第35話
『魔界の連中が攻めてきた』
その知らせをシャイニングさんから聞いた俺は、すぐさまアリサに学園から出ないように連絡し、レラ、メルフィ、モモ、ラピスの4人に作戦通りに動くよう指示をした。
いつ来ても大丈夫なように心構えはしていたつもりだったけど、いざこの時が来ると緊張する。俺はなんとなく着ていたゴスロリを脱ぎ捨て、動きやすいスカートに――は着替えず、男らしい服を……ってあれ、どこいったかな……男らしい服、男らしい服…………ひい!? 男らしい服がまったくない!? 女性服ならたくさんあるのに、肝心の男服が見当たらないんですけど!? い、いや、あるにはあるんだけど……どうも戦いに赴きますって感じの服じゃない。こんなデートに着ていくような服で魔界連中とは戦えないよな……。
かといって今さら服を買っている時間はないし、能力で作ったとしても無効化された瞬間全裸になるという悲劇しか待っていない。
んー……学園の制服(女子ver)でも着ていくかな。男verはクロリアが着ているから手元にはないし、しょうがないよな。
「ふーん。あいつらが来たのね。またしばらく騒がしくなりそうだわ」
俺が急いで着替えていると、スイレンはどうでもよさそうに漫画のページを捲った。
その姿はまるで休みの日のお姉ちゃんみたいで、どう見てもこれから山積みされた漫画を読破するんだろうなーとしか思えない。俺としては彼女には大人しくしていて欲しいから文句はないんだけどさー、もう少しこう……ね? 戦う姿勢的なものを出してくれないかなーとか思っちゃうわけですよ。雑魚敵くらいなら十分戦力になるんだし。
「なによその目は。文句あるの?」
「文句はない。不満はあるけど」
「どうせジル1人でどうにかできるんでしょ? なら私が出張るまでもないわ。あとは頑張りたい連中が勝手に頑張ればいいのよ」
「さいですか」
正直その発言は大精霊失格だと思う。
だけど、俺の友人としてなら最高の言葉だ。それだけ俺を信頼してくれているってことだからな。他の人が聞けば呆れられるとしても、俺にとっては活力になる。
「うし、じゃあちょっくら行ってくるわ!」
やる気も上がったことだし、さっさと片付けてきますか!!
「来たか」
魔力探知で一番強力な気配を放つ相手を探り当て、そいつがいる場所へと転移をしたら案の定と言うべきか“奴”が待ち構えていた。
「ういっす。久し振りだな」
片手を上げながら軽く挨拶をする。
不思議なことに恐怖や怒りや不安といった感情は一切ない。自分でも驚くほど気持ちが落ち着いており、殺意はおろか敵意すらまるで湧いてこない。
「クク、久し振りだな。今日でもう二度と会えなくなるのかと思うと少しばかり寂しさを覚えるぞ」
奴の力を抑えていたのであろう仮面は顔にはなく、凶悪なオーラを惜しげもなく垂れ流している。この辺に草一本すら生えていないのは、奴のオーラにあてられたからだろう。まったく、立っているだけで草木を枯らすとか傍迷惑な奴だ。
「で、バルディアさんよ。一応聞いておくけど、回れ右して帰るつもりはないんだよな?」
宿敵に最後の確認を取る。
……いや、別に宿敵と呼ぶほど因縁があるわけもないか。向こうさんがどう思っているかは知らないが、俺からすればバルディアや魔界の連中はのどに刺さった魚の骨みたいな存在だ。なかなか抜けず、ずーっと刺さったまま常に不快感を与えてくる……そんな鬱陶しい存在。
今まで嬉しいことや楽しいことは沢山あったが、いつもその幸せをバルディア達に壊されるんじゃないかと怯えていた。修行をしていた日も、終えてからも毎日のように『俺の力は本当にあいつらに通用するのか?』と不安に駆られていた。アリサ達といる時でさえ『絶対に守らなくちゃいけない』と脅迫観念に近いものを感じていた。
俺がこの世界に生を受けてから、真の意味で安らぎを得た日など1日もなかったのかもしれない。
……だがそれも今日でおしまいだ。
バルディアがこの世界から引く気がないのなら、今ここで完膚なきまでの決着をつけ、なんの心配もしなくていい、のんびり幸せライフを掴み取ってみせる。
「無論だ。我らが貴様らを滅ぼすか、貴様らが我らを滅ぼすかでしか終わりはない」
試すかのように金色の槍を飛ばしてきたが、指で軽くはじく。
「前は暇つぶしでこんなことをしているって言ってたよな。本音はどうなんだ?」
俺もお返しに振動性分子カッターを発射してみる。
「本音もなにもそれが真実だ。我らの本質は“戦い”。戦闘をしていなければ死んでしまうアホばかりなのだ」
カッターは当たりはしたが、ダメージを負った様子はない。
奴からしてみれば砂粒をぶつけられたようなもんか。
「挨拶はこのぐらいにして、そろそろ始めようではないか。先程から血が滾っていてな、我慢も限界だからな」
「もういいの? やり残したことや言い残したことがあれば聞いてあげてもいいけど?」
「クハハハ!! 言うではないか!! その虚勢がすぐに剥がれ落ちないことを祈るぞ……!!」
笑いながら放ってきた27の不可視の斬撃を腕で薙ぎ払い、時を止める。
バルディアはこの戦いを存分に楽しむつもりなのだろうけど、俺に付き合う気はない。クロスセブンや他の都市も心配だし、さっさと片付けて帰ろう。
