第25話 女王謁見
ラングット王国。
カルカイム王国の西に位置するこの国は、女王が治める君主制国家。代々、女性が国を統治するのが習わしで、建国以来ただ一度も男が王の座に就いたことは無い。そう聞くと女性優位の国なのかとも思えるがそれは違う。男女平等、種族平等を謳っており、しかも口だけではなく国が総力を挙げて実現を目指しているため、この国では性別や種族、外見で差別されることはほとんどないという。
そのため、ラングット王国は『最も平等かつ、多様な種族が存在する国』として名を馳せている。
「なるほどね。だからカルカイムでは滅多に見ないような種族を割と頻繁に見かけるのね」
「ええ。一応全ての国で差別は禁止されていますが、この国ほど徹底されている国はありません。カルカイムも大分改善された方なのですが、それでもないわけではありませんからね」
「そうなの? あまり気にしたことはないけど」
純血を気にしている輩がいるということは聞いたことあるが、「○○の種族だから!!」という理由で差別を受けているというのは聞いたことがない。
「差別は必ずしも負の行動だけとは限らないのですよ。好奇の目で見たり、チヤホヤしたり、優遇することも差別と感じる者がいるんです。カルカイムはそういう意味ではまだまだです」
ああ、つまり良くも悪くも特別扱いするなってことか。それは難しいな。今だって白い羽の生えた天使族に目移りしたばかりだし。やはりカルカイムの王都ですら見たことないような種族がいると、どうしても奇異の目を向けてしまう。
「しかし、この国もまだ改善の余地はありそうですね。さっきから私達に視線が集まっています」
確かにエクトルの言う通り、こちら側に視線が集まっているが……。
「それはね、エクトル。貴方がそんな恰好をしているからよ」
現在エクトルは、ふりっふりのワンピースを身に纏い、男にしては長めの髪をポニーでまとめ、顔には薄っすらと化粧までしている。きっと何も知らない人が見れば、誰も男だとは思わないだろう。……ただし首にかけている『絶賛女装中!!』のプラカードさえなければな。
「はは、何を言っているんですか。きっとフロル様の恰好とエルフが珍しいから見ているんですよ」
「そりゃあ、女装しているエルフなんて珍しいでしょうね」
「……ああ、何という悪夢でしょう。女装するだけならともかく、こんなものをぶら下げて他国のトップに会いに行くなんて。これも全てあの時の油断さえなければ……」
それは俺にも言えるセリフだ。
もう七日前のことだが、いまだにあの時の油断が悔やまれる。
エクトルがギーガを爆発させた時、俺はダメ元で『サイクロン』を発動していた。結果、身代わりくんの耐久値は残り、しかもいい感じで土煙が舞ってくれたので、その隙に残っていた魔力を全て注ぎ込んで『禍黒槍』を準備することまで出来た。そしてエクトルを貫いた時は勝ちを確信したものだが、この油断がいけなかった。最後の最後でエクトルが放ってきた雷撃を避けられなかったのだから。
スイレンには「圧倒的な勝負しかしてこなかったから油断が生まれるのよ」と厳しいお言葉も頂いたし、反省しないといけない。所詮、俺は【自由自在】がなければまだまだ。慢心出来るほど強くはないのだ。
何とか引き分けにもっていけたのだって、身代わりくんという特殊ルールがあったからで、もし実戦だったら最初の『ストーンフォール』で勝敗は決していただろう。だからあの戦いだけで俺がエクトルと対等だと決して思ってはいけない。そんなもの思い上がりもいいところだ。エクトルと俺にはまだまだ埋められない差がある。
今回はそれが分かっただけでも大きな収穫だった。他にも戦術面の見直しや、魔法の改良の余地発見、世界トップの実力を知れたことなど、得る物は多かった。機会を作ってくれたスイレンには感謝してもしきれない。
ただ、払った代償は大きかったけどな……。
「まぁ、ジル君もかなりの罰ゲームを負わされていましたし、私だけが文句を言うわけにはいきませんね」
