第34話 作戦会議
クロスセブンに帰って来てからひと月が経過した。
完全に、とまではいかないまでも皆の好意もあり、大よそのことは修行開始前と同じくらいまでに戻せた。当初は魔界の連中と決着をつけるまで誰とも関わらないぐらいの意気込みだったけど、やはり1人よりも皆がいた方が断然いい。ひっそりと暮らす生活には慣れたつもりだったけど、俺には少々騒がしいくらいが性に合っているみたいだ。
俺としてはこのまま奴らが攻めてくるまで、わいわいやりながら待たせてもらおうかなと思っていたんだけど……。
『貴方はバルディアを倒すことのみに専念しなさい』
ローザ女王からこんな手紙を貰ってしまった。
以前にもそれとなく言われてはいたがまさかここまでハッキリと念を押してくるとは予想していなかったので、仮に魔界の住民が総出で攻めてきても俺1人でどうにかするという予定が狂ってしまった。いやまあ、律儀に女王の命令に従わなくてもいいんだけどさ、できることなら俺もバルディア戦に集中したいから、何か策があるのなら任せてもいいかなと思わなくもないわけだ。
しかしあの人に全て任せっきりにするのは不安なので――
「4人を呼んだわけです」
「つまり作戦会議ということだな?」
「そんな大仰なもんじゃないよ。ただの打ち合わせ程度で――」
「あ、わかった!! モモ達を選んだのは強いからでしょ!!」
「フフフ、当然じゃな。魔界だか異界だか知らんが、その辺の有象無象に妾が遅れを取るはずもない」
「それもあるだろうが、一番の理由は妻である私とペット1号、2号、3号のジル連合を結成したかったからだろう。つまりこのメンツが夫の理想とする家族構成であり、淫乱腹黒メイドと引きこもり勘違い女など不要だという意図が込められているわけだ」
「えー照れちゃうなー」
「フッ、ジルがそこまで妾を欲していたとはのう……まあ当然じゃな!!」
「……ぷい」
なんだか勝手に盛り上がっているが、俺がレラ、モモ、ラピス、メルフィの4人を招集したのは単純に強いからであって、それ以外の理由はない。でも否定すると彼女達のテンションが下がりそうなので黙っておくけど。
「それで私達は具体的にどう行動すればいいんだ?」
しばし浮かれている姿を眺めていたら、視線に気づいたレラがドヤ顔で聞いてきた。
モモとラピスはまだハシャイでいる。
メルフィは……俺と顔を合わせようとしてくれない。修行に連れていかなかったことに激おこなのだ。度重なる謝罪により逃げられたりはしなくなったが、完全な関係修繕まではまだまだかかるだろう。
「カルカイム全域を守ればいいのか?」
「いや、レラ達にはクロスセブンだけを守ってほしい」
敵さんがどんな手段を用いてくるのかは分からない以上、あれやこれも守ろうと手を広げても全てがおろそかになる危険がある。だったら最初からクロスセブンの防衛だけに全力を尽くしてもらった方が確実だろう。あとの町や国は……ローザ女王に任せるとしよう。女王なら俺がこの選択をすることくらいお見通しのはずだ。
「フッ、楽勝だな。クロスセブン程度の広さなら3秒もあればどこにだっていける」
「安心して! 敵が来てもモモが得意の粒子崩壊ビームで消し去ってあげるから!」
「妾も漫画で覚えた隕石を呼び寄せる魔法を使って敵を一掃してやるのじゃ」
「頼むから街中でそんなもの使わないでくれよ……」
レラはともかくモモとラピスは技が大味すぎるからな……。うーん……頼むのは失敗だったような気がしてきた……。
「……私は……アリサやあのババアが無茶をしないか見張っている」
「うん、ありがとう」
メルフィがそっぽを向きながら呟いた。
彼女には申し訳ないが、レラ達に比べるとメルフィの実力はやや劣る。大精霊として生を受けてからこれまでぐんぐん力を伸ばしているとはいえ、それでもスイレンよりちょい強いくらい。そして俺の見立てではこれから彼女の成長はだんだんとゆるやかになるはずだ。大精霊とは本来何百年とかけてゆっくり成長するものらしいので、いくらフロルの魔力を取り込んでいたとしても数年で辿り着ける領域には限界がある。
