第28.5話 うさ耳姉妹、ティリカ編
最近、アリサの様子が変。
突然にやけ出したかと思いきや「んー、ちょっと違うかも」と真面目な顔になって、すぐにまたにやけ出す。そしてまた真顔に戻る、というのを毎日繰り返している。
正直、不気味。
何故そんなことをしているのか聞いてみたけど、不機嫌な顔で「お姉ちゃんには関係ない」って言われてしまった。アリサは頑固だからこうなると絶対に教えてくれない。スイレン様に聞いても「青春よねー。温かく見守ってあげましょう」とよく分からないことを言うし、知りたいのなら自分で理由を考えるしかない。
「ふふっ、面白いじゃない!!」
アリサはあたしのことをバカだと思っている節があるから、それを見返すいいチャンスだわ!! 謎を解き明かしてアリサをあっと言わせてやるんだから!!
「お姉ちゃん。今、何て言った?」
「ジルとの買い物にあたしも付いて行くって言ったの」
8時30分。
トイレを我慢しているのか落ち着きなく動き回っているアリサに再度告げる。
「悪いけど今はお姉ちゃんの冗談に付き合っている暇はないの。もうすぐジル様との約束の時間なんだから」
「冗談なんて言ってない!! あたしは本気よ!!」
「……一応、理由を聞いてあげる。何で? 今日は私とジル様だけで買い物に行くって知っているよね? 忘れたなんて言わせないよ?」
アリサが何であんな奇行を始めたのかは分からない。でもいつそうなったのかは分かる。
あたし達がジルと初めて会った日だ。あの日の夜からアリサは変になった。
となるとジルが何かした、あるいは知っているに決まっている。もしジルがアリサに何かしたのなら、ただじゃおかない。ぼっこぼっこにしてやるわ!!
……もちろんこの理由をアリサに教えるわけにはいかない。上手く誤魔化さないと。
「アリサだけジルに何か買ってもらうつもりでしょ? ずるい!! 私も何か買ってもらうんだから!!」
「何言ってるの? このまえジル様に何かしてもらったんでしょ。その上さらに要求する気なの? はっきり言って意地汚いよ」
あー、そういえばジルがお願いを聞いてくれるって言うから、クラスの女の子の間で憧れの遊びの“じょーおーさまごっこ”をしたんだったっけ。四つん這いになった男の子のお尻を踏んだり蹴ったりしながら罵倒する、って遊びだったけど、あんまり楽しくなかったなー。こんなことならアリサと同じで『買い物に付き合ってもらう』にすればよかった。
「ジルにあたしがしたことと同じことをしてもらってチャラにすればいいのよ!!」
「ふーん。そこまでして欲しい物があるんだ。じゃあそれを教えてよ。私が買ってきてあげるから」
ぐ、さすがアリサ。手強いわね。でも負けない!!
「欲しいものは決まってない。実物を見てから決めたいの」
「はぁ……。お姉ちゃんは大事なこと忘れてない? 今日はお姉ちゃんがスイレン様のお世話当番だよ」
「うっ」
そうだった……。スイレン様が正午まで寝ているようだったらあたしが起こさなくちゃいけないんだ。それに起きてからも目を離すとすぐにお菓子を食べすぎていたり、だらしない格好をしていたり、“マンガ”を読み散らかしたりするからちゃんと見張っていないと。
フロル様の前や勉強とか魔法を教えてくれる時は凛々しくてカッコいいのになー。
「……分かった。今回は諦める」
サボるわけにはいかないもんね……。しょうがない。次の機会を待とう。
「まったく。余計な時間を取らせて――」
「まぁまぁ、いいじゃない。ティリカも連れて行ってあげなさいな」
「スイレン様!? どうしたんですかこんなに早く!?」
いきなりのスイレン様の登場にアリサが驚いているけど、あたしも驚きよ。
今日はフロル様が来ないと分かっていたのに9時前に起きてくるなんて。
「ちょっと用が出来ちゃってね。しばらく外すから二人まとめてジルに相手をしてもらってきなさい。彼には私が説明しておくから」
やった!! まさかの大逆転!! アリサもスイレン様の言うことには逆らわないでしょ。
「お姉ちゃんはここに待機させておけばいいんじゃないですか?」
む……。意外と食い下がるのね。
「そんなにジルと二人きりがいいの?」
「な!? 別にそういうわけじゃない!! ジル様と二人で出かけるって約束したからで……もにょもにょ……ああもう!! 好きにすれば!?」
