第15話 騎士団の厄日
「おはよう、スイレン。二人はまだ寝てるの?」
宿屋に向かうと、受付のフロアでスイレンが待っていたので軽く挨拶する。
「おはよう。二人なら今もグッスリよ。それで、今日はどうするつもりなの?」
「今日は私、騎士団に行くつもりだから引き続き二人の世話をお願いしていい?」
昨日、突然行くことを決めたからアポなしで入れるかは分からないけど、多分大丈夫でしょ。
いざとなったら強行突破するし。
「騎士団か……面白そうね。うん、私も一緒に行くわ!!」
「ちょっと、それじゃあ二人の世話は誰がするの?」
保護者が二人そろって出かけたら、姉妹は自分たちが見捨てられたのかと思ってしまう可能性がある。だから、ある程度生活に慣れるまでは必ずどちらかが付いていなくちゃいけない。尤もこちらは四六時中、一緒にいることは難しいので、必然的にスイレンが面倒を見ることが多くなるだろうけど。
「一緒に連れて行けばいいじゃない。騎士団へは歩いて行って、ついでに街の紹介とかすれば無駄がないでしょう?」
ふむ……確かにその方がいいかも。
「OK、スイレンの意見を採用するわ。でも、二人が付いてくると言ったらね。と、いうわけで二人を起こしに行きましょうか」
「そ・の・ま・え・に、いい加減その口調は止めたら? 正直、気持ち悪いわよ」
あらら、バレてたか。
「いつから気づいてた?」
今、フロルの格好をしているが中身は俺だ。
昨日の反省を生かして、今回はフロルになりきるために全力を注いでいたから自信があったんだけどな。
「最初からよ。むしろ、私が騙されると思っていたの? だとしたら、私をバカにし過ぎね」
「別にバカにするつもりは無かったんだが……。そんなに俺の演技は酷いのか?」
「そうね……私からすると、とんでもなく不自然に映るけど普通の人は気づかないんじゃない? ただ、フロルの事を良く知っている人や、勘のいい人は違和感を覚えるかもね。だから、ジルがその姿でアリサと会うのは止めておいた方がいいと思う。多分、バレるわよ」
えー、俺もアリサと会話してみたいんだけどな。
あのうさ耳も思いっきり触ってみたいし。
「……よし、なら賭けをしようじゃないか。俺がアリサに会って、バレるかどうか」
そう提案すると、スイレンはニヤッと笑いだした。
「面白いじゃない。乗ったわ、その勝負!! 負けた方が勝者の言うことをどんなことでも一度だけ命令できる、ってことでいいわね?」
どんなことでも!?
「構わないぜ。クク、どんなことを命令してやろうか」
まぁ、実際に勝ってもチキンだからそんな凄い命令は出来なさそうだけど。せいぜい、足を舐めさせてくれ、くらいかな。
「ふふ、今のジルはなかなか素敵よ。敬語を使っていた時よりも、ずっと親しみが持てるわ」
「……はいはい、敬語使って悪うございました」
「なーに、照れてんのよ!!」
「うひゃあ!? ええい、急に抱きつくな!!」
緊張するだろ!!
腕に胸の感触が……失礼。気のせいだった。スイレンは貧乳だから胸の感触なんかほとんどしないもんな。
それでも家族以外の異性に抱きつかれるのは気恥ずかしいけど。
……あれ、でも待てよ。スイレンは女性だよな? 実は男で、俺の様に変装しているとかないよな? いや、そもそも精霊に性別とかあるのか?
「何、どうしたの? 突然、深刻な顔して」
顔を覗き込んで来るスイレン。
もしかすると、こんな可愛い顔して男って可能性もあるのか……。
確かめないとな。
「あの、さ。スイレンって……女?」
「ふん!!」
思いっ切りぶん殴られました。
「さ、バカ言ってないでアリサ達を起こしに行くわよ」
「うぃ」
殴られた場所を摩りながらも、怒るってことはスイレンは女性なんだろうなと思うと、すっごい嬉しかった。
「フロルさまー、スイレンさまー、おはよーございます!!」
「フロル様、スイレン様おはようござい……? フロル様、ですか?」
ドアを開けると、うさ耳ーズが出迎えてくれた。
可愛いし、メイドみたいで悪くない。いや、むしろかなりいい!! ……が、アリサの口から俺にとっては不吉な言葉が。
するとスイレンが勝ち誇ったような顔をしつつも、二人に聞こえないように小声で話しかけてきた。
(賭けは私の勝ちね。命令の方は考えておくから。取り敢えず、今はフロルに代わっておいた方がいいんじゃない?)
