れ、ブラトの両手両足、首、胴体を縛り上げていく。
縛り終えると、鎖から眩い閃光を放つ電気が流れ始めた。
「こんなものですかね。フロルさん、もう大丈夫ですよ」
うわぁ……。昔ジルと戦っていた時も思ったけど、エクトルって虫も殺さないような顔をしておきながら、いざ戦いとなると容赦なくエグイ攻撃をしてくるわよね。ちょっと引くわ。
「まったく何、爽やかな顔で……って、まだみたいよ」
「え?」
「ぬああああああああああ!!」
魔法も使わずに己の力のみで鎖を引き千切っての脱出。驚嘆に値するわ。
「殺す殺ス殺す殺す殺ス……!!」
「あの状態でよくもまあ……。貴方を少し見くびっていたのかもしれません」
ブラトの当たれば一発で致命傷になりかねないパンチの猛攻撃を危なげなく避けつつ、手に可視化出来る程の魔力を込めていく。
「今度は強めにいきます……『点破雷掌』」
「――ツ」
手に雷を纏いながら腹部への強烈な掌底。もろに食らったブラトは声にならない悲鳴を上げて勢いよく壁に叩きつけられる。
さすがはカルカイムが誇る最強の宮廷魔術師。魔法だけじゃなくて体術までいけるのね。参考にエミリーとカベルにも見せたかったわ。
「ふう、まだ動きますか」
「お……おオ……え……ゥ……あぁぎ……ぃ……たァァァァァ!!」
「しょうがないですね」
ふらふらになりながらも再び襲いかかってくるブラトの足元に鎖を設置。鎖に足を取られて転んだ隙に腕を取ると、関節技を決めだした。しっかり決まっているのかブラトはジタバタするも抜け出す様子はない。
「さ、フロルさん今です! 私が押さえている内に!」
「OK! そのまましっかり頼むわよ」
まずはブラトを正気に戻して会話出来るようにしましょう。そんで今回の事件について聴取っと。
「……オ……女神……女神女神……コ……」
なんだか悲しそうに女神を連呼するブラトに近づこうとすると――。
「――つ、離れなさいエクトル!!」
「オオオオォォォォォォ」
「なっ」
ブラトが急激に痩せ細っていく……!!
「ォォォォォォォ……」
エクトルが離れると同時にますます加速し、私が止める間もなく骨だけの存在になり、その骨も数秒と経たぬうちに塵となって消えてしまった。
死んだ、の……?
「……」
「わ、私じゃありませんよ!? 私にも何が起きたか分かりません!」
確かにエクトルが魔法を使った形跡はなかった。
と、なると――。
「自殺、あるいは……」
「何者かに消された、ですか?」
「そうなるわよね」
でもエクトルが戦っている間、周りに怪しい人物がいないか注意していたけど、そんな奴はいなかったのよね。ということはブラトに何かしらの魔法でもかけられていたのかしら? 体力が一定以上下がると命を奪う魔法が発動するとか。
まあ自殺にしろ他殺にしろ、私の失態であることに変わりないわ。エクトルに任せず自分でやるべきだったのよ。そうすればあの草原の戦いの時と同じ結末を繰り返さずに済んだのに……。
「これからどうします? 彼が主犯で自殺したにせよ操られていたにせよ一旦、事件は落ち着くと思いますが。前者は言うまでもなく、後者は彼が死んだことによって犯人も慎重になるでしょうから」
「果たしてそうかしらね?」
もし向こうが“追いつめられている”と感じれば、ここで一気に派手な行動を取ってくる可能性も十分に有り得る。だから一概にしばらく安全だとは言えない。
「いずれにしろ今は王城に戻って今回の件を報告しようと思っています。何でしたらフロルさんも来ますか? 王子も会いたがっていますし」
ミュランか。たま~に訓練してあげていたら、いつだったかスイレンが危惧していた通りに懐かれたのよね。しかも結構うざい感じに。
「遠慮しておくわ。訓練をしないのに会っても変な誤解を与えそうだから」
「くす、それが賢明でしょう」
