第13話 うさ耳少女を保護しました
「きゃああああああああああ!!」
「今の悲鳴は!?」
辛うじてだが少女の悲鳴が聞こえた。
けど、方向が分からない。
「私にも聞こえたわ。調べるからちょっと待ってね……」
そう言い、目を瞑ると何か呟きだした。
「……うん、分かったわ。南南東の方角よ。かなり不味い状況だから、助けるなら急いだ方がいいわ」
「ありがとう。ちょっと行ってくるわ」
どうやって調べたのか興味あるけど、今は気にしている暇はない。
精霊が教えてくれた方向へ全速力で向かう。
「こ、こないで……!!」
2~3秒程で200mくらい走ると、少女が三匹のガルグを木の枝で追い払おうとしている姿を発見。
見た感じ怪我はないから間に合ったようね。
「ガルッ!!」
「ひっ!!」
いけない!! 一匹が少女に襲いかかったわ。
「バニッシュ・レイ!!」
すぐさまガルグに向けて触れた対象を消滅させる光を放つ。
薄暗い森を照らしながら、光はガルグを一瞬で飲み込む。
光が過ぎ去ると、ガルグは跡形もなく消え去っていた。
ふぅー。今のはちょっとヒヤッとしたわね。魔法の選択を誤っていたら、あの子はガブリとされていたわよ。
「もう大丈夫よ」
「え?」
目を閉じて固まっていた少女に近づいて、安心させるように話しかける――って、あら?
「もう一人いたのね」
少女の陰になっていて見えなかったがもう一人、女の子がいた。こちらの女の子も目立った外傷はないから無事のようね。特に驚くでもなく私を見ている。
二人とも五~六歳くらいで、顔はほぼ同じ。耳にうさ耳がついているから獣人の双子かしら。全体的に泥やほこりなどで汚れており、きちんと手入れをすれば艶が出て綺麗になりそうなプラチナブロンドの髪もボサボサ。かなり痩せているため不健康そうに見えるし、素材は良さそうなのにもったいないわね。
「ほらね、言ったでしょお姉ちゃん。助けは来るって」
少女の陰になっていた方が、木の枝でガルグを追い払おうとしていた方に自慢するように言う。
なるほど。今発言した子が妹で、最初に私が見つけた子が姉ね。
「た、たすかったの……? う……うぇぇぇぇぇぇぇん……!!」
姉の方が泣きながら私の胸に飛び込んできた。
よっぽど怖かったのかしら。まぁ、無理もないか。
「おー、よしよし。もう大丈夫だからね」
あやすようにしながら、抱きしめてあげる。
ちなみに残りのガルグは『転送』で水の精霊の元へ送って置いた。ガルグ二匹程度にやられる様な存在にも見えなかったし大丈夫でしょ。別に私が倒してしまってもよかったけど、幼い少女の前で魔物を倒すのはどうかと思っての配慮よ。
「まったく、お姉ちゃんは泣き虫なんだから」
泣きじゃくっている姉を見ながら、呆れたように言う妹。
でも強がっている割には、足が震えているわよ?
「ほら、貴女も良く頑張ったわね」
妹も一緒に抱き寄せる。
「うん……」
「よしよし」
さて……これからどうしましょうかね。
取り敢えず、安全なフィーリア湖に二人を連れて行って話を聞きますか。
「いい、二人とも。これから――む!?」
「っ!? 何か来る!!」
「ふぇ?」
何かが近づいてくる気配が――上ね!!
「ガウッ!!」
「くっ」
二人を庇うのを優先したため、右腕を噛み付かれてしまった。
噛み付いてきたのはガルグで、まだ生き残りがいたみたい。
「ひぃ……」
「お姉さん、腕が……!!」
「ん? ああ、この程度は大丈夫よ」
私の右腕にぶら下がっているガルグ&腕から多量の血が流れ出ているのを見て、姉妹が絶句している。
心配をかけないように強がっているが、実はかなり痛い。今もガルグが私の腕を喰い千切ろうとしており、すでに骨まで歯が食い込んでいる。あー、痛みを感じないようにしておいた方が良かったかも。要、検討っと。
しっかし、どういうことかしらね。先の戦闘では噛み付かれたときダメージはほとんど無かったのに、今回はご覧の有様だわ。
見た目も特に変わったところはないし、間違いなくガルグのはずなんだけど……。
個体によって能力が違うとか?
