第30話 弟子と日常
「いい? こうやって動きを止めてから……『ヘル・フレイム』」
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
体長7mほどのクマみたいな魔物を高さ数十mにもおよぶ巨大な火柱が包み込む。
これほど巨大な火柱でも周囲に熱を放つことはなく、あくまでも対象の魔物だけを焼き尽こうとする。
そして火柱が収まると、そこには初めから何もいなかったかのように魔物の痕跡は一切なくなっていた。
「こんな感じよ。簡単でしょ?」
「凄い……。難易度一つ星のグリムベアを一撃で葬るなんて……」
「いやいや、あんなの参考にならないっすよ。今の魔法を詠唱ありでも使えるのなんて精霊様を除けば師匠ぐらいでしょ」
感嘆の言葉を漏らす赤髪の少女と、呆れたような目を向けて来る茶髪の少年。
「はぁ……何言ってるんだか。二人とも火属性の適性はあるんだから、ちゃんと習得してもらうわよ? 私の弟子を名乗るならこれくらい出来てもらわないと困るんだから」
「が、頑張ります……!!」
「うへぇ~、何年かかることやら」
「ふふ、期待しているわよ。……それじゃあ依頼も完了したことだし、ギルドへ戻りましょう」
二人の手を掴むと、“俺”は転移でこの場を後にした。
「さっすがフロルさんです! 単体では世界最強の魔物と言われているあのグリムベアを半日足らずで片付けて来るなんて! 普通なら準備だけで何日もかかるのに……やっぱりフロルさんは最高です!」
「ふふ、ありがとう」
依頼完了の報告をしたら、犬耳さんに手を握られ興奮気味に褒められた。犬耳を激しく動かし、目を爛々とさせている犬耳さんはほんと可愛い。
「す、すいません。また少し興奮してしまいました。報酬の話に移りますね。お弟子さんは……呼ばなくても大丈夫ですよね」
我が弟子は……。騒がしい外へと目を向ける。
「ぎゃああああ」「ひいいい、すいません! やりすぎたかも!」「やっちまえ!!」「そこだ、そこ!」「うっひゃあ、危ね!?」「あの羨ましいクソ野郎を殺せ!!」
「そうね。今は忙しそうだし、私がまとめて貰っておくわ」
どうやらいつもの如く、他の冒険者達と戦っているようだな。
「ふふ、フロルさん大人気ですね。外で戦っている人全員がそうなんですよね?」
「たぶんね。中には面白半分で戦っている人もいるんでしょうけど」
弟子に勝ったら“フロル”と戦え、フロルに一撃食らわせることが出来れば付き合ってもいいと公言して以来、弟子は大忙しだ。
「フロルさんと初めてお会いしてからもう2年以上経ちますけど、まさかこんなに早く有名になるなんて夢にも思いませんでした。いまやこの国でフロルさんの名前を知らない人はいないんじゃないですか?」
「それは言い過ぎよ。……でもそうね。もうそんなに経つのね」
ローザ女王に異変解決を目指すと宣言してから約2年。
相変わらず異変らしい異変は起きていないため、魔法の訓練をしつつも神様に頼まれたことを実現すべく邁進する、という日々を送ってきた。
思えばランク一級になったり、スイレン達の家を建てたり、弟子を取ったり、貴族連中の刺客に襲われたり、人脈を広げたりとまあ、なかなかに濃密な時間を過ごしたもんだ。
おかげでフロルの格好をするのも様になってきた。以前は犬耳さんみたいに洞察力のある人や勘のいい人には違和感を覚えさせてしまったが、今ではこうして普通に会話出来るレベルに。もはやスイレンですら一瞬では“俺”と“フロル”のどちらか区別がつかないくらいだ。
コツはフロルを演じようとしないこと。理屈や計算で動いてはダメだ。それではボロが出る。あくまで自然に振舞うことこそが一番大事だ。そうすれば考えなくても自ずと次の言葉が出て来るし、その言葉に相応しい動作も体が勝手にしてくれる。
このことをスイレンに自慢気に話したら「もう戻れない所まで行っちゃったのね……」と変な目を向けられてしまったが、とんでもない。俺は新しい扉を開き、世界を広げたのだ。そこに後悔や恥じらいといった感情は一切ない。俺はこれからも道を究めるべく日夜努力していくつもりだ。
「やっぱりいたのね。外で貴女の弟子が暴れていたからそうじゃないかと思ったわ」
「あらマーシャじゃない。そっちも依頼が終わったのかしら?」
見かけたんだから当たり前でしょと言わんばかりに、いきなり母さんが俺の隣に並んできた。
肩に1mほどの鳥を担いでいるから依頼の帰りなんだろう。
「そうよ。でもこの鳥は違うわ。これは今日の夕食のおかずよ。依頼の途中でたまたま遭遇してね、ちょうどいいと思って捕まえたの」
