第23話 夕食
「このまま黙っていてもしょうがない。まずエクトル、あんたが来た理由を聞こうじゃないか」
何とも言えない空気が漂う中、最初に発言したのは親父だった。この状況を作った原因の一人が親父でなく、かつ全体的に薄汚れていなければカッコいいと思ったのにな。でもまぁ、母さんの攻撃を食らってもこうして食卓についているのは純粋に凄いことなのかもしれん。見習おうとは思わんが。
「そうですね、私もいろいろと聞きたいことはありますが、まずはこの家の主の質問に答えましょうか。率直に言うと私が来たのはマーシャに頼まれたからです」
「そうなのかマーシャ?」
「ええ、そうよ。師匠を呼んだのは私。何か文句でもあるの?」
師匠か。なんとなくそうなのかなと思っていたけど、やはり母さんはエクトルの弟子だったんだな。ということはエクトルは母さんと同等以上の強さってわけか。
「いえ、ないです……。ただ何故お呼びになられたのかを教えていただければなと……」
「……子供たちの魔法を見てもらおうかと思っていたのよ。まさかこんなに早く来るとは思っていなかったけど」
今、チラッと俺の事を見たな。もしかして俺の為にエクトルを呼んだ? ……それはちょっと自惚れが過ぎるかな。
「たまたま噂のアノ人に会えましてね、ここまで送ってもらったんですよ。本当ならもう少しここに来るのは先のことでした」
お、間違いなくフロルの事だな。
「フロルに会ったの!?」
「俺のことは何か言っていた――げほぉ!?」
「アルフさんのことは何も言ってませんでしたが……聞こえてますかね?」
母さんとマーシャさん双方の攻撃を食らって親父は撃沈。白目をむいている。エクトルの言葉にピクリともしないし完全に気絶しているな。
こうなることぐらい分かりそうなもんなのに何故そうやって修羅の道を進もうとするんだろうか……。
「気にしなくていいわ。で、師匠から見てフロルはどう映った? 勝てそう?」
「……無理ですね。彼女の力は一線を越えています。もはや精霊と同格と言ってもいいでしょう。人がどうこう出来る存在ではありません。ですからフロルさんに勝つのは諦めなさい」
「そう……」
諦めろ、ねぇ。そこは是非とも食らいついて欲しいところだが、しょうがないか。
「まあ、いいわ。とりあえず子供たちの事をよろしくね」
「ええ。そんなに時間はかけられませんが、これからの方向性を示すくらいのことはさせてもらいますよ」
「そういうわけだからルーファスとククルは学園が終わったら、ジルは朝から師匠と二人っきりで魔法の勉強よ。年上のお姉さんとの逢引は認めないわよ?」
うぐっ、それは困る。こっちもいろいろとやらなくちゃいけないことが多い。朝はスイレンやうさ耳姉妹のところに顔を出さなくちゃいけないし、王様の依頼の件もある。
でもせっかく母さんがわざわざ王都まで行って呼んできたのだから一日くらいは付き合うべきなのかも。エクトルから学べることもあるかもしれないし。……んー、でも面倒くさいな。何とかなんないかな。
「くすくす、その年でもう女の子とデートですか。保有している魔力もそうですが、とても六歳には思えませんね」
「まったくよね。ジー君ったら何時の間にそんなことになっていたんだか。教えてくれてもいいのに」
「僕も興味あるな。精霊ごっこをしていたみたいだけど、どっちが提案したんだい?」
あー、ついに俺に話が振られてきましたよー。思っていたより非難の声がなくて安心だが……俺が精霊ごっこをしているお子様だと思われるのは気に入らない。今すぐに誤解を解く必要があるな。
「皆は少し誤解しているようですけど、僕が会っていた人は本物の精霊様ですよ? でも言っても信じてもらえないでしょうから、今からそれを証明したいと思います」
「あら」「本当に?」「ほほう」「やっぱり」「……」
「我が祈り、我が魔力、我が呼びかけにお応えを『サモン』」
適当な詠唱をすると、人型の水が出現。
その姿はフーィリア湖で初めてスイレンと会った時の姿と同じだ。
「あらら、どうしたのこんな場所に呼び出して? って、エクトルじゃない。さっきぶりね」
「も、もしかしてスイレン様ですか!?」
「そうよー。こんな格好だけど紛れもなくスイレンよ。というか、あの格好が変装なんだけどね」
「驚いた……!! 本当に精霊様なの!? ジ、ジルとは一体どういう関係で……?」
さすがの母さんも精霊の前では少し慌てるのか。他の面々も驚いて……はいないか。ルー兄さんは面白そうに笑っており、ククルはスイレンの方を睨んでいる。大人組は皆驚いているのに子ども組は逞しいな。
「ふふ、この調子だとそちらの猫耳ちゃんには信じてもらえなかったようね。いいわ、もう一回だけ説明してあげる。私とジルは協力関係にあるの。私の研究に協力してもらう代わりに、勉強や魔法を教えるっていうね」
「なるほど。スイレン様の教えを受けているなら六歳にしてこの魔力でも納得です」
「まさか本物の精霊と知り合いだなんて、余計なことしたかしら……?」
「ジー君は底が知れないわね……」
「じゃ誤解は解けたようだし、私は行くわね。こっちも夕飯の途中なのよ」
ボロが出ないうちに早いとこ退場してもらわないと。
「わざわざありがとうございました。うちのジルをよろしくお願いします」
「ええ任せなさい。そういうわけでジル、明日も気合入れていきましょうね。待ってるわよ」
「はい。また明日」
「ふふ、またね」
俺の言葉に満足したかのように水型のスイレンは消えていった――と、周りからは見えたはず。
今のスイレンは【自由自在】で作り出した偽物。
本当は人型のスイレンを用意したかったのだが完璧に再現できる自信がなく、さっき会ったばかりのエクトルに見破られる可能性があったため水型スイレンを作った。言動も似せることが出来たと思うしバレることはないと思うが、どうだ……?