それとも、これが神の言っていた魔物の強化ってことなのかしら?
まぁ、どちらにせよ今やるべきことは一つ。
「二人とも目を瞑っていなさい」
「え?」
「うん、分かった」
妹の方はすぐに理解して行動してくれたが、姉の方はよく分かっていないのか困惑気味。しょうがないので、噛まれていない方の手で目を覆ってあげる。
よし。じゃあ私の玉の肌を傷つけてくれた駄犬目を速攻で始末してやりますか。
「とっとと消えなさい『アブソリュート・ゼロ』」
私が一言唱えると、ガルグの体が尻尾から頭に向けて消えていく。
自信が消えかけているというのに、ガルグは気づくことなく私に噛み付いている。ふん、噛むことしかできないなんて、つくづくワンパターンな奴ね。
でも粒子を舞わせながら消えていく様は、ちょっとだけ幻想的で好きかも。お、全部消えたわね。
結局、ガルグは抵抗はおろか何が起こったのかすら理解できずに完全に消滅した。
さてと。
『損傷した個所を回復しますか? YES or NO』
YESっと。
タッチすると瞬時に噛まれた部分が治っていく。
「はい、二人とも目を開けてもいいわよ」
「あ……いなくなってる!!」
「腕もなんともない……!!」
「また何か来るといけないから場所を移すわよ」
驚いている姉妹の手を引いて、湖まで転移する。
「もう、びっくりしたじゃない!!」
湖に戻ってくると、精霊に怒られてしまった。
たぶん転移で突然現れたことではなく、ガルグを送りつけたことだと思う。
「別に貴女なら、あの程度どうってことないでしょ?」
見た目は無傷だし、争った形跡も死体もないから、一方的な展開だったことが予想できる。
「まぁね。貴女たちはガルグ……とか呼んでいるんだっけ? ガルグ程度なら何匹いようと問題はないわよ。ただ、突然目の前に現れたから物凄く驚いたの。次からは気を付けてよね!!」
さすがね。冒険者の中では強いと言われている魔物を大したことない発言するとは。やはり、精霊と人ではかなり力量に差があるみたい。
「で、この二人が襲われていた子? なんでこんな幼い子が二人だけで森なんかにいたの? 保護者はいないの?」
「え、いや、そのう……」
姉の方が答えようとしたが、何から答えたらいいのか分からないのか困惑している。
妹の方は精霊と私を交互に観察する様に見ており、答える気はなさそう。
「記憶を視ればいいんじゃない?」
人の記憶を無暗に視ることは賛成できないけど、この子たちだけでは状況を説明できない可能性もあるし、今回は非常事態ってことでいいでしょ。
「うーん、アレはかなり魔力を消費するから出来れば使いたくないのだけど……まぁ、いっか。手っ取り早く覗いちゃいましょう」
そう言うと、私にしがみ付いている姉のおでこに人差し指を当てる。
不安そうな顔で私を見て来るが「大丈夫よ」と優しく頭を撫でる。
「じゃ、いくわよ」
すると、精霊の人差し指が光り出した。
“ジル”が記憶を覗かれたときにも眩い光を感じたけど、アレは精霊の指が光っていたのね。覗かれたことによって光っていると脳が錯覚したのかと思ってた。割とどうでもいいけど。
ぐらっ。
「おっと」
姉が気を失い、倒れそうになったので支える。地面に横にするのも何なので、おんぶする。
なんで記憶を覗かれると失神するのかしらね?