おお? 思わず呟いたセリフが思わぬ効果を生んだわ。あんな取り乱しているアリサを見るのは久し振り。もしかして悪いことしちゃったかな? ……でももう、いまさら引き下がれない。
「アリサの許可も得られたし、ジルの所に行こう!!」
「はぁ」
「ごめんなさいね、アリサ。埋め合わせはいつかちゃんとするわ」
「約束ですよ? もし破ったらフロル様に普段の生活の事を言いつけてやりますからね?」
「……OK、必ず守るわ」
そんなこんなで暗い顔をしたアリサと、怯えたような表情を浮かべているスイレン様と一緒に待ち合わせの場所へと向かった。
「ジル様は空へと向かって行く白い物体を見ましたか? あれはアルパカという生き物だそうです。鳥でもないのに空を飛ぶなんて不思議な生物ですよね。どうやって飛んでいるのでしょう?」
「うーん……魔法で飛んでいる、とかじゃないかな?」
「魔法で空が飛べるんですか!? いえ、そもそも人以外の生物は魔法を使えるんでしょうか?」
「後者は分からないけど前者は可能だと思うよ。そのためには――」
さっきスイレン様が話してくれたアルパカの話をし出したかと思ったら、魔法の話に移っている。あ、今度は雲が何で出来ているかという話に変わった。……次は雨の話ですか。
ダメ、話についていけない!! いや、話していることは分かるわよ。……半分くらい。でも二人の会話のテンポが良すぎてあたしが話に入る余地がない。アリサは何だか楽しそうだし、ジルも満更でもない顔をしている。あたしだけ除け者にされているみたいで面白くない。面白くない!!
こうなったら無理やりにでも――って、落ち着けあたし!!
ここで我を失っちゃダメよ。味方になってくれそうなスイレン様はジルが付けていたブレスレットを持ってどっかに行っちゃったから、頼りになるのは自分一人しかいない。冷静にならないと。
……そう、むしろこれはチャンスなんだから。あたしの目的はアリサの異変の正体を突き止めること。そして目の前にはその原因がいるんだからよーく観察してやればいいのよ。
「じー」
「……どうしたのさ、ティリカ。黙って僕のこと見つめて」
「じー」
「放って置きましょう。最近のお姉ちゃん、ちょっと変なんです」
「それ、大丈夫なの?」
「じー」
「定期的におかしくなりますし、問題ありません。むしろ今の状態が正常で、普段のお姉ちゃんこそが異常なのかもしれません。そっとしといてあげましょう」
「けっこう毒を吐くんだね。ちょっと意外だよ」
「遠慮のない関係とも言えます。それでですね、さっきの続きですが――」
「じー」
二人の会話が耳に入らないくらいにジルを観察する。
ジルロット・トライフォース。
銀髪に碧眼の人族。身長はあたしより高い。運動は……不得意そうに見えない。さっき話していた内容からして頭も悪くないはず。そんで見た目は……まあ、カッコいい方の部類に入るんじゃないかな。
そしてジルの中で最も特徴的と言えるのが彼独特の雰囲気だと思う。全体的に落ち着いているというか何というか……そう! 大人びてるって感じね。あたしが今までに見たどんな子供よりも。
でも何でそう思うんだろう? 同い年のはずなのに。あたしや他の子と一体どこが違うの?
うーん……んー…………あー……うー…………。
っ、分かった!!
「目よ、目!!」
「うわっ、急に何!?」
「きっと目がかゆいんですよ。それで――」
ふっふ~、さすがあたし。気づいちゃったわ!! ジルはそう、目が優しいのよ!! 見守るような目って言うの? スイレン様があたし達に向ける目に近いんだと思う。
いや、違うわね。もっと似てる人がいた。フロル様よフロル様! ジルはフロル様とそっくりなのよ!! 性別や性格、年も身長も立場も全く違う二人だけど、あたし達を見る目だけは似ている。……んー、でもジルの方がちょっと柔らかいかな。
まぁそれはともかく、優しい目で人を見れば大人っぽく見えるってことなんじゃない!? つまりフロル様に少しでも近づける!!
「ふ、ふふふ、あーはははははは!!」
「ね、ねぇ、本当にティリカは大丈夫なの?」
「確かに今回のはちょっと危ないですね……。ここまでのは久し振りです」
凄い大発見だわ! あたしって天才かも!!
