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1.5mの世界  作者: 粗井 河川
1章
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第16話  副隊長

「本っ当に申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁ!!!」


 騎士団屯所内の応接間に、髭のおじさんの謝罪が響き渡る。

もうかれこれ十回以上、同じような言葉を聞いた。全身が濡れた状態で頭を床に擦り付けて謝罪する光景は、第三者の私からすると「許す!!」と言いたくなってしまう。

 謝罪をされている本人はまだご立腹のようだけど。


「はあ!? 何を謝っているのか分からないわね!! 思考出来るだけの頭がない私にも分かるように説明してくれるかしら? ……そうね、まずは私に言ったことをもう一度、一言一句違えずに言ってみなさい!!」


 周囲に百を超える大量の氷の矢を浮かべ、全てをおじさんに向けながら脅すスイレン。

 言ってみなさいとか言いながら、本当に言ったら矢を発射しそうな勢いよね。


「あ、いや……、それは、そのう……」


 おじさんもそれが分かっているのか言い淀んでいる。

 ――あ、涙目で私を見てきた。

 ……はぁ、しょうがない。助太刀しますか。

 私もあまり怒っているスイレンに話しかけたくないのだけど、いつまでも放っておくわけにはいかないものね。


「ほら、スイレン。それくらいにしておいたら? 彼も反省しているみたいだし――」


「甘い!! 甘いわよフロル!! こいつは脅されているから謝っているだけよ!! それに私の事を精霊だと信じてもいないわ。きっと魔法がちょっと使える小娘程度にしか思ってないのよ!!」


 なんという被害妄想……。

 と、言いたいところだけどスイレンの言い分も分からなくはない。

 何せアレから三十分も経っていない。

 能力で気絶していたスイレンは一分程で目を覚ますと、すぐさま敷地内に突入し、このおじさんを今いる場所まで引き摺ってきて謝罪を要求した。というのが今に至るまでの流れ。こちらの素性はまだきちんと説明していない。おじさんからしてみればスイレンが精霊であることを示す証拠は何一つないのよね。


 頭のイカレタ女が精霊を自称して、騎士団を水浸しにしたかと思いきや突然、氷の矢を突き付けて謝罪を要求してきたからとりあえず謝っておこう、みたいなことを考えていたとしても不思議ではない。涙目になっているが、これも演技という可能性もある。


「と、とんでもありません!! 広範囲にあんな大量の水を降らすことが出来る方が精霊でないわけがありません!! 我々人がやろうと思っても発動すらできないでしょう。尤も出来ないと分かっていて真似しようとする者なぞいないと思いますが……」


「はっ、聞いたフロル? 騎士団様ともあろう者がこんな考えでは先が思いらやれるわね」


「まぁ比較対象がアレじゃあ、さすがにそう思ってしまうのもしょうがないんじゃないかしら?」


 騎士団を水浸しにする規模の魔法となると、私はともかく“ジル”の魔力ではまだ無理ね。イコール、世界トップクラスの魔力を持っていても出来ないということなのだから、おっちゃんの発言もある意味現実的とも言える。


「そんなことよりも、よかったわね。この人はスイレンの事を精霊だって信じているってさ」


 本当にそう思っているかは知らないけど。


「知ってる。彼は私の魔法を体感した時点で、私が精霊だって気づいていたわ」


 あら、そうなの?


「じゃあ今までのは何?」


 時間の無駄じゃない。


「こいつを困らせるための演技よ。私をあれだけ侮辱したのだから、これくらいの罰は受けてもらわないと」


「騎士団を水浸しにしただけじゃ物足りないの?」


「全然っ、足りないわね!! いい、フロル。精霊に自分たちから生活の支援を頼んでおきながらその恩を忘れ、あまつさえ私に暴言を吐いたのよ!? 簡単に許せるものではないわ!!」


 生活の支援……綺麗な水が誰のおかげで飲めるのか云々ってやつね。


「でも、その支援とやらはあまり知られていないようだけど? 私だってさっきまで知らなかったし。だいたいこの人がスイレンに頼んだわけじゃないでしょ」


 そもそも精霊の情報自体、極端に少ないのよねー。

 尊敬の対象にはなっているみたいだけど、何故なのかという情報は全くと言っていいほど存在しないし。


「はぁ~。私たちがいかに人々の生活に貢献しているのかってことを知らないの……。ちょっと人と距離を置きすぎたかなぁ。昔は私が精霊だって言えば、大歓迎されたんだけどねぇ……」