「……うん、事情は分かったわ。今、気絶しちゃった子が姉のティリカ。で、さっきから私たちを黙って凝視している子が妹のアリサ。二人は双子で、五歳と七ヶ月よ」
精霊が簡潔にまとめてくれたのが以下の通りだ。
彼女たちの家はメイユ市から比較的近くのオリアン市のスラム街。母は一歳の時に亡くなり、父親はダメ男。碌に稼いでこないばかりか、自分の酒ばかり買う為、彼女たちは満足に食事を与えられなかった。
そんなある日、アリスが「お姉ちゃんとメイユ市に稼ぎに行きたい」と言い出す。それを聞いた父親は大喜びし、二人を連れてさっそく都市を出た。しかしアリサには最初から稼ぐ気などなく、全ては父親から逃げ出す為。そして道中二日目、というか昨日の晩に隙をついてこの森に駆け込み、今に至るというわけだ。
「大まかな話はこんなところ。……しかし、随分危ないことをするわよね。何でメイユ市に着いてから逃げ出さないで道中に、しかも魔物がいる森になんか逃げ込んだの?」
姉が気絶したり、話してもいないのに私たちが事情を知っていても驚いた様子を見せないアリサに問いかける。
私も不思議ね。まだ五歳とはいえ、見通しの悪い森に入ればどうなるかくらい分かるはず。今回はたまたま私たちがいたから助かったけど、普通だったらあそこで死んでいてもおかしくない。むしろ昨日の晩に森に駆け込んで、よくさっきまで無事だったわよね。
「昨日の晩じゃないと手遅れになるような気がしたから。森に逃げたのは大丈夫だと思ったから」
「大丈夫だと思った、ねぇ」
アリサは自分がどんなに危ない橋を渡ったのか理解していないのかしら。
これは叱る必要があるかも。
「いい――」
「ちょぉっと待った!! フロルの気持ちも分かるけど、今は抑えてくれる? そんでちょいこっち来て」
精霊が手招きしてきた。
「何?」
「ティリカの記憶を覗いてみて思ったのだけどあの子、アリサはちょっと普通じゃないかも」
近寄ると、アリサに聞こえないようにヒソヒソと話してきた。
「どういうこと?」
「んー、何て表現したらいいか、いまいち分かんないけどアリサは危険感知能力……? が異様に高いみたいなのよ。父親が機嫌が悪い時は察して近寄らないし、外に遊びに行く時も晴れているのに『大雨が降るから危ない』と言って出かけないで見事に的中させてる。他にも、物が落ちてくるのを察知したり、見た目では異常が分からない食べ物を『危険だ』と言って食べないようにしているわ」
ああ、なるほど。
「つまり、アリサは何らかの【能力】を保有していると言いたいのね?」
「あの子はまだ魔力解放とやらをしていないから、そうとしか考えられないわ。たぶん『予知』系の能力だと思う」
論理が飛躍しすぎてない?
ああでも……アリサはガルグが上から襲ってくる時、事前に感知していたわね。
それに、助けが来るようなことも言っていたような……。
「なんだか私も気になって来たわ……。ちょっと調べてみましょうか」
「ええ、よろしく!! たぶん本人は自覚がないだろうから、記憶を覗いても分からないと思うの。だから私に出来ることは少ないだろうから方法は任せるわ」
「OK。とりあえず、アリサに軽く質問してみるわ」
何を質問するか考えつつも、アリサに近づく。
「待たせてごめんね。それで、アリサに質問があるんだけど、あのお姉さんを見てどう思う?」
さっきからじっと見ていたしまずは挨拶代わりに、これで。
「んー、人じゃない、かも。精霊……様?」
「うそぉ!?」
正体を言い当てられて、精霊が驚いている。
そうね……仮に能力を持っていたとしても『予知』では精霊の正体を見破ることは出来ないと思う。
でも能力の有無に関係なく、精霊の知識があれば分からなくもないでしょうから、これだけでは何とも言えないわね。
「じゃあ、次の質問。この森に逃げ込んだ後、どうするつもりだったの?」
「私たちを助けてくれる人を待つつもりだったの」
「それはアリサの願い?」
「ううん。絶対に来るって分かってた」
ふむ、ここだけ聞くと『予知』っぽいわね。
「何で分かってたの?」
「なんとなく……?」
「……結果的に私は貴女たちをガルグから助けたのだけど、アリサの望んでいた人が私?」
「分かんない……」
「じゃあ、精霊さんは?」
再び精霊を指差す。
「精霊様じゃない。……たぶんお姉さんだと思うんだけど、あんまり自信ない」
本当に分からないのか、自信なさそう。うさ耳もなんだかへたぁ~ってしているし。
『予知』じゃあないかも。
「それじゃあ、最後の質問。アリサは私を見てどう思う? アリサが感じたままを答えて」
「お人形さん……かな? でもちょっと違うかも……。それと、こんなに近くにいるのに、あやふや? な感じがする。いるのに、いない人? でも近くにいると、ほっとする、と思う」
……。
「ふふ、ありがとう。質問はこれでお終い」
面白い。
非常に面白い子だわ。
ほぼ、間違いなく【能力】を保有していると思う。
『アリサの【能力】を調べますか? YES or NO』
YES。
試したことが無いから出来るか分からないけど、これでどうかしら?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【能力者】
アリサ・フルーケン
【能力】
直感
【仕様】
能力者の直感が凄まじいほど鋭くなる。
ただし1%の確率で外れる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
出来た!!