ふふ、そうね。さっそく大人っぽくなった新しいあたしをアリサに見せつけてあげましょう。
「アリサ」
「な、なに?」
優しい目、優しい目。
「ふっ」
「……いきなり憐れんだ様な目を向けてどういうつもり?」
あれ伝わってない? 子供のアリサにはちょっと分かり辛かったかな。
言葉も交えないとダメなのかも。
「ほらアリサ。お姉ちゃんって呼んでみて」
優しい目、優しい声で話しかける。
「ジ、ジル様。どどどどどど、どうしましょう!? お姉ちゃんの様子が本格的に変です!!」
「ちゃんとお姉ちゃんって言えたわね。えらいえらい」
「あわわわわわわ……。ついにお姉ちゃんが壊れた?! くっ、元に戻って!!」
「あ、ちょ」
「はう!?」
バチン、という音とともに、あたしの目の前は真っ暗に――。
「……ん」
「お、目が覚めたみたいだ」
「良かった……!!」
目を開けると、真っ先にジルの顔が見えた。
……。
ああ。あたし、ジルに膝枕をされているんだ。
どうやらここは公園のベンチみたい。
「気分はどう?」
「悪くない、かな」
むしろ心地いい。
「アリサ。ティリカに何か飲み物を買ってきてくれる?」
「分かりました。すぐ買ってきます!!」
アリサが走って行っちゃった。あんなに走ったら危ないのに。
「何があったか覚えてる?」
「んー……あんまり」
「ティリカはアリサにビンタされてね、よほど打ち所が悪かったのか気絶しちゃったんだよ」
ふーん、そうなんだ。アリサにビンタされるなんて、あたしは何をやったんだろう。何か重大な発見をした気もするけど、ぜんぜん思い出せない。
「気絶したティリカを見てアリサは酷く狼狽していたよ。泣きながら『死なないでお姉ちゃん!!』って叫びっぱなし。僕が落ち着くように諭そうとしたら殴られそうになったよ」
あのアリサが泣きながら……。
「ふふ、良いことを聞いた」
やっぱりアリサはあたしのことが大好きなんだ。最近、変な儀式にはまってあたしのことなんてもう、どうでもいいのかと思っていたけど違ったのね。それにジルを殴ろうとしたってことはジルよりもあたしの方が大事ってこと。あたしの完全勝利だわ。
「残念だったわね、ジル」
「え、何が!?」
はー、安心したら眠くなってきた……。
「ねージル。頭を撫でてくれない?」
「ん、ああいいよ」
『何が残念なんだ?』と呟きつつ、絶妙な手つきで頭を撫でてくれる。上手いのね……。他の人で慣れているのかなあ? だとしたらその人が羨ましいかも……。
「ありがとー。今度お礼をするねぇ……」
「別に必要ないよ。僕もティリカ達から十分すぎる物を貰ったからね。おかげで迷っていたことに決心がついたよ」
あ、今の顔。すっごくかっこいいなぁ……。
「だいぶ眠そうだね。もうしばらく眠っていても大丈夫だよ」
「ぅん…………」
ジルみたいなお兄ちゃんが欲しかったなーと思いつつ、あたしは意識をゆっくりと手放した――。
「あーあ。幸せそうに眠っちゃって。正直、羨ましいです」
ジル様の膝を枕代わりにして、幸せそうに眠っているお姉ちゃんを見て思わず本音が出る。
「アリサはダメだよ。ティリカを叩いて気絶させちゃったんだから」
「分かっています!! 言ってみただけです!!」
不覚だった。
お姉ちゃんの奇行を見て叩いてしまった上に、泣きながらあんなに取り乱すなんて……。おまけにジル様を殴ろうとまでするとは、自分のことながらちょっと信じ難い。どうやら私は自分で思っている以上にお姉ちゃんのことが好きなのかもしれない。もちろん家族として。
あーあ、前半は凄い楽しかったのに何でこんなことになっちゃったんだろう? でも、一番悪いのは私なんだよね……。つまらない意地なんか張ってお姉ちゃんを無視しようとしたからこんなことになったんだと思う。今日の反省もあるし、今度からはお姉ちゃんにもっと優しくしよう。
「んー、ぇへへ」
うーーーー!!
せっかく決意したのに、ジル様に頭を撫でられながら寝ているお姉ちゃんを見ているとはやくも決意が揺らぎそうになる。
結局、お姉ちゃんが起きるまで私は、この悶々とした気持ちと闘い続ける破目になるのだった。




