第27話 風の精霊
「お邪魔するわよー!!」
「ぞー」
「ひぇっ!? もう帰って来たの!? ……ってなんだフロルか」
スイレンが泊まっている部屋に勢いよく入ると、彼女はベッドに寝そべりながら漫画本を読んでいた。私達が入ってきたことにより一瞬こちらに目を向けるも、誰か確認するとすぐに本へと視線を戻してしまう。
あーあ、スカートが捲れてパンツが見えているじゃない。これは“ジル”には見せられないからブロックしておかないと。あんなセクシーな下着は“ジル”には刺激が強すぎるでしょう。
んー、周囲には他の漫画本も散らばっているし、なんだかだらしないわね。とても天下の精霊様がすることとは思えない。もうすぐティリカやアリサも帰ってくるんだから、しっかりして欲しいものだわ。
ちなみに漫画本は“ジル”が用意したもの。昔は本の様に複雑な物は作れなかったけど、【自由自在】の使い方も慣れてきたおかげで作成可能に。具体的には能力で自身の記憶を漁り、該当するデータを適当な本に上書き、という作業。
読んだことがあればどんな適当な読み方をしていても問題なし。でも逆をいえば、作れるものは“ジル”が一度でも読んだことがあるものに限られる。だからシリーズものだと途中までしか創れないのよねー。さすがにこの能力をもってしても地球から続きを取り寄せることは出来なかったし、そこんところは諦めるしかない。
「まったくもう、入ってくるならノックくらいしてよねー。驚いちゃったじゃない」
「ごめんごめん、魔力感知でとっくに気づいているのかと思ってたの」
「私だっていつもしているわけじゃないんだから……まぁ、フロルだし許す。でもジルはダメだからね。そんな気配りの出来ない男になっちゃダメよ」
「OK。ただし、スイレンもその格好はやめておきなさい。ティリカやアリサの教育によくないわ」
「ぞー」
いまだにベッドに横になりながら漫画を読むのを止めていない。パンツもばっちり見えたまま。こんな姿は姉妹達はおろか人様にはとてもお見せ出来ない。
「ちょっと待って、今いいところなの。……それに大丈夫よ。二人の前では完璧な私でいるから」
あまり説得力のある格好ではない。けど確かにスイレンは二人の前ではなかなかの保護者っぷりを発揮している。
勉強や魔法の指導には熱心なことはもちろんのこと、体調、食事、精神状態にも気を使っており、二人が望んでいる時には構い、そうでないときは距離を取るなど、甘過ぎず厳し過ぎず、緩め過ぎず締め付け過ぎずをモットーに実行。
さらには安全面もばっちり。二人には内緒で(アリサは気づいているかもしれないけど)スイレン式の防御魔法がかけてあり、ちょっとやそっとのことでは彼女達が傷つくことは無い。さらに私特製の魔法も合わさって、生身でありながら二人は下手な要塞よりも頑丈。おそらくエクトルクラス100人の暴漢に襲われても傷一つ付けることは出来ないでしょう。ある意味、王様を差し置いて世界で最も安全な人物と言っても過言ではないわね。
……いや、さすがに過保護すぎないかしら? ……まあ何かあって後悔するよりかはマシか。
「んで、何の用? 隣の国に行ってたんじゃないの?」
ぺらっとページをめくりつつ、気のない感じで尋ねてきた。意識が私達にないのがまるわかりね。
「そっちの用は済んだわ。今来たのはこの娘をどうするかの相談」
「だぞー」
「んー?」
お、ようやくちゃんとこっちを見たわね。
「あれ? どうしたのよ、その娘? 見たところ風の精霊のようだけど……ってああ、なるほど。理解したわ。ダメじゃないフロル。元の場所に返してきなさい。精霊はペットじゃないのよ?」
ダメね。全然理解していないわ。
「何言ってるのよ。ほら、もっとちゃんと見て。分からないの?」
「むふー」
何故か得意気になっている精霊ちゃんをスイレンの前に連れて行く。
