第24話 手合せ
翌日、俺とエクトルは朝食を済ませるとすぐにスイレンが泊まっている宿屋へと向かった。道中はエクトルが母さんの昔話をしてくれたので意外と盛り上がり、その空気のまま、朝食の時に親父がいなかったのは何故なのかと聞いてみたのだが、首を横に振って「知らない方がいい」と言われてしまった。一応、生きてはいるので心配する必要はないらしい。……うん、詮索するのは止めておこう。
「さ、着きましたよ。ここがスイレン様が泊まっている宿です」
そうこう話している内に宿屋に到着。
ボロくはないが立派、というほどでもない宿を目の当たりにしてエクトルが少し驚いている。
「ここ、ですか。思ったよりもその……小ぢんまりとしたところですね」
言いたいことは分かる。きっとエクトルの頭の中ではもっと豪華な宿を想像していたのだろう。何せ精霊が泊まっているんだからな。身分で言えば、王様と同じかそれ以上でもおかしくないのだから、こんな普通な宿屋に泊っているなんて信じられないのだろう。
でも金がないんだからしょうがない。
まぁ、本当は精霊という身分を活用すれば贅沢な暮らしが出来るんだけどな。残念ながら本人にその気はなく、あくまで俺にたかるつもりでいるらしい。そう簡単に正体をバラす気はないんだとさ。その割に誰彼構わずに正体をバラしているようにも思えるが、一応スイレンなりに考えて行動している、と信じておこう。
「スイレン様はそれなりに気に入っているようですし、きっと僕達が気にしてもしょうがないですよ」
「……そう、ですね。気にしないように努めます」
「ではスイレン様を呼んできますので、エクトル様はここでお待ちください」
「ええ」
くくく、昨日は俺とエクトルが同時にスイレンと会うことばかり気にしていたが、こうやって待たせている間に事情を説明すれば万事解決。恐るるに足りんわ!!
「あら……? あらあらあらあら。面白そうな組み合わせを発見だわ」
「スイレン様の知り合いですかー?」
「……」
えぇ……。なんでこのタイミングで来るねん……。
なんか最近こういうの多くね?
おまけにティリカとアリサもいるし。出来ればこの姿のままで会いたくなかったんだけどな。
「今日は珍しくアリサが外でフロルを待とうと言ったから来てみたけど……正解だったようね。それで、何の用?」
「おはようございますスイレン様。突然で申し訳ないのですが、今日はジル君との勉強会を見学させていただければなと思いまして」
「勉強会……?」
やばい!! 大量に疑問符を浮かべていらっしゃる!!
俺は必死に話を合わせる様に目で訴えかける。
「……ああ、そういうこと。別に構わないわよ」
「ありがとうございます!!」
ナイス、スイレン!!
出来れば断って欲しかったけど贅沢は言わんさ。
感謝です。
「それじゃあ、ジル。ティリカとアリサを学園に送って来なさい。その間に“勉強会”の準備は私とエクトルで済ませるから」
「……分かりました」
「二人もいいわね? 今日はフロルは来れないだろうから、その男の子に送ってもらいなさい。大丈夫、その子は結構しっかりしているから頼りに出来るわ」
「フロル様が来れないのは残念だけど……わかりました!!」
「はい、スイレン様」
こうして俺は成り行きで姉妹を学園へ送っていくことになったのだった。
「ねぇねぇ、ジルは名前は何ていうの? あたしはティリカ・フィーリアっていうの」
学園へ向かう道すがら、ティリカが自己紹介をし出した。
“フィーリア”の部分はスイレンが付けたんだよな。フィーリア湖で見つけたからフィーリア。実に単純だ。
「僕はジルロット・トライフォース。よろしくね」
偽名なのは……特に深い意味はない。ただ何となくそうした方がいいような気がしたからだ。
「……本当ですか?」
さっそく疑いをかけられましたよー。アリサの【直感】は本当にやっかいだな。ある意味【真偽】よりも面倒かもしれん。
「バカね、ウソなんかついてどうするのよ」
「むぅ、お姉ちゃんにバカなんて言われたくない」
「どういう意味よ!?」
「7×6は?」
「え……? ちょっと待って、えーと……」
アリサの突然の質問に、両手の指を使って数えだした。
「自己紹介がまだでしたね。私はアリサ・フィーリアです。よろしくお願いします、ジル様」
「ジルでいいよ。様をつけられるほど偉くもないし」
「いえ、そういうわけにはいきません」
ふむ。
どうもアリサはティリカと違って人と距離を取ろうとするようだな。様を付けるのは敬意からではなく、相手から遠ざかるため。そんな態度がありありと感じられる。一応フロルやスイレンには大分懐いているが、それでも完全に心を開いているわけではないようだし、なかなか難しい性格をしているみたいだ。
……こんなんで学園生活を楽しく送れるだろうか? 少し心配になってきたな。アリサにはティリカがいるから一人になることはないだろうけど、出来れば沢山の友達を作って賑やかに過ごしてほしい。
おせっかいかもしれんが、一応俺も保護者みたいなもんだし何とかしてみるか。
よし……!!
