第31話 散歩
とある日の午後、ラピスが散歩に出かけたいと言うので、一緒にクロスセブンを歩くことにした。ただし、この時間はまだ俺に扮したクロリアが学園に通っているので、普通に表へ出たらサボっているとバレてしまう。なので能力で髪の色を銀から黒へ変更。さらにかんざしと着物の黄金コンビを使って和装美人に変装してみた。
これで俺がジルだとはバレないだろうが、変装したが故に別の問題が発生してしまった。
それは俺が着物なのに対してラピスがゴスロリ服である、という極めて深刻な問題だ。
このままだと互いに浮いてしまいそうだったので、ラピスには動きやすい浴衣を着させることに。初めて着る浴衣に最初は変な顔をしていたが、すぐに気に入って「さすが妾のお世話係じゃ!」とハシャイでいた。
……ちなみに着物と浴衣の最大の違いは、襦袢と呼ばれる専用の下着をつけるかどうかってところにある。着るのに時間がかかるので、ちょっとしたお出かけに着物を選ぶのは間違っていると言えるだろう。だが俺はそんな一般論を無視しででも着物を着たかったのだ。理由は特にない。ただの気分だ。
「でもやっぱり歩き回るのには向いてないな……」
まだ慣れてないから少し歩きにくい。裾が乱れてしまうのでスカートやズボンよりも歩幅が小さくなってしまうし、背筋をピンと伸ばして正面を見ていないと格好悪い為、迂闊に露店などへ目移りも出来ない。
「のうのう、ジルよ。あのハニートーストとやらを食べてみたいのじゃ!! あとあのソーセージを肉で巻いたやつもじゃ!!」
俺が着慣れない着物に苦戦しているというのに、ラピスはそんなのお構いなしにあっちへフラフラ、こっちへフラフラして楽しそうにしている。うーん……俺も浴衣にした方がよかったかな? でもなんかまだ前世の頃の『浴衣=お祭り』みたいなイメージが抜けきれなくて、ただの散歩に浴衣を着る気になれないんだよね。……まあ着物の方がもっと違うだろって自覚はあるけどさ。
「あんな肉々しいのは胃にもたれそうだからやめようねー。ハニートーストは買ってきていいからさ」
「ありがとうなのじゃ!!」
俺からお金を受け取ると、ダッシュでソーセージを分厚い肉で巻いた店に駆け込むラピス。止めようかとも思ったが、こんなしょうもないことで魔法を使いたくなかったので見逃すことにした。代わりに夕飯のおかずを減らしておこう。
「あー、そこの君。君みたいな可愛い子がそんな目立つ格好でいたら危険だ。俺が安全な宿までエスコートしてやろう」
背後から手を叩かれた。
またか……。
本日5回目のナンパかと思い振り返ると――。
「あれ、オロフ先生?」
学園の先生がいた。
クロスセブンに戻ってからはまだ会ってなかったのだが、何故かこの人は印象に残っていたので記憶を引っ張り出さなくでも済んだ。
「おお? 俺を知っているのか……って、なんだお前かよ。どうしたそんな艶やかな格好して。誘ってんのか? ああん?」
胸ぐらを掴むように手を伸ばしてきたので叩き落す。
逆切れを装ってはいるが、俺の胸を触りたいという下心が見え見えだ。
「ち。相変わらずガードが堅いな」
「男の胸なんて触って嬉しいんですか?」
「大事なのは見た目だ。見た目が絶世の美女なら、そいつはもう男じゃなく女だ。つまりお前は女だ。胸を触れば嬉しいに決まってるじゃないか」
「そうですか。それで、どうして先生がこんなところでナンパなんてしているんですか? 今は授業中のはずでしょう?」
「なんだ知らないのか? 最近の住民暴徒化の件で治安が悪くなったからな、学園の教師もパトロールに駆り出されてんだよ。学園もクロスセブンに存在する以上、治安維持に協力するのは当たり前ってスタンスらしい」
「へー、大変ですね」
その言葉に嘘はないだろう。パトロールをしているってのは本当のはずだ。……だけどこの人はローザ女王の側近だからな、俺と会ったのは偶然じゃないかもしれない。先日のシャイニングさんのこともあるし、また何か伝言を預かっているのかも。
「だろ? 俺は頑張っているんだ。なのにリーネルカは一緒にお風呂に入ってくれないし、嫁達も複数人プレイは嫌だっていうんだぜ? 酷い話だろ?」
「ふむふ……え? どこが?」
「おいおい、俺は娘の成長具合を知る為にだな――」
「うぅ……ジル……。なんか気持ち悪いのじゃ……」
話の途中でラピスがお腹を押さえながら戻って来た。
屋台の方を見れば『材料調達中』と張り紙が貼ってあったので、どう考えても食べ過ぎが原因だろう。
「おっ、また新しい女を連れているのか? 取っ替え引っ替えするのもいいが、もうちょい1人の女を大事にした方がいいぜ」
「人聞きの悪いこと言わないでください!!」
「うー……誰じゃこいつは……? ジルの知り合い……むむ!? こいつ、竜族じゃな!?」
「ほう? 見ただけで分かるのか?」
「違うのじゃ。お主からは僅かばかりじゃが同胞の匂いがするのじゃ」
「……おい、ジルよ。この可愛い子ちゃんは何者だよ?」
「えーっとですね――」
とりあえず俺が知っている限りのことを説明。
ただし、ラピスがペットである云々は伏せておく。100%誤解されるもんな。