「けっこう美味しいのよね、その鳥」
これは夕食が楽しみだ。
「なんだったら家に招待しようか? って言いたいところだけど、今日はアルフがいるからダメね。あのバカ、まだフロルのこと諦めてないのよ。あまりにフロルフロルうるさいからリンダの奴、愛想を尽かしたのか最近は私の息子達を狙っているし」
「いや、それはダメでしょう……」
なにそれ初耳なんですが。
「ねー。私もさすがに不味いと思って『まだ早いわよ!』って注意しておいたわ」
早いとか遅いとかそういう問題ではなく……まあいいや。たぶん母さんなりの冗談なんだろう。
「それにしても貴女の弟子達は――あ、そうだ!! フロルに聞こうと思っていたことがあったんだった」
「ん、何かしら?」
「最近ブラトを見た?」
「ブラト?」
あの三級の冒険者のことか。フロルに最初に惚れた男で、フロルのことを女神とか言ってやたら神聖視してきたんだよな。結婚を賭けてたびたび勝負も挑まれたっけか。
「……いいえ、最近は見てないわね」
最後に会ったのは……一年前に挑まれた時だな。以降はフロルへの思いが【自由自在】によって強制的に断たれたはずだから、その関係で姿を見ないのかと思っていたのだが……。
「魔法の実験台に……間違えた。久しぶりに魔法を鍛えてあげようかと思って探しているんだけど、ここ一年ほど姿を見ていないのよね」
「確かマーシャが冒険者として活動を再開したのも一年くらい前だったわよね? 危機を察知して逃げたんじゃない?」
フロルへの熱も冷めて、何であんな奴を好きになったんだろうと気恥ずかしくなって違う都市に拠点を移したという線も考えられる。
「フロルさん、こちらが依頼報酬です。確認お願いしますね。……それでチラッと聞こえたんですがブラトさんのお話をしていたみたいですね」
「ギルド側は何か把握しているの?」
報酬をスイレン邸へ転移させながら二人の会話に耳を傾ける。
「えーと、ちょっと待って下さいね。……ふむふむ。ブラトさんが最後にギルドにやってきたのは一年前ですね。依頼完了の報告に来ています。それ以降はギルドを全く利用していないようなので、冒険者を引退したか、他の都市や国に引っ越したのかもしれませんね」
冒険者がいきなり行方をくらませることはさほど珍しいことではない。
大金を得ようと思ったら危険な依頼を受けなければいけないし、逆に簡単な依頼は報酬が安い上に競争率が激しい。そして、そこそこの難易度でそこそこの報酬が貰える依頼は滅多にない。生涯安定して暮らすにはなかなか難しい職業だ。
それゆえ怪我や他の安定した職業を探すなどの理由で辞める人や、自分に合った依頼を探すために他の都市へ引っ越す冒険者は少なくない。
「ち、ブラトの奴、師匠である私に何の連絡もよこさずに引っ越したのね。いい度胸してるわ」
露骨に舌打ちし、忌々しげな顔をする母さん。
「酷い顔ね。息子さんが見たら怖くて泣くわよ?」
「大丈夫。子供たちの前では優しい母親でいるわ」
どっかの精霊様と同じことを言っているが……あんまり出来てないんだよな。この前ルー兄さんだって「母さんってけっこう凶暴だよね」とか言ってたし。
「子供は意外と親を見ているんだからせいぜい気を付けるのね。じゃ、私はもう行くから」
「はいはい、ご忠告ありがとう。フロルも弟子には逃げられないようにねー」
母さんの適当な挨拶に苦笑しつつも、外にいる弟子達を呼びに行く。
音もしないし、戦いはもう終わっているでしょ。
「お疲れ様。どうやら今日も無事に勝てたみたいね」
周囲に十数人ほど倒れ伏している中、我が弟子二人だけが息を切らしながらも立っている。
「はぁ……はぁ……。はい、なんとか……」
「あ゛ーーーーー疲れた!! なんかこの人達、俺にだけやたら殺気を込めて攻撃してくるんすよねー。エミリーには甘い攻撃が多いのに……不公平っすよ!!」
15歳の少年(こっちの世界では15で成人扱いだが)、カベルが何やら文句を言ってるが無視。
「よしよし、エミリー。よく頑張ったわね」
「あ、ありがとうございます……!!」
赤いビキニに黒マント、黒ニーソを装備(?)している14歳の少女、エミリーの頭を優しく撫でてあげる。みるみる赤面していく姿は眼福ものだ。
「師匠師匠! 俺には!?」
「土でも食ってろ」
「酷え!? さすがにそれはあんまりですよ!? 師匠に弟子入りしてからそろそろ半年。これまで何のご褒美もなく頑張って来たんですから、そろそろ何かお願いしますよ!!」
「む……」