「はー、緊張した。まさか精霊様に会えるなんて……人生何が起きるか分からないものね」
「同感。しかもジー君と親しげなんだもの、夢でも見ている気分だわ」
「今日は随分驚くことが多い日ですね。まさか弟子の子供が精霊の教えを受けているとは……。そういうことなら私から教えることは何もないでしょう」
よし、皆信じているな!!
これで逢引疑惑も解決だろう。それとこの先、何か非常識なことをしても全部スイレンのおかげということに出来るし、明日以降のエクトルの勉強会もバックれる言い訳も出来た。まさに一石三鳥。
ふ、完璧。死角もまったく見当たらないし、なんとか乗り切った!! あとはククルのご機嫌を取れば任務完了だな。
「そこでジル君に頼みがあるんですが」
あ、何か嫌な予感。
「……なんでしょうか?」
「明日のスイレン様とジル君の勉強会に私も参加していいですか?」
それからも夕食を食べながらの会話は続き、だんだんとお堅い内容から世間話へと移行していった。途中から笑い声があがることもあり、当初のギスギスした雰囲気は大分緩和されたのだが、目を覚ました親父がエクトルにフロルの話を求めたことで再び空気は一転。子ども組は無表情の母さんに「これから大人たちで大事な話し合いをするから、もう部屋に戻ってなさい」と言われて解散することに。
原因の一端がフロルである以上、なんとかしようかとも思った。しかし親父が実はMだったことを思い出し、もしかしてわざと怒らせることを言って自分を追い込んでいるのではないのか? と思ったら急に手助けする気が失せた。一家離散、なーんてことにならない限りは様子見でいかせてもらおう。
「問題は明日だよな……」
結局、俺はエクトルの申し出を断ることが出来なかった。断る理由が思いつかなかったのだ。そのため、明日はエクトルと一緒に“ジル”の姿で宿屋に行くことになったのだが……どうなることやら。上手くスイレンが話を合わせてくれることを期待しよう。最悪、【自由自在】で帳尻を合わせることも視野に入れておいた方がいいかもな。
それにしても人生とは分からないもんだよな。ちょっとした偶然、選択のミスで予想もしていなかった展開に突入していく。あの時スイレンが抱きついてこなければ、ククルに見られなければ、上手く言い訳できていれば、追いかけていれば。どれか一つでも違っていたらこの状況にはならなかっただろう。
思えば前世でも似た様なことがあった。
……いや、あったか?
ないな。そんな記憶はねぇ。
あったらもうちょっと上手く立ち回っていたよ!!
「……ジル、僕は今とても混乱しているよ。どうしたらいいか全く分からない」
「簡単です。『全裸で抱き合うこと』の危険性を教えてくれればいいのです。出来ないのであれば、私と兄様がするところを万一に備えて見守っていてください」
「だからどうして僕がそんなところを見てなくちゃいけないんだよ……」
俺は今、廊下で上半身をククルに抱きつかれている状態にある。
腰にククルの足が巻き付き、頭にはきめ細やかな手がまわされている。もちろん前は見えない。
何故こうなったのか。
そんなの「プレゼントをあげたらこうなりました」としか言いようがない。
たぶん俺からの初めてのプレゼントを貰って一種の興奮状態にあるのだと思う。あげた瞬間に中身を確認せずにいきなりだぞ。避ける暇なんかなかった。
まぁでも、ククルの機嫌は直ったみたいだしいいかと思って好きなようにさせていたのだが――
「ジル!! 早くなんとかしてくれ……!!」
たまたま近くにいたルー兄さんが大変そうだから、これくらいにしておくか。
「さ、ククル。もういいだろ。離れてくれ」
「嫌です!! 離れません!!」
「はいはい、そんなこと言わずに離れましょうね……って、離れない!?」
ククルを引き剥がそうとするが、どこにそんな力があるのか、なかなか離れない。
「っく、ルー兄さん!! そっちからも引っ張ってください!!」
「分かった!!」
「私は絶対に離しません……!!」
「な、なんて力……」
二人掛かりでもククルは引き剥がせず、この後、騒ぎを聞きつけた不機嫌な母さんがやってきて三人で仲良く初めての説教を受けることになるのだが、それはまた別の話である。