……やはり能力者だったのね。
【直感】か。また使い勝手が微妙そうな能力だこと。
これだけじゃよく分からないから、もっと詳細は見れないのかし――ダメね。これ以上は権限がないから無理っぽい。
精霊にも表示されているスクリーンを見せる。
「ふぉえ~、なるほどね。色々と納得だわ」
確かにアリサの不可思議な行動も【直感】で全て片付くわね。
「じゃあ、事情も分かったことだし、そろそろ私は行くとしますか」
精霊ともっと話をしたいけど、それはまた今度でいいでしょう。
「この子たちはどうするの?」
「ダメ親父の元に帰してもしょうがないから、メイユ市にある孤児院に預けようかと思うわ。“彼”が一度見に行ったことがあるけど、あそこならしっかりしているし安心よ」
「そう……」
なんか不服そうね。
でも“ジル”の生活がある以上、彼女たちの面倒を見ることは私には出来ないのだからこれが最善でしょう。能力持ちだからと言って『珍しいな』と思うくらいで、特にどうこうしようする気もないし。
くいくい。
「ん、どうしたの?」
アリサが私の腕を引っ張ってきた。
「私たちを見捨てるの……?」
今にも泣きそうな顔で私の顔を見上げてくる。
ちょっと、さっきまで普通の顔をしていたのに、突然それは反則じゃない?
「別に見捨てるわけじゃないわよ。私が責任を持って、貴女たちが幸せに暮らせるようにしてあげる。だからそんな顔しないで」
「でもお姉さんは一緒じゃないんでしょ?」
そりゃあ、ね。こっちにも事情があるし。
「貴女たちが望めばいつでも会いに行ってあげるわ。だから――」
施設に入りなさい、と言おうとすると。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ひゃっ!?」
まるで先読みしたかのように拒絶された。
「お姉さんも一緒じゃないとだめ!! じゃないとよくないことが起こるの!! 私にとってもお姉さんにとっても皆にとっても!!」
叫ぶように言ったアリサからは、鬼気迫るものが感じられる。
言う通りにしなければ後悔するような――。
アリサの【直感】がそうさせるのかしら。
ふむ……。
「ねぇ、アリサがこう言っているんだし一緒に住むことはできないの?」
精霊がアリサの味方をしているが、さては彼女たちに同情しているわね。大方、ティリカの記憶を視て情が湧いたのでしょう。
ふふ、そういう御人好しなところは好感が持てるわね。
「そうね……ずっと一緒にいることは出来ないけど、似た様なことは出来るわ。その為には精霊さん、貴女の力が必要だわ」
せっかくだし、精霊を巻き込んじゃいましょうか。
「私……? 何をすればいいの?」
「私が住まいを用意するから私のいない間、姉妹の面倒を見てくれる? どういうことか分かるわよね?」
要するに“ジル”の間は面倒を見てくれってこと。“ジル”の事情を知っている精霊ならこれで伝わるはず。
「任せて頂戴!!」
アリサに期待のこもった目を向けられたせいか、即答している。
「じゃあ、いいの!?」
「ええ。これから貴女たち姉妹は私と精霊さんで面倒を見てあげる。あ、私はフロルって言うからよろしく」
「私もよろしく。私のことは姉様と呼んでね」
「分かっ――りました!! これからよろしくお願いします、フロル様、姉様!!」
『うっひゃー、かわいい!!』とアリサに抱きつく精霊を見ながら、これからさらに忙しくなりそうだわ、と月並みなことを思った。