そう。結局、俺も罰ゲームを受けるはめになったのだ。俺の場合はうさ耳姉妹の願いを叶えるというもので、当初はアリサの願いを警戒していた。アリサは我が妹と同じで行動が予測しづらいからな。しかし予想に反し、アリサは俺との買い物という簡単な願いだったので一安心。楽勝な罰ゲームだと思ったものだが……現実はそう甘くはなかった。思わぬ伏兵、ティリカの登場である。
ティリカは『女王様ごっこ』なるものをやりたいと言いだしたのだ。何でも学園の女子の間で憧れの遊びらしく、女が男の――いや、やめよう……。もうあれは終わったことじゃないか。二度と思い出さない、そう固く誓ったはず。まさか精神年齢二十歳以上の男が六歳の女の子にあんなことをされたなんて思い出しちゃいけない。スイレンの爆笑した顔もエクトルの憐みの目も全て忘れてしまえ。罰ゲームは明後日のアリサとの買い物だけ。うん、それでいいじゃないか。
「どうしました? 急に落ち込みだしましたが……」
「気にしないで……。ちょっと嫌なことを思い出しただけだから」
「そ、そうですか。もうすぐお城に着きますし、しっかりしてくださいね」
あ、本当だ。もうすぐそこまで来てたんだ。
「何せこの国の女王は、ヒルト王と同じで一筋縄ではいかない方ですからね」
すると、まるでその言葉が合図であったかのように音楽が流れ始めた。
そして城の方から三十名ほどの兵がこちらに向かってくる。
「王都ヒーデルワイゼンへようこそ、フロル様、エクト――ぷっ――ル様!! 我々は貴方方を歓迎いたします!!」
……なーんか見計らったように出てきたな。この国にも魔力感知が出来る奴がいるのか?
エクトルを見て笑ったことについては……触れない方がお互いの為だろう。
「予定よりも早く着いたのですが……やはりあの方には分かっていたんでしょうね」
「何、どういうこと?」
「この国の女王にはある噂があるんですよ」
「噂?」
「ええ。『未来が視える』という噂です」
あー……なんかまた面倒くさい展開になりそうだなおい。
「初めまして、フロル。私がこの国の女王、ローザ・ラングット・アーデルワイゼンよ。今日はよく来てくれたわね。歓迎するわ」
目の前にいるのは、見た目が三十歳くらいの白髪エルフ。優しそうな雰囲気を漂わせており、とても強そうには見えないのだが周りには護衛の類はおらず、それどころかこの謁見の間には俺とエクトルと女王の三人しかいない。誰かが隠れているようには見えないし、そんなんで守りは大丈夫なのか気になるが……。
「初めましてローザ女王。フロル・ファントム・クリマアクトよ。今回はヒルト王の使いとして来たのでよろしくね」
何はともあれ挨拶だな。
ものすっっっっっごく敬語を使いたくなるが、ここは我慢我慢。エクトルも見ているし、フロルのキャラを壊すわけにはいかないからな。
……あれ? そういや何でフロルは敬語を使わないんだっけ? ……ふむ。今、気にすることでもないか。
「ええ、よろしくお願いするわ。……それとエクトルも久しぶりですね。私達の国は例え女装していようとも、外見だけで追い出すようなことはしないから安心してちょうだい。ふふっ、でもまさか女装してきたのがエクトルだなんて意外でしたよ」
「御冗談を。ローザ様には分かっていたのではないのですか? 私が今日この格好で訪れることを」
「エクトルかも、とは思っていました。でも確信はなかったから、これでも少しは驚いているんですよ? 尤も、水の精霊から連絡を受けた時のインパクトに比べれば霞んで消えてしまうほどのことですが」
エクトルの恰好は普通だったら国際問題に発展してもおかしくないのだが、そこはスイレンが精霊の特権とやらで何とかしたらしい。具体的には事前にラングットへ連絡。それだけで問題になることはないのだから、精霊って本当に反則だよな。
「……あまり触れて欲しくない話題ですし、まずはヒルト王から預かっていた手紙をお渡しします。フロル様、お願いします」
「はいよー」
無駄に装飾された封筒を風魔法で女王の元まで運ぶ。俺が直接手渡ししないのは一応、俺なりの配慮のつもりだ。
「ありがとう。じゃあ本題に入りましょうか」
「あら、中の手紙は見ないの?」
せっかく遠路はるばる届けに来たというに、女王は受け取っただけですぐに脇へ置いてしまった。
