第36話
「あれ?」
レラ達の援護をすべくクロスセブンへと転移をしたら、何故か雲の上に来てしまった。
座標を間違えたのかと思い、再び試してみるが……何故か同じ場所に転移してしまう。
「んー?」
さすがにこれはおかしい。
何か異常事態が起きているのかもしれない。今まで転移をしようとして別の場所に来てしまったことなど一度もな――あっ、そういえばクロノスの空間で似たような目に遭ったな。あそこは彼女の許可がなければ入ることはできても出ることは許されないからな。そういう意味ではここは似ているかも。違うとすれば、歯車がないのと見渡す限り晴天が広がっているくらいか。
「いやー、凄いねキミ。あのバルディア君をあっさり倒しちゃうなんて」
とりあえず周辺の空間を破壊してみようかどうしようか悩んでいたら、金色で『GOD』と印刷された白T&ジーパンというラフな格好をした青年が雲の下から現れた。
「あー……もしかして神様ですか?」
「そだよ。これでもいくつかの惑星系を任されている偉い神様なんだ。気軽にペネム様って呼んでいいよ」
本物、だよな?
なんかちょっと格好いいだけで、オーラや威厳がまるでない。これならまだバルディアの方が神っぽいかも。……だけどこの空間の主みたいだし、少なくても神に近い力は持っているんだろうなー。
でも誰であろうと、会ったこともない人とお喋りをしている暇などない。
「あのう、急いでいるので用があるのなら早めに済ましてもらいたいんですが……」
「心配しなくていいよ。君の世界に攻め込んだ魔界の連中は全員シャイニングによってクロノス君の元へ送られたからね。残った魔物も精霊達だけでどうにかできるでしょ」
なるほど……それなら焦らなくてもいいかな? 確かに魔物だけならレラ達だけで対処可能だろう。
んー……でも誰がそんな作戦立てたんだろう? 実行しているのシャイニングさんみたいだから彼女が? ……いや、おそらくローザ女王の入れ知恵だな。
やけにバルディアに集中しろと言っていたからよほどの策があるのかと思っていたけど、なかなかに悪くない手じゃないか。手に負えない相手は、倒せる相手に任せてしまう。うん、実に理に適っている。問題があるとすれば、クロノスの機嫌しだいで送り返される可能性があるってことくらいだが……まあ、魔界の連中がお茶菓子を持って挨拶でもしない限りその危険はないだろうな。
ということは――。
「おめでとう。此度の戦争はキミ達の勝利だ」
パチパチと拍手をしてくれる神様。
俺達の勝利……。
勝利ってことは……やはり俺は乗り切ったのか!! 魔界の脅威を退けたんだな!? ようやく肩の重荷を下ろしていいんだな!?
「よっしゃ――」
「でも喜ぶのはまだ早いよ」
「え?」
ガッツポーズをしようとしたところで神様から待ったが入った。
なんだ? まだ何かあるのか?
「確かにキミは侵略軍の総司令を己の実力のみで倒した。この事実は称えられるべき偉業であり、僕も惜しみない賛辞を送りたいと思う。だけどキミの仲間達はそうじゃない。到底認めることなどできないズルをした」
「ズル?」
「そうさ。自分達じゃどうしようないからってクロノス君に頼るなんてズル以外のなにものでもないじゃないか。子供の喧嘩に軍隊を動員するような反則さだよ」
「あー……グレーぐらいじゃないですか?」
「いいや完全に黒だね。キミも薄々勘付いてはいるだろうけど、クロノス君は精霊などではなく神だ。この世だろうとあの世だろうと平行世界だろうと別次元だろうと全ての時空を管理、支配する時の女神……それが彼女の正体」
驚きは――ない。
そんな気はしていた。だって明らかに群を抜いていたもんな。多次元に同時干渉できるとかどう考えても只者じゃない。そもそも神に近しい力であるはずの【自由自在】がまったく通用しなかった時点で、もしかしたらなーとは思っていた。もしあれで精霊だとしたら、神様はどんだけヤバいんだよって話だ。
「神の中でも最強と称されることの多い彼女を登用するなんて反則もいいところだろ?」
「むぐ」
そう言われるとなんだか悪いことをした気分になってしまうな……。
「ではどうすればいいと?」
「簡単さ。彼女の力を借りなかった場合の被害を再現させてもらう」
「――」
なんだ……? 何を言っているんだこの神は……?