 急に年寄りくさいことを言い出したわ。


「昔ってどれくらい前?」


「だいたい2000年前くらい、かな? はぁ……あの時が懐かしいわぁ」


 2000年前とか……。さすが精霊、桁が違うわ。


「あのう、このままだと――」


「あぁん!? 誰が喋って言いと――って、およ?」


 おっちゃんの言葉を遮ろうとしたスイレンが、何かに気づいたようにドアの方に目を向ける。


「やっと気づいた? さっきからドアの前で誰かが様子を窺っていたわよ。敵意も感じるし、この人を助けに来たんじゃない?」


 十分前からいたのだけど、怒りで周りへの注意が疎かになっていたようね。


「おそらく、建物内にいた副隊長が私を救出するつもりで来たのだと思います。そろそろ突入してくるでしょうし、止めてきます」


「ちょっと待った!! 別に止める必要はないわ。副隊長の実力を知りたいから、このまま突入させましょう」


 立ち上がってドアへ向かおうとするおっちゃんを止める。


「それは構いませんが……貴女が誰かお聞きしても? 精霊様と対等に話しているということは貴女も精霊様なのですか?」


「いえ、私は精霊じゃないわ。私は――」


「彼女はフロルって言ってね、光の精霊の庇護下にある者よ。そのおかげで私ともよく顔を合わせていてね、今では親友の様な仲なのよ」


「精霊の庇護下!? なるほど、だから人とは違ったセンスをお持ちなのですな。身のこなしも只者ではありませんし、納得いたしました」


 頷くおっちゃん。

 人とは違うセンス……。

 って、そんなことよりも!!


(ちょっと、ちょっと!! 何よ、その設定!!)


 小声でスイレンに文句を言う。


(別に悪い設定でもないでしょう? 精霊の庇護下にある人なんていないから、目立っていいじゃない。貴女の強さの説明にもなるし。それに今後、後ろ盾になるものがあった方がいろいろと便利でしょう?)


 ……言われてみるとそうね。

 精霊の後ろ盾があると公言しておけばこの先、役に立つことは間違いない。

 なんで光の精霊なのかは謎だけど、私が金髪だから、とかそんな下らない理由のような気がする。


(OK、その設定は利用させてもらうわ。ありがとうね、スイレン)


(どういたしまして)


「む、お二方共、来ますぞ!!」


「じゃ、私が迎え撃つから、スイレンはソファで寝ているティリカ達をよろしくね」


「りょ~かい」


 スイレンの気のない返事と同時に、ドンっ!! っと勢いよくドアが開く。

 すると室内へ銀髪の男性が駆け込んで来て――


「『フラッシュ!!』」


「きゃあ!?」


「ぐっ!?」


 ――目が眩むほどの光を放ってきた。


「もらったぁ!!」


「はい、残念でした」


 男性は勝利を確信した声で私目掛けて剣を振るってきたけど、私は剣を右手で掴んで止める。

 傷は……ないわね。

 剣が大したことないのか、彼の腕が悪いのか。


「おいおい、嘘だろ……?」


「ふふ、本当よ。じゃ、おやすみなさい副隊長さん」


 ダメね、戦いでそんな隙を見せるなんて。

 驚いて固まっている副隊長に、左手で顎にアッパーを放つ。


「がはっ」


 綺麗にアッパーが決まると体が少し宙に浮き、その後は重力に従って床に倒れる。

 ……あれ、ピクリともしないけど、まさか死んでないわよね?

 おそるおそる近づいてみると息はしているようなので一安心。

 よし、副隊長――いえ、父様を無事撃破!!

 今日の目標は完了っと。




「さすがですな。アルフがまさか、まともに勝負をさせてもらえぬうちに負けるとは思っていませんでしたぞ」


 私たちにお茶を振舞いながら、おっちゃんが感心したように褒めてくれる。

 父様が気絶した後、おっちゃんが騎士団全体に私達の事情を説明したことによって、正式に客人として歓迎されることになった。

 怒っていたスイレンも、騎士団全員の土下座を見たら落ち着いたようで、刺々しい雰囲気はなくなっている。


「私はあの閃光をもろに食らっちゃったから、どんな戦いをしていたのか見れなかったのよね……。不覚だわ。あんな初歩的な手に引っかかるなんて……」 


「しかし、精霊であるスイレン様でも効果があったようなのにフロル様はよく平気でしたな?」


「ふふ、私は光の精霊の庇護下の者よ。あの程度の閃光、どうってことないわ」


「おおぅ、そうでした。失礼、愚問でしたな」


 本当は能力で、急な明るさにも対応できるようにしてあるからなんだけど、さっそく光の精霊の設定を使わせてもらおうっと。

 スイレンが嘘つき、と目で責めてくるが、軽くスルー。

 能力の事はなるべく黙っておきたいから、しょうがないでしょ。


「それで、今日は特殊訓練とやらをしていたみたいだけど、どんなことをしていたのかしら?」


 今はそれも中断して、このおっちゃん――実は隊長だった――と一部の人を除いてスイレンが水浸しにした所の掃除をしている。


「はは、特殊訓練と言ってもそんな大層なものではありませんがね。ただ24時間連続で訓練するというものです。昨日、情けないことに不審者の侵入を許してしまいましてな、喝を入れるためにと。それで、ストレスで全員がピリピリしている時にお二方が来たので、あのような乱暴な対応になってしまったのです」


