表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1.5mの世界  作者: 粗井 河川
3章
142/144

寄り道  如何にして彼女達は脅威を退けたのか

「くしゃしゃしゃ!! 楽しかったぜ……!!」


「ぜぇ……はぁ……はぁ……やっと……くたばったか」


 雷の大精霊レラは肩で息をしながら悪態をついた。

 彼女が戦っていたのはバルディアが所属する組織の幹部ゾゾル。クロスセブンの上空に出現した穴から最初に現れた存在であり、彼女が敵の実力を知るのに丁度いいかと選んだ相手でもある。予定では早々に勝負が片付くはずだったのだが……結果は惨憺たるものだった。

 この戦いだけで既に魔力の8割以上を消費してしまったのである。ダメージこそ負わなかったものの、楽勝だと舐めていた相手に魔力の大半を削られるとは夢にも思っておらず、彼女の心に暗雲が立ち込める。

 ここまで魔力を消費したのは街への被害を配慮しながら戦っていた所為もあるが、それを差し引いても敵が強かったのだ。ジルに大精霊最強と言わしめた彼女の攻撃を受けてもやや怯む程度の防御力。命中すれば一撃でこちらがやられかねない攻撃力。そして複数の残像を作り出せる素早さ。全てのステータスが軒並み高く、彼女がこれまで戦った者の中でベスト2に入る強さだった。


「くそ」


 もし次に同じレベルの敵が来れば負ける。自信家の彼女でもそれは認めざるを得なかった。黒い穴から続々と降ってくる魔物の対処もしなければいけないのに、残りの魔力がほとんどない。これだけでも厳しいのに、さらに幹部クラスでも現れようものなら為す術がない。モモとラピスは魔物の対処、その他の精霊達もその援護をしている為、手助けをしてくれる者もいない。

 出来ることと言えば、新手が来ないことを祈るだけ。


「ほう、驚いたな。ゾゾルがやられたのか。敵ながらやるではないか」


「……やはりそんな旨い話はないか」


 休む暇もなくレラの前に降り立ったのは、身の丈を超える槍を持った隻眼の男。その身のこなし方から、彼女は男をゾゾルと同格かそれ以上と判断。うんざりした顔で何が最良の選択なのかを考える。

 事前の作戦会議で手に負えそうにない敵が現れたら迷わず俺を呼べとジルからは指示されている。だが彼女の中でそれは最も有り得ないものとして選択肢にすら入っていない。ジルが敵の親玉と戦っているのに邪魔はできない、するくらいなら死んだ方がマシだと考えているからだ。

 それでも彼女に無駄死にするつもりは毛頭ない。自分に何ができるかを懸命に探る。魔物を無視してモモ達と共に戦うか、あるいはクロスセブンを捨ててジルと縁のある者達だけでも逃がすか。彼女の頭に様々な選択肢が浮かんでは消えていくが、やがて1つの選択へと辿り着く。


「さあ、来い。私が相手をしてやろう」


 彼女は戦う道を選んだ。

 どんな理屈をつけようとも、目の前の敵に背を向ければジルの横に立つ資格がないと思い込んでいる。ジルがそのようなことを望まないと理解はしておきながら、自身が納得できないが為に彼女は敵と相対する。たとえここで死ぬとしても彼女は“誇り”を守りたかったのだ。


「ふっ、勝てないと分かっていながら私に挑むか。面白い。その心意気に免じて楽に殺してやろう」


「っ」


 敵の姿が突然消える。

 彼女の目でも捉えきれない速さに絶望しかけるが、すぐに弱った心に喝を入れて防御の姿勢を取る。姿も見えず、気配も感じられない以上、技量は敵の方が上。ならば一撃でやられないようにせねば――と、急所を守ったはいいものの、来るべき衝撃がいつまで経っても来ない。

 不安を煽るつもりなのかと訝しむ彼女ではあったが、姿が消えてから1分は過ぎている。いくらなんでも遅すぎると思い、恐る恐る防御を解除すると…………何故か笑いを堪える光の大精霊が目に入った。