「アリサ、君はかわいい」
「ほえ……?」
俺の突然の言葉にきょとんとし出した。
「プラチナブロンドの髪も素敵だし、その緋色の瞳も吸い込まれそうになるくらい魅力的だよ。それに耳もとってもキュートで文句のつけようがない!!」
「は、はい……」
お、恥ずかしそうに顔を伏せたぞ。
やはりストレートな言葉には弱いようだ。【直感】で本当のことを言っていると分かるはずだからな。それゆえにどう反応していいのか分からないのだろう。
「なのに無表情でいるなんてもったいないよ!! 笑った方が絶対にいい!!」
そうなれば多少強引でも相手の言うことに頷いちゃうんだよな。
「こ、こうですか……?」
こんな風に。
「うーん、まだちょっと固いかな。ほら、リラックスリラックス」
「あぅあう」
両手で顔を挟んでもみもみする。
うひょー、さすが子供の肌。もっちもちや!!
「ここんな感じででどうでしょう?」
「うん、いいね!! まだ若干の固さはあるけど十分かわいい笑顔だよ。良く出来ました」
あ、しまった。ついククルにやるように頭を撫でてしまった。
偉そうとか思われないか?
「……えへへ」
本人は満更でもなさそうだしいいか。
「アリサ、その笑顔を皆にも向けてあげなよ。そうすればきっといいことがあるよ」
「……分かりました。すぐには無理かもしれませんが頑張ってみます」
頑張らずに笑顔を浮かべて欲しいが、まぁアリサならそのうち自然に出来るようになるだろう。
「分かった!! 42ね!? そうでしょ!? って、アリサが笑ってる!?」
「む、何か文句でもある? ……あと計算遅すぎ」
「なによー!! 別に遅くないでしょ!!」
あーあ、すっかり元に戻っちゃった。
やはり笑顔が出来る様になるのはしばらくかかるかも……?
姉妹に引き留められつつ(特にアリサが凄かった)、学園を後にした俺は、途中で待ち構えていたスイレンとエクトルと合流し、とある空地へとやってきた。一ヶ月くらい前にフロルと母さんが戦った場所だ。なんだか懐かしい。
「ふふ、見ていたわよジル。アリサに大胆なことをしてたわね。見ているこっちまで恥ずかしくなっちゃったわよ」
「うっ、見ていたんですか」
それは恥ずかしい……!!
「くすくす。別に恥ずかしがることじゃありませんよ。見ていてとても微笑ましい気持ちになれる光景でした」
ふ、ふん。俺はこのくらいじゃ動揺しないぞ。だからいくら言われようと平気だ。でもあれだな。さすがに2対1は厳しいよな。うむ、そうだ。ここは戦略的撤退といこう。
「それで、今日はここで何をするんですか?」
「それは私も気になります。まだ何も聞かされていませんからね」
おお、空気を呼んでくれたのかエクトルも話に乗ってきてくれた。
ええ人や。
「……そうね、早いとこ始めましょうか。じゃあジル。今日はエクトルもいることだし、軽く手合せをしてみなさい」
「エクトル、様とですか?」
「ええ。彼は精霊を除外すればこの世界で五本の指に入るくらいには強いわ。今の貴方が戦えばきっといい経験になるでしょ。もちろんジル本来の力で戦うのよ? 武器の類は一切禁止だから」
【自由自在】は禁止か……。
面白いじゃないか。
確かに今の“俺”が能力なしでどこまで戦えるのかを試すには絶好の機会だ。相手に不足はない。
ただ気になることはエクトルがどこまで本気でやってくれるかだな。王子相手には負けてあげているみたいだから今回も勝ちを譲ってくる可能性が高い。あるいはハンデを付ける、とかも考えられるかも。
「では私は防御に徹し、ジル君がダメージを与えることが出来たら勝ちということでどうでしょう」
ああ、やっぱり――。
「いいえ。エクトル、貴方も本気でやりなさい。でないと一瞬で負けるわよ?」
と思ったらスイレンがしっかり釘を刺してくれた。
素敵や……。今日は何だかスイレンが輝いて見える。
“俺”の実力を生で見たことが無いのに、世界トップクラスと戦えると信じてくれているところもポイントが高い。
「一瞬で……」
まぁ、エクトルはいまいち信用していないようだが。
