第12話 精霊
「ここ……か?」
あれから魔物と遭遇することなく、無事に目的地の湖に到着した。
思っていたよりも小さな湖で、端から端まで100mくらい。水は透き通っていて綺麗で、光が差し込んでいるためか湖の雰囲気は明るい。空気も澄んでいるような気がするし、なんだか暗かった気持ちが和らいだような気がする。
結構いい場所だ。さすが神聖視されているだけのことはあるな。森を抜けて来なくてはならないということを除外すれば、デートスポットとかにもいいかもしれない。一度訪れたことのある場所だったら転移でいつでも来れるし、将来もし彼女ができたら一緒に来てみるのも悪くない。
そのためにもしっかりと調査しないとな。
「特に異常はなし、と」
湖を一周してみたり、水を飲んだり、変なものがないか調べてみたりしたが別段変わったところはなかった。魔物が存在するような痕跡もないし、至って平和な場所のようだ。ここへ来たことの証明に必要な看板も見つけたし、出来ることは全てやったのではないだろうか。後はギルドに戻って報告するくらいかな。
精霊が住むなんて言われているから少しは期待していたが結局、それらしいものも見なかった。所詮、噂は噂ってことか。
もうやることもないし、さっさと転移で帰ろうか、な……って、アレ? ちょっと待てよ。
何もないってのはおかしいんじゃないか?
湖に離接している森には魔物がいるのに、何故ここは魔物が入り込んだ痕跡すらないんだ? 足跡一つないってのはさすがに変だろう。
ふむ……。やはり精霊、あるいはそれに準ずる何かがいる、もしくはあるのかも。それらがこの湖を守っているとか。……ちょっと強引な考えかな。実は俺の痛い妄想で、魔物は水が苦手だから近寄らないだけというオチも有り得る。
まぁいい。時間はあるんだ、気のすむまで調べようじゃないか。
「とは言うものの、どうやって調べるか……」
一通り調べたけど、それらしいものは何もなかったしな。
仮に何かあるのなら、おそらく普通の方法では分からないのだろう。
そうだな……取り敢えず目に見えないだけで精霊がいる、という仮定でいってみようか。
まずは大声で呼びかけてみよう。
「おーい、せーれーさーん!! いませんかー!!」
「なーにー?」
どこからともなく声が聞こえた。
……。
って、ええ!? 本当に返事が来た!?
全然期待していなかったのに。
「すいませーん!! どこにいるんですかー?」
特に注意していなかったから、どこから聞こえて誰が喋ったのかまでは分からなかった。
「ここよー」
む、湖からか。
俺が湖に目を向けると突然湖から水柱が立ち上がった。
「なんだぁ!?」
水柱が収まると、そこから水で出来た人(?)が現れた。
湖の水で出来ているのか無色透明で、女性の形をしている、と思う。
「初めまして、客人さん。私はこの湖の主。見ての通り水の精霊よ」
精霊……!!
「初めまして、精霊様。私はフロルと言います。この度はお目にかかることができ、光栄です」
すぐさま右膝を地面につけ、左膝をたてて頭を下げる。
この世界で精霊は神聖視されている存在。無礼を働くわけにはいかない。
なお、目の前の存在が精霊でない可能性は全く考えていない。だって、どこからどう見ても水の精霊だし。
「別に礼なんか気にしないで、気軽に話していいのよ?」
「いえ、そういうわけにはいきません」
昔、飲み会で「今日は無礼講だ!!」と先輩が言っていたので、ため口で話したらめっちゃ怒られたことがあった。それ以来、その手の言葉には乗らないようにしている。
「そう? じゃあ礼を気にするというのなら、その姿は止めなさい。見た目は良く出来ているけど、私にはその肉体が作り物だって分かるわよ。それに見た目に反して言動、動作がちぐはぐで、すっごい不自然」
……。
あー、本日二回目ですか。そんなにダメなのかな。自信無くすわ……。
さすがに今から誤魔化すのは無理だよな。
しょうがない……。
「失礼しました。すぐに元の姿に戻ります」
いつかは正体バレするかもと思っていたが、まさか今日とは。
これが見知らぬ人間だったら能力で記憶を捻じ曲げるのだが、精霊相手にそれは不味いよな。
『“ジル”に戻りますか? YES or NO』
YESっと。
軽くタッチすると“フロル”から“ジル”の姿へ戻る。
うん、やっぱりこっちの方が落ち着くな。
「訳あって変装していましたが、今の私が本当の姿です。無礼を働いて申し訳ありませ――」
「へぇー!? それが貴方の本当の姿? 随分幼いじゃん!!」
頭を下げ謝罪の言葉を口にしている途中で、いつの間にか近づいたのか俺の体をペタペタ触り始めた。
体が水で出来ているためか、触られるたびに水滴が飛んで来てちょっとうざい。
「あのー、少し落ち着いていただけ――」
「触って確かめたところ、体は五~六歳ってところね。でも明らかに精神と肉体が釣り合っていない……。どういうこと? 気になる……、とても気になる!! というわけで、ちょっと失礼」
言うが早いか、水で出来た人差し指を俺のおでこに当てる。
「貴方の記憶、視させてもらうわね♪」
いい!?