もしもあの時、メルフィを修行に連れて行っていればレラをも超える実力を得ていたのだろうけど……彼女にはそんな反則技ではなく人と触れ合いながら一緒に成長してほしいと思っている。だからバルディア達との戦いでメルフィを戦力として数えるつもりはない。彼女には戦いではなく、スイレン達が無茶をしないように抑え役として活躍してほしいのだ。
でもどうやら俺が言うまでもなく、彼女は俺の考えを見抜いていたようだ。……本当に感謝である。
「では作戦会議も終わったようだし、景気づけに一杯やるか」
「賛成!!」
「おお、レラにしては気が利くのじゃ!」
どこに隠していたのか、大量の酒とおつまみをテーブルに並べるレラ。その顔はもう酒を飲むことしか考えていないように見えた。
「こらこら。これから強敵が現れた場合の対処法と、メイユ市にいる団長からメッセージが届いた場合について――」
「まあまあ、難しい話はあとにして飲もうじゃないか」
そう言ってアルコール度数96%のスピリタスを差し出してきた。飲めるか。
まったく……。酒を飲むなとは言わないが、せめて打ち合わせが終わるまでは我慢してもらわないと。
「ぷは~~~~~~。やっぱり最初はビールでしょ!」
「モモは親父くさいのう。酒はガブガブ飲むのではなく、香りを楽しみながらじっくりと味わうものじゃ」
もう飲んでる!?
モモは瓶1本を空にし、ラピスはグラスに入れたブランデーをちびちびと口にしている。
「カルピスサワーはないの?」
メルフィまで……。
はあ……しょうがない。どうしても今日中に決めなくちゃいけないってわけでもないから次回にするか。そういうわけだから俺も……っていきたいところだが、お酒はあまり得意じゃないのでジュースにしておこう。
そして1時間後――
「私はとても怒っている!! どうしてか分かる!?」
「はい……メルフィへの対応が雑だからです……」
「そう!! ジルはもっと私を可愛がるべきなの! 」
「はい、善処します……」
「でも私もちょっとキャラが弱かったかなと反省してる。今後はお姉さんキャラでいこうと思う」
「左様ですか」
「ジル!!」
「はい、なんでしょうか?」
「私はとても怒っている!! どうしてか分かる!?」
「……」
6回目となるメルフィの同じ質問に勘弁してくれと言いそうになったが、彼女にうしろめたさがある手前、ぞんざいに対応できない。トイレに行くふりをして逃げようにも俺の膝の上に座っているから、どかすのも憚られる。
こうなればと、レラ達にヘルプを求めるべく視線を向けるが……。
「嫌いな奴ランキング第3位はクロノスだな。2位があのなんちゃってメイドで、1位が――ビチャビチャだ。飛び入りで参加した挙句、私から正妻の座を奪おうとはとんでもないドロボウ女だ……!!」
「うぅ……酷い話だよね……ぐすっ……。一緒にいる時間ならレラが一番長いのに……」
「そうだとも!! 夫が寝ている隙にこっそりキスをしたり、下半身をごにょごにょした回数も私が群を抜いている!!」
「ぐすっ……今でもたまにやっているよね……。レラは頑張ってる。でも私はレラが大嫌いだけど……ひっく」
レラとモモはすっかり酔っぱらっているようでなにやら2人で盛り上がっている。……後日、レラとは話をする必要があるな。
それでラピスは……。
「フフフ、妾は今とても気分がよいのでな、ジルさえその気ならば妾が子供を産んでやってもよいぞ?」
壁に体を擦りつけながら独りでぶつぶつ言っている。
「なに? ……フン、デリカシーのない奴じゃ。もちろん卵に決まっておるじゃろ?」
うん、あの調子ではとても役に立ちそうもないな。
「ジル、私はとても怒っている!!」
やれやれ……。
こうなればとことんこの乱痴気騒ぎに付き合ってやるか。
俺はジュースを飲み干し、4人が酔いつぶれるまで相手をすることにした。
それから5日後――。
「ハロー、ジー君。いよいよこの時が来たわ。各地に巨大な穴が出現。奴等のおでましよ」