第21話 王子
乱入して来た男の子はエクトルの制止を払いのけると、私達を素通りし玉座のヒルトの元まで勢いよく駆け出していった。
「さ、父上。早く相手をしてください!! あ、ダメならモルクでもいいです」
「……客人の前だぞミュラン。挨拶もしないとはどういうつもりだ。俺に恥をかかせに来たのか?」
「客人だったのですか!? すいません……。さきほど大臣が『王様を誑かす悪女が来たから助けに行って欲しい』と頼まれ、それでちょうど訓練相手が欲しかったから丁度いいと思って……」
大臣と言うと、さっきまでここにいた貴族連中の誰かでしょう? 随分とつまらない嫌がらせをするのね。
「……もういい、さっさと挨拶を済ませろ」
「はい。僕はミュラン・カルカイム・オーウェン、六歳です。父、ヒルト王の第一子で次期国王候補でもあります。以後、お見知りおきを」
見た目は人族。青い瞳に短めの金髪。ヒルトと違って顔は優しそう。身軽な服装や腰に差している短剣もあって、活発で運動が得意そうな印象を受ける。
「私はフロルよ。よろしく」
「スイレンよ。その年にしてはなかなかの名剣を持っているのね」
「見ただけで分かるとは素晴らしい慧眼です!! これは七剣『エンジュ』。母上から頂いた宝物です」
スイレンを褒めつつ、エンジュを取り出す。刃渡り三十cmくらいの赤みがかった剣で、『クロフト』と同じく魔力感知が出来なくても魔力を僅かに感じる。
……ここで二本目の七剣が出てくるとはねぇ、どんな性能なのかちょっと気になるわ。でもその前に、六歳の子どもにそんな物を持たせていいのかの方が関心があるけど。
「『エンジュ』は所有者の保有魔力以下の魔法を全て打ち消すことの出来る剣でな、亡き妻の遺品だ」
なるほど、いろいろと納得。
さすが七剣、かなりのチートっぷりね。
それとヒルトの生き返らせたい人は奥さんなんでしょうね。『妻』の部分で一瞬、声のトーンが下がっていたわ。
「では王子。まだ会談中ですし下がりましょう。訓練相手が欲しいなら後で私が相手をしますから」
「いえ、エクトルは弱いからいいです」
あら、エクトルは弱いの? とてもそうは見えないけど。もしかしてミュランがそれ以上に強いとか? ……ないか。
「……誰が相手をするかは置いておいて早く行きます――」
「待て、エクトル。いいことを思い付いた。スイレン、フロル、お前たちがミュランの相手をしてやってくれないか?」
「私は構わないわよ」
ミュランが部屋に入って来た時からなんとなくこうなるような気がしてたし。
「私はお断りだわ。子供相手に大人気ない」
「僕もお断りです。女性相手に勝っても嬉しくありませんし、僕の訓練にもなりません」
瞬間、部屋の空気が変わった。
ヒルトは大きくため息をつき、モルクは若干顔を歪ませ、エクトルは困った様に笑い、スイレンは何か珍しい生き物に遭遇したかの様に目を見開いている。
「そうか!! 父上は手加減を覚えろと言いたいんですね!?」
そんな雰囲気なんかお構いなしに強気な発言を繰り返すミュラン。
あ、ヒルトが首を横に振り出した。
私は子供らしくていいと思うんだけどなー。
「お前がどう思おうが勝手だが、フロルとは戦ってもらうからな。エクトルと先に行って待ってろ」
「父上がそういうのなら!! じゃ、エクトル行こう」
「では準備をしてお待ちしております」
軽く一礼すると、ミュランがエクトルを引きずるようにして出て行った。
「ヒルト王、貴方は子育てには向いていないわ」
その様子を確認したスイレンが呆れたように指摘する。
「俺もそれを痛感しているところだ」
「六歳の子供なんだから、あれくらいでいいんじゃない?」
みんな求めすぎじゃない?