「ふーん、こんな形して最古の竜ね……。どうも信じられねえな」
胡散臭そうな目をするオロフ。
確かに今のラピスは腹痛でお腹を押さえる少女にしか見えないからな。威厳も何もあったもんじゃない。
「む……。では嫌でも分からせてやるのじゃ。『跪け』」
「はあ? 嫌だ……な、に……?」
口とは裏腹にラピスの前に膝をつくオロフ。
信じられないって顔して驚いていることから、本人が望んでそうしているわけではないと分かる。
「ふふん、どうじゃ? お主の遺伝子には妾の偉大さが刻まれておるから逆らえまい」
「マジかよ……俺がこんなガキの言葉だけで屈するなんて……。そんなに悪くはないが……」
「さあ、妾の為に今すぐ胃薬を買ってくるがいい!! なるべく――うぷっ、早くじゃぞ!!」
「へいへい、買ってきますよーだ」
オロフは面倒くさそうにしながらも、胃薬を求めて雑踏の中に消えてしまった。
あとで薬代を払っておかないとな。
「妾はそこらの屋根の上で休んでおるから、ジルは先に帰って構わないのじゃ。それとモモとレラにこのことを黙っていてくれると、妾の好感度がとてもあがるぞ」
「はいはい、お大事にねー」
気怠そうに屋根へジャンプするラピスを見送る。
――さてと、俺はどうしようか。
着物のままだと動きにくいから帰りたいという気持ちと、せっかく着たのだからもう少し何かしたいという気持ちが半々だ。んー……間を取ってスイレンの家にでも行こうかな? あまり服にこだわらないスイレンも和服の美しさを見れば少しは感銘を受けて興味を示すかもしれないし、行く価値はあるよな。
……そう決めた時だった。
俺の視界にとある人物が映った。
「ミュランじゃないか」
早速、学園の制服を着て佇んでいるカルカイムの王子様に話しかける。
「君は……もしかしてジルかい? また随分と凄い格好をしているね」
「ん、よく俺だと分かったな」
「それだけの容姿と魔力を備えた知り合いは他にいないからね。……どうやら相当の修業を積んだみたいだね」
――ミュランやククル、ティリカ、エミリーなどの一部の人には、俺が修行をする為に影武者を立ててクロスセブンを離れたと説明してある。だからって記憶を弄られなくてもいいじゃないかと怒られはしたが、どうしても1人だけで修行をしたかったのだと誤魔化しておいた。……たぶん誤魔化し切れてはいないだろうけど。
「で、ミュランはこんな所で何をしていたんだ?」
「オロフ先生とパトロールだよ。申請して認められれば教師のお手伝いとして同行が認められるんだ」
「へー!! 街の治安維持に協力するなんて偉いじゃん!!」
「でも先生が『気になる子がいたから様子を見てくる』と行ってしまったきり戻って来なくてね。こうして待っていたんだ」
「あー……先生なら胃薬を買いに行ったからしばらく戻って来ないと思うぞ」
「胃薬……? どうして先生がそんなものを……?」
「分かんない」
説明するとなるとラピスについても触れなくちゃいけないので、面倒になった俺はしらばっくれることにした。
「まあいいや。それよりも君に報告しようと思っていたことがあるんだ」
「え、なになに? もしかして恋バナ?」
「まあね。実は……僕に彼女ができたんだ」
「キャーーーーーーー素敵っ!! ねえねえ相手はどんな子!? 同級生? 下級生? それとも上級生? あっ、もしかして学園の生徒じゃないとか? 住民暴徒化の件で助けた子と結ばれたとかだったらロマンチックでいいと思う! なんせ助けてもらった人が本物の王子だったとか凄く夢があっていいじゃない!! うん、でもどんな人だろうとミュランに彼女ができたのはいいことだよ!! よく頑張ったね!!」
そっかー、あのミュランに彼女か……。
思い起こせば最初の印象は最悪だったなー。正直、こんな奴が未来の王様とかこの国ヤバいなーとか思ってたもん。でもいろんな出来事を通して少しずつ成長し、私とアリサの厳しいしごきにも耐え、今ではどこに出しても恥ずかしくないくらいに立派な王子となった。きっと今のミュランならその彼女も幸せにしてあげられるはずだ。
「……ほんとに……ぐすっ……立派になって……」
「ちょっ、泣くほどかい!?」
「ごめんごめん、ちょっと嬉しくって。……それでどんな子なの?」
「う、うん。……学園の先輩だよ。君の想像通り、暴徒化の件がきっかけ。ややのんびりしているけど、料理も上手だし知識も豊富で頼りがいのある人だよ」
そっかー、1つ上かー。
ミュランは流されやすい所もあるから、年上の方が似合っているよね。
「帝国でもかなりの身分の人だから、上手くいけばその……結婚……とかも十分可能だと思う」
「いいねいいね!! 青春だねー!!」
「それで今度彼女にプレゼントを渡そうと思っているんだけど、何にしようか迷っているんだ。……協力してくれるかい?」
「もちろん!!」
こうして私達はオロフ先生が戻ってくるまで近くの店を覘いてみることにした。
――その様子を遠巻きにミュランの彼女に見られ、二股の誤解を与えてしまった為に後日釈明をする破目になるのだけど、それはまた別の話である。