身長は120cmほど。ちょっとくせ毛気味の翡翠色の髪に、同じく翡翠色の目。見た目は人族の可愛い女の子なんだけど、なぜかこの世界には存在しないはずの体操着を着ている。……といっても私が着せたんだけどね。最初は服を何も身に着けていなかったから、このままではいけないと思い、たまたま持っていた体操服を着せた。……これしかサイズが合うのがなかったからしょうがないじゃない。
「うーん? ふーむ。……んー、もしかしてこの娘、風の大精霊のお気に入り? かすかにあいつの気配を感じるわ」
「残念はずれ。この娘がその大精霊でした」
「ぞー」
「嘘!? このちっこいのが!? メルンの奴はどうしたのよ!?」
メルン。それがあの黒い霧に憑依されていた精霊の名前ね。
「そうね……一言で説明するのは難しいから順に説明していくわ」
「……分かった、聞くわ」
ベッドから立ち上がり、何とも言えない表情を精霊ちゃんに向けているスイレンに、これまでのあらましを説明していく――。
「ごめんなさいね。迷惑をかけたあげく、大した情報もあげられくて。せっかく助けてもらったのに情けないわ……」
「気にしなくていいわ。貴女が悪いんじゃないんだし」
意識を取り戻した精霊に話を聞いてみたけど、あの憑依していたやつの正体やそれに繋がりそうなことは何一つ分からなかった。それどころか、いつ、どこで、どのようにして、何が目的で憑りついたのかすらも不明。いつの間にか意識を失っており、気づいたらこの状況だった、というのが今聞いた内容。
期待していなかったとはいえ、ここまで情報が手に入らないなんて……。やはり、あいつを見す見す逃したのが悔やまれるわね。
まあ過ぎたことをいつまでも引き摺ってもしょうがない。次、気を付ければいいのよ次。
「それじゃあ話も聞けたし、貴方も大丈夫そうだから私は行くわね」
もうここで出来ることも無さそうだし、さっさと帰りましょうか。この荒れた土地も元に戻った精霊一人で解決できるでしょう。
「……ちょっと待って!! 憑りつかれた時期について一つ心当たりがあったわ」
踵を返そうとしたところで、気になる発言が。
「教えてもらえるかしら」
私はすぐに話を聞く体勢に戻る。
「最初にこれはあくまで私の推論であって、事実と反するかもしれないとは断っておくわ」
「それでも構わないわ」
情報が少ない現状では、不正確な物であろうと判断材料が増えるならウェルカムよ。
「つい最近――5年程くらい前かな? に見たことがない魔物がこの近辺に現れてね、私は下位精霊を引き連れて退治しに行ったの。そこですこーしだけ油断して負傷しちゃってね、多分その時に入り込まれたんじゃないかと思う。というか、それぐらいしか思い当たる節がないわ。……あ、ちなみに意識が無くなったのは2年前よ」
ふむ……。
「ねぇ、魔物はどんなやつだった?」
その魔物が黒い霧の本体なのかも。
「全長4mくらいの犬、って感じだったわね。ただし頭は3つあったわ。それぞれが違う属性の魔法を使ってきたの。しかも頭を一つ潰したと思ったらすぐ再生するのよ!? 完全に殺すには3つの頭を同時に始末する必要があって……はあ、あれには苦労したわ」
3つの頭の犬ねえ。ケルベロスみたいなやつだったのかしら? ちょっと見てみたかったかも。
……それはともかく、話を聞く限りだとワンちゃんと黒い霧は同一の存在ではないような気がするわね。でもだからと言って、無関係とも思えない。何かしらの因果関係はありそうよねー。まあ、根拠のないただの勘だから違う可能性もあるけど。
そんでもって間違いないと言えるのはワンちゃんは魔物の異変で出現したということぐらいかしらね。精霊も見たことないって言っているし、これは確定でしょう。
「分かったわ、ありがとう。あの霧が魔物の異変と関係あるのかは不明だけど、参考にはなったわ」
「……魔物の異変? なにかしらそれ」
「知らないの? ……って当たり前か」
スイレンあたりから聞いているかと思ったけど、私がスイレンと出会ったのは一月ぐらい前だから知らなくて当然ね。
「異変って言うのは――」
神や私の正体の事は伏せつつ、ざっと説明してあげた。