……はぁ、しょうがないか。
『フロルと交代しますか? YES or NO』
せっかくフロル対策を万全にしてきたのにな……YE――。
「待って!!」
あと少しでYESにタッチするところで、アリサが急に大声を上げた。
「行っちゃうの?」
……。
……あー、俺は少し【直感】というものを甘く見ていたかも。
言葉も交わさずに、ちょこっと姿を見せただけでこれだ。
こんなんじゃあ俺がアリサの前に出てくるのは止めた方がいいな。
マジで正体がバレる。
「えー!? フロル様どこかに行っちゃうの!?」
アリサの言葉を受けて、ティリカまで心配そうに俺を見てきた。
俺が何か言うと藪蛇になりかねないので、目でスイレンに助けを求める。
「あのね~、二人とも。別にフロルはどこかに行ったりしないわ。ちゃんと、貴女たちと一緒にいてくれるわよ」
アイコンタクトが通じたのか、スイレンがフォローに入ってくれた。
小声で『これは貸しね』って言われてしまったけど……。
「なーんだ、びっくりした。もう、変なこと言わないでよアリサ」
「むー」
「よーし、じゃあそんな変なことを言うアリサは、二人でくすぐってしまいましょう!!」
「うん!!」
「え? だ、だめ、それ……は、あは、あははははは!!」
アリサをスイレンが拘束し、その隙にティリカがくすぐり攻撃を始めた。
ナイスフォロー!!
さ、アリサの意識が逸れている内に“フロル”に変わりますか。
『フロルと交代しますか? YES or NO』
じゃあなティリカ、アリサ。“俺”が直接世話をすることは出来ないのはちょっと残念だけど、陰ながら成長を見守らせてもらうよ。……今のは変態っぽいか?
まぁ、いいや。YESっと。
「はいはい、三人ともそれくらいにして、私に注目!!」
手を叩きながら呼びかけると、じゃれ合っていた三人が“私”の方を見た。
「これからスイレンと騎士団に向かいがてら、メイユ市を案内しようと思うのだけれど、ティリカ達はどうする? 一緒に来る?」
「あたしも行くー!!」
「私も行きます、フロル様」
ふふ、やっぱり面白い子よねアリサは。
「じゃあ、三人でフロルに街を案内してもらいましょうねー」
「はーい」「はい」
さて、それじゃあどこから案内しましょうかね。
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「ここが目的地よ」
現在時刻は13時ジャスト。
私達はメイユ市の騎士団の屯所前まで来ている。
午前中はスイレンや姉妹を案内することに費やし、姉妹は昼食を取った後、眠そうにしていたため今は私とスイレンの背中で寝かしてあげている。
「でも、門が閉まってて入れないわね。いつも閉まっているの?」
騎士団の周りはレンガもどきの塀で囲われており、唯一の入り口である3メートル程の門も閉まっている為、入ることは出来ない。まぁ、私達なら飛び越えることくらい簡単に出来るから、あくまで正規の入り方ならね。
「さぁ? 何せ、私も来たのは今日が初めてだから、よく分からないわ。取り敢えず、あの人に聞いてみましょうか」
門の前に門番らしき人がいるので、話しかける。
「こんにちは。騎士団に用があるのだけれど、中には入れないのかしら?」
「こんにちは。今日は来訪者の予定は聞いてないので、何か困りごとですか? ……ああ、迷子ですか」
私とスイレンの背中を見て、納得する門番。
口調は丁寧だけど、どこかやる気がなさそうね。
……ん~、と言うよりかは疲れているって方が、しっくりくるかも。
「申し訳ありませんが現在、騎士団は特殊訓練の真っ最中なので、余程のことが無い限り相談は受け付けておりません。お手数ですが、ギルドの方へお願いします。依頼料の方は騎士団側で負担しておきますので」
特殊訓練、か。
随分、好奇心をくすぐる言葉ね。
「別に迷子を届ける為に来たわけではないの。今回、ここへ来たのは騎士団の実力をチェックする為よ」
本命は父様をボコるだけど。
「はぁ、そうですか。それでは上官には報告しておきますので、また後日お越しください」
私の言葉に、面倒くさい奴が来た、という顔を隠そうともせず適当に相槌をしだした。