「でもだからと言って子供相手に魔法を放つのはやり辛いでしょ。どっかの誰かさんと違ってね。……そこで私に秘策があるわ。二人ともこっちに来なさい」
手招きするので俺とエクトルが近寄ると、それぞれの頭に手を乗せてぶつぶつ言い出した。
何らかの魔法を使うつもりだろうが……予想がつかんな。
「完成!!」
その言葉とともに、人型の水が計4体出現。
どれも見た目は同じでサイズは150cmくらい。ただ、人の形をしている水というだけで他に珍しいところはない。
「これは……?」
エクトルにも分からないのか首を傾げている。
「これは『身代わりくん』よ!! 受けるはずのダメージを肩代わりしてくれる優れものなの。貴方達に二体ずつ登録してあるから、これで相手を傷つける心配をすることなく存分に戦えるでしょ?」
「素晴らしい魔法じゃないですか!! どうやって使うのですか!?」
うむ、確かに汎用性が高くて便利そうだよな。
「これ一体でお城を吹き飛ばせるくらいの魔力を必要とするけど、それでも聞きたい?」
「……遠慮しておきます」
だよな……。フロルならともかく今のおれじゃあ絶対に使えない。聞くだけ無駄だ。
「賢明ね。……それでルールだけど、一体が破壊された時点で負け。それ以外は何でもアリ。負けた方は罰ゲーム。ああ、ちなみに各自に二体ずつ用意してあるのは余剰ダメージを吸収する為よ。何か質問は?」
「罰ゲームってなんですか!?」
さらっと言っていたけどちゃんと聞いていたからな!!
「その方がやる気が出るでしょ? ジルが負けたらアリサとティリカのお願いを何でも一つ叶える。エクトルが負けたら隣国へのお使いには女装して行く。簡単でしょ?」
まぁ、それくらいならいいかな……?
「ちょっと待って下さい!! 明らかに私の罰ゲームは厳しくないですか!?」
そうか? 姉妹たちに何をお願いされるか分からない俺よりも、何をするかはっきりしているエクトルの方が優しいと思うけどな。
「なに、宮廷魔術師様とあろう者が子どもと同じ条件がいいわけ? そんなに勝つ自信がないの?」
「うっ……!! いえ、構いませんよ!! 要は勝てばいいわけですから」
「ふふ、その通り。勝てばいいのよ。……ああ、言い忘れていたけど身代わりくんは最上級魔法一発分くらいのダメージで破壊可能よ。それと中級魔法程度の威力でも急所を狙えば耐久値を一気に減らせるから、狙ってみるのも悪くないと思うわ」
ふむ……。最上級クラスは使えなくはないが、発動までに時間がかかる上に俺の魔力じゃ一発が限度だからな、必然的に中級あるいは上級魔法で急所を狙っていくことになるな。
「質問がないのならそろそろ始めるわ。二人とも位置について」
互いの距離が7~8mくらいになるまで離れ、いつでも始められるように構える。
やるからには……勝つ!!
「よーい……始め!!」
「風刃!!」
「守れ『ギーグ』」
開始早々、エクトルの首目掛けて風の刃を放ったが、エクトルが創りだした2m程の土人形、ゴーレムに防がれてしまった。
ちっ、中級魔法が通じないのか。やっかいな物を出してくれる。
「迷いのない良い攻撃でしたよ。もしスイレン様の忠告が無く、かつ実戦だったら今の攻撃で私は死んでいたかもしれませんね」
そうかぁ?
例え不意打ちでも、何だかんだ言って避けられるような気がしてならないのだが……。
「さぁ、次はこちらから行きますよ。『ストーンフォール』」
瞬間、頭上から先端の尖った岩が降り注いで来た――。
「ぐっ……!!」
必死に避けようとするが全てを避けることは叶わず、いくつかの岩に当たってしまった。
衝撃は少しあったが痛みは無い。
でもいくらダメージを食らわないとは言え、結構えぐい攻撃してくるな……。どうやらエクトルも勝つ気でいるようだ。
「今ので身代わりくんの耐久力が30%減ったわ。また同じ技を受けたら危ないかもよー」
けっこう減ったな……。
俺も反撃しないと。
「おっと、反撃はさせません。畳み掛けます。『フレイムランス』『ウィンドカッター』『ストーンエッジ』『サンダースピア』」
不味い……!!
