第26話 草原にて
「ふ~ん、ふふん~、ふ~ん~、は~ん、私はフロル~。いかした名前~。でも実は~あんまり好きじゃないの~。なぜならー、それはー」
……ダメね。
なんちゃら草原に向かう途中、あんまりに暇だがら自作の歌を歌ってみた。でも残念なことに“私”に歌の才能はないみたい。自分で作っておきながらなんだけど、絶望的にセンスが感じられない。意外だったわ。完璧に近い私にも短所があるなんて。
「歌がダメとなると次はどうしましょうか……?」
草原への道はそこまで複雑じゃないから注意する程でもないし、景色も代わり映えしない、人も魔物もほとんど見かけないと、とにかく暇。
目的地までまだかかりそうだし、こんなことなら話し相手としてエクトルも連れてくればよかった。まぁ、ローザと話し合いがあるらしいから断られていたと思うけど。それによく考えなくともあんな女装野郎と一緒にいたくないし、誘わなかったのは正解なんでしょう。
「……暇潰しにローザの考察でもしましょうか」
本人いわく、未来……厳密には可能性だっけ? が視えるという予知系の能力者。【真偽】に引っかからなかった以上、疑いをはさむ余地はほぼない。その彼女がヒルト王も能力者であると言ったのだから、これも本当なんでしょう。
国のトップ二人が能力者。偶然で片付けるにはあまりにバカらしい確率。間違いなく、神が意図的にやったんでしょうね。そうなると残りのレストイア教国、ベルダット帝国のトップも何らかの能力を持っていると考えてもいいのかもしれない。でもだからと言って、全ての能力者が神の意図が絡んでいるのかとなると、そうではないと思う。
アリサだけは例外のはず。
国のトップを除くと、現在わかっている能力者は父様、モルク、アリサの三人。父様の【奇跡の種馬】はジルに高スペックな体を用意する為、モルクの【真偽】は一国の王をサポートする為と考えられるけど、アリサの【直感】は違う。
まず【直感】の必要性は感じないし、仮に“ジル”に【直感】の持ち主が必要であるとしても、ククルやルーファスといった身近な存在に与えるべきで、わざわざメイユ市から離れた都市の子供にする必然性は全く感じられない。
でも実際にはアリサは“ジル”の元に辿り着いている。これはどう解釈すればいいのかだけど、おそらくアリサの行動は神にとっても予想外だったんじゃないかと思う。というか、神はアリサの事なんて覚えてすらおらず、【能力】を与えたのも『ジルと同世代の子に能力でも与えておくか』あるいは『数撃ちゃ当たるでしょ』程度の理由しかないのかもしれない。深く考えているようで、実はあんまり考えてなさそうな神だったし。
じゃあアリサが神にとっての『イレギュラー』だとしたら何が言えるのか?
……何が言えるんでしょうね?
子供一人の行動すら予測出来ない無能な神ってところかしら。いえ、さすがにこれは論理の飛躍が過ぎるわね。
……はぁ、これまたダメダメか。
最終的に「私達が思っているよりも能力者は多いのかも」という結論を導き出そうと思っていたのに途中で思考が脇道に逸れちゃったわ。というか最初はローザの考察をしようと思っていなかったっけ? いつの間にかアリサのことを考えていたじゃない。やっぱり興味のない相手のことを考えるのは難しいわね。
まっ、いい暇潰しにはなったし良しとしましょうか。
さぁ目的地はすぐそこよ。
エルニーニョ草原――確かこんな名前だったはず――に着いた私を待っていたのは、草原の名にはおよそ相応しくない光景だった。
「うーん……これじゃあ草原と言うよりは荒地と言った方がしっくりくるわね」
一応草は生えているけど、辺り一面草!! ってわけではなく所々で、しかも今にも枯れそうなくらいに力がないものばかり。土も栄養があるようには見えず乾ききっているし、吹いている風もなんだか陰湿に感じる。
とてもじゃないけどこんな所に精霊が住んでいるとは思えない。
ふむ。となるとローザに騙されたか、元々精霊何て住んでいなかった、異常事態が発生している、またはこういう土地が好みの変わった精霊がいるの四パティーンが考えられるわけだけど……どうせ異常が発生しているとかなんでしょ。知ってるわ。
問題はどの程度のレベルなのかね。まさか精霊が死んでいるなんてことにはなっていないでしょうけど、楽観できるほどの事態にも見えない。
