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1.5mの世界  作者: 粗井 河川
1章
25/144

第22話  修羅場……?

「……」


 今、クロフト家の食卓には沈黙が下りている。

 誰も喋らず、カチャカチャと食器がぶつかり合う音だけが響く。普段は賑やかな食事となることが多いこの家では珍しい。

 そりゃあ過去には喧嘩などの理由で似た様な状況はあった。

 だが今回のはちょっと質が違う。

 何とかしたくても今までの単発的な原因と違い、今回は様々な要因が絡み合って発生したため解決方法がよく分からないのだ。

 はぁ、いったい何故こんなことになってしまったのだろうか……。



「んー!! 終わったわね!! 王子も大丈夫だったようだし、これで帰れるわ!!」


 ようやく王城でのイベントも終了。

 もうお昼過ぎだけど、今から急いで向かえばティリカ達の様子を見ることは出来るでしょう。


「まったく、あんな子が王候補だなんてこの国は大丈夫かしら? 事実すら認められないようじゃ先が思いやられるわ!!」


 結局あの後、目を覚ましたミュランは自分が負けたことを認めなかった。反則だ、ズルをしたに決まっている、僕が待っていたからだ、とか何とか喚き散らしていたけど、最終的にヒルトの『見苦しい』の一言で黙った。


「大丈夫。私が根性を叩きなおしてあげるから」


 何故かヒルトに暇な時、私がミュランを鍛えるという約束をさせられたのだ。

 断るつもりだったのだけど報酬がいいからつい引き受けちゃったのよね。

 まぁ、王子を鍛えるというのは私達の目的からそこまで外れているわけではないから問題ないでしょ。


「あんま構い過ぎて惚れられないようにしなさいよ? もしフロル一筋、なーんてことになったら世継ぎが生まれなくなるんだから」


「あははは、心配しすぎよ!! ……と一笑に付したいところだけどそうね、私の魅力に王子がやられる可能性も否定できないわね。気を付けるわ」


 確かに反感を持っている人と嫌々一緒にいたら好きになっていましたという展開はよくある。増してやその相手が私なんだから惚れても不思議ではない。次に会う時は少し立ち振る舞いを注意しておきましょうか。


「……半分冗談だったんだけどね。まさか本気で返してくるとは思わなかったわ……」


 ふむ。思ったのだけど国の将来を憂いたり、王子に厳しかったり、貴族の嫌らしさを身を持って経験したことがあるような発言もしていたし、スイレンは昔、王城の重役にでも就いていたのかしら。もしくは盟約とやらと何か関係があるとか?


「で、そこんとこどうなの?」


 せっかくだし聞いてみた。


「……まぁ、そんな感じよ」


 ふーん、スイレンにしては珍しく歯切れが悪いわね。触れられたくない話題なのかも。そこまで興味があるわけじゃないし、これ以上踏み込むのは止めておきましょうか。


「あ、そうそう。私からも質問があるわ。結局フロルはあの時何がしたかったの? 私には貴女が途中で気が変わって、魔法を変えたように見えたのだけど」


 露骨な話題逸らし。

 ふふ、でも乗ってあげましょうか。


「その通りよ。私はあの時もっと強力な魔法を使おうと思っていたの。訓練場を吹き飛ばすくらいの奴をね。だけど王子があまりにも情けない顔するから変更したのよ」


 あと、あまり強すぎる魔法を使うと危険人物と思われそうだったから、というのもあるわね。現状では積極的に国と敵対関係になるつもりはないし。


「あの場でアレを選んだのは正解よ。おかげで貴族連中にフロルが得体の知れない存在だということを植え付けることができたわ。あいつ等はよく分からないものにはなかなか手出ししないのよ」