「サイクロン!!」
迫りくる魔法を寸でのところ、暴風で吹き飛ばす。
しかし咄嗟の事で上手く魔力を込められず、完全にという訳にはいかなかった。
「残り60%」
「くっ、『風刃』『黒槍』」
また連撃されないように魔法を放つが――。
「それでは私には届きません」
――ギーグに防がれてしまう。
しかもギーグには見たところダメージなしだ。どんだけ頑丈なんだよ。
……とりあえずこいつは無視だな。
「我に速さを『アクセル』」
遠距離が無理なら近距離からだ。
身体能力を強化して、エクトルに一気に近付く。
「おお!?」
よし、ギーグを抜いて懐に入れた!!
ここで一気に削る……!!
「くらえ穿――」
「フラッシュ」
「がっ!?」
いきなりの閃光に思わず目を瞑り、そして動きも止めてしまった。
「捕まえました」
目を開けるといつの間にかギーグにガッチリと肩を押さえられており、動くことが全く出来ない。
ギーグはプルプル震えているし、なんだか嫌な予感がするぞおい。
「これでお終いです。『バースト』」
その言葉とともにギーグは爆発。
動けない俺は逃げることも出来ずに爆発に飲み込まれ――。
「ふう、決着ですね」
少し爆発の規模が大きかったせいか、土煙が酷い。
やはり大人気なかったでしょうか?
……いいえ、ここは全力で相手をした方がジル君の為になる筈です。
彼は強い。とても6歳とは思えないくらいに。
きっと『エンジュ』ありの王子が戦っても彼には勝てないでしょう。それどころか名のある魔術師でも彼相手には膝をつくかもしれない。そして数年後は私も絶対に勝てるとは言えなくなっているかもしれない。
そう、だからこそ彼はここで負けておくべきでしょう。倒せる者がいる内に一度敗北を経験しておくべきなのです。
彼のあの強さです。自分の力を過信してもおかしくない。慢心を生む前に上には上がいるということを理解させてあげる必要がある。
「くす」
まったく、私も建前ばかり言って何を言い訳しているんですかね。
素直に『負けたくなかった』と認めればいいのに。
罰ゲームのこともそうですが何よりも、6歳の子どもに負けるのが我慢ならなかったと。
これでも私は150年間鍛えてきた魔法には並々ならぬ自信がありますからね。それを魔法を覚えて3年足らずの子どもに真剣勝負で負けるわけにはいきません。
ですから正直、彼に勝ててホッとしています。油断すれば負けていたかもしれない勝負でしたからね。
最近は弟子の行く末ばかり気にしていましたが、彼に追いつかれないように修練を再開しないといけませんね。
さ、そろそろ煙も収まってきまし――。
「残り3%」
ここでスイレン様の声、が……?
何を言って……。
「っそんなはずありません!! あの爆発の直撃を受けて耐えられるはずが……!!」
「ふふ、事実だからしょうがないわ。ほら、油断してていいの?」
はっ、いけない。
まずは邪魔な土煙をすぐさま払わなくては。
「サイクロン」
そうして視界が開けた先には――。
「見つけた」
禍々しい黒の槍を持つジル君が。
「くっ、ギーガ!! 私を守れ!!」
あの槍はダメだ。食らったら負ける。そう私の脳が大音量で警告を発している。
絶対に防がなくてはいけない。
何としてでも彼が放つ前にギーガを。
「間に合った……!!」
「まとめて貫け!!『禍黒槍』」
私の前にギーガが現れたのとジル君が槍を放ったのはおそらく同時。
この時私は勝ったと思った。ギーガの耐久力には絶対の自信があったのだから。
しかし、彼の槍はまるでそこに障害物などないかのようにギーガを容易く貫き、気づいた時には私の胸に槍が深々と刺さっていた。
これは……?
……ああ、私の負け…………は認めない!!
「よっしゃあ!! これで、決まっ――ぎゃふ!?」
「そこまで!!」
どうなった……?
「同時に身代わりくんが破壊されたため、結果は引き分け!!」
どうやら最後の攻撃が間に合ったようですね。……いえ、間に合わなかったとも言えますか。
ですが、私に胸に去来したのは安堵や悔しさといったものではなく、引き分けの場合、罰ゲームはどうなるのだろう? という不安だった。