 なるほど、どちらにとっても運が悪かったのね。


「へぇー、侵入者なんか来たのね。どんな奴が来たの?」


 寝ているティリカの頭を自身の膝に乗せつつ、スイレンが興味深そうに尋ねる。


「……女性の前で言うのは少し憚られるのですが、実は全裸の男が侵入してきましてな。『俺の下半身を見ろ!!』と叫びながら、敷地内を走り回りまして。取り押さえようにも意外と強くて、三人ほど軽い負傷をしてしまったのです」


「ほほう、なかなかの変態ね。それでどうなったの?」


 スイレンが面白そうに続きを促している。

 ……あまり聞きたくないかも。


「なんとか取り押さえて服を着させようとしたのですが、凄まじい抵抗を受けまして大変でした。その後、牢にぶち込んで何故こんなことをしたのか問うたのですが、『へへ、俺の下半身はイカスだろ?』としか言わんのです……」


「あはははははははは!! それはとんでもない奴が現れたわね!! ね、フロルもそう思うわよね?」


 スイレンが笑いながら、意味ありげな顔で私を見てくる。


「え、ええ、そうね、信じがたい奴だわ」


「普通の者なら、あそこまで頭のおかしい行動は取れますまい。そこで我々は禁薬が出回っている可能性を考え、いつ、どんなことが起きても対応できるように、それと先ほども言いました喝を入れるために特殊訓練をしていたのです」


 あー、騎士団に侵入して来た奴って、多分マレクよね……。いや、絶対にマレクだ。

 パスティや彼女の店に迷惑をかけようとした場合、『全裸で騎士団に突撃し、変態の限りを尽くす』って能力で罰則をかけたから、それが発動したんだわ。

 はぁ……、マレクは結局パスティに何かしようとしたのね。警告はしたんだし、同情はしないわ。でも、怪我をした騎士団の人には悪いと思う。今度から気を付けよう。

 ……『変態の限りを尽くす』だから、隊長さんの話よりも実際はもっと酷かったのかも。知らない方が幸せなこともあるし、ここは聞かないでおくけど。


「さて、面白い話も聞けたし、ちょっと早いけど帰りましょうか。訓練に参加しようかなとも思っていたけど、私が水浸しにしちゃったせいで無理っぽいみたいだしね」


 地面はかなりぐちゃぐちゃになっていたし、建物の中にも水が入ってきていたから完全に元通りになるまでに二~三日はかかるかも。それまでは訓練どころじゃないわよね。


「やり残したことはあるけど、ここにいて出来ることはなさそうだし、そうしましょうか」


「もう帰られるのですか? では門までお見送りしましょう」




「では、お気をつけてお帰り下さい」


「じゃーねー」


「じゃ、これで失礼するわ。大変だと思うけど、いろいろと頑張ってね」


 隊長のおっちゃんに見送られて騎士団を後にしようとすると――。


「ちょっと待ってくれ!!」


 父様兼副隊長が声をかけてきた。


「あら、副隊長さんじゃないの。顎は大丈夫?」


「ああ、あのくらいは大したことないさ。……それでアンタ、フロルって言ったか? アンタに言いたいことがある」


「おい、アルフ何を――」


「何かしら?」


 隊長が止めに入ろうとするのを手で制しつつ、続きを喋るように促す。


「俺を一撃で気絶させたようだけど、俺を――騎士団をこの程度のレベルだと思わないで欲しい」


「というと?」


「今回は訓練の疲れもあって皆、本調子じゃなかった。だから今日の俺たちだけで騎士団の実力を決めつけないで欲しい。一週……いや、三日後にまた来てくれないか? その時は騎士団の本気を見せる!!」


「面白そうじゃない!! フロル、彼もこう言っているんだしまた来ましょうよ」


「……じゃあ、三日後にまた来ましょうか。ふふ、そこまで言うのだからガッカリさせないでよ?」


 まぁ別に父様に言われなくても、また来るつもりだったけどね。


「ああ、期待していてくれ!!」


「まったく、勝手に決めよって……。お前が決めたのだ、お前が皆の指揮を執って、お二方を歓迎せいよ!!」


「ええ、任せて下さい!!」


 ……熱くなっている父様には悪いけど、私は騎士団の実力はそんなに期待出来るようなものだとは思っていない。

 でも、この世界の人達は良くも悪くも私や“ジル”の予想を裏切るようなことをしてくるから、少しくらいは驚かせてくれるわよね?

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