「ちょ、それは――」
咄嗟に否定しようとするが遅かったみたいだ。
俺の目の前が突然、真っ白になり、意識が遠のいて――
バチッ!!
「きゃあ!?」
「っ!!」
精霊が上げた悲鳴で我に返る。
危ねぇ……。
【自由自在】で設定していた自動防御がなんとか発動したようだな。念の為に、と精神攻撃の類にも発動するようにしておいて助かった。もう少しで意識を完全に失うところだったからな。だが、防御が展開されるまでかなりの遅れがあったから、その点は改善の余地がありそうだな。
……さて、人の記憶を断りもなく覗こうとした精霊様をどうしてくれようか。
電撃を食らったはずなのに、ぴんぴんしている精霊を睨む。
「今のは……? ああ、【自由自在】が発動したのね。反則的な力よね、それ。一体どこで……ってなるほど、そういうこと。はぁ……記憶を覗かない方が良かったかしら……。いや、でも……」
何やら一人(?)でぶつぶつと呟いている。
体が水で出来ている為、細かい表情は分からないが、不思議がったり、納得したり、思案したりしているのは雰囲気で伝わってくる。
呟いている内容から、俺の記憶は視られてしまったようだな。
消すか?
いや……。俺の感情を抜きにすれば、視られること自体は特に問題ではない、か。相手は精霊なのだから、下手に消してしまっては何が起こるか分からず危険だよな。ここは俺の不利にならないのであれば、黙認すべきだろう。
「大丈夫で――」
「決めた!!」
話しかけようと思ったら遮られた。
“ジル”に戻ってからまだ一度も会話が成立していないような気が……。
「ジル・クロフト、貴方に協力してあげる!!」
「協力?」
「そうよ。邪魔されたから全部は分からなかったけど、だいたいの事情は把握したわ。貴方の前世が違う星の人だってことや、この世界に起きようとしていることもね。私たち精霊にとっても魔物の異変は大ブーイングものだから、解決できるように協力してあげる」
「ぐ、具体的にはどのような協力を?」
「現在、世界中にいる魔物の強さや数、過去と比較してどれくらい変化があったのか、なんかを調べてあげる。すぐには無理だけど、だいたい一月くらいで分かると思うわよ」
ひゃほーーー!! マジかよ!? めっちゃ、ありがたいじゃん!!