確かに飴と鞭を使い分けた方が成長は望めるかもしれない。だがカベルみたいな奴は一度何かを与えると調子に乗りそうなんだよな。
……うーん、でも偶にはいいか。
「分かったわ。じゃあ、私のお腹を触らせてあげる」
「……!! ほ、本当ですか? 嘘じゃないですよね!?」
「師匠! それはやり過ぎですよ!! せめて靴ぐらいにしておきましょう!!」
「おいバカ止めろエミリー!! せっかく師匠が俺へのご好意で触っていいと仰っているのだ、ここは弟子として触るのが礼儀というものだろ!!」
「ご好意ぃぃぃ? 何言ってるんですかあ? お情けで触らせてもらえるだけじゃないですか」
「かあぁぁぁ、嫌だ嫌だ。師匠の気持ちをまるで全部知ったような口を利いて。勘違いもほどほどにしてくれませんかねえ?」
「……年上だからって容赦しませんよ?」
「はは、そりゃあこっちのセリフだ。年下だからって手加減してもらえると思うなよ?」
睨み合いながら戦闘態勢に入る二人。
軽い思い付きで提案したつもりなのに何故こうなった……。
「はいはい、二人とも止めなさい。カベル、お腹を触らせることにご褒美以外の他意はないから。そういうわけでエミリーも落ち着きなさい」
「はい……」
「へっへー、分かってますよーそんなこと」
分かって無さそうな口振りだが――男としてカベルの気持ちも分からなくもないのでそっとしておいてあげるか。わざわざ絶望を与える必要はないだろう
「ではさっそく」
緊張しているのか、手を震えさせながらゆっくりと“フロル”のお腹に触れるカベル。
「こ、ここれが師匠のお腹……!! ふふ……ふふふふははははははははははは!! やったぞ!! 俺は男で初めて師匠にお腹に触ったんだ!! きっと未来永劫、カベルの名は語り継がれることになるだろう!! うはははははははははは!!」
狂ったように笑いながら天を仰いでいる。
やばえ、なんかキモいわ。
「う、うううぅぅぅぅぅ……」
今度は泣き出した!? どんだけだよ!?
「死ねばいいのに」
こらこら、エミリーさんや。女の子がそんな顔してはいけませんよ。
「ぐ、奴を生かしておくな!」「ただでさえいつもフロルと一緒にいるのに……」「殺せ殺せ!」「あいつの手を触れば間接的に……」「奴を殺したものに10万払う!!」「くぅ~フロルの奴、羨ましい……!!」「殺す……」「いくぞ!」
と、いつの間にか復活した冒険者達が怨嗟の声を上げながらカベルを襲い出した。心なしかさっきまで倒れていた人数よりも多い気がする。
「はっはー、来い負け犬ども! 今の俺は――無敵だぜ?」
ドヤ顔を決めつつ、第二ラウンドへと突入。
「……帰りましょうか」
「あ、私も途中までお供します!」
後ろで行われているにぎやかな祭りをBGMに、俺達はその場を後にした。
「ただいま」
「おかえり。今日もお疲れ様」
22時を回った頃、疲労困憊といった感じのメルフィが俺の部屋に帰ってきた。
「うん。あのババアのしごきに堪えて頑張った」
「よしよし」
メルはまだ自身の力を上手く使えないし、風の精霊の仕事についても不慣れな為、スイレンが稽古&サポートをしている。そのため、普段一緒にいることは実はあまりない。丸一日帰って来ないこともざらだしな。
「どうする? もう寝るか?」
メルが元気な時は一日の出来事を報告し合ったり、適当に駄弁ったり、フロルと会話したりするのだが、今日は眠そうだしこのまま寝るだろうな。
「うん……眠ぃ。でも、その前にジルとフロルに言っておくことがある」
「何を?」
「たぶん、そろそろ」
………………。
「そう、か。いよいよか」
「最近、風が騒がしい。規模は分からないけど近いうちに何か起こる、と思う」
来るのか。異変を解決できるチャンスが。
正直、異変と言われてもそれらしい出来事に出くわしていないからいまいちピンと来ないが、こいつの所為で随分と頭を悩まされてきたんだ。絶対にチャンスをものにしてみせる。そしてのんびりと第二の人生を満喫するのだ。
「手が震えてる。怖いの?」
「……武者震いだよ」
怖くないわけがない。なんせ女王には50%の確率で死ぬと言われているんだからな。どんな風に死んでしまうのか嫌でも考えてしまう。
「大丈夫。私がついてる」
ポン、と軽く俺の頭に手を乗せる。たったそれだけのことで不安な気持ちが吹き飛んだ。
「ありがとう。……さ、もう大丈夫だから寝ようか」
「うん……おやすみ……」
あっという間に寝てしまったメルを見ているとカベルではないが、今の俺は無敵な様な気がする。
ふふ、いいぜ。異変だろうが何だろうが向かってくるものは全力で叩き潰してやるよ!!




