第14話 猫耳少女と会話
「じゃあ、後はよろしくね。明日の朝には顔を出すから」
「まっかせなさい!!」
ここはメイユ市の宿屋。
ベッドで寝ているティリカ、アリサ両名の世話を精霊改めスイレンに任せる。スイレンという名前は「精霊じゃ寂しいから呼び名を考えて」と精霊に頼まれたので私が命名した。本当は精霊にも名前があるらしいけど、本人いわく「ダサいから嫌い」とのこと。
宿屋に泊るお金は『フィーリア湖の調査』の依頼報酬から出しており、4,000キリカで泊まれるだけ前払いしたのでお金は残っていない。“ジル”の童貞卒業はしばらく先になりそうね。
ああ、そう言えばギルドに報告するとき犬耳さんが「フロルさんが元に戻っています!!」と喜んでいたのが印象的だったわ。彼女も妙に鋭いところがあるから一応能力者かどうか調べてみたけど、結果はNo。彼女はただの一般人。そうそう身近に能力者はいないってことね。
宿屋を出て、例の変身ポイントに向かっている途中に、とある人物を見かけた。
“ジル”の妹のククルだ。肩に届くか届かないかくらいの蒼い髪を指で弄りながら、退屈そうに歩く姿はとても五歳には見えない。
もう17時過ぎなので学園はとっくに終わっているはずなのだけど、買い物かしら? ちょっと気になることもあるし、話しかけてみましょう。
「はあい、お嬢さん。そんな顔してどうしたの?」
「……」
私の妹とも言える存在なので、気さくに話しかけたら見事に無視された。
一瞥しただけで、特に反応することなく素通りする様は、なかなか心にくる。
「ちょっと、ちょっと、ククルちゃん。無視しないでよ。お姉さん傷ついちゃうじゃない」
横に並んでククルの名前を呼ぶと、立ち止まり、私を観察してきた。
「見覚えのない人です。そんな変な格好をした人と知り合いになった覚えも有りません。人違いです」
「あらあら素っ気ないわね。ククルちゃんは私の事を知らなくても、私は貴女の事をよく知っているのよ」
「……怪しい人でしたか。兄様から怪しい人には近づくなと言われているので、これで失礼します。『ウォーター』」
ククルが綺麗に一礼すると、突如私の頭上に大量の水が降ってきた。
「ひょいっとな」
が、それを華麗に回避。
さすがに五歳の子に奇襲を食らうほど隙があるわけではない。
尤も、目の前のお辞儀に意識を集中させて上から水を落とす、なんてことをする子を五歳としてカウントしていいのかは謎だけど。それに、結果を確認せずに全速力で逃げる潔さも子どもらしくない。まぁ、ここはしっかりしていると喜んでおきましょうか。
「でも、逃げ切るには体力が無さすぎたわね」
子供の足だし、ククルは運動があまり得意ではないのですぐに追いつくことが出来た。
今度は逃げられないように、腋を持って持ち上げる。
「はぁ、はぁ……捕まってしまいました。困りました。魔力も尽きてしまいましたし、この体勢では逃げることも出来ません」
口では困ったと言っているけど、息を乱すだけで表情はほとんど変わっていない。
「安心して。ちょっとお話ししようと思っただけで、何かしようってわけじゃないわ」
だからと言って何も思っていない筈がないので、ちゃんと意図を説明する。
「……分かりました。時間も遅いので少しだけなら。ですから早く下してください」
下してあげると、私が触っていた部分を手で払い出した。別に汚れているわけでもないのに。地味に傷つく。
「で、何か私に用ですか? そもそも何故私のことを知っているのですか? あと、何を落ち込んでいるのですか?」
「落ち込んでいるのは気にしないで……。それでククルちゃんに話しかけたのは、貴女がジル・クロフトの妹だからよ」
「兄様を知っているのですか!?」
ジルの名前を出したら、初めて表情を変えた。少し興奮気味で、猫耳が忙しなく動いている。ククルが何に興味があるのか分かって面白い。
「ええ、図書館で偶にお話しするわ。ククルちゃんの事も話題に上がったことがあってね、貴女の事を可愛い妹だって褒めてたわ」
「そうですか、兄様が……ふふ」
嬉しそうに笑うククルは年相応って感じね。とっても可愛いわ。
機嫌も良さそうだし、今なら私が聞きたかったことも答えてくれそうね。
「それでね、ジルの話を聞いて思ったのだけど、ククルちゃんは何でそんなにジルのことが好きなのかしら?」
“ジル”も分かっていなかったし、私も不思議なのよね。
昔はただ懐いているってだけだったのに、今は『結婚します』だもん。
何か心境の変化があったのか気になるじゃない。
「……兄様は勉強も運動も出来ます。魔法も『炎雷の魔女』と呼ばれているマーシャ様と同じぐらいか、それ以上に使えますし、優しい上に気配りも出来ます。そして容姿もカッコいいです」
べた褒めね。聞いていて私まで背中がむず痒くなってきたわ。
あと、『炎雷の魔女』っていうのは初耳。そんな中二病みたいな名前があったのね。
「――そんな完璧な兄様ですが、何かに悩んでいるようなのです」
……。
「普段はそれをほとんど表に出すことはありませんが、324日前に深刻な顔をして考え込む兄様を見てしまいました。それからです。兄様にどうしようもなく惹かれるようになったのは」
ふむ……つまりギャップにやられた、ってことかしら……?
