第17話 七剣
「ふふふ、この時を待っていたぜ!!」
依頼をこなしたり、ティリカ達の面倒を見ていたりしたらあっという間に三日が経過し、現在“俺”は騎士団の訓練場に来ている。
なかなかに広い場所で、プロ野球が出来そうなくらいはあるんじゃないかな?
三日前にスイレンが水浸しにしてしまったが痕跡はほとんど残っておらず、騎士団の努力が窺える。親父も結局三日間、家に帰って来なかったしな。
ちなみに水浸しにした張本人はここにはいない。姉妹が揃って風邪をひいてしまったので、その看病の為。能力で治そうかとスイレンと話し合ったりもしたが、命に係わるような病気でもないのでここは自然治癒に任せよう、という結論に至った。
そんな訳で騎士団の視察も延期させてもらおうかと思ったのだが、事情を説明しに行ったらいきなり訓練場に案内された。そこにはなにやら完全武装した二百人ほどの騎士と親父が準備万端で待っていて――今に至る。
「あの、ね? スイレンは今日は来ないのだけど……」
「別に構わないさ。俺の本命はアンタだ。それに今の俺たちの士気は最高だからな。延期なんてありえない。そうだろお前たち?」
「「おおおおおおおーーーーーーー!!」」
副団長兼親父の言葉に騎士たちが剣を掲げながら大声で応えた。
確かにやる気は十分って感じだな。
「申し訳ありませんが、あ奴等も準備万端。是非とも相手をなさってはくれませんか?」
隊長も頭を下げているし、了承してもいいんだけどスイレンがな……。意外と楽しみにしていたし、勝手に戦っていいのかな?
……まぁ、いいか。
「OK。スイレンはいないけど、貴方たちがいいというのなら私が一人で相手をしましょう」
せっかく皆やる気があるんだ、『延期しよう』なーんて水を差すようなマネはしたくない。
「それでこそだ!! ……あ、この人数が相手だが大丈夫だよな?」
「ふふ、問題ないわ。まとめてかかって来なさい」
「ずいぶんと余裕そうだが、あまり油断しないことだな。俺はアンタを倒すために万全の準備をしてきたつもりだ。本当は有事の時しか使えないこいつも持ってきたしな」
親父がそう言って見せたのは、一振りの短剣。もちろん自慢げに見せて来たのだからただの短剣と言うわけではなさそうで、後ろが見えるほど剣身が透き通っている。短剣自体から少し魔力も感じるし、特殊な剣なんだろう。
「こいつは『クロフト』って言う剣でな。七剣の一つだ」
七剣……確か現代の技術では再現することの出来ない超高性能な剣、だったかな?
「何でそんなものを貴方が持っているの?」
「王様から貰ったんだよ。『姓がお前と同じだからやるよ』ってな」
なんか適当だな、おい。
「アルフは“剣の実力のみ”なら王国最強クラスなのでな、頂けても別にそこまでおかしなことではないのですよ」
ひゅー、 親父はそこまで強かったのか!?
母さんも有名みたいだったし、もしかして俺の家って俺が思っている以上に凄いのか?
「この剣の性能は戦ってからのお楽しみだな。……さ、前置きもこれくらいにしてそろそろ始めようか」
「そうね。私もいつでもいいわよ」
「では、ルールを説明させてもらいますな。時間制限はなし、最後まで立っていた方の勝ちとする、でよろしいかな?」
「ああ、それで問題ない」
「私もOKよ」
降参はなしだから、二百人近くを気絶させなきゃいけないが……なんとかなるよな。
いざとなったら、能力を解放して一人ひとり気絶させていけばいいし。
「では、両者とも位置についてください」
俺は面倒なので一歩も動かないでいると、親父は騎士の集団の奥へと行ってしまった。
どうやら最初は様子見のようだな。
「……ところで隊長さんは戦わないの?」
分かりきったことだが、準備が整うまでの暇潰しに尋ねてみる。
「ええ、私は今回は審判役に徹します。ですので、開始早々フロル様に斬りかかることはありませんので安心してください」
「別にそれでも構わないけどね。……それと今日の私を見てどう思う? 自分ではちょっと雰囲気を変えたつもりなんだけど?」
「雰囲気ですか? う~む……私の目では何とも……。相変わらずお美しいとしか映りませんな」
よし!! 隊長の目は誤魔化せているようだな。
ふふふ、ちょっと自信がついたぜ。
やっぱり気づく方が変なんだよな。
「っと、どうやら準備が出来た様ね。スタートの合図をお願い」
「そのようですな。……では、これよりメイユ市騎士団VS フロル様の試合を始める!! 騎士達は死力を尽くし、騎士の誇りを汚さぬ戦いをするように!!」
「「はっ!!」」
多数対一人は騎士の誇りに反しないのか?