「……簡単には信じられないけど、ビチャビチャも絡んでいるようだし否定は出来ないわね。そうね……そうなると私に憑りついていた奴が魔物の異変と無関係だとは思えないわ。必ず何かしらの繋がりがあるはずよ」
ふむ、やはり精霊もそう思いますか。でも……。
「断定するにはまだ早いと思うわ。決めつけは思考を鈍らすもの。あらゆる可能性を視野に入れて行動しましょう。そういうわけで貴女も協力してくれるでしょう?」
ここまで話したんだし、是非とも協力してもらわないと。
「ええ、もちろん!! と言いたいところだけど……それは出来ないわ」
悔しそうに拒絶の言葉を口にする精霊。
……まさかこの流れで断られるとは。けっこう意外だわ。
「理由を聞いても?」
「もし貴女の話が本当なら、これからも三つ首の犬のような強さを持った魔物や、私の体を乗っ取ったような奴が出て来るってことでしょう? ……大精霊の中で一番非力な私じゃあ戦いについていけなくなるわ。それどころか今回みたく足を引っ張るかもしれない」
……。
「何も戦いだけが全てじゃないわ。情報収集や私の相談相手になってくれるだけでも十分助かるのよ? それにもしまた乗っ取られたら私がすぐに助けてあげるわ。だからそんなこと言わずに力を貸して頂戴」
「ふふ、ありがとう。思っていたよりも優しいのね、貴女」
……しまった。今のは私らしくない言い方だったわね。
「OK。訂正するわ。ぐだぐだ言ってないで私達の為に力を貸しなさい」
うん、これでこそ私らしい頼み方だわ。
「……。ふふ……、あははははははははははははは。貴女、面白いのね!! ……ふふいいわ。正直、貴女には助けが必要とは思えないけど、協力するわ。そのためには……悪いんだけど貴女の魔力を分けてくれないかしら」
突然笑ったかと思いきや、何か吹っ切れたかのように風で構成させた手を出してきた。
私は近づくだけで微かに風を感じる手を握りつつ、思いっきり魔力を流し込む。
普通の人なら上限以上の魔力を渡すことは出来ないはずなんだけど、精霊にはそんなことは関係ないのか、どんどんと吸収させていく。
「ああ……すごい魔力。これなら問題ないわ、ありがとう。……さ、もう大丈夫だから、ちょっと下がってもらえる?」
「はいよっと。それで、その魔力をどうするの?」
自身の強化にでも使うのかしら。
「ふふ、すぐに分かるわ。まあ見てて。ふぅー……。レルリラモルト――アルア――コルテ――」
私には分からない言語で詠唱を始める精霊。
すると周囲には魔力が目に見える程渦巻き、魔力同士がぶつかり合ってバチバチと音を立て始める。
一体何をしようとしているのかは分からない。でも恐ろしく複雑で高度な魔法を発動しようとしていることだけは分かる。
私は邪魔にならないように、黙ってその光景を見つめることに専念した。
そして5分程経過した頃――。
「――さあ、目覚めなさい!! 風の申し子よ!!」
どうやら魔法が完成したみたいで、渦巻く魔力の本流から一人の少女が現れた。
一糸纏わぬ少女は宙に浮かびながら私の前まで来ると、糸が切れたように私に倒れかかってくる。
「よいしょっと」
無事キャッチ。どうやら意識は無いみたい。
「うん。上手くいったみたいね」
私の腕で眠っている少女を見て満足気に頷く精霊。
「この娘は?」
「新しい風の大精霊よ。それも風の大精霊本来の力と貴女の魔力を併せ持ったハイスペックなね。今はまだ力を使いこなせなくて未熟だろうけど、将来は必ず貴女の力になるわ。だからそれまでは面倒を見てあげて」
「何言っているの? 貴女も一緒に面倒を見るに――って貴女、体が消えかけているわよ!?」
すでに精霊の膝から下が完全に消えてしまっている。
「ふふ、大精霊は各属性に“一人”って決まっているのよ。次代に役目を託した私が消えるのは当然」
「ふん、バカバカしい。そんなこと私が認めるわけないでしょう」
すぐさま消えかかっている精霊との距離を1.5m以内に詰め、彼女が消えないように【自由自在】を発動させるが――。
「能力が効いていない……!?」
体を復元させるどころか、消滅を食い止めることすら出来ない。
なぜ……?