「シャイニング……?」


「うふふふふ、レラったら意外と可愛いところがあるのねー。こーんな必死になってガードの構えを取っちゃってーふふふふ」


 噴き出すシャイニングの様子から危機は去ったのだと察するレラだったが、得たのは安堵ではなく疑問。力の劣る彼女がどうやって自分にも気付かれず敵を倒したのか。


「……ダメだ、どう考えても分からん。シャイニング、あの男をどうやって倒したんだ?」


 数秒でギブアップをするレラ。

 考えるのを放棄したと言うよりかは、笑うシャイニングを黙らせたかったようだ。


「ふふ、倒してはいないわよー」


「なに? じゃあ奴はどこへ?」


「クロノスの所。私がちょちょいと転送したのー」


「……」


「私達じゃあ、ちょっと倒せそうもなかったじゃない? だから倒せる人に任せようかなーって」


「いいのか……?」


「大丈夫よー。どうせ暇だろうし。仮になにかあってもこの作戦の立案者であるローザに責任を取ってもらうわー」


「そうか」


 いろいろと想うところがあるレラだったが、考えてもしょうがないかと開き直り、意識を魔物の駆除へと切り替えた。


「強敵は任せていいんだな?」


「ええ。全員クロノスに投げちゃうわー。彼女は積極的に協力はしてくれないけど、自分の家に入り込んだ不届き者の退治くらいはしてくれるはずよ。……ホント、最初からこの作戦を思いついていれば楽だったのにねー」


「フン」


 ――こうして世界中に現れた強敵達はシャイニングと彼女の部下によってクロノスの元へと送られ、残りの魔物はレラや他の精霊、そして人間達の力を合わせて討伐されることとなる。





 一方、送られた彼らはと言うと――


「ここは……?」


 隻眼の男は、宙に歯車が浮かぶ奇妙な空間に降り立った瞬間、注意深く辺りを観察した。

 何者かによってここへ飛ばされたのは間違いない。普通ならば罠の1つでもありそうなものだが……それらしき物は見当たらない。ただ何もないだけの空間である。

 もしや時間稼ぎのつもりで? そう判断した男はやや落胆しながらも、先程の場所へ戻ろうとするが……レラの元へ繋がるはずの扉が現れない。ならばと他の場所への接続を試みるが、それも上手くいかない。魔界への緊急帰還魔法も作動しない。


「閉じ込められたか?」


 さてどうしようかと悩んでいると、仲間の1人がやって来た。そしてそれを皮切りに次々と顔なじみが現れる。

 その数実に24。1人1人がレラ以上の実力者であり、もしも彼らと、かの世界の住民たちが真っ向からぶつかれば勝負は一方的なものとなっていただろう。


「へー、面白い空間じゃん」


「分類上は異界になるのか……?」


「ちっ、俺はさっさと虐殺がしたいんだよ」


「腹減ったなー」


 合計で25人も集まりながらも、彼らに会話はない。思い思いに行動をし、脱出の手立てを探っている。

 彼らは確かに仲間同士ではあるが、助け合うような関係ではない。彼らにとって仲間とは同じ組織に属しているというだけで、それ以上の意味を持たない。共同で作業をすることはあってもそれは互いを利用し合っているだけで、決して協力をしているわけではないのだ。仲間がピンチになっても平気で見捨てるし、自分の立場が優位になるのならば迷うことなく寝首をかく。意味もなく殺すことだってある。裏切りが当たり前であり、仲良くしようなどと言えば正気を疑われる。それが魔界の常識だ。

 よってこの場で誰も会話をしようとしないのは至って正常の状態と言えるだろう。彼らの頭を占めているのは『どうやって脱出するか』と『出し抜かれないようにしなくては』の2つのみ。皆で一緒に脱出しようなどど、お花畑な考えをしている者など1人もいない。

 そう、彼女が現れるまでは――


「帰還した」


「「!?」」


 この空間の主――クロノスがどこからともなく現れた。

 彼女は異次元からソファを取り出すと、まるで魔界の集団が目に入っていないかのようにくつろぎ出した。いや、本を読みながらもウトウトしている姿から、本当に彼らの存在には気付いていないのだろう。