「別に来るなら来いって感じだけどね」


 私からは仕掛けないのであって、向こうから来るのなら話は別よ。遠慮なく叩き潰してやるわ。


「―すいません、お待たせしました!!」


 お、やっと来たみたい。


「遅い!! 私達を待たせるとは何事よ!!」


 やや大きめのカバンを持って駆け寄ってくるエクトルにスイレンが文句を言いだした。


「まぁまぁいいじゃない。で、準備はいいの?」


「はい、いつでも大丈夫です」


 私達がエクトルを待っていたのは、彼も一緒にメイユ市に行くから。

 どうやらメイユ市に用があるみたい。私達にメイユ市に帰るならついでに転移で連れて行ってくれと頼まれたのよね。


「それじゃあ、行くわよ。メイユ市へGO!!」



 そんなこんなでメイユ市に戻ってきた私達はエクトルと別れ、その足で姿を隠しつつティリカ達の学園生活を観察。途中、一瞬だけアリサと目があったような気がしたから、もしかしたらアリサにはバレちゃったかも。やっぱりあの娘は侮れないわね。

 そして学園が終わり、私達も帰ろうとしたところでスイレンが「フロルの変身するところがみたい!!」と言いだしたので“ジル”に変わるところを見せてあげた。


「うーん、改めて見てもよく分からないわね。フロルとジルの境界はどうなっているのかしら?」


 俺の家と宿屋が途中まで道が同じなので、スイレンと歩きながらの会話。スイレンはさっきからうんうんと唸っている。


「考えるだけ無駄だと思うぞ。俺にもよく分からんし」


「そうなのかな? ……あ、そういえばジルだったら王子と戦う時どうしてた?」


 ん、何だいきなり?

 俺がミュランと戦っていたらねぇ……。


「俺だったらまず軽めに一撃入れて、慢心を捨てさせるかな。そんで向こうにある程度仕掛けさせてから倒していたと思う」


 フロルがやったように観客を巻き込むようなマネは、俺なら思いついても実行には移さないだろうな。


「なるほどね、よく分かったわ。ありがとう」


「あ、こら!! 頭を撫でるな!!」


 女性に頭を撫でられるのは非常に恥ずかしい。しかもこんな街中でやられるとなおさらだ。


「照れちゃって可愛いわね!!」


「うひぃぃぃぃぃ!?」


 急に抱きつかれた。

 相変わらず家族以外の異性に弱い俺は、それはもう大変なパニックですよ。

 嬉しいやら、気恥ずかしいやら……!!

 いかんいかん。こんな所を知り合いに見られたら大変なことに――。


「に、兄様……。その女は……?」


 ある意味、今一番聞きたくない人物の声が聞こえた。

 おそるおそる振り返ってみると……。


「ク、ククル!?」


 妹のククルが雷に打たれたかの様な顔をしてこちらを見ていた。


「あー、あの娘が妹さん? ちょっと間が悪かったかもね」


 そう言って離れてくれたが、もう遅い。


「まさか兄様は図書館で勉強すると言いながら、実はその女と遊んでいたのですか!?」


 思いっきり妹に勘違いされてしまった。


「待てククル、誤解だ!! 道を教えたら感謝のしるしにハグされただけで、この人とは赤の他人だ!!」


 上手い!!

 我ながらこの状況でよくこれだけの言い訳を思い付いた!!


「ほ、本当ですか……?」


 よし、あと一息だ。


「ああ、だから――」


「もう、ジルったら赤の他人だなんてつれないわねぇ」


 今度はスイレンさんに後ろから抱きしめられました。

 ちょうど頭の辺りにスイレンの微かな膨らみが――。


「……あーいや、離してもらえませんかね。宿屋はあっちですよ」


「ふふ、別に嘘なんかつかなくていいじゃない。きちんと説明してあげればいいのよ」


「やっぱり兄様はその女と……!!」


「まあまあククルよ、早合点はいけないぞ」


 落ち着け俺。大丈夫だ。スイレンも説明していいと言っているだからありのままを言えばいいんだ。


「いいか、ククル。この方はスイレン様と言ってな、水の大精霊だ。すごく偉い。だから秘密。OK?」


「……何故そのような方と兄様が親しげに?」


「それはだな、えーっと……」


 あれ、どう説明すればいいんだ?