「私はこれから他の都市に行って同様のことを試してこようと思うわ。ブラト以外にも何か釣れるかもしれないし。それでダメだったら今日はもう弟子達を拾ってメイユ市に戻るわ」
「分かりました。では何か進展がありましたらまた私を呼んで下さい。私もまた失踪者が出たら真っ先にフロルさんにお知らせしますから」
こうしてエクトルと別れた私は各都市を駆けずり回るも、結局何も得ることなくメイユ市に帰還することになるのだった。
「聞いてください師匠! 王都の騎士団って酷いんですよ!」
「あいつら俺らのこと門前払いしたんすよ! 師匠の弟子だって説明しているのに『ほー、それは凄い! 本当だったらな。生憎と俺らは君たちの事を知らない。だから部外者に事件の事を説明することは出来ない』って、まともに取り合ってくれないんす!」
「あー……その辺のことは考慮していなかったわね。そっか、貴方達はメイユ市では有名でも王都の方じゃまだ無名なんだっけ」
スイレン邸(名義上は私の家)に戻って弟子達の報告を聞こうとしたらすぐに終わってしまった。別にこれは予想通りだから特に問題ない。2人が私の弟子だからって調子に乗らないようにするための措置だし。
「フロル、いいところに来たわ!! すぐに私の部屋に来て!!」
突如、スイレンの声が屋敷に響き渡る。
「あら、スイレンったらいたのね。ちょっと様子を見て来るから貴方達はそこら辺でくつろいでいて」
「はい」
「ういっす。……ごゆっくりと」
2人に指示を出しながらスイレンの部屋へと向かう。
「何の用? 今日は私、忙しいのだけれど」
1/3が本棚に占拠されている部屋に足を踏み入れる。そのほとんどが漫画本というのは精霊としてどうなのかしらね。
「大変よフロル!! もうこの漫画の最新刊が出ているの!! 急いで買わないと!!」
興奮した様子で電子カタログを見せてくる。これは……女の子が麻雀をする漫画ね。
「はいはい、後で買ってあげるわよ」
「頼むわよ!!」
漫画本を買ってとせがむ精霊。ああ、ダメ。目頭が熱くなってきたわ。もはや威厳のかけらもない。
……ちなみに電子カタログは2年前にアルパカがお詫びだと言って寄越してきたもの。月に一度更新され、地球産の食べ物や漫画本などを注文することが出来る。もちろんお金は取られるけど。
「は~、漫画っていいわよね。面白い上に魔法の参考になるんですもの。学院も字や図だけの教科書だけじゃなくて漫画を採用すればいいのに。……んで、忙しいって何があったの?」
スイレンに今回の依頼についてざっと説明してあげる。
「へぇ、けっこう大変なことになっているじゃない」
「でしょ?」
「んー、でもその割には貴女らしくないミスをしているのね。真相に最も近いと思われる男を死なせるなんてちょっと考えられないわ。……もしかして事件を解決したくないのかしら? 犯人に心当たりがあるから無意識のうちに手を抜いている、とか」
……さすがスイレン。
「私はそうでもないんだけどね。“ジル”がちょっと臆病になっているのよ」
「なるほど、そっちか。……ちなみに全くもって他意はないけど私なら今回と同じことは出来るわよ。それとメルフィは今日は来ていないわ。最近は一人で修行することが多いのよ」
「そう」
「し、師匠! ス、スイレン様! 失礼します!」
エミリーが慌てた様子で部屋に入って来た。
「何? 人の部屋にノックもなしに」
「す、すいません! ですがアリサちゃんが2人にお話があるって血相を変えて帰って来たので……。水を飲んで落ち着かせている内に私がお呼びしようと……」
「すぐに行くわ……!」
スイレンが真っ先に部屋を飛び出しアリサの元へと向かう。
「カベルはどうしたの?」
「それが用事を思い出したから先に帰るって……」
「……」
まずはアリサの話を聞きましょうか。
そう思い部屋を出ると、アリサの悲痛な叫び声が聞こえた。
「お姉ちゃんが……お姉ちゃんが攫われました……!!」