 その挑発とも受け取れる行為を目の当たりにして彼らは――戦慄していた。


「な、なんだアイツは……?」


「化け物……」


「どうなってんだ……」


 彼らは悟った。

 眼前の女が神の領域にいることを。彼女をどうにかしない限りこの空間から出られないことを。挑めば必ず殺されることを。


「……ふっ、面白いじゃないか」


 だが彼らは絶望することなく、逆に笑みを浮かべた。

 彼らの本質は“戦”。戦いこそが己が証明。勝利こそが生きる意味なのだ。戦う相手が強ければ強いほど、より強い生と快楽を得られる。そして目の前には極上の相手がいるのだ、引く理由などどこにもない。


「俺はやるぞ」


「俺もだ」


「血が騒ぐな」


 追い詰められたことによって、彼らの意思は一致した。

 目指すはクロノスの撃破。

 もちろん1人で戦えば勝ち目はない。瞬殺されるのは目に見えている。

 だが力を合わせたならばどうだろう? 個々の技量では及ばなくとも、この人数が一致団結すれば凄まじいパワーを発揮するのではないか?


「……やるぞお前達」


「ああ」


 ここへきて初めて彼らに『連携』という概念が生まれた。

 今まで利用するだけだった相手に背中を預ける。自分の命を託す。数分前の彼らなら鼻で笑うところだが、強大な敵を前にして大規模な意識改革が起こったのである。

 そしてそれにより、彼らの戦術の幅が信じられない勢いで広がることとなる。1人では出来なかったことが複数人ならばいとも容易く行える――。このことが彼らに無限の可能性を与えたのだ。


「フォーメーションを組むぞ!!」


 そう誰が言うまでもなく、彼らは自分達の力を最大限に活かせる位置へと並んだ。目配せやテレパシーの類をまったく使わず、自然と最適解を選ぶ様はもはや25人の“集団”ではなく、25人の“個”と呼べるまでに昇華していた。

 今の彼らなら、バルディアが相手だろうと遅れを取ることはないだろう。


「脱出する為に、生きる為に、勝つ為に……行くぞ!!」


 この空間に来るまでとは別人と言えるほど飛躍的に進化した彼らがクロノスへと襲い掛かる……!!


 ――さて。いきなりだが世界最強であるクロノスは普段その膨大な力を表に出さないようにセーブをしている。常に垂れ流していると生物や空間に悪影響を与えてしまうからだ。しかし、とある条件下においては、例外的にその力が解放されてしまう場合がある。

 1つ、彼女の武器である神器を使用した時。

 2つ、我を忘れるほど興奮した時。

 そして3つ目が――


「くちゅん」


 ――くしゃみをした時である。


「なっ……」


 可愛らしい音と同時に、クロノスの桁違いの力が一気に解放された。

 その衝撃に空間は耐え切れず、9割が崩壊。それに伴い、空間を構築していた“秩序”が乱れに乱れた。空いた隙間を埋めるかのように別次元の空間が押し寄せ、クロノスの力を目当てに高次元の生命体までもが集まり出す。時の流れは滅茶苦茶に引き延ばされ、空間は極限まで圧縮。重力定数の変動によりブラックホールも出現し、この空間は世界で最も危険でカオスな場所と化した。


「ん」


 この現場を作り出した張本人は慌てるでもなく、慣れた動作で復元を行う。

 そしてくしゃみをしてから、およそ10秒足らずで空間は元の形を取り戻した。直した所に不備がないか確認した彼女は、何事もなかったかのようにルービックキューブを取り出して弄る。彼女にとってこの10秒など、取るに足らない日常の1コマなのである。

 ……だが、もし、もしこの現場に出くわして生還した生物がいたとしたら、きっとその生物は永遠よりも遥かに長い10秒だったと証言したことであろう。

 尤も、そんな生物がいない以上ただの憶測ではあるが――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