要するに情報が足りないっとこと。ったく、ローザの奴もしっかり説明してくれればいいのに。
しょうがない。何はともあれ、まずは情報収集といきますか。
そう思い、歩み始めようとした瞬間――。
「きゃっ!?」
まるで侵入者を拒むかのように突風が私を襲った。
「なによもう!!」
普通の人なら吹き飛ばされてもおかしくない程の風。もちろん私は平気だけど、前触れもなくいきなりだったから驚いちゃったじゃない。
「出てきなさい!! 誰かいるんでしょ!!」
こんな風、自然に発生するわけがない。明らかに誰かの魔法によるもの。
「……人がこんな所に何の用? 早く立ち去りなさい」
忠告とも警告とも命令ともとれる言葉が聞こえると、目の前に小さな竜巻が現れた。そして竜巻は徐々に人の形に変化していき、最終的には身長一七〇くらいの女性の形に落ち着いた。
なんだか近づいただけで飛ばされそうな存在ね。
「あなたが風の精霊?」
聞くまでもないような気がするけど確認のために尋ねてみる。
「質問を許可した覚えはないわ。死にたくなければ黙って消えなさい」
返ってきたのは強い拒絶の言葉だった。
……ふふっ、なかなか面白いことを言うわね。私が「はい、わかりました」と大人しく引き下がるわけないのに。
いいわ。そっちが相手をする気が無くても関係ない。無理やり相手をしてもらうんだから。
「私はこの国の女王の命で来たのだけど」
「そう、ご苦労様。もう帰っていいわ」
「女王はこの場所が以前に比べて土地が荒れているのではないのかと心配していたわ。大丈夫なの?」
「心配無用よ。私は今のこの場所が気に入っているの」
「ふーん、こんな寂れた場所が好きなんて変わっているのね」
「はん、別に人に理解してもらおうなんて思ってないから」
「……ここにずっと住んでいたのかしら?」
「まあね」
「どのくらい?」
「さあね」
「いつからこの状態に?」
「気付いたら」
「人に会ったのは何時ぶり?」
「覚えていないわ」
「人が嫌いなの?」
「興味ない」
「自分は?」
「大好き」
「あなた本当に風の精霊?」
「……さっきから質問ばかりうるさいわ。今すぐ消えなければ殺す」
「あはははは、笑えるジョークね」
「死ね」
精霊(仮)が私目掛けて無数のカマイタチを放ってきた。
しかしそれが私に届くことは無い。
私から1.5mの半径に近づくカマイタチは全て消えてゆく。
「ほらほら、どうしたの? もう終わり?」
「ふん、この程度の攻撃を防いで何を粋がっているのやら」
ひゅー、そうこなくっちゃ。
「我が忠実なる風よ 彼の者を呑み込み 命に終焉を与えよ『デストロイウィンド』」
何だか物騒な詠唱をすると、生暖かい風が吹き始めた。
きっと何か大きなことが起きる前触れね。
さぁ、何が起こるの!? と楽しみに待ち構えていると、風はぴたりとやんでしまった。他に何か起きる様子はない。
え、これだけ?
「……凄い魔法ね。生ぬるくて少し不快な気持ちになってしまったわ」
「くクく、私ノ風を受けたナ? もうオ前は終わリだ」
「ん……? なんかあなた口調が変わって――あれ」
いつの間にか私の左腕がなくなっていた。
いえ、それだけじゃなく右足もふともも付近から足の先までが消えていっている。
……あらら、今度は右腕も消えかけているじゃない。
「ははハははハははは!! 滅びの風に抱かれて消え去れ!!」
右腕が完全に消滅すると、胴体も消え始めた。
何とか動こうにも片足では満足に動くことが出来ない。
顔も消滅しかけているのかだんだんと視界も不明慮、になってきて……自分、が、どんな……ことに、なっているの……かさえも……。
あ、体が、完全に……消え――。
…………。
…………。
……――。
――――。
「ふん、完全ニ消えてなクなったか――」
「いやー貴重な経験をしたわ!! 体が消えるとああいう風になるのね」
「な――!? なゼ生きている!? どうシテ体が無事なノだ!?」
勝手に勝った気になっていた精霊(仮)に後ろから話しかけたら随分と驚かれてしまった。
まったく、失礼な奴ね……!!
「体がちょっとなくなったくらいで私が死ぬわけないでしょう? 何を言っているのよもう」
「お、お前ハ不死身ナのか……?」
「不死身じゃないわよ。私だってちゃんと死ぬわ」
「ふざケるな!! 体が消えて死ななイ奴がどこにいル!!」
ここにいるじゃない。何を怒っているのかしらね?