ダメ元で本当のことを言ってみたけど、やっぱりダメだったわね。
さて、どうしましょうか。やっぱり、実力行使しかないかしら。
「はいはい、フロル。今のは貴女が悪いわ。そんなんで開けてくれるわけないでしょう。ここは私に任せておきなさい」
得意そうな顔でスイレンが颯爽と私の前に出てきた。
「……じゃあ、お願いするわ」
何だか嫌な予感がするけど、本人がやる気だから任せてみましょうか。
「今度は貴女ですか? 出来れば早くお引き取り願いたいのですが……」
「いい、門番。水の精霊である私が、騎士団に遊びに来たわ!! 精霊に話しかけられた光栄を噛み締めながら、門を開けなさい!!」
……。
「ぷっ」
あ、門番が笑った。
「……何がおかしいのかしら?」
「い、いや、だって……せ、精霊とか、言う……から、だ、ダメだ……ぎゃははははは!! 普通に考えて精霊様がこんな所に来るわけないだろう!! そ、それを自分が精霊とか言っちゃって……あんたバカなんじゃないですか!? あはははははは!!」
スイレンを指差しながら大爆笑する門番。
プルプル震えるスイレン。
そう言いたくなる気持ちも分からなくはないけど……運が悪かったわね。
「……いいか、小僧。もう一度だけ言う。水の精霊である私が、直々に来てやった。大人しく門を開けろ。この国の綺麗な水が誰によって飲めるのかをよーく考えつつ、返答するといい。お前の返答次第でこの国は滅ぶぞ」
めっちゃドスのきいた声で命令するスイレン。
周りの温度も氷点下くらいにまで下がっているし、完全に脅しよね。
……でも、この国の水ってスイレンのおかげで飲めるのね。知らなかったわ。
「は、はい、直ちに上官に報告して、もてなしの準備をしますので、少々お待ちください!!」
震えながらも慌てて門を開き、屯所の中へ入っていく門番。
果たして、恐怖で震えていたのか、それとも寒くて震えていたのか……。
……別にどっちでもいいわね。
「あらあら。すごい“もてなし”ね」
怒りMAX状態のスイレンに近づかないようにしながら、ボーっと待っていると、武装した100人くらいの騎士がやって来た。
さっきの門番がスイレンを指差しながら、先頭の人に何か話している。
「貴様か!! 精霊様の名を騙る不届き者は!! それに門番を脅すとは何事だ!! まともな思考が出来るのなら大人しく帰れ!! さもなくば、牢にぶち込むぞ!! 尤も、貴様に思考できるだけの頭があるとは思えんがな!!」
先頭の髭のおじさんが大声でスイレンに警告を発すると、一斉に剣を構える騎士の皆さん。中にはいつでも魔法を唱えられるようにしている人もいる。
そして、またもやプルプル震えるスイレン。
精霊の目撃情報なんて無いに等しいから、こうなってしまうのもしょうがないと言えばしょうがないのよねー。
「ふ、ふふふ。こんな屈辱久しぶりだわ……。いいわ、ここを湖にしてやる……!! さあ、水よ!! 我が渇望を満たすまで降り注げ!!『ノーリミッツ・レイン』」
なにやら物騒なことを言い出したかと思えば、止める間も無く魔法を発動し出した。
すると、門の内側には前が見えないほどの大量の雨が降り始めた。
うわあ……当たったら痛そうねアレ。
ん?
不思議なことに門の外には一切、水が流れて来ないわね。
どうやら門の中にのみ水は蓄積しているみたい。そのせいか、すでに門の中は3㎝くらい水が溜まってきている。
さすがは水の精霊ね――って、いけない!! 早く止めないと!!
「ははははははは!! 水よもっと降れ!! 中を水で満たしてしまえ!!」
完全にトランス状態ね。
普通のやり方では止めるのは難しいかも。
というわけで。
『スイレンを気絶させますか? YES or NO』
YES。
やっぱ、こういう時の能力よね。
「はははは、は!?」
「っと」
気絶したスイレンと背負われていたアリサを支える。
それと同時に降り注いでいた雨も止んだ。
しかし、スイレンが気絶してしまったせいか門の中の水も一斉に外に排出されてきた。
おかげで周囲はびしょびしょ。特に門の中は酷い有様。
中にいた騎士の人たちもほとんどが倒れ伏しているし、事態の収拾をつけるのに時間がかかるかも。
まぁ、あれね。別に私は悪くないわよね……?