ちょっと可愛そうなのでフォローしてみた。
「普通の子供なら確かにあれでいいだろう。だが、あいつは俺の後継者候補。普通では困る。お前達の実力を見抜けないのはしょうがないことだが外見で、しかも女だからという理由で人を侮るようではこの先が思いやられる」
「それにあの妙な自信。完全に自分が強いと思い込んでいるわよ。さっきの発言から騎士相手には勝っているようだけど、どうせ手加減とかさせているせいでしょう? そのせいよ、きっと」
「騎士達は俺の息子だからと、変に遠慮してな。わざとあいつに勝たせているようだ。エクトルも似た様な理由で勝たせているから今では舐められている」
ああ、だからさっきエクトルを弱い発言していたのね。
「そこでだ。フロルには最近調子に乗っているあいつを叩きのめしてほしい」
「私もヒルトに同意見ね。彼は敗北を知った方がいいわ。それも文句のつけようがない圧倒的な敗北をね」
「無茶言うわね……。トラウマにでもなったらどうするの?」
「もしそうなったら乗り越えさせるまでだ。それに出来なければ王の器ではなかったということだし、どうなろうとフロルが気にすることではない」
『嘘を検知。乗り越えさせる、が嘘です』
ふむ……。【真偽】は嘘は分かっても相手の真意が分からないから、意外と役に立たたない能力ね。
まぁ、気にするなという所は嘘じゃないんだし遠慮なくいきましょうか。
それに何かあっても【自由自在】で何とかすればいいでしょう。
「じゃあ、ちょっとだけ本気で行くわね」
「頼んだぞ。では訓練場まで案内しよう。行くぞモルク」
「はっ」
「……」
ヒルトとモルクが歩き出したので、後に続こうとするとスイレンが意味ありげに私を見ているのに気付いた。
「どうかしたの?」
「……スイレンの正体、というよりも本性に察しがついたかも」
「え、まだ気づいてなかったの!?」
聞いてこないからとっくに気づいているのかと思ってた。
まぁ“ジル”も未だによく分かっていないようだし当然と言えば当然か。
「何度か聞こうかと思ってたんだけど、やっぱり自分で考えた方が面白いからね。それで今の流れと、ティリカ達を引き取る時の流れで、やっとおおよその見当はついたわ。まだ確信は持てないから答え合わせはしないけどね」
今の流れだと……。
なるほどね、スイレンが何を考えているのか分かったわ。
でもそれじゃあ満点はあげられないわね。
自分で考えたいようだから教えてあげないけど。
「そう。なら答えに確信が持てたらいつでも聞いてあげる。一発で解けたらご褒美もあるかもよ?」
「本当!? ふふ、待ってなさい。すぐに正体を暴いてやるわ!!」
果たして“ジル”以外に満点の解答が出来る者は現れるのかしらね?
いるとすれば、その人は――。
「おい、何をしている!! 置いていくぞ!!」
おっと、王様がお呼びだわ。
早く行かないと。
「これより、フロル様VSミュラン様の試合を始めます!! ルールはどちらかが戦闘不能になるか負けを認めるまで。審判は私、エクトルが務めます。二人とも準備はよろしいですか?」
エクトルが声を張ると一斉にこちら側に注目が集まるのが分かる。
アリーナ型の訓練場に来た私はヒルトやスイレン、貴族に騎士達が見守る中、ミュランと向かい合っている。
「いつでもOKよ」
「僕も大丈夫です」
「それでは両者とも己の全力を出し切り、悔いのない戦いをお願いします。……では始め!!」
さあ、まずは様子見。
「……」
「……ってあれ、攻めてこないの?」
開始の合図がされたけど、ミュランは『エンジュ』を抜いただけで一歩も動かない。
「レディーファーストです。先制攻撃はお姉さんに譲りますよ」
……やばい、この子ちょっと馬鹿かも。
「凄い自信ね。根拠を聞いても?」
確かに皆が言うようにここらで敗北を経験した方がいいのかも。
「ふっふーん、僕はもう炎属性の中級魔法が使えますからね。それはつまり僕には中級魔法以下の魔法が効かないということです。どうです、降参しますか?」
へー、その年でもう中級魔法が使えるのね。確かに六歳にしては優秀だわ。魔法に限ればルー兄さんよりも出来るんじゃん。
「そうね……じゃあ魔法を一回だけ使って、それが通用しなかったら降参するわ」
「ええ、それがいいです。あ、例え通用しなくても落ち込まないで下さいね?」
……。
「あ、ああ!! そういえばフロル様はその腰に差している剣は使わないのですか!?」