「そんなの私が他の人と違ってヒットポイント制というだけよ」
「ヒット、ポイント……制……?」
ヒットポイント。ゲームなんかでよく使われるキャラクターの体力や生命力を数値化したもの。基本的にこの数値が0になるとそのキャラは死亡、または行動不能となって動かすことができなくなる。逆に言えば、ヒットポイントが0にさえならなければキャラは死ぬことはない。
もちろんこれはゲームの世界の話で現実には存在しないもの。
でも私は【自由自在】を使用し、これを現実世界で実現させた。
「だから例え体が消え去ろうとも、ヒットポイントさえ0にならなければこうして死ぬことはないの。そして死ななければいくらでも体は再生可能。オーケー?」
その代わりヒットポイントが0になればどんな攻撃でも必ず死ぬ。それが普通の人なら絶対に死なないようなものだとしても。早い話、タンスの角に小指をぶつけただけで死ぬなーんてこともあり得るわけで。まあ、そこまで説明してやる義理は無いから教えないけど。
「意味が、分かラない……。何を言っていル……?」
「ふふ、普通はそういう反応になっちゃうわよね。じゃあ、分かりやすく言いましょうか?私のヒットポイントは999。さっきの攻撃で400にまで減っちゃったから――あと一回私に同じ技を当てられれば私を殺せるわよ」
「っ!? なら話ハ早い。すぐに死ね!!『デストロイウィンド』」
先ほどよりも強い風が私を消し飛ばそうと吹き荒れる。
「あ、ちなみにヒットポイントは私の気分で変動するから。で、今は200,000,000。そんなそよ風じゃいつまで経っても殺せないわよ? もっと頑張って!!」
またいちいち体が消えるのも面倒なので、耐性を上げつつ教えて上げる。
「あリ、えなイ……」
ふふっ、いいわね。顔はよく分からなくても、驚いている感じがひしひしと伝わってくるわ。うん、ドッキリが成功したみたいでいい気分。
「こノ、化け物メ……!!」
「む。こんな美女をつかまえて化け物だなんて。あー、私超繊細だから傷ついたわー。……これは是非ともお仕置きが必要ね」
脅し代わりに一気に魔力を開放する。
「ひっ……!!」
慌てて逃げようとする精霊(仮)の頭を掴んで、地面に叩きつける。
「クっ、何故私に触れられる!?」
「質問を許可した覚えはないわ。少し黙っていなさい」
地面に倒れ込んでいる精霊の背中に座りつつ、右腕で頭を押さえつけると、何とも言えない不思議な気持ちが湧き上がってきた。
「新感覚だわ……!! あなた、座り心地がとってもいいのね。私のソファにならない?」
「ふざけルな!! 人の分際でこんなことをして……たダデ済むと思ウナヨ!!」
「ふむ。さっきから思っていたのだけど、あなた口調が安定していないわよ?」
「……」
それだけじゃない。この精霊みたいな奴はどこか変。
こんな廃れた場所にいるし、いきなり暴風を向けてきたりもしたし、容赦なく殺しにもきた。
最初はただ気性が荒い変わった精霊なのかとも思った。次に口調が変わり始めたくらいから偽物なんじゃないかと予想。でも偽物にしてはかなり強いからこれも微妙。そうなると――。
「何か『よくないもの』にでも憑りつかれているのかしら?」
調べられるかは分からないけど、試してみましょうか。
「何をスルつもりダ!! 離せ……!!」
「ほらほら暴れないの。だいじょーぶ、痛くしないわ。お姉さんに任せて肩の力を抜いてリサックスしていなさい。すぐに終わるわ」
『異常と思わるものを検知。結果を表示します』
ふむ、本当に調べられたわね。しかも異常まで見つけるなんて。やはり【自由自在】は他の能力に比べて抜きんでているものがあるわね。あまりに強力過ぎて何だか私ですら使うのを躊躇しそうになるわ。
「……!! ……!!」
んで、結果はどうかしら?
「ほうほう、なるほどね。これまた興味深い結果だわ」
「……!!」
どうやら目の前の存在は瘴気に体が汚染されているみたい。しかもただの瘴気ではなく、意思を持った瘴気に。
瘴気が意思を持つ、というのはいまいち分からないけど悪霊みたいなものだと思えばいいのかしらね? まぁ、すぐに分かることか。
「というわけで、その体から今すぐに出ていきなさい」
「……!! ……!!」
ああ、そういえば喋れないようにしていたんだったわね。
「はい、これで喋れる――」
「このクサレビッチが!! くたバリやがレ!!」
……。
「激痛にのたうちまわりながら出ていけ」
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」
私が命令すると、悲鳴を上げながら黒い霧が出てきた。
まったく、私が優しくお願いしている間に出ていけばこんな目に遭わなくて済んだのに。バカな奴。
「で、あんたが瘴気なんでしょう? どこからやってきて、何が目的で精霊に憑りついていたのか洗いざらい吐いてもらうわよ」
「ハァ、ハァ、マさカ、オ前ノ様ナ存在ガいるトハ……。完全に想定外ダ」
うーん、なんか口もないただの黒い霧が喋っているというのが凄い違和感。
「私の気分が変わらないうちに早く話しなさい。それとも激しいのがお好みなの?」
「……逃ゲラレなイ、カ。……スミませン、私ハ役立タずデシタ」
あ、不味い。この流れは。
「止まりな――」
「遅イ!!」
そう言うと黒い霧は、跡形もなく霧散してしまった。
……間に合わなかったわね。
最後の最後でしてやられたわ。
「ちっ、私ともあろう者がみすみす見逃すなんて」
正確には逃がしたわけではない。自滅されただけ。でも同じことでしょう。私は結局、何一つ奴から情報を引き出せなかったのだから。
「あんなに早く死を選ぶとは思わなかった、というのは言い訳なんでしょうね」
もう少し抵抗があると踏んでいたのだけど……やりすぎたのかしら? ギリギリの接戦を演じていれば違う結果になっていたのかも。まぁ、一番の原因は私の油断の所為だけど。
はぁ……、へこむわ。次からは気を付けないといけない。
「取りあえず今は……この精霊が何か情報を持っていることに期待しましょうか」
気を取り直して、私は気絶している精霊の介抱をすることに決めたのだった。