「予定ではあの世界の生物の8割が死滅することになっていた。そしてクロノス君がいなければその通りになっていただろう」
っ。
「それはない!! クロノスの力を借りていなかったとしても俺がどうにかしていた!!」
「かもしれないね。でも実際はキミではなくクロノス君のおかげだ。“if”の話をしてもしょうがない」
ジーパンのポケットから煌びやかなナイフを取り出す神。
あれは……不味い。一振りで町が滅びかねない力を秘めている。
「本気であの世界に手を出すつもりですか?」
「もちろんその気だよ」
「ただ気に食わないからってだけでですか?」
「それが半分。もう半分は彼らが可哀想だから」
「可哀想?」
「うん。だって僕の命令で攻めたのに、あんまりな最期じゃないか。だから弔いの意味もあるかな」
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「今の言い方だと、まるで貴方が魔界の連中をけしかけたみたいに聞こえますが?」
「みたいじゃなくて、そうなんだよ。魔界は僕の管轄でもあるからね。彼らのストレスを発散させる為にキミ達の世界を攻めさせたんだよ。」
「オーケー分かった。アンタが一連の黒幕ってわけだな?」
手のひらに銀河を作り出す。
回りくどいこと言いやがって。緊張して損したじゃないか。結局は負けて悔しいから仕返ししてやるってことだろ。なら俺はユピアーデを守る為に――そして散々俺の頭を悩ましてくれた礼をしてやらなければならない。
「怒りたいのはこっちだよ。田舎女神が治める未発達の惑星の分際であんなせこい手を使ってくるなんて……。しかるべき報いはちゃんと受けてもらうよ」
「一応、言っておく。今なら土下座して謝れば許してあげなくもないぞ?」
「ははっ、僕と殺り合う気かい? よしな。キミに勝ち目はない。悪いことは言わないからここで大人しくしていなよ。実力でバルディア君を倒した褒美として、キミは無傷で帰してあげるからさ」
「大丈夫だ。どっちにしろ俺は無傷で帰ることになるからな!!」
銀河を思いっきり投げつける。
相手が神だろうと関係ない。敵さんのボスだというのなら遠慮する必要などどこにもない。ここで倒して、全ての因縁にケリをつけてやる。
「無駄だよ無駄」
「む」
放った銀河は命中こそしたものの、ペネムは身動ぎすらせずに涼しげな顔をしている。この一撃で決まるとは思っていなかったが……まさかノーダメージとはな。
「僕が善神である以上、キミは僕に傷1つ負わせられないよ」
「善神? アンタがいい神様だって……?」
「そうさ。魔界の住民を使っていくつもの星や文明を滅ぼしたことがあるけど、それ以上に発展もさせているのさ。だから僕は相対的に善神。そして善神は本質が“悪”である者以外からはダメージを一切受けないんだよ」
「……」
いろいろと納得はできないが、このままでは奴を倒せないってことだけは理解した。
「さてと、お喋りも飽きたしそろそろ退場を願おうかな」
自信に満ちた顔でナイフの切っ先を向けてくる。
たぶん、今の俺じゃアレは対処できないだろうな。
……はぁ。できれば自分の力だけでどうにかしたかったんだけど、しょうがないか。
「こいつは神器“万能ナイフ”。キミ達の【能力】とかいうオモチャなどではない、本物の神の武器だ。切るという動作を省略して結果だけを与える優れものでね、回避も防御もできないから諦めて死んでね」
奴の言葉が終わる前に魔力を右目に注ぎ込む。
チャンネルは……とりあえずⅡでいいか。
「じゃあね。あの世でバルディア君によろしく言っておいて――あれ? あれれ? どうして首が飛ばないのかな?」
「神器“時代時節”。時の移り変わりによって性質は変化するもの。神の武器だろうと例外じゃない。いずれはその効果を失う時が来る」
「時代時節だって……? その神器はクロノス君が持っているものじゃ――」
やっかいな武器は時間を飛ばして使い物にならなくした。
次は奴を守るバリア的なものだ。
チャンネルは……Ⅴだな。
「神器“歪時因果”。生物の一生は選択の連続だ。1つボタンを掛け違えただけでも、その後が大きく変わることもある。……つーわけで、アンタの過去は弄らせてもらった」
「はいいいいいい!?」