何やら慌てたようにエクトルが話しかけてきた。
失礼ね。私が子供相手にキレるわけないじゃない。
……でもそうね、エクトルに指摘されるまで私も剣を携帯しているのを忘れかけてたわ。まだ実戦では一度も抜いていないから、ほとんどアクセサリーと化していたもんね。
「これは使わないわ。これで勝っても剣の所為で勝ったと思われそうで嫌だしね」
それにまだ改造中だから危なくて使えないわ。
「僕は気にしないので剣でも構いませんよ?」
一応、七剣を使っているミュランへの皮肉も込めたつもりだけど、やっぱ通じないか。
……それじゃあさっきから動かない私達に観客も痺れを切らしているし、そろそろ行動に移しましょう。
「いいえ、魔法だけでいくわ。……覚悟はいい?」
問いつつ、軽めの殺気を放つ。
「うっ……」
明らかに怯んでいるところ申し訳ないけど、遠慮なくいかせてもらうわ。私は相手が誰であろうとやると決めたからには手を抜くことは絶対にしない主義なの。
せいぜいしっかりと気を保つことね。
「我は終焉を下す者――」
でも安心して。
子供だけに怖い思いはさせない。
「神に創生されし最強の矛――」
ヒルトやエクトル、スイレン。
ここにいる全ての人にその思いを共有させるわ。
「我が一撃は天を砕き 大地を一掃する――」
高みの見物なんて絶対に許さない。
私の無限に近い魔力を一気に解放し、訓練場を私の魔力で満たす。
「逃げることは叶わず 防御は無意味――」
その反動で大気が振動し、訓練場が揺れ出すのが分かる。
ああ、魔法の制御で手一杯だから周りの反応を見れないのが残念。
「汝らに許されるのは傍観のみ――」
まぁここはエクトルの絶句している顔が見られただけ良しとしましょう。
ミュランは……残念ながらお見せできない姿だわ。
「さあ聞くがいい 世界の胎動を――」
ちなみにこの詠唱は“ジル”の創作ノートの作品を弄ったもの。
断じて私の完全なオリジナルではない。
「そして刻め!! その身に我が名を!! 複合式創生魔法――クリマアクト――」
詠唱を終えると同時に、訓練場は天から降り注ぐ極大の光に包まれた。
普通の人では目を開けていられないような眩しさで、エクトルも腕で目を覆っている。
ここまでくればもう私もすることがないので周囲を見てみると、ほぼ全員が眩しさで目を瞑っている。
例外はスイレンとヒルトだけ。
スイレンは私が見ていることも気づかずに空を仰ぎ見ており、ヒルトは無表情を保とうしているけど動揺を隠しきれないまま私の方を見ている。
手を振ってみたら顔を逸らされた。
っと、光がそろそろ収まるわね。
時間にすれば二十秒程度、だけど他の人にすればそれ以上の時間を感じさせたであろう光は、ゆっくりと消えてゆく。
「っ、収まった……? って何ですかこれは!?」
目を開けたエクトルが突然叫び出す。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」「いつのまに……!!」「馬鹿な!!」「きゃああああああああああ!!」「み、見るな!!」「うひゃひゃひゃひゃ」「ふぅ……」
それに呼応するかのように、訓練場に響き渡る無数の声。
「なぜ……なぜ我々の服がないのですか!!」
「下着は着ているじゃない」
「ほとんど裸同然ではありませんか!!」
そう。今、私以外の全ての人は下着だけしか身に着けていない。
もちろんさっきまで全員、下着以外の服はちゃんと着ていた。
「私のオリジナル魔法『クリマアクト』。これは対象の着ている服を消し飛ばす夢の魔法。むしろ裸にされなかっただけありがたく思いなさい!!」
「あれだけ魔力に殺気を込めておきながら、そんな下らないことに使ったのですか……? なんて無意味な……」
「意味ならあったわ。ミュランは気絶しているじゃない。私の勝ちでしょ?」
ミュランは光が降り注ぐ直前に気絶しちゃったからね。
パンツ一丁で気絶している王子っていうのは外聞が悪そうだけど、周囲はパニックでこちらにあまり注目していない。ある意味、この状況はミュランにとってラッキーとも言える。
「さ、王子をこのまま放置するわけにもいかないし早くしなさい」
「……ええ、分かりました。この勝負、フロル様の勝ちです!!」
よし!!
じゃあ下半身を濡らしているミュランの後始末をエクトルにさせつつ、異常がないか確かめたらさっさと帰りましょう。