「おっと、どこに行くのかな?」
「む」
奴の背後に回り込んだ途端に裏拳が頬を掠めた。
……あらら、止まった時間の中でも動けるんだな。
「成長したのはなにも貴様だけではない。我とて同じだ」
「そいつはちょいと計算外だったな」
前に比べて強くなっていることは当然予想していたが、まさか時間停止が効かないとは思っていなかった。うーむ……考えが甘かったな。
でもまあ、やることに変わりはないんだけどさ。
「どうした? まさか奥の手が尽きたわけではあるまいな?」
「うるさいなー」
過去の俺なら間違いなく数十回は死ぬであろう、凶悪魔法のオンパレードを避けたり防いだり叩いたり弾いたりしてなんとかいなしながら、奴を倒す為の魔力を練る。
「ほう? 感じる。感じるぞ。小僧、貴様なにかとてつもない魔法を使おうとしているな?」
「さすが鋭い」
「真正面から受けてやってもいいが……手は抜かん。全力で魔法の阻止をさせてもらおう」
「残念。もう完成しちゃいました」
俺とバルディアの間の空間を隔絶し“距離”を取る。
そして手のひらに乗る完成したばかりの魔法を見せびらかしてやる。
「小僧……それは……?」
奴の表情が変わった。
足を半歩引き、冷や汗を垂らして顔を驚愕に染めている。
ふふふ、その顔が見れただけでもこの魔法を使った甲斐があるってもんよ。
「まさか……“銀河”か……?」
「イグザクトリー」
俺の手の上で微かに渦を巻いているのは宇宙にある、あの銀河だ。恒星やらガスやら暗黒物質とかで形成されている巨大な天体。もちろん本物ではなく、銀河を模倣した言わばプチ銀河なのだが、模倣だからって侮るなかれ。有しているエネルギーは超重力砲が水鉄砲に思えるくらい桁違いだ。
「なるほどな。確かに当たれば我とて無事では済まぬだろう。そこまでの高威力を受けた経験はないのでな。クク、精々しっかりと狙いをつけるといい」
「なに言ってんだ? もう当たっているぞ?」
本人は避ける気満々だったけど、既にプチ銀河は腹に食い込んでいる。
まさか俺が律儀に「これからお腹目掛けて投げるからね!」とか宣言するわけないからな。隙を作りだしてポイっですよ。
「な――ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
前かがみになり、必死に腹に力を込めてはいるが抵抗は無意味。
地面に向けて投げればこの星を簡単に破壊できるほどの超高密度エネルギー体だ。生物が耐えられるものではない。むしろまだ耐えているのがおかしいくらいだ。並みの生物なら命中した瞬間――いや近付いただけで塵も残らず消滅するはずなのに、死なないどころか若干拮抗しているように見えるんだからもはや拍手したくなる。頑丈ってレベルじゃないぞ。人の形はしているが、俺達とはまったく異なる構造なのかもな。
「ぐっ!?」
ついにバルディアの左腕が吹き飛ぶ。続いて右足も消滅し、全身から血が溢れ出す。
「終わりだな」
「ま、まだだ……っ!!」
瞬時に腕と足が再生すると、プチ銀河を両手で抑え始めた。
「こんな場所で死ぬわけにはいかぬ……!! 我はまだまだ戦い足りぬのだ!! こんな銀河程度に飲み込まれてたまるものか……!!」
「うそぉっ!?」
信じられないことに、徐々にプチ銀河のエネルギーが小さくなってきている。
おいおいおい、ちょっとマジですか? まさか惑星破壊クラスでも競り負けるっていうのか? うげ……なんか認めたくない展開になってきたんですけど……?
「ぬおおおおおおおおおおおおおおお――――――はあっ!!」
「――」
そして遂に奴は俺の銀河を耐えきった。
ズタボロの雑巾みたいになりながらも、真っ向から受け止めて生き残ったのだ。
「クク……ククク……クハハハハハハハハハハハ!! 耐えた……耐えたぞ……!! 死の境を彷徨ったがこうして地に立っている!!」
手を抜いたつもりはなかったんだけどな……。
今の一撃で確実に仕留めるつもりで放った。
これで決着がつくはずだったのに……。
「小僧。なかなかに刺激的な時間だったぞ。ここまでの刺激は初めてやもしれん。だが悲しいかな。我に同じ手は通じん。次はより早く耐えてしまうだろう」
ボロボロだった奴の体が回復していく。
どうなっているのか分からないが、傷だけではなく体力まで元に戻っているようだ。……いや、むしろ最初よりも強くなっていないか? 反則だろ。
でもまあ――同じことか。
「さあ、次なる手があるなら打つがいい。なければ……辞世の句を唱えろ」
「じゃあ遠慮なく」
俺の周囲一帯にプチ銀河たちを量産する。
「――」
この1つ1つが先程バルディアに放ったものと同じ威力だ。
そいつが数え切れない程、俺の周りをぐるぐる廻っている。
「言い残すことは?」
「ククク、さらばだ小僧」
――それがバルディアの最期の言葉だった。
無数の銀河の大行進に飲み込まれ、数秒もしないうちに奴がこの世界に存在した証は消えてなくなった。
残ったものと言えば、疲労と天に昇っていく銀河の軌跡くらいか。
「……じゃあな、バルディア」
万感の想いを込めて、俺はそう呟いた。