 無理じゃね?


「私とジルはパートナーなのよ」


「パートナー?」


 ここでスイレンの助太刀が。

 正直アンタが余計なことをした所為でこうなったんだけど、頼むぞ。なんとかしてくれ!!


「そう。私とジルには共通の目的があってね。お互いに協力し合っているの」


「なるほど、大体のことは分かりました。ですが一つだけ分からないことがあります。……どうして兄様に抱きついているのですか?」


「それは私がジルを気に入っているからよ!!」


 うひゃあ!?

 今度は頬ずりし出しやがった!?


「『ウォーター・ボール!!』」


「甘い!! 水の精霊である私に水属性なんか効かないわ!!」


 突如ククルがスイレンに向けて水の塊を発射するが、スイレンの「甘い」の一言で消滅してしまった。……やっぱ、精霊って反則だよな。


「さぁ、もう終わり? ふふ、じゃあジルは貰っちゃうわよ?」


「っ……!! 『サンダー』」


「おっ、やるじゃない。でも威力が全然ね」


 雷属性の攻撃をわざと受けるが、効いている様子はまるでない。

 つーか俺もピリッときたんですけど。


「眼前の愚者に慈悲無き鉄槌を『ボルテック・レ――』」


 ヒートアップしたのかククルが詠唱を唱え出した。

 って、いかん!!


「ええい、いいかげんにしないか!!」


 スイレンを振りほどきつつ、二人に向けて注意する。


「まずスイレン様!! 悪ふざけもほどほどにしてくださいね?」


「ふふ、ごめんなさいね。つい貴方たちの反応が面白くて」


 からかわれていると分かっているのに反応してしまう自分が悔しいな。

 まあ、今は置いておいて……。


「次にククル。街中で無暗に魔法を使うなと言ってあるだろ?」


「どうして私まで怒られなくちゃいけないんですか……。悪いのはあの女なのに……」


「でもな、だからといって人に魔法を放っていいわけじゃないんだぞ?」


「兄様がその女にデレデレするから……」


 うぐっ……!!

 それを言われると弱い。


「兄様なんか……兄様なんかそこでずっと精霊ごっこをしていればいいんです……!!」


「あっ、ククル!!」


 走って行ってしまった……。


「あーあ、可哀想に」


「……言っておくけど半分はスイレンの所為だからな?」


「まぁ、確かに悪乗りしすぎたかなと反省はしているわ。でもジルだって妹相手に何取り乱しているのよ。もう少し冷静に対処すれば防げたんじゃないの?」


「それはそうなんだが……。どうもククルの前だと格好つけたくなるんだよ。前世ではあまりいい兄貴ではなかったから、そのリベンジみたいなもんだな。そんで理想の兄貴を演じようとするあまり、さっきみたく空回ってしまうと」


 少しは変われたかと思ったけど、まだまだだな。ちょっと予想外の事が起きるとすぐ混乱してしまう。

 やはりここは風俗に行って女慣れすることが火急の課題だな。風俗で胸の大きな子と戯れたりすれば、まな板なスイレンに抱きつかれたくらいで動じることは無くなるはずだ。


「なんかすっごい馬鹿らしいこと考えてそうなところ悪いけど、行かなくていいの?」


「ん?」


「だから妹さんを追いかけなくていいの?」


「追いたいのは山々なんだが、追いついても何を言えばいいか分からなくてな」


 そういう場合、行っても逆効果になる可能性が高い。


「馬鹿ねぇ……。そんなの取り敢えず抱きしめてキスしておけば万事解決よ」


「出来るかっ!!」


 そんなことしたら終わりだ。


「そう? でも取り敢えず追いかけておきなさい。でないと本当に私との関係を疑われるわよ。それともジルはそれがお望みなのかしら?」


「……今はまだククルの方が優先順位は上だからな、行かせてもらうよ」


「あらら、振られちゃった」


「じゃ、そういうわけでまたな」


 スイレンの返事を聞かずに駆け出す。

 いいことを思いついた。このまま追いかけるのでなく機嫌取りにプレゼントでも買っていこう。

 