「ふふ、何が書いてあるのか気になるのですか? でも大した内容じゃありませんよ。ただの回りくどい挨拶と、フロルはカルカイムの物だから手出しするなという趣旨のつまらない手紙。わざわざ開いて読むほどでのものでもありません」
「そうなのエクトル?」
俺はただ渡せと言われてだけで、中身までは知らない。
「私も何が書いてあるのかは知りませんが……おそらく今ローザ様が言われた通りの内容が書かれていたのではないかと思います」
いつの間にフロルはカルカイムの物になったんだよ。……んー、でも他国にちょっかいをかけられるよりはマシか? いいように利用されている気もするが、度が過ぎない限りは放っておくか。
「さ、こんな些末な話は止めてもっと大事な話をしましょう」
「大事な話、ね」
厄介事の予感しかしねぇわ。
「何でしょうか?」
「今後起こるであろう、魔物の異変について」
………………聞き間違いじゃないよな?
「何故そのことを?」
「ローザ様は何か知っているのですか!?」
ん? エクトルは魔物の異変について知っていたっけ――って、ああ。ヒルト王に聞いたのか。
「詳しく説明してあげたいのだけど、一つ条件があります。エクトル、悪いのだけど、貴方はしばらく席を外してもらえないかしら?」
「私には聞かせられないのですか?」
「どうしてもこの場所にいたいというのなら構いませんよ。おすすめはしませんが」
「……大人しく下がることにします。フロル様、後はよろしくお願いします」
最後に恭しく一礼すると、エクトルは部屋から去って行った。
「我が甥ながらなかなか女装が似合っていたわね」
エクトルが完全にいなくなったのを確認すると、女王がしみじみと呟いた。
「同感ね。プラカードさえなければナンパされても不思議ではないと思うわ。……女王とエクトルは親戚なの?」
「ええ、私の妹の息子がエクトルなの」
伯母が女王とかスケールがでかいな。
「ふふ、今はエクトルの事なんてどうでもいいでしょう? 時間も限られていますし、はやく本題に入りましょう」
そっちから話を振ってきたような気がするが、まあいいか。
「魔物の異変について、だったわよね。これは女王の『未来が視える』という噂と関係あるのかしら?」
「そうです、私には人の未来――厳密には“可能性”ですが――を視ることが出来る力があります。これは貴方やヒルト王が持っている力と同じ類のものです。【能力】と言った方が早いですか?」
「……ええ、そっちの方が分かりやすいわ」
『未来を視る』というのは先ほどエクトルから聞いた時点で、予想は出来ていた。だから別に驚くようなことでもない。だが、女王から【能力】という言葉が出てきたことと、ヒルト王が能力者であるという発言には少々、意表をつかれた。
まぁ、よく考えれば未来が視えると言っているのだし、それ程おかしなことでもないか。
ちなみに女王が嘘をついている可能性を考慮する必要はない。なぜなら女王に面談する前から【真偽】を発動しているから。そして検知した嘘は0。ここまでの話は全て信用しても大丈夫ということだ。
しかしそうなると、女王はあのことに気づいていることになるんだよな……。
「もしかして“私”のことも分かっていて触れないのかしら?」
「貴方が今はフロルではなくジル・クロフトであるということですか?」
はぁ、やっぱり気づいていたのか。
「その通りです。……このような姿で申し訳ありませんが、改めてご挨拶させてください。今の私はジル・クロフトです。これまでの数々の無礼、申し訳ありませんでした」
誰がいきなり入ってくるか分からないから、姿はフロルのまま謝罪しておく。
「貴方の事情も分かっているつもりですし、謝るほどのことでもありません。もっと楽にして構わないのですよ?」
「お心遣いありがとうございます。ですが、この口調でいかせてください」
元がただの一般人だから目上の人、増してや女王様に気軽に話しかけられるわけがない。あのままフロルの口調で話すくらいなら、こうして正体がバレた方が気持ち的には楽だ。
「なら話を戻しましょうか。魔物の異変についてでしたね。単刀直入に言います。今が岐路です」
「何のでしょうか?」
「魔物の異変を解決できるかどうかのです」
……え、何その急展開?