いや……きっとこれはツッコンではいけない所だな。
「フロル様も遠慮はいりませんからな、思いっきりやってしまって下さい」
「了解」
接待じみたことはしないで、遠慮なくいかせてもらおう。
「うぇっほん。ん、ん。……それでは試合始め!!」
「第一陣、突撃開始」
開始の合図がされると、先頭にいた騎士が声を上げ、六人の騎士が俺目掛けて突撃を仕掛けてきた。
ふむ……とりあえず俺も様子見するか。
「俺はハーマ・エクランド。いざ参る!!」
先陣を切ってきた男が、剣を振り下ろしてくるが――。
「遅い」
頭から足まで全て鎧で覆われているせいか、その行動は鈍い。
避けることは容易く、むしろ当たる方がどうかしてる。
「『ファイアーボール!!』」
「む?」
剣の攻撃を避けると同時に火の玉が飛んできた。
「てい」
当たっても問題ないのだが、とりあえず握り潰しておく。
「『ウィンド・カッター』」「『ファイアーボール』」「『ストーン・エッジ』」「『ウォーター・ボール』」
「まだまだぁ!!」
すると今度は四人の騎士が別々の魔法を同時に放ってき、さらにハーマが合わせるように追撃を仕掛けてくる。
おいおい、お前にも当たるぞ――って、そうか。そのための重装備なわけね。
『ウィンド・カッター』がハーマに当たるが鎧のおかげでダメージはなく、そのまま気にせず攻撃してくる。それを回避しつつも飛んでくる魔法を手で防いでいく。
すると新たに魔法が飛んで来て――の繰り返しだ。
なるほど。一人ひとりはそこまで強くはないが、連携が取れているな。これは騎士団に有って、冒険者達には無いものだな。決定力に欠ける気もするが、これなら自分たちよりも少し強い魔物と戦っても犠牲者を出さずに倒せるかも。
……さてと、だいたいの分析も終わったし俺も攻撃を始めるか。
「『フラッシュ』」
「ぎゃあ!?」
まずは閃光でハーマと周辺の連中の動きを止め、
「吹き飛べ『インパクト』」
怯んだ隙にハーマに暴風をぶつけてやる。
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉ」
風をもろに受けたハーマは、その場に踏みとどまることが出来ずに吹っ飛ばされ、何もせずに突っ立っている騎士の集団へと向かって行く。
そして進行方向へ立っている騎士を弾き倒しながら集団の中へ消えて行った。
ふふ、あの鎧に覆われた重い体はそのまま武器になるからな、ボーリングの要領で利用させてもらったぞ。
さ、どんどん行こうか。
「水よ!! 我が渇望を満たすまで降り注げ!!『ノーリミッツ・レイン』」
「「なっ?」」
せっかくなので、スイレンが使用した魔法を俺も再現してみる。
詠唱を終えると、俺と審判である隊長以外の頭上に瀑布の様に水が降り注ぐ。
威力はスイレンのものと同じだが、また辺りを水浸しにしても可哀想なので、水が地面に触れたら消えるという親切設計。
三分経過してから魔法を解除すると三分の一程が膝を屈していた。
さすがに全滅はしないか。
じゃあ、もう一回。
「『ノーリミッツ・レイン』」
「ひっ……!!」
騎士達から悲鳴が聞こえた様な気がしたが構わず放つ。
今度はもうちょっと長くしてみよう。ついでに水の温度も凍る寸前くらいの冷たいのにしておこう。
というわけで五分ほど待機。んで解除。
「ほほう、これでもまだ全滅はしないか」
まだ三分の一程が立っているし、倒れている騎士の何人かも水が降り止んだのを確認すると震えながらも立ち上がろうとしている。
……何だか追い打ちをかけるのが戸惑われるが、とことんやらせてもらうぞ。
「ええい、怯むな!! かかれ!!」
「そうはさせない。彼の者達に裁きの鉄槌を『サンダーボルト』」
「ぐは!?」
立っている者すべてに雷を落とす。
食らった者は全員倒れ伏し、俺が見えている限りでは騎士で立っている者は誰もいない。
それでも立ち上がろうとする騎士はいるが――
「あ」
――立ち上がった瞬間に倒れていく。
今、地面から一m上は気圧が極端に低くなるようにしているからな、その消耗した体力ではこの気圧の変化には耐えられまい。
「よし、これでもう立っている者はいない……あれ?」
そういえば親父は?
戦いが始まってからまだ一度も親父を見ていないぞ。
「どこに――」
「でりゃあーーーー!!」
「なっ!?」
周囲を見回していると突然、地面から親父が現れて斬りかかってきた。
「ぐっ」
なんとか直撃は回避したが、腕を少し切られてしまった。
前は素手で掴んでも傷一つつかなかったから、あの短剣のせいか。
……ん? なんかあの剣、最初の時よりも黒くなっていないか?