 ――だが、結果的にこの選択がいけなかった。俺は寄り道せずに急いでククルを追いかけるべきだったのだ。そうすればもう少し違った結果になったかもしれなかったのに……。



「ああ、ジル。やっと帰って来た!! 今、家が大変なことになっているよ」


 家の前まで来ると、ルー兄さんが待ちわびたような顔で俺を出迎えてくれた。


「何、どうしたの?」


 ルー兄さんの大変は結構シャレにならんからな。怒ったククルが何かやらかしたのかもしれん。


「何から説明していいのやら……。とりあえず順番に話していこうか。まず母さんが帰ってきた」


「おお、やっと帰って来たんだ!!」


 一月ほど前に『王都に行く』と書置きを残したまま全く音沙汰がなかったからな、少し心配していた。

 うん、いい知らせじゃないか。


「そして父さんが、ねぎらいの言葉もそこそこに嬉々としてフロルさんのことを話した。もちろん家族が増えるとかいうアレをね」


「おぉ……」


 親父がフロル――あの時は俺だったが――に負けた後、どうやら本気で惚れてしまったらしく、フロルにアタックするだけに留まらず俺らにもよく「もうすぐ家族が増えるかもしれんからな」と言いふらしていた。

 さすがにリンダさんには言っていないようだったから放置していたのだが、まさか母さんに言うとは……。


「母さんは激怒してね、『絶対に反対!!』と言って父さんを殴り飛ばしていたよ。……しかも運が悪いことに、たまたま話を聞いていたリンダさんにも殴られるオマケつき。そのままリンダさんは怒ってどこかに行っちゃった」


「なかなか酷い状況だね……」


「そう思うだろ? でもまだ酷くなるよ。さっきククルが半泣きで帰ってきてね。母さんを見るなり『全裸で抱き合うことの意味は!?』と聞いてきたんだよ」


「……」


 確かフロルとククルが会話していた時に母さんに聞けとか言っていたな……。アレだよな?

 やばい、すっかり忘れていた。


「驚いた母さんが詳しく聞いてみると、どうやら父さんとリンダさんがククルが寝ている前でその……儀式をしていたみたいでね。それをすればジルが振り向いてくれるのではないかと思っての質問だったらしいよ」


「続きは聞きたくないなぁ……」


 どう考えても碌な結果にならないだろう……。


「まあそう言わずに。母さんはククルに『危険だから絶対にマネをしないように』と言い聞かせた後に、父さんの部屋を父さんごと爆破(・・)。今はリンダさんを探しに行ってる」


「これで終わりだよね……?」


 むしろ終わって下さい!!


「まさか。ククルの話によるとジルは図書館に行かずに、年上の女性と精霊ごっこをして遊んでいたらしいじゃないか。母さんはそこに興味津々だったよ」


 あぁ……何故俺はすぐにククルを追いかけなかったのだろうか……。ちょっと考えればククルが家族の誰かに話すことぐらい容易に想像できたのに。ちっ、プレゼントなんて買っている場合じゃなかったな、完全に裏目に出た。

 はあ、どうやって母さん達に説明するか考えただけで憂鬱だよ……。


「君たち、ちょっといいですか?」


 ――ここで一人のエルフに声をかけられた。


「ここはマーシャ・クロフトの家で合っていますか?」


 先ほど別れたエクトルの登場である。




「……」


 クロフト家の食卓にはかつてない空気が流れている。

 親父はエクトルの方を警戒するように見、母さんは傍から見ても分かるくらいに怒りながら食事。リンダさんは親父へのあてつけなのかは知らないがエクトルに色目を送り、ルー兄さんは困ったように笑っている。

 ククルは俺と目を合わせないようにあさっての方向を向いているし、客人であるエクトルはこの状況が理解できず困惑の表情を浮かべている。

 ……いや、マジでこの状況どないせいちゅうねん!!

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