「今、この世界には大きく分けて二つの可能性が存在します。一つは、緩やかな衰退。これは魔物の異変の根本的な解決が出来ず、徐々に人類の数を減らしていき、二〇〇〇年後には人口が今の十分の一になるという未来です」
「その未来だと私はどうなっているのですか?」
「最短で三〇年。最長でも二〇〇年後には死んでいます。死因はほぼ自殺。最愛の人を目の前で殺され、後を追うようにしての自殺が最も多いです」
うわぁ、嫌なことを聞いてしまった……。
そんな未来はごめんだな。
「もう一つの方は?」
頼むからもう少しまともな未来をお願いします……!!
「多少の犠牲を払ってでも異変解決の可能性を得る未来です。私はこちらの未来を目指したいと考えています」
これも微妙だな。
この二つだったら後者を選びたいところだが……。
「多少の犠牲とは?」
犠牲の度合いにもよる。
「申し訳ありませんが、お教えできません。教えれば自動的に前者の方の未来になってしまいますので」
……つまり、俺の身近の誰かが死ぬってことか?
「なら――」
「安心してください。少なくとも貴方の家族や、可愛らしいうさ耳ちゃんが死ぬ可能性は限りなく0です。スイレン様のことは言うまでもないでしょう」
良かった……。それなら後者の未来を――って待てよ? 俺は身近な存在が無事であるなら見知らぬ他人が死んでもいいって言うのか?
まだ誰かが死ぬと決まったわけではないが、女王が口を噤むということは結構な犠牲が出るということだよな。後者を選ぶなら俺はそれを黙認することになる。前者を選べばもっと大量の死者が出るだろうから何を迷う必要があるのかと思うが、実際に犠牲が出ると言われると、どうしても尻込みしてしまう。
ちっ、情けない。フロルなら迷わず選んでいるだろうに。
「迷っているようですね。では、参考になるかは分かりませんが、先にどうやればお話しした未来に決定するのかを説明しておきましょう」
「……お願いします」
「『エクトルにジルの正体を説明する』。これで未来が決定します」
……………………え?
「それだけ、ですか?」
「それだけです。説明すれば後者に、しなければ前者の未来を辿ることになります」
嘘は言っていない、か。
たったそれだけで未来が決まるなんて、にわかには信じがたい。何をどうすれば俺の正体を明かしただけで魔物の異変の解決に繋がるんだ?
「信じられませんか? ですが、貴方だって経験したはずです。人生とはちょっとした選択で思わぬ展開に発展することを。今回はそれの世界規模だと思えばいいのですよ」
確かに先日、ククルを追いかけるか追いかけないかで、かなり違う結果になりそうなことを経験したばかりだが……アレと同列に考えていいのか?
「……さて、そろそろ時間ですね。一旦、話を中断しましょうか」
あれこれ悩んでいると女王はそう言い、懐から一枚の地図を取り出した。
「これは風の精霊が住むと伝えられる“エルミーニア草原”への行き方が記された地図です。どうぞ受け取ってください。貴方の足なら二時間ほどで行けるのではないかと思います」
俺がさっきしたように風魔法で地図を渡してきた。
「はぁ、ありがとうございます……?」
またしても急展開。何、俺に行けと言っているのか?
「では二日後に結論を教えてください。もし過ぎれば前者の未来になるということを決してお忘れないように」
それだけ言うと玉座から立ち上がり、謁見の間から出て行ってしまった。
一人取り残される俺。
……しょうがない。
せっかくだしエルミーニア草原に行ってみるか。