「貴女が何をしようとしているのかは分かるわ。でも、この娘を召還した時点でもう私の“核”は消えているの。つまり死んでいるも同然。今の私はラグのようなものだし、もう何をしても意味は無いわ」
死んでいる――。
【自由自在】では死者を生き返らせることは出来ない。
すなわち手遅れ――。
「……何か言い残すことはある?」
思考を素早く切り替え、胸の辺りまで消えている精霊に問いかける。
今の私に出来るのはこれくらいしかない。
「そうね……。この娘をよろしく、貴女は貴女の思う通りにってところかしら」
「分かったわ。この娘の面倒は私がしっかり見てあげる」
「ふふ、なら安心だわ。……じゃあね、さようなら」
そう言うと、精霊の体は完全に消えてしまった。
私の前に映るものはただの荒れた土地のみ。
……。
「……見事な“覚悟”だったわ。私は貴女に敬意を表する」
新しい大精霊を抱えたまま、ここにはいない精霊に向かって一礼する。
「そしてこれは手向けよ。『フラワーガーデン』」
荒れた土地を無数の花で埋め尽くす。
さあ、後の事は心配しないで安らかに眠っていなさい。
「――これが事の顛末よ」
「そう……メルンの奴、世代交代をしたのね。自分はまだまだいけるとか言ってたくせに随分と思い切りがいいんだから……」
話を終え、いつになくしんみりとした空気が私達に流れる。
「元気出す。私がついている」
そんな空気を読み取ったのか、精霊ちゃんが私の腕を引っ張って励ましてくれた。
……やだ、可愛いじゃない。
「大丈夫よー。別に落ち込んでいるわけじゃないから。でもありがとうね」
わしゃわしゃと髪を撫でてあげる。
「うみゅ」
はー、和むわー……。
――そうだ!! 大事なことを忘れていたわ!!
「この娘に名前を付けてあげなくちゃね」
いつまでも名無しのままというわけにもいかない。
「はいはい!! それなら私に言い名前があるわ!! 『びゅーびゅー』なんてどう!? 私と同じような名前でいいと思うの。というか仲間が欲しいから、それでお願い!!」
「はっ」
「酷い!? 鼻で笑った!?」
びゅーびゅーなんて論外もいいところだわ。そんなクソダサい名前を付けるくらいならまだ名無しの方がマシよ。
「そうね、スイレンは期待できないから……うーん……。 メルフィっていうのはどうかしら?」
「メルフィ……」
「えー、ちょっと言いにくくない? それならイリーナとか、カミラの方がよくない?」
「メルフィでいい」
「OK。なら『メルフィ』で決定ね。これからよろしく、メルフィ」
「おー」
私達は互いに固い握手を交わした。
「本人がいいって言うのなら構わないか。……さて、私がこれからビシバシと精霊の在り方について教えて上げるから覚悟しなさいよね」
そう言って手を差し伸べるが――。
「ていっ」
その手はメルフィによって払いのけられてしまった。
「……んー? どうしたのかなメルフィちゃん。今のはなーに?」
「ばばぁに教わることは何もない」
「……あらあらあらあら。いやーねぇ、私ともあろう者が聞き間違いかしら。ごめんねーメルフィ。もう一回言ってくれる?」
「うっさい、くそばばぁ」
「なんですって!?」
メルフィのいきなりの発言に、襲いかかろうとするスイレンを羽交い絞めする。
「まあまあ落ち着きなさい。相手はまだ子供よ? ムキになってどうするの」
「むふー」
「あ、こら、あいつかかってこいって挑発しているわよ!? ちょ離して!! 私は誰であろうと売られた喧嘩は買うの!! 生意気なクソ餓鬼に年季の違いを叩き込んでやるんだから!!」
こうしてドタバタはティリカ達が帰ってくるまで続き、今後の話し合いについてはまた日を改めることになったのだった。
余談だけど、メルンがスイレンのことを先輩風を吹かして無茶ブリばかり要求していたため嫌いであった、ということを私達が知るのはもう少し先の話。