「これでアンタの功績は全て部下のもの。残ったのは非道な行為のみだ。よって悪神へと転落し、アンタを守るバリアは消滅した」
「な、なにを訳の分からないことを言っているんだい……? 神でもないのにそんなことできるはずがないじゃないか。いや、神ですら過去の改変なんてそう簡単には――」
「できる。この眼とクロノスのおかげでな」
クロノスとキスをしたことで、俺は彼女が所有する“6つ”の神器を扱う資格を得た。神器を使用する場合は右目に魔力を流し込み、瞳に浮かび上がるⅠ~Ⅶの文字盤に針を合わせるだけ。そうすれば数字に該当する神器を使えるってわけだ。
実力で勝った気がしないからあまり使いたくはなかったんだけどね。でも相手が神となればなりふり構っていられない。持てる全てを出し尽くさないと。
「くっ、悪神に堕ちたからってなんだ……! 神器ならまだまだある!!」
「させるか!!」
ペネムが何かを出そうとする前に、バルディアを葬った銀河の大行進をお見舞いしてやる。瞬く間に無数の銀河に飲み込まれた神は、荒れ狂うエネルギーを前に悲鳴を上げることなく消滅――せずに、腕を振り払うだけで銀河を退けやがった。
「神を舐めるな!! 数多の星を統べる僕が、たかが銀河群如きに敗れたりするものか!!」
「ちっ」
振り払った腕から血は流れてはいるものの、大したダメージは与えていない。……さすがは神ってところか。俺の最強魔法でもあの程度しか傷を負わせられないなんて、かなり悔しい。魔力もほどんどなくなっちゃったし……やはり最後はアレに頼らないとダメか。
「来い、“崩魂扇”!! 奴の魂ごと分解してしまえ!!」
チャンネルをⅠにしてと。
「神器“天地四時”。ありとあらゆる時間の流れは完全掌握した」
扇を振るおうとしたまま静止しているペネムに近付く。
そして奴との距離が『1.5m』になったところでチャンネルをⅦに変える。すると目の前の映像が揺らぎ、意識が朦朧とし出した。……まったく、ホントに目立ちたがり屋だなおい。まあいいや。あとは譲ってあげるさ……――。
「消え去れ!!」
ペネムが動き出したと同時に吹き始めた滅びの風を“私”は真正面から受け止める。
「そ、そんなバカな……。なぜ人としての原形を保っていられる……? くっ、この!!」
ふふ、必死になって扇を煽いでいるけどもう遅いわ。今の私にとってはただのそよ風みたいなものだもの。でも神が一生懸命、私に尽くしているみたいで気分がいいからしばらく放っておきましょう。
「ぐ……ならこれはどうだ! 神器“かまぼこ”! 半月に切られた形と、紅白の色は新たな門出にふさわしい、おめでたいものだ!」
「あら、ありがとう。いただくわ」
「よく噛んで食べるがいい――って、なんだこれは!? どこから出てきた!?」
「もぐもぐ……っんぐ。貴方が出したんじゃない」
「なんだ……なんなんだよさっきから……どうして下等生物なんかに僕が苦戦を……?」
あらら、随分と狼狽えているわ。
可哀想だし、そろそろ終わらせてあげましょうか。
「その困惑に答えを出してあげるわ。神器“自由自在”。私とジル専用の武器よ」
「自由自在……? っ、それはまさか――」
「そう、クロノスのおかげで【自由自在】が神器にまで進化したの」
進化と言っても、無効化されずにいつでも使えるようになったのと、効果が神相手にも通じるぐらいの違いしかないのだけどね。それでも目の前の男を倒すのには十分だわ。
「もう貴方は私の世界に踏み込んでいるの。これがどういう意味か……分かるわね?」
「う……うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「じゃーねー」
手を動かすことも魔法を発動する必要もなく、ただ心で念じただけで私の前からペネムという神はいなくなった。……殺してはいないわ。神クラスともなると殺したら面倒そうだから、ほとんどの力を奪ってジルを転生させた神の元へ裸で送っておいた。これくらいの事後処理なら任せても罰は当たらないでしょ。
「さてと」
バルディアも倒した。黒幕の神様も倒した。魔界の魔物達もレラとかが退治してくれるでしょう。つまりこれで本当に厄介ごとはおさらばってことよね……?
ふふ、ふふふふふ。じゃあ、最後に一声叫んでみましょうか。
せーの――
「フロルちゃん、大勝利!!」