まぁ、いいか。
「ちっ、外したか……って、耳痛ぇ!! 何だこれ!?」
「まさか、地面の下にいたとはね、さすがに予想していなかったわ。地下には移動できるような場所があるの? まさか三日で掘ったってことはないわよね?」
「あー、なんか息苦しいな。じゃあ悪いが殺す気で行くな。寸止めは期待すんなよ」
俺の質問には答えず一方的に言うと、再び斬りかかってきた。
補助魔法でもかけてもらったのか三日前よりも動きは速いが、対処できない程ではない。
「『クロフト』は所有者が柄を掴んでいる時間が長ければ長いほど切れ味を増していくんだよ!!」
斬りかかりながらも、突然『クロフト』の解説をする親父。
「頼んでもいないのに説明ありがとう!! でもどんな切れ味だろうと当たらなければ意味はないわよ?」
さっきは奇襲だったから命中したのであって、親父のスピードでは俺に当てることは出来ないだろう。
現に、何度も繰り出してくる攻撃を全て避けている
「くくく、俺様の子どもは皆優秀でな、特にジルは剣の才能はまるでないがそれ以外がすば抜けているんだよ。ああ……、ククルは可愛いなぁ」
攻撃しながら自慢げな顔をしたかと思いきや、急にうっとりしたような顔へ。
うぇ……なんか不気味だな。
「……大丈夫? なんか貴方、さっきからちょっと変よ?」
気圧の変化で頭がやられた……とか?
「ひひひ、だいじょーぶ大・丈・夫!! ちゃーんと、お前を斬るさ」
ダメだこれ。明らかに変だ。
「フロル様!! できるだけ早い決着を!! 『クロフト』は使用者の正気を糧に切れ味を増していくのです!!」
焦ったような隊長の声に『クロフト』をよく見てみると、先ほどよりもさらに黒く変色しており、体に良くなさそうな瘴気みたいなものさえ放っている。
まるで魔剣だな。
「OK。次で決めるわ」
これ以上時間をかけるのは危険だろうから、一撃で決める。
「ひゃははははは!!」
「彼の者に安らかなひと時を与えよ『スリープ』」
「ははは、はっ――」
攻撃を躱しながらも、対象を眠らせる魔法をかける。
すると奇声じみた笑い声は止み、親父は意識を失いながら地面に倒れ伏した。
うん、やっぱり暴走状態の奴には意識を奪うのが一番だよな!!
「さ、これで立ち上がっている者もいないし、私の勝利――え?」
「ハハハ」
勝利を確信した瞬間、眠ったはずの親父が突如起き上がり俺の腹に剣を突き刺してきた。
完全に油断していた俺は、見事に腹を貫かれた。
「ぐうう、いってぇな……!!」
この体ではダメージは緩和されるはずなのだが、それでもめっちゃ痛い。
“フロル”も思った通り、痛みを感じない体にした方がいいかもな……。
「バカメ、油断スルカラソウナル」
腹に刺さった剣をグリグリしながら、親父の口から女声で嘲笑が漏れた。
「いっ、お前、本当に、副隊長か?」
正気を失ったからと言って、女声を発するとは思えない。
「ククク、私ハ『クロフト』ダヨ、小娘」
……あー、なるほど。親父を眠らせてしまったから短剣に体を奪われたのか。
剣に意思があるとは思わなかったが……それなら話は早い。
『一部を除き、能力の制限を解除しますか? YES or NO』
へし折ってやる。
「サア、苦シミナガラ死ヌトイイ」
「動くな」
「ナッ、体ガ動カナイ!?」
相手の体が止まったところで後ろに下がりながら、ゆっくりと腹から剣を抜く。
「ふー、痛かった。ちゃんと傷も治してっと。――さて、よくもやってくれたな」
「……ククク、軽イイタズラジャナイカ。笑ッテ許セヨ」
誰が腹に穴開けられて許すか。
「へし折れろ」
俺が口にした瞬間、『クロフト』は真っ二つに折れ、同時に親父も地面に倒れ込んだ。
その瞬間『クク、マタナ』と声が聞こえた気がしたが――今は気にしてもしょうがないだろう。
「勝者、フロル様!!」
俺以外、立っているものがいなくなるのを確認すると、隊長の勝利宣言が響く。
ふー、やっと終わったか……。思ったよりも時間がかかったな。
「フロルさん……アンタ凄いな。完敗だよ」
お、親父がふらふらになりながらも立ち上がってきた。
「もしかして意識があったの?」
「まあ、な。アイツに『勝たせてやるから代われ』って言われて交代したんだよ。体は奪われても意識はあったから何が起きたかは把握してる」
「そう」
「悪いな、痛い思いをさせて。どうしても俺は負けたくなかったんだよ」
「負けたくないという気持ちは大事よ。ただ、次からは行き過ぎちゃ駄目よ」
「ああ、肝に銘じておくさ。……それで相談があるんだが、俺と結婚しないか?」
……は?
「すでに妻が二人いるが、どうだろう……? 生活に不自由はさせないぞ?」
そんなこと考えるまでもない。
「絶対に嫌!!」