魔物について調べてくれるなら、記憶を覗かれたことなんかチャラだな。いや、むしろお釣りを払わなければいけないくらいだ。
「ありがとうございます。正直、一人では厳しいと思っていたので、協力して下さるなら非常に助かります」
「くす、別に気にしなくてもいいのよ。……あ、そうそう。ちょっと参考にしたいことがあるから、さっきの姿に戻ってもらっていい?」
ん? 参考にしたいこと? なんだろう。
「ええ、別に構いませんが……」
どちらにせよ後で姿を変えなくちゃいけないのだ、今やっちゃうか。
『パターンAに変装しますか? YES or NO』
YESっと。
特に何も考えずにタッチし――あ、やべ。
『“フロル”対策をし忘れた』と思った時には、時すでに遅し。
俺の意識は薄れていった――
「――そして私登場!!」
いやー、今日はもう私の出番はないかと思っていたけど“ジル”が浮かれていて助かったわ。彼ったら精霊の助けを得られたと舞い上がっていたから、私の事をすっかり忘れていたようね。
「へぇー!? 貴女が“フロル”ね!! 驚いた……!! さっきジルが変装していた時とは大違いじゃない。雰囲気が全く違うわ」
楽しそうな雰囲気を醸し出している精霊を見ると思う。
あんまり可愛くない、と。
やっぱり体が全部水で出来ているせいかしら。……いえ、例え全部水でも、もうちょっと可愛く出来るはず。
「さて、精霊さん。突然の事だけど貴女のその姿、可愛くないわ。もうちょっと可愛い姿でお願い」
私が注文をつけると、呆気に取られたように固まる。
しかし、それも一瞬。
「あは、あははははははは!! いいわね、その遠慮のない言葉!! 私、そういうの大好きよ!! お望み通り、可愛い姿に変わってあげる!!」
楽しそうに笑いながら、姿を変える精霊。
「どうよ、ジルの記憶を参考に体を作り変えてみたわ!!」
ドヤ顔で私を指さしてきた。
さっきは水が人の形をしていただけなのに、今はどこからどう見ても人族の少女にしか見えない。身長は160cmくらいで、蒼い髪をパイナップルヘアーにしている。たぶん湧き出る水を表現しているのだと思う。
胸は……ないわね。何故かセーラー服を着ており、そのせいか見た目は運動が得意そうな女子高生だ。
「ええ、見事よ」
私の言葉に『でしょう!!』と機嫌良さそうに笑っているが、本当はちょっと不満。
あれでは水の精霊らしさが出ていない。どうせなら体を水にしたまま可愛くしてほしかった。
でも女子高生スタイルも可愛いから、いっか!!
さっさと、本題に入りましょう。
「で、私に何か用? 用があるから“ジル”にあんなことを言ったんでしょ?」
記憶を見たのなら私の存在にも気づいていたはず。
あんなにあからさまだったのに、引っかかる彼も彼だけど。
「うーん、別に用があるってわけではないわ。貴女の方が話しやすそうと思っただけ。だってあの子は敬語ばかり使ってくるんだもん。せっかく久しぶりに目覚めたんだから、楽しくお喋りしたいのよ」
「久しぶり? 今までどれくらい寝てたの?」
「んー、寝てたとはちょっと違うけど……同じようなものか。そうね……、だいたい300年くらい、かな? 貴方たちが入って来て目が覚めたの。すごい魔力を保持していたから何事かと思ったわ。基本的に人の前には姿を現さない主義だから、見過ごそうとしたけど好奇心が抑えきれなくて、ね。呼びかけられたのを幸いにと、姿を現したの」
ふむふむ、なかなかに興味深い話ね。
特に、魔力の保持量の件。
今後役立ちそうだから、分かるように練習しておこうかしら。
あ、そういえば聞きたいことがあったわね。
「この湖には魔物の痕跡がないけど貴女が何かしたの?」
“ジル”も思っていたけど、さすがに足跡一つないのはおかしいと思う。
「ええ、かなり強力な結界を張ってあるわ」
やっぱり。
私もやろうと思えば結界くらい張れるけど、私以外にそういうことを出来る存在がいるっていうのは嬉しいわね。
「そう。さすがは精霊ね。というわけで、私と少し戦ってみない?」
是非とも、その力を肌で感じてみたい。
「何が『というわけで』なのか分からないけど……嫌よ」
「どうして? 別に殺し合いをしようというわけじゃないのよ?」
「私は戦うのはあまり好きじゃないし、何よりも絶対に勝てない相手となんか戦いたくないの」
「はあ~、しょうがない。戦いたくないって言うのなら諦めますか」
せっかく面白そうな戦いになると思ったのに、残念。
「そんなことよりも、もっと楽しい話をしましょう!! 私、ジルの前世や地球という星の話が聞きたいわ!!」
喋っても大丈夫なのかしら……?
……別に問題ないか。
ついでだし、精霊の話も聞いて情報交換と行きましょう。
「そうね、まず何から話しましょうか……」
しかし、私が話すことはなかった。
「きゃあああああああああああ!!」
遠くで少女の悲鳴が聞こえたからだ。