意外だわ。
素直に教えてくれたこともそうだし、自分の気持ちを自覚していたことも。
「――と、それっぽく話してみましたがどうですか? 私としては良く出来ていると思うのですが」
「……もしかして今のは嘘?」
だとしたら、どこから嘘?
「さあ、どうでしょうね。見知らぬ人に、そこまで教える必要性は感じません。ですが、勘違いして欲しくないので言っておきます。私の兄様への思いは本物ですから」
恥じらいも物怖じもしないで、その事実を誇るように堂々と言う。
……ふふ、本当に凄い子だわ。
「ククルちゃんの気持ちは分かったわ。別にそのことに関してとやかく言うつもりはないけど、過剰なスキンシップはほどほどにね」
キスを要求したり(まだおでこだけど)、耳を甘噛みしたり、足でホールドして抱きつくのはかなりエロティックで、色々と危ないのよ。
「過剰なスキンシップですか……。母様と父様のマネをしていたのですが、それなら二人にも注意した方がいいですか?」
ふぁっ!?
「あー、そこのところをもうちょい詳しくお願い」
「はあ。私と母様は同じ部屋で寝ているのですが、偶に夜遅く裸で抱き合ったりしています。『気持ちいい……!!』『もっと!!』『出る』とか言っていますね。あと、母様が父様を鞭で叩いている時もありました。言葉や行動の意味はよく分からないのですが、二人がとても楽しそうなので毎回気づかないふりをしています。実は危険なのですか?」
んー、何故かしらね。急に明日、騎士団に強襲をかけたくなってきたわ。
うん、本当はスイレンやアリサ、ティリカの為にお金を稼がなくちゃいけないのだけれど、食事込みで宿にはあと二週間は泊まれるからいいわよね。
決定。騎士団の実力も知りたかったし丁度いいわ。明日は騎士団に殴り込みに行きましょう。
「そうね……私にもよく分からないわ。……そうだ!! マーシャさんにこっそり聞いてみるといいんじゃない? ククルちゃんだって実はジルに負担をかけていた、なんてことは嫌でしょう?」
「確かにそうですね……。分かりました、マーシャ様に聞いてみることにします」
「ええ、それがいいわ。……じゃあ、もう遅いし私は行くわ。一人で帰れる?」
「はい、問題ありません。ではこれで失礼します」
一礼して去っていくククルを見えなくなるまで見送る。
よし、じゃあ私もそろそろ“戻る”としますかね。
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「あー、疲れた……」
風呂から上がり、火照った体のままベッドへダイブする。
昨日、今日と濃密だったせいか、ベッドのふかふかさが物凄く心地よい。
「今日の方が忙しかったかなぁ」
パスティに依頼の確認をしに行って、ブラトに会って、依頼を受けてフィーリア湖に。途中で初めて魔物と遭遇して殺したし、水の精霊のスイレンとも出会った。その後に双子も助けてスイレンと一緒に世話する、なんてことにもなったな。
帰りにはククルにも会ったし、これで終わりかと思いきや、家に着いたら母さんが『王都に行ってきます。なるべく早く戻ってくるようにします』という書置きを残していなくなってた。ククルの母のリンダさん曰く、「王都にはマーシャの恩師がいるから、その人に会いに行ったんじゃん?」とのこと。全然元に戻ってなくね?
親父は親父で、騎士団の方でごたごたがあったらしく今日は帰れそうにないみたいなので、夕飯は四人で食べた。その時にククルが『今日怪しい女の人にあった。怖かったので一緒に風呂に入って欲しい』的なことを言ってきたので、さっきまで一緒に風呂に入ってきた。まぁ、偶にはいいよな。
……こうして振り返ってみると、本当にいろいろとありすぎだろう。
でも収穫もあったから、構わないけどな。
個人的には精霊の協力が得られた、ということが一番でかい。俺一人では能力があっても世界中の魔物を調べることは難しい。それを一月で、おまけに過去と比較した上で教えてくれるというのだから、こんなありがたいことはない。おかげでかなり余裕を持って行動が出来そうだ。
だから今日の中ではスイレンとの出会いが一番重要なはずなのだが……、アリサの言うことも少し気になる。アリサの口振りからすると、アリサと一緒にいなければ良くないことが起きるようだが、あまりその状況が想像出来ない。例え何者かに追い込まれても、【自由自在】があればほとんどのことは対処出来るだろうし、何らかの理由で能力が使えなくなってもアリサがいれば解決する、なんてことがあるとは思えない。
そのため、アレはアリサの【直感】で、ああ言えば俺たちが保護してくれると思っての発言だったのではないかと考察している。……しているんだが、それでも何か引っかかるんだよな。“フロル”も何か思うところがあるから保護したのかもしれない。まぁ、正確には俺じゃないけど一度世話すると言ったのだ、最後まで面倒はみるさ。要は娘を育てるような気持ちでやればいいんだろう。
やること、考えることは多いが、出来ることから一つずつこなしていくさ。
まずは騎士団の実力チェックだ。そして親父を叩きのめす。
何、娘の前でエロいことしてんだよ。
活動報告にて他キャラ視点のSSを掲載中です。
短いですが、興味のある方は